指導者と選手のための「考えるサッカー」入門──リヨン対レンヌ4-2が教えてくれる、タマリの一撃からPKの譲り合いまで「選択の質」を高める見方
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リヨン対レンヌの「4-2」を、スコアだけで終わらせないために

6分、モウサ・アル・タマリの左足が火を噴いた瞬間、グルパマ・スタジアムは一度、静まり返った。
レンヌのエステバン・ルポールが放った、長い対角のボール。
それをタマリがダイレクトで叩き込む。
まだ時計は6分、しかも相手はここまで3連勝中のリヨン。
アウェーで、チャンピオンズリーグ出場権を争う直接対決。
勝ち点ひとつの揺れが、来季のヨーロッパ行きの行き先を変えてしまうような夜だった。
最終的なスコアは4-2。
リヨンがひっくり返し、3位の座をつかんだ。
けれど、この試合を「リヨン強かったね」「レンヌもよくやった」で締めてしまうには、もったいない90分だったようにも思う。
そこには、選手がピッチの中で何を見て、どんな選択をしていたのか。
監督がベンチで、どう時間と流れをコントロールしようとしたのか。
「考えるサッカー」が、そのまま目の前で展開されていたからだ。
タマリの一撃は「ひらめき」だったのか
ルポールのボールと、タマリの決断
まず、最初のゴールシーンに戻ってみたい。
ルポールが自陣寄りから左足で放ったロングパスは、いわゆる「狙いすました一発」だったのか。
それとも、少し苦し紛れのクリア気味のボールに、タマリがうまく反応しただけなのか。
テレビで見ていると、華やかなのはタマリのボレーだ。
でも、その前のルポールには別の種類の判断がある。
- 時間とスペースに余裕がある中で、あえて低い位置からロングボールを選んだ
- タマリのポジションや、相手サイドバックの立ち位置を見ながら、リスク覚悟で縦を刺した
- 序盤で「相手の背後を脅かす」メッセージを送る意図があった可能性
もしあなたがルポールの立場だったら、どうしただろうか。
安全に横パスか、ボランチに預けるか。
あるいは、同じように一発でタマリを狙っただろうか。
ジュニア年代や高校年代だと、こうした場面で「つながなきゃいけない」と思い過ぎて、縦の選択肢を自分で消してしまうことも多い。
逆に、「とりあえず蹴る」だけが癖になるケースもある。
重要なのは「ロングかショートか」ではなく、「なぜ、ここではロングを選ぶのか」を意識しているかどうかだろう。
| 時間/選手 | 起きた選択 | 他にあり得た選択 | 選択の質 |
|---|---|---|---|
| 6分 ルポール→タマリ | 低い位置から一発の縦ロングパス | 横パス/ボランチに預ける | ◎ 序盤で背後を脅かす意図 |
| 6分 タマリのボレー | ワンタッチで叩き込む | 止めてからシュート | ◎ 準備された反射 |
| 36分 トリッソのクロス | ニアとファーの間を狙う | 遠いサイドへサイドチェンジ | ○ 相手CB間距離を読んだ |
| PKキッカー選択 | 経験あるトリッソが引き受け | ファウルを受けたモレイラ/若いエンドリッキ | ○ 譲り合いの対話 |
| 52分 モレイラのゴール | 一呼吸置いて角度を作る | 迷わず即シュート | ◎ ずらしてから打つ |
| 75分 エンドリッキ4点目 | 自分で右足を振り抜く | 横のフリーの味方にパス | △ 自己中か自然か割れる |
タマリのボレーは反射か、準備か
タマリの左足を「ひらめき」と片付けるのは簡単だ。
しかし、90分のうちの「たった一瞬」でも、その背後には何度も繰り返した動きと観察がある。
- ルポールがボールを持ったとき、どんなコースを好むのか、日常のトレーニングや過去の試合からわかっていたかもしれない
- 相手サイドバックやセンターバックの背後に、どれくらいスペースが空いていたかを、プレーの直前に確認していたかもしれない
- 「ワンタッチで打つ」と決めて走り込んでいたのか、「止めてから」と迷いながら走っていたのか
どちらの心構えで走っていたかによって、同じボールでも、出てくるプレーはまったく違う。
一見「本能的なボレー」に見えても、その多くは「いつ来ても打てるように」準備しながら動いた結果かもしれない。
もし、自分がサイドアタッカーだったら。
味方センターフォワードが振り向いたとき、ボランチが顔を上げたとき、自分は「何を準備して走っているか」を、試合後に振り返ってみてもいい。
リヨンの反撃を生んだのは「配置」か「メンタル」か
- 結論より過程を振り返る — ゴール/失敗の良し悪しでなく「その選択に至るまでの過程」を選手と一緒に追う
- 「なぜ」と「もし」を問う — 「なぜ縦を選んだ?」「もし相手CBの距離が違ったら?」を毎試合の振り返りで使う
- 譲り合いを言語化する — PKやセットプレーのキッカー決定の数秒間を、チーム内で「誰が何を考えたか」共有する習慣を作る
トリガーになったのは何だったのか
0-1のまま時間が進んでいくかに見えた前半。
36分、コレントン・トリッソのクロスを、ロマン・ヤレムチュクが頭で合わせて同点。
続いて、エンドリッキがカウンターを仕掛け、アフォンソ・モレイラがペナルティエリア内で倒されてPKを獲得。
そのPKをトリッソが決めて、あっという間に2-1。
スコアだけ見れば「勢いが変わった」と表現される。
だが実際に変わっていたのは、勢いだけではなく「リヨンのボールの持ち方」や「前線4人の距離感」だったように感じられる。
トリッソは、守備時にはアンカー的に構えつつ、攻撃になれば前線に絡んでいく。
モレイラ、エンドリッキ、メラ、ヤレムチュクの4人は、サイドに流れたり、内側に絞ったりしながら、レンヌの最終ラインを揺さぶろうとしていた。
36分の同点弾、トリッソがなぜあの位置からクロスを選んだのか。
遠くのサイドチェンジではなく、ニアとファーの間を狙うクロスを選んだのはなぜか。
そこにも「考える余地」がある。
- レンヌのセンターバック間の距離が少し開いていた
- ヤレムチュクのポジション取りが、相手の視野から消えるような場所だった
- モレイラやエンドリッキが、相手サイドバックを外に広げていた
もしあなたがトリッソと同じようなポジションでプレーしているなら、クロスを上げる瞬間、「味方フォワードの動き」だけでなく、「相手ディフェンスの体の向き」も一緒に観ているだろうか。
- 準備して走る — 「いつボールが来ても打てる/受けられる」心構えで動いているかを試合後に振り返る
- 声かけ一つを意識する — 2-2の場面で味方に「行こう」か「落ち着こう」、そのひと言でチームの数分が変わると知る
- すぐに答えを出さない — 子どもが失った後「なぜそこで失う」ではなく「なぜその選択をした?」を聞く
PKをめぐる「譲る」という判断
2点目のPKは、ある意味でこの試合の縮図のようにも見える。
ファウルを受けたモレイラではなく、最終的にスポットに立ったのはトリッソ。
その前には、エンドリッキとトリッソが話し合いをしていた。
セットプレーのキッカーをめぐるシーンは、外から見ると単なる「役割分担」に見えるかもしれない。
しかし、そこには心の揺れもあるはずだ。
- 自分が蹴りたいという気持ちと、チームとして最適な選択との間の揺れ
- 若い選手に任せるタイミングと、経験を優先させるタイミングの見極め
- ミスしたとき、その後の試合全体に与える影響まで考えられているかどうか
エンドリッキは、ブラジル出身の若いアタッカーとして、注目も期待も浴びている。
「俺が蹴りたい」という思いがあってもおかしくない。
一方で、キャプテン経験もあるトリッソは、長いシーズンの中で、多くのプレッシャーを経験してきた中堅選手だ。
結果だけ見れば、トリッソが冷静に決めた。
でも、そこに至るまでの数秒間で、2人が何を考え、どう「譲る/譲らない」を決めたのか。
もし、自分がチームのエースやキャプテンなら、どう振る舞うだろうか。
もし、自分がまだ若くて、でも自信がある立場なら、どう言葉をかけるだろうか。
後半の「打ち合い」が教えてくれるもの
49分と52分、そして75分
後半に入っても、ゲームは落ち着かなかった。
49分、レンヌはタマリのクロスがDFに当たってこぼれたところをルポールが押し込み、19点目となるゴールで2-2に追いつく。
直後の52分、今度はモレイラがゴール前で冷静に決めて、リヨンが3-2と再びリード。
そして75分、エンドリッキが4点目を沈め、試合の趨勢をほぼ決定づけた。
「どちらも守備が悪かった」と見ることもできる。
だが、そこにだけ目を向けてしまうと、「攻める」という選択の価値が見えにくくなる。
例えば、52分のモレイラのゴール。
アブネルからのパスを受けたモレイラは、慌ててシュートを打ったわけではない。
相手の出方を見ながら、角度を作り、ゴールキーパーの重心を外すようにフィニッシュしている。
この「一呼吸置くかどうか」は、指導現場でもよくテーマになる。
- シュートチャンスが来たら、迷わず打てと言われる
- でも、落ち着いてコースを選べとも言われる
矛盾しているようで、どちらも大切だ。
実際のプレーでは、「今は迷わず打つ瞬間なのか」「一瞬だけ相手をずらしてから打てる時間があるのか」を、自分で判断し続けなければならない。
75分のエンドリッキの4点目も同じだ。
スルツとトリッソの連携から、最後はエンドリッキが右足を振り抜いた。
ここでも、彼にはいくつかの選択肢があったはずだ。
- キーパーと1対1の中で、コースを狙うのか、力で押し切るのか
- 横にフリーの味方がいる状況で、自分で決めにいくべきか、パスを選ぶべきか
- 75分という時間帯、スコア、相手の疲労度をどう考えるか
結果として、エンドリッキは自分で打つことを選び、ゴールを決めた。
これを「自己中心的」と見るのか、「ストライカーとして自然」と見るのかは、立場や価値観によっても変わるだろう。
もし、あなたが同じ場面に立ったとき、何を基準に決めるだろうか。
レンヌが「消えた」ように見えた20分間
実況では、後半のレンヌについて「ほとんど存在感がなかった」と表現されていた時間帯がある。
4連勝中で乗り込んできたチームが、なぜあの時間帯に主導権を取り返せなかったのか。
単純に「メンタルが切れた」と片付けてしまうのは簡単だ。
だが、もう少し細かく見てみると、いくつかの局面が積み重なっていたかもしれない。
- 2-2に追いついた直後、ブロックを締めるのか、さらに前から行くのかの判断
- 中盤の選手たちが、ボール保持とプレスの強度のバランスをどう調整したか
- 監督の交代策のタイミングが、流れに与えた影響
選手からすれば、「このまま押し切りたい」という気持ちと、「一度落ち着かせないといけない」という理性が、同時に頭の中にあったとしても不思議ではない。
それはプロでも、ジュニアでも、変わらない人間らしさだと思う。
例えば、あなたが中盤の選手なら、2-2の場面で何を味方に声をかけるだろうか。
「行こうぜ!」なのか、「一回落ち着こう」なのか。
そのひと言で、チームの数分間の表情が変わることだってある。
「3位」をめぐる重さと、ピッチに立つ一人ひとりの選択
クラブの未来と、目の前の一歩

この試合の勝利で、リヨンはリーグ3位に浮上した。
「4年ぶりのチャンピオンズリーグが近づいた」とも言われている。
チャンピオンズリーグ出場は、クラブにとって莫大な経済的価値を持つ。
スポンサー、放映権、選手補強の選択肢、アカデミーの魅力…。
あらゆるところに波紋が広がる。
ただ、その大きな目標も、ピッチ上の一人ひとりの「小さな選択」が積み重なった先にしかない。
- エンドリッキが、味方がフリーでも自分で打つと決めたシュート
- トリッソが、PKを自分で蹴ると引き受けた瞬間
- モレイラが、繰り返しサイドで仕掛け続けたドリブル
- ルポールやタマリが、リスクを恐れず縦を突いたプレー
それぞれが、自分の中で「どうするか」を決めている。
うまくいくときもあれば、失敗するときもある。
でも、選手自身が「なぜ、その選択をしたのか」を自分で説明できるかどうかは、長い目で見ると大きな差になる。
日本では、同じ状況をどう考えるだろうか
日本の育成年代の現場では、「チームのために」「規律を守ること」が強く求められることが多い。
それ自体は、とても大事な価値観だ。
一方で、ヨーロッパの試合を見ていると、「チームの約束事」を守りながらも、個人がその中でどれだけ自分の決断を持てるかが、より強く問われているようにも見える。
例えば、こんな問いを自分に投げてみることができるかどうか。
- この場面で、自分はなぜシュートではなくパスを選んだのか
- なぜ安全な横パスではなく、縦へのチャレンジを選んだのか
- なぜ今日は、前から追うより、ブロックを作る判断をしたのか
指導者側にも、問いがある。
- 選手の失敗を、どこまで「良い失敗」として認めるか
- 「こうしろ」と指示する前に、「君ならどうする?」と聞いてみる余白を持てるか
- 結果だけでなく、「その選択に至るまでの過程」を一緒に振り返れているか
リヨンとレンヌのような「欧州カップ出場権を争う試合」は、日本から見ると別世界のようにも感じられる。
けれど、そこで問われていることの多くは、日本の中学生や高校生の試合でも、そのまま当てはまる。
答えを急がない観戦という楽しみ方
「どっちが強いか」よりも、「どんな選択があったか」へ
4-2というスコアは、つい「リヨンが強かった」「レンヌは崩れた」といった結論を引き寄せる。
でも、ほんの少しだけ見方を変えてみると、この試合にはそれ以上のものが詰まっている。
- タマリのボレーに至る、ルポールのロングパスという決断
- トリッソとエンドリッキの間で揺れ動いたであろう、PKキッカーの選択
- モレイラの繰り返しの仕掛けと、最後に報われた一発
- ルポールが19点目を決めても、なお勝ち切れなかったレンヌの葛藤
試合を見終わったあと、すぐに「誰が悪い」「誰がヒーロー」と決めつけてしまうのではなく、一度立ち止まってみる。
「あの場面、自分だったらどうしただろう」と。
選手として。
ベンチの指導者として。
あるいは、スタンドから見守る保護者として。
リヨン対レンヌのような試合は、ヨーロッパの遠いスタジアムで起きた出来事のようでいて、実は自分自身のサッカーの考え方を映す鏡にもなりうる。
すぐに答えを出さなくてもいい。
ただ、「なぜ、あのプレーを選んだのか」という問いだけを、そっと心のどこかに置いておく。
次に自分がピッチに立つとき、その問いがふと、足元のボールの重さを変えてくれるかもしれない。
