ティアゴ・ヌネスの挑戦―才能だけに頼らない、サッカー人生の切り拓き方
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「自分だけのサッカー人生」—ティアゴ・ヌネス監督が歩んだ挑戦の軌跡
サッカーは、多くの人々に夢を見させるスポーツです。「どこまで行きたいかを知っているだけでは足りない。最善の道を選ぶことが必要だ」(“Não basta saber aonde quer chegar. É preciso também escolher o melhor caminho.”)。この言葉通り、プロサッカーの世界で成功する道筋は、決して一本道ではありません。今回注目したいのは、ブラジル出身の監督、ティアゴ・ヌネス(Tiago Nunes)です。彼のサッカー人生は、多くの人にとって「夢のかなえ方」や「新しい視点」を提供してくれます。
サンタマリアから始まる物語:「夢」を持つすべての子どもたちへ
ヌネスは、ブラジル最南端、サンタマリアという小さな町でドイツ系移民を祖先にもつ家庭に生まれました。「サンタマリアで幸せな幼少期を過ごし、家ではドイツ語が流れた。母方の苗字であるレッチラフ(Retzllaff)を誇りに思っている」(“Nasci em Santa Maria... com orgulho que carrego o sobrenome Retzllaff, herança materna.”)。
彼が子どもの頃に夢中になったもの、それはやはりブラジルの子どもたちと同じく「サッカー」でした。しかし「決して天才プレーヤーではなかった」(“Acontece que nunca fui um craque da bola.”)そう語るヌネス。「努力するディフェンダー」でしかなかった自分が、どのようにプロスポーツの世界へ残る方法を見つけていったのでしょうか。
| フェーズ | 役職・所属 | 主な出来事・実績 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 選手期(挫折) | ブラジル国内小クラブ | 「天才ではない」と悟り指導者転身を決意 | △ 才能の壁と向き合う |
| フィジカルコーチ下積み期 | ブラジル国内(9年間) | 助監督・心理士・栄養士・ロジスティクスを兼務する何でも屋 | ○ 多分野の現場経験 |
| 初監督期 | リオブランコ(Acre州)2010年〜 | 「名もなき監督」として地方を転々とする下積み | △ 名声なき孤独な継続 |
| 分岐点 | アトレチコ・パラナエンセ U-19→Bチーム→トップ(2017-18年〜) | コパ・スダメリカーナ(2018)・コパ・ド・ブラジル(2019)優勝 | ◎ タイトルで名を上げる |
| 強豪クラブ挑戦期 | コリンチャンス・グレミオ・セアラ | COVID直撃・無観客の葛藤。「監督は監督稼業をし続けるべき」と転職 | ○ 逆境での継続 |
| 南米横断期 | スポルティング・クリスタル(ペルー)→ボタフォゴ→LDUキト(2025年〜) | コパ・リベルタドーレスで古巣ボタフォゴを撃破 | ◎ 国境を超えた開花 |
プレーヤーから指導者への転身—“フレキシブルなキャリア設計”
家族の支えもあり、「サッカーの夢の失速」で学業を捨てることはありませんでした。そして、“より賢く”生きるために彼は道を切り替えます。「プロ選手にはなれないと悟ったとき、サッカーに関わる別の道を探すことにした」(“Quando percebi que não vingaria como jogador, segui outro caminho para me manter no futebol.”)。彼が選んだのは、フィジカルトレーナーという分野でした。
1990年代のブラジルサッカーでは、指導者はほぼ全員が「元選手」だった時代。だから、学問だけのバックグラウンドからプロ指導者を目指す自分に限界を感じていたのです。「学歴だけで監督に辿り着けるとは当時は思っていなかった」(“Não imaginava que quem tivesse apenas formação acadêmica pudesse chegar lá.”)。そんな既成概念を破るには、何よりも現場での経験と粘り強さが武器になりました。
- フィジカル・栄養・心理など複数分野を自分で学び現場経験を積む — ヌネスは9年間フィジカルコーチとして助監督・心理士・栄養士・ロジスティクスまで兼ねた。指導者としてサッカー戦術以外の専門知識を意図的に広げることで選手への総合的な理解が深まる。
- 育成年代(ジュニア・ユース)からトップへの道を設計する — 「プロの現場で名前を知られていなかった自分には育成年代が最も現実的な道だった」とヌネスは語った。指導者としてキャリアを積む際は、育成年代での実績がトップチームへの信頼の橋渡しになることを意識して取り組む。
- 「今いるクラブで成果を出す」ことを最優先に置き、安住しない — ヌネスは「監督は監督稼業をし続けるべき」と語り、コリンチャンスを離れた後もセアラ・スポルティング・クリスタル・LDUキトと新しい環境へ飛び込み続けた。環境を変えることへの恐れを捨て、新しいチームで最初の3か月の成果に集中する姿勢を持つ。
“雑用”から学ぶ:育成と謙虚さがもたらす成長
ヌネスは9年もの間、ブラジル国内の小さなクラブでフィジカルコーチとして“何でも屋”のような役割でチームを支えました。コーチや心理士、栄養士、さらにはロジスティクスまで。「助監督や心理士、栄養士など何でもやった」(“O preparador físico é praticamente um faz-tudo... Então, me envolvi em muitas áreas que giram em torno do treinador.”)。この時期、選手や現場の人間関係、チームを統率する感覚など、後の名指導者になるための肥やしを得ていきます。
- サッカーへの関わり方は「選手」だけではない — ヌネスは「天才プレーヤーではない」と悟ったとき、フィジカルコーチという別の道を選んでサッカーに残り続けた。選手として壁にぶつかったとき、コーチ・分析・医療などサッカーに関われる別の役割を探す視点を持つと人生の選択肢が広がる。
- 「17年かかった幸運」は準備した者にだけ来る — 地方クラブを転々とした下積み時代も、ヌネスは現場経験を積み続けた。わが子に「今日の努力が17年後に花開く」という長い視点を持たせることが、焦らず続けられる強さを育てる。
- 観戦時は「監督がどの局面でチームを動かすか」に注目する — ヌネスはLDUキトで古巣ボタフォゴをコパ・リベルタドーレスで撃破した。試合観戦の際は、監督の采配や戦術交代のタイミングに注目することで、プレー以外のサッカーの深さを楽しめる。
見えない努力の積み重ね——“幸運”は準備を重ねた者に訪れる
最初の監督職は、2010年リオブランコ(Acre州)で迎えたシーズンでした。選んだ道の正しさを実感しながらも、そこから数年は「名もなき監督」のまま、ブラジル中を巡る下積みの日々。ですが、「Série A(ブラジル1部)」への道は、ジュニアカテゴリー(育成世代)の監督に専念することで近づいていきます。「プロの現場で名前を知られていなかった僕が、ビッグクラブにたどり着くには育成年代が最も現実的な道だった」(“O caminho teria de ser o futebol de formação...”)。
2017年、アトレチコ・パラナエンセ(Athletico Paranaense)のU-19コーチ、さらにはBチーム、2018年にはついにトップチームへ。「アトレチコは僕のキャリアの分岐点、何より一つのスポーツプロジェクトの一員だった」(“O Athletico foi um divisor de águas na minha carreira. Ali, eu fazia parte de um projeto esportivo.”)。そして歴史を塗り替えるタイトルラッシュ——2018年コパ・スダメリカーナ優勝、2019年コパ・ド・ブラジル優勝。ヌネスのもとで育ったブリューノ・ギマランイスのような選手もトップスターへの道を歩み始めます。
“結果至上主義”と向き合いながら、独自の成功曲線を—強豪クラブでの葛藤
タイトルに次ぐタイトル、そして急激な知名度の上昇。「ついにコリンチャンス(Corinthians)へ」と移籍した先は、新型コロナウイルスの直撃によって観客のいないスタジアム。期待と現実のギャップに直面します。「満員のアリーナで応援を受けられなかったことは、いまでも残念だった」(“Defender o Corinthians com a Arena vazia não é a mesma coisa.”)。それでも、どんなに計画しても予想できない事態がプロサッカー界には訪れるのだと、読者も改めて気付きます。
「指導者は働いてなんぼ」——チャンスと転職のタイミング
一度コリンチャンスを離れグレミオ(Grêmio)での仕事を経て、「監督は理想のオファーを永遠に待てるものではない」と早くもセアラ(Ceará)の指揮官へ転職。「監督は監督稼業をし続けるべきだ」(“Treinador precisa treinar.”)。一つの場所に安住するのではなく、常に新しいチーム、異なる文化へ飛び込む勇気が、やがて南米での道を切り開いていきます。
南米大陸で広がる新天地——「自分だけの道」を選ぶ勇気
「なぜブラジル人監督はヨーロッパで評価されにくいのだろう?」その問いの末、「南米でもっと学ぶ」ことを選択。ペルーのスポルティング・クリスタル(Sporting Cristal)を指揮し、再び国際舞台(コパ・リベルタドーレス、コパ・スダメリカーナ)での経験値を高めます。
そして「グループ・イーグル(Eagle)」が所有するボタフォゴ(Botafogo)からのオファー、さらには移籍後すぐに11名の新加入があったにもかかわらず、その恩恵を感じられず去るフラストレーション…。でも、ヌネスはそこで止まりません。
現在地——エクアドル・LDUキトで花開く「国境を超えた指導者人生」
「ブラジル、ペルー、チリ、そしていまエクアドルのリーグで戦う機会が自分に訪れたことが信じられない」(“Depois de trabalhar nas ligas de Brasil, Peru e Chile, tenho a oportunidade de vivenciar a liga equatoriana.”)。2025年6月、LDUキトの指揮官に。リベルタドーレス、スダメリカーナを制した歴史を持つクラブですが、その伝統を更なる成功へ導けるかが新たなミッションです。着任早々、コパ・リベルタドーレスで古巣ボタフォゴを破り、まさに「自分の選んだ道」で新たな1ページを刻みます。
「道は一つじゃない」
ヌネスの人生は、サッカー選手や指導者だけでなく、夢に迷う全ての人たちに多くのヒントを与えてくれます。圧倒的な才能がなくても、努力、柔軟な発想、そして何よりも勇気を持って新しい道を選ぶことが、遠回りのようで近道かもしれません。
皆さんは、自分自身の「最善の道」を歩めていますか?周囲の声や既成概念に縛られ、新たな世界へ飛び込む勇気を持てずにいませんか。ヌネスの「努力と挑戦の道」は、どんな年齢や境遇の方にも、それぞれの「挑戦する価値」を思い起こさせます。
南米の名監督が届ける、覚悟と挑戦のメッセージ
「幸運だと言う人はいつもいる。しかし、私の場合は、幸運をつかむために17年かかった」(“Haverá sempre alguém para falar em sorte. No meu caso, foram necessários 17 anos de trabalho para eu ter ‘sorte'”)。
努力も、成長も、環境を変える挑戦も、全てが「自分の運命を自分で切り拓く」ための糧になる。サッカーとともに生きる皆さんも、それぞれの「最善の道」を今日からまた歩みはじめてみませんか。
