エンバペとハキミが教えてくれる、「感じて選ぶ」サッカー人生の歩き方
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「もう代表ではプレーしない」と思った夜から、彼らが選んだもの

スイス戦のPKを外したあと、キリアン・エンバペは「自分は生きた心地がしなかった」と振り返っている。 人種差別を含む激しい中傷が一気に押し寄せ、フランス代表をやめるとまで決意して、協会会長のもとへ向かったという。 ワールドカップを取って「英雄」と持ち上げられた数年後に、同じ国から浴びせられる言葉の刃。 その落差を想像すると、「メンタルの強さ」といった一言では片づけられない揺れが見えてくる。
今、日本でプレーを続ける子どもや若者が、同じレベルのプレッシャーにさらされることはそう多くないかもしれない。 それでも、SNSの書き込みやスタンドからの怒号に胸をざわつかせた経験は、多くの選手が持っているはずだ。 あのとき、エンバペは何を考え、どんな選択肢の中から決断し、また別の選び直しをして今もプレーしているのか。 そのプロセスに目を向けてみると、日本でサッカーをする私たちにも通じる問いが、いくつも浮かんでくる。
失敗のあと、「やめる」という選択を本気で考えること
一度は手放そうとした「国のユニフォーム」
PKを外したあと、エンバペが最初にしたことは「すべてを続ける」ことではなく、「もうフランス代表としてはプレーしない」と伝えに行くことだった。 英雄扱いから一転しての中傷を前に、「この環境でもう一度ピッチに立つのか?」という問いに、直感的に「ノー」と答えたのだろう。
ここで興味深いのは、「国のために戦うべきだ」といった外からの価値観ではなく、「自分はどう感じているのか」を起点に動いている点だ。 代表を背負うことは、多くの選手にとって夢であり誇りだが、それでも「もうやめたい」と思った自分の感情を見ないふりはしなかった。
もし自分が同じように、試合の最後にミスをしてチームを敗退させてしまったとしたらどうだろう。
- 次こそ取り返すために、すぐ練習に向かう
- しばらくサッカーから離れることを考える
- 誰かに話を聞いてもらう時間をつくる
どれも「間違い」とは言い切れない。 ただエンバペは、そのときの自分にとって「代表を離れる」という選択肢を真っ正面から見つめた。 その後、彼は結局フランス代表に戻る決断をしているが、「一度、本気でやめることを考えた」というプロセスを飛ばしてはいけない気がする。
| 場面 | 外からの価値観での選択 | 内側の感覚での選択 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 大きなミスの後 | 「国のために戦い続けるべき」と続行を選ぶ | 「やめたい」という感情を正直に見つめ直す | ◎ 自己認識 |
| チーム・代表の選択 | 強い方・タイトルが取れる方を選ぶ | 「しっくり来る」感覚に従い選ぶ | ◎ 内省 |
| ポジション評価 | 客観的難易度・数値で比較する | フォワードとしての消耗感を自分の言葉で語る | ○ 独自視点 |
| インタビュー対応 | 積極的に発信し知名度を上げる | 疲れを感じたら回数を絞る判断をする | △ 制限あり |
| 他選手のプレーから学ぶ | テクニックをそのままコピーする | 「自分の武器とどう組み合わせるか」を考える | ◎ 応用力 |
日本では「やめたい」と言えるか
日本の育成年代では、「やめたい」と口にすること自体が、どこかタブーのように扱われることがある。 保護者や指導者から「ここで投げ出してどうする」「せっかく続けてきたのに」と言われるかもしれない。 そんななかで、本当は苦しいのに、ただ続けることだけを選ばざるを得ない選手もいる。
でも、「やめたい」と感じる自分を認めることは、本当は次の一歩を考えるためのスタートラインでもある。 やめるのか、続けるのか。 どちらを選ぶにしても、一度「本気で両方を天秤にかけてみる」という作業を飛ばさなかった人のほうが、選んだ後の覚悟は強くなるのかもしれない。
「どの国のために戦うか」を自分で決めるという重さ
- 「やめたい」発言を受け止める練習をする — 選手がそう言ったとき、すぐ否定せず「今どう感じているのか」を一緒に整理する問いかけの型を持つ
- 守備の役割分担をポジション別に言語化する — 「どこまで戻るか」「どこから役割を分担するか」を事前にチームで共有し、選手が自分なりの答えを持てる状態をつくる
- 目標選手の「どこを」真似るかを問いかける — 憧れの選手への言及を「どのプレーを、どう自分に当てはめるか」まで深めさせる習慣を練習後につくる
ハキミがスペイン代表を選ばなかった理由
同じポッドキャストで、アクラフ・ハキミは「スペインから何度も声がかかった」と話している。 彼はレアル・マドリードで育ち、スペイン代表のトレーニングにも参加した。 クラブからも「行ってみればいい、感じたままに決めろ」と背中を押されていたという。
実際にスペイン代表のトレーニングに参加したあと、彼が口にした言葉は、「なんとなく、違和感があった」というものだった。 うまく言葉にできないまま、自分の中の「しっくりこなさ」を大事にして、最終的にモロッコ代表を選んでいる。 その時点で彼は、まだレアル・マドリードのトップチームでデビューすらしていなかった。
国を選ぶという行為は、日本の多くの選手にとっては縁遠い話に聞こえるかもしれない。 それでも、この「選び方」自体は、進路やクラブ選び、ポジションの変更など、もっと身近な場面にも重ね合わせることができる。
- ミスの後に「なぜそれを選んだか」を振り返る — 失敗を責めるのではなく、「あのとき自分は何を感じて、どう判断したか」を試合後に一言メモする習慣をつける
- チームや環境を選ぶとき「しっくり感」も判断基準に入れる — 強さや実績だけでなく、「ここなら自分らしくいられるか」という感覚に耳を澄ませて選択する
- 憧れの選手を「分解」して見る観戦習慣をつける — 試合を見るとき、「あの選手のどの判断が自分の参考になるか」という視点で1点だけ探す意識を持つ
「強いチーム」か「自分が落ち着ける場所」か
ハキミの話を聞くと、彼は単純に「どちらが強いか」「どちらがタイトルを狙えそうか」といった条件だけで選んだわけではないことがわかる。 むしろ、「自分が心地よく、自分らしくいられるかどうか」を基準にしている。
日本の育成年代でも、こんな場面はよくある。
- 全国大会常連だけれど、競争が激しくほとんど試合に出られないかもしれないクラブ
- そこまで有名ではないが、自分のプレーを理解してくれる監督や仲間がいるクラブ
どちらを選ぶかは、選手によって違っていい。 ただ、そのときに「世間からどう見られるか」だけでなく、「自分はどこでサッカーをしたいのか」という感覚に耳を澄ませることができるかどうか。 ハキミが大事にしたものは、まさにその部分だったのかもしれない。
「ポジションの難しさ」をどう感じるか
エンバペが「一番簡単」と言ったポジション
エンバペは、「一番簡単なポジションはセンターバックだ」と語っている。 視野が広く、後ろにはカバーもいて、40歳近くまでトップレベルでプレーする選手もいるから、という理由を挙げていた。 一方で、「40歳のフォワードは、ほぼいない」とも。
センターバックを本職にしている選手からすると、「いや、どこが簡単なんだ」と反発したくなるかもしれない。 最終ラインの一つのミスが、失点に直結する立場。 空中戦、対人、ビルドアップの精度、すべてが高いレベルで求められる。
この発言に正解・不正解を求めるのではなく、「エンバペからは、こう見えている」ということ自体に意味があるように思える。 フォワードとして、常にゴール前で相手の注意を浴び、ミスが数字として残る側に立っていると、「消耗」の感覚はまた違ってくるだろう。
自分のポジションをどう定義しているか
日本の選手が、「一番難しいポジションはどこか」と聞かれたとき、何と答えるだろう。 そして、自分のポジションについて、「何が一番大変で、何が一番楽しいのか」を、どれくらい言葉にできるだろうか。
たとえばセンターバックなら、
- 背後を取られる怖さと戦いながら、前に強く出るタイミングを選ぶこと
- 攻撃をスタートさせる最初のパスを、どこに通すかを常に考えること
フォワードなら、
- ボールが来ない時間帯でも、相手を引きつける動きをやめないこと
- 一度のチャンスを決めきれなかったとき、自分を責めすぎず、次のプレーに入ること
こうした「自分にとっての難しさ」を整理していくことで、初めて、トレーニングの中身や試合中の判断が変わってくる。 エンバペの「センターバックは簡単」という発言は、もしかすると、彼自身が感じているフォワードのしんどさの裏返しなのかもしれない。 それを聞いたうえで、「自分はどう感じるか」を改めて考えてみることに、意味がある。
走るか、走らないか。「守備をするストライカー」の選択
「あまり守備をしない」と自覚しているフォワード
エンバペは、自分について「他の選手に比べると守備は少ない」と認めつつ、「やるときはチームへの影響が大きい」と語っている。 レアル・マドリードでは、自分が一度プレッシャーに行くと、周りも連動してついてくる、と感じているらしい。
ここには、「全員が同じ量を走るべきだ」という発想とは、少し違うニュアンスが含まれている。 つまり、
- 自分はどのタイミングで守備にスイッチを入れるべきか
- どこまで戻り、どこからは他のポジションと役割を分担するのか
といった、「守備をしない」のではなく、「どう守備をするか」という選び方の話になっている。
日本で「サボっている」と見えるプレーの裏側
日本の指導現場では、前線の選手に対して「もっと守備しろ」「サボるな」と声がかけられることがある。 もちろん、まったく走らずに前に立っているだけでは、チームとして成立しない。 ただ、「90分間ずっと同じ強度で追い回すこと」だけが正解でもないはずだ。
エンバペのようなトップレベルの選手でさえ、自分の守備の量と質について、チームの中での位置づけを考えている。 「どこまでやるか」を決めるのは、単に楽をしたいからではなく、自分の強みとチームの戦い方のバランスを探す作業でもある。
もし自分がフォワードなら、「いつプレッシャーをかけるべきか」「どのコースを切るか」という具体的な判断を、試合前からイメージしておくことができる。 逆にディフェンダーの立場なら、「前線の選手がどこまで戻ってくれれば、自分たちはどうスライドするか」を共有できると、お互いの不満も減っていくかもしれない。
「感じたままに話す」ことのしんどさと、それでも言葉を選ぶこと
インタビューは「ボクシングの試合」

エンバペは、インタビューについて「ボクシングのようなものだ」と表現している。 記者は自分の口から強い言葉を引き出そうとし、自分はそれをかわしながら、本当に伝えたいことを探す。 この駆け引きに疲れ、最近はあまりインタビューを受けないとも語っている。
トップ選手になればなるほど、一つひとつの言葉が切り取られ、世界中で拡散される。 その重さを考えれば、「何も話さない」という選択をする選手がいても不思議ではない。
日本の選手は何を話し、何を話さないか
日本の選手たちも、カメラの前で自分の言葉を求められる機会が増えている。 試合直後にマイクを向けられ、「どうでしたか?」と聞かれたとき、どこまで本音を語るか。 チームメイトや指導者へのリスペクトと、ファンに対する誠実さ、その両方の間で揺れながら言葉を選んでいる。
エンバペのように、「疲れるからインタビューを減らす」という決断もあれば、あえて「自分のスタンスを説明することも役割の一つ」と考えて話し続ける選手もいる。 どちらが正しいという話ではなく、「何を守るために、どんな話し方を選んでいるのか」という視点で聞いてみると、また違った景色が見えてくる。
「感じる」から始まり、「選ぶ」にたどり着くまで
メッシの9本のシュートと、隣で見ていた人のまなざし
パリでの練習のエピソードとして、エンバペはメッシの話もしている。 シュート練習で、メッシは9本中9本を同じコースに決め続けた。 それを見ていたエンバペは、「キーパー、分かってるだろ?」と心の中でつぶやくしかなかったという。
天才的なプレーを目の当たりにしたとき、多くの選手は「自分とは違う世界だ」と感じる。 そこから、
- ただ感心して終わるのか
- どこを真似できるかを必死に探すのか
- 自分の武器とどう組み合わせるかを考えるのか
どのモードに入るかで、その後の成長は大きく変わっていくはずだ。 エンバペはメッシやクリスティアーノ・ロナウドを、自分のアイドルと語りながらも、「自分は自分」として前に進もうとしている。
日本ではどう考えられるか
日本の育成年代では、「誰を目標にするか」を聞かれることが多い。 メッシ、ロナウド、ネイマール、久保建英、三笘薫。 名前を挙げることは簡単だが、その選手の「どの部分を、どう自分に取り入れるか」まで考えているかどうかが、本当の分かれ目になる。
たとえば、
- メッシの「同じコースに蹴り続ける再現性」を、自分のシュート練習にどう反映させるか
- ロナウドの「何度でも自分を作り直す姿勢」を、日々のトレーニングの組み立て方にどう落とし込むか
こうした問いは、誰かが「正解」を教えてくれるものではない。 自分で感じ、自分で選び、時には選び直しながら、少しずつ自分だけのプレーヤー像がかたちになっていく。
問いを持ち続けることが、プレーを変えていく
エンバペとハキミから、今の自分に持ち帰れる問い
PKを外して代表をやめようとしたエンバペ。 スペイン代表を選ばず、違和感に従ってモロッコを選んだハキミ。 「センターバックは簡単」と言い切るフォワード。 インタビューを「ボクシングの試合」と呼ぶスター。
その一つ一つの言葉や選択の裏には、
- 自分は今、何を感じているのか
- どんな選択肢があり、どれを選ぶのか
- 選んだあとに、もう一度考え直す余地を残せるか
という、終わりのない問いが流れている。 彼らは答えを一度で出しているわけではなく、葛藤しながら、そのときどきのベストだと思える判断を重ねているだけなのかもしれない。
あなたなら、どう選ぶだろうか
もしあなたが、
- 大事な場面でミスをして、周囲から厳しい言葉を浴びたとき
- 「強いチーム」と「自分が落ち着けるクラブ」のどちらかを選ばなければならないとき
- 自分のポジションについて、「本当はこう感じている」と言葉にしたいとき
どんなふうに考え、何を選ぶだろうか。 すぐに答えを出せなくてもいい。 むしろ、その場で立ち止まり、揺れながら考え続ける時間こそが、サッカー選手として、そして一人の人としての厚みになっていくのかもしれない。
ピッチの上でボールを蹴ることと同じくらい、ピッチの外で「自分はどうありたいか」を問い続けること。 その積み重ねが、遠く離れたスターたちの物語と、今目の前の一歩を、静かにつないでいる。 答えを急がずに考え続けるその姿勢が、いつかあなたのプレーを、そして人生を支える支点になるのだろう。
