21歳左ウイングバック、ダヴィド・プツカが示す「自分を選び直す」キャリアの歩き方
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左サイドの“学生”が、ジュベントスで居場所をつかむまで ――21歳DFダヴィド・プツカの選択と思考から考えること

「学生みたいな新入り」が、気づけばエースストライカー
まだ2年前、トリノにやって来たダヴィド・プツカは、まるで交換留学でイタリアに来た学生のような雰囲気だったと言われている。
オーストリア2部・アドミラ・ヴァッカーから、ユベントス・ネクストジェンへ。
当時19歳。
新しい国、新しい言語、新しいクラブ。
写真におさまった彼は、クラブの責任者クラウディオ・キエッリーニの隣で、少しぎこちない笑顔を浮かべる“新入生”のようだった。
そこから時間が経ち、2024-25シーズンの途中。
同じ左サイドを駆ける彼は、もはや「学生」ではない。
3バックへのシステム変更をきっかけに、左のウイングバックとしてフルスロットルで走り続け、ユベントス・ネクストジェンの得点王になっている。
28試合で8ゴール、4アシスト。
そのうち4点はPK、1点は直接FK。
守備的ポジションの選手が、チーム最多得点を記録しているという事実は、単なる「好調」を超えた意味を持っているように見える。
そこには、「どうプレーするか」だけでなく、「自分をどのような選手として選び直すか」という静かな決断の積み重ねがある。
| 局面 | 受け身の対応 | 自律的な対応 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 移籍・進路選択 | 評判や金額だけで決める | 「なりたい自分」から逆算して選ぶ | ◎ |
| システム変更 | 「ポジションがなくなった」と嘆く | 新たな役割を自己再定義のチャンスと捉える | ◎ |
| 言語・環境の壁 | プレーだけで乗り切ろうとする | 言語習得など環境整備に先に手をつける | ○ |
| PKキッカーの打診 | 責任を避けて断る | 怖さを認識しつつ引き受けて準備する | ○ |
| 憧れの選手への傾倒 | 動きをそのままコピーする | 自分の体と対話して自分の武器を見つける | △ |
0-3で負けた試合で、ひとりだけ光って見えた理由
ユベントスがプツカを本格的に追い始めたのは、オーストリアU-19対イタリアU-19の親善試合だったと伝えられている。
結果はオーストリアの0-3の完敗。
スコアだけを見れば、ピッチにいた選手たちの価値は「イタリアが上、オーストリアが下」と単純に並べられてしまいそうだ。
それでもユベントスのスカウトは、その試合でプツカに注目し続けた。
敗れた側の選手が、大きなクラブの目を引いた。
そこには、どんな視点が働いていたのだろうか。
おそらく、点差や勝敗だけでは説明できない何かがあった。
たとえば、3点ビハインドになっても落ちないスプリントの回数。
奪われても、もう一度奪い返そうとする姿勢。
ボールを持ったときの、ひとつひとつの選択。
・シンプルに後ろに戻すのか
・あえてリスクをとって縦に仕掛けるのか
・内側に絞って、数的優位を作ろうとするのか
試合は負けている。
その中でなお、自分のプレーをどう選ぶか。
そこに、その選手が将来どんな「考えるフットボーラー」になりうるかがにじむ瞬間がある。
もし自分が0-3で負けている側のサイドバックだったら、どうだろう。
次のプレーで、リスクを取る勇気は残っているだろうか。
安全なパスに逃げて、「ミスしない自分」を守りたくなってはいないだろうか。
スカウトは、きっとそうした「目には見えにくい選択」を拾い集めていたはずだ。
その先に、「この選手は環境が変わっても伸びるかもしれない」という仮説を立てていたのかもしれない。
- システム変更時は「失う」より「得る」視点を示す — ポジション変更を告げる際に「新しい役割でできること」を具体的に言語化し、選手の自己再定義を支援する
- PKなど責任ある役割は「引き受ける理由」を選手と対話する — 役割を与えるだけでなく、選手が「なぜ自分が担うのか」を自分の言葉で持てるよう質問型コーチングを実践する
- 進路相談では「今の自分」と「なりたい自分」を分けて整理させる — クラブ残留・大学・海外など選択肢の優劣ではなく、本人の判断基準を引き出す問いかけを習慣化する
移籍金20万ユーロ弱という数字に隠れたもの
ユベントスは、その後もアドミラ・ヴァッカーでのプツカを追い続けた。
すでに2部リーグでコンスタントに試合に出ていた彼に対し、イタリア国内のクラブも興味を示していたとされる。
それでも、最終的に彼をトリノに連れてきたのはユベントスだった。
クラブが支払った移籍金は20万ユーロ弱。
ヨーロッパのマーケット全体を見れば、高額ではない。
「安く獲得した有望株」というひと言で片付けることもできる。
しかし、その数字の裏側にも「選ぶ」という行為がある。
クラブ側には、こうした問いがあったはずだ。
- 今いる左サイドの選手たちと、どんな競争をさせたいのか
- 3年後、5年後のトップチーム像に、この選手はどうつながるのか
- プレーだけでなく、性格や学ぶ姿勢も含めて、クラブにフィットしそうか
一方、プツカ側にも、別の問いがあっただろう。
- オーストリア2部で出場機会を積み重ねるのか
- イタリアのビッグクラブのBチームで、新たなチャレンジを選ぶのか
- 出場機会が減るリスクと、成長機会の大きさをどう天秤にかけるか
どちらが「正解」のルートかは、移籍を決めた瞬間には誰にもわからない。
ただ、そのときに必要なのは、「今の自分」と「なりたい自分」とを、少し真剣に見比べる時間なのかもしれない。
日本の10代、20代の選手たちも、進路やクラブ選びで似たような迷いを抱くことがある。
・Jクラブのアカデミーに残るのか
・大学サッカーに進むのか
・海外に挑戦するのか
プツカの移籍金の多寡よりも、「本人が何を基準にその道を選んだのか」を想像してみると、日本のサッカー少年たちの進路選択とも静かにつながってくる。
- ポジション変更は「終わり」ではなく「再スタート」 — システムや役割が変わったとき、新しいポジションで何ができるかを探ることで視野が広がる
- 憧れの選手を「真似る」時間と「自分の体と話す」時間を両立する — スター選手の動画を研究するのと同じくらい、自分のプレーを振り返り得意な形を探す時間を確保する
- 進路は「正解」より「なぜその道を選ぶか」を自分の言葉で持つ — どんな基準で選んだかを語れることが長期的な成長につながる
言葉が通じない中で、最初に選んだのは「学ぶこと」だった
トリノに来た当初、プツカは言葉の壁に苦しんだという。
イタリア語がすぐ話せるわけでもない。
戦術理解も、ロッカールームの雑談も、コミュニケーションが大前提になる。
プレー以前に、「聞いて、理解して、伝える」という基礎が揺らぐ。
その中で彼がまず選んだのは、「言語を学ぶ」という一歩だった。
誰でも思いつく行動ではある。
だが、実際にそれを続けるのは簡単ではない。
サッカー選手だから、グラウンドで結果を出せばいい。
そう割り切ることもできたはずだ。
けれど、プツカは「学ぶ」方を選んだ。
ゆっくりとイタリア語を身につけながら、出場時間も少しずつ増えていった。
2005年生まれの若者が、慣れない地で、自分のプレー環境を整えるために何から手をつけるか。
そこにもまた、その選手の「考え方」がにじむ。
もし自分が、知らない国のクラブに移籍したとして。
ボールを蹴る時間と同じくらい、「言葉を学ぶ時間」を取る決断ができるだろうか。
システム変更がもたらした「自分の再定義」
プツカのキャリアに、ひとつ大きな転機が訪れたのは、ユベントス・ネクストジェンの指揮官マッシモ・ブランビッラが再びベンチに戻り、チームが3バックへとシステム変更を行った時期だ。
4バックの左サイドバックから、3バックの左ウイングバックへ。
同じ「左の守備的選手」でも、求められる役割は大きく変わる。
・守る位置の高さ
・攻撃参加の回数とタイミング
・中に入り込むのか、タッチライン際に張るのか
ブランビッラは、プツカを左サイドを上下動する「外側のレーンの選手」として起用した。
身長185センチのフィジカル、スタミナ、そしてミドルシュートやプレースキックの精度。
それまでどちらかというと「守備の選手」として見られていた特徴が、システム変更によって、いきなり「チームの得点源」に変わった。
その瞬間、プツカは自分を「左サイドバック」ではなく「左のウイングバック」あるいは「攻撃もできるDF」として、心の中で再定義する必要があったはずだ。
守ることだけを考えていればよかったポジションから、「ゴールに絡まなければいけない」役割へ。
そこで問われるのは、単にプレーの幅だけではない。
「自分はどんな選手でありたいのか」という、より根本的な問いだ。
日本では、育成年代のうちからポジションを固定されるケースも少なくない。
「自分はずっとボランチだから」「自分はCBだから」と、自分の枠を決めてしまいがちだ。
だが、チームのやり方が変わり、ポジションが変わったときに、「自分の役割も変えていい」と思えるかどうか。
プツカの例は、その柔らかさを持った選手が、システム変更をチャンスに変えられることを示しているように見える。
PKキッカーを務める左DFという「信頼」
プツカの今季8得点のうち、4点はPKである。
ここにもまた、「選ばれた」と同時に「選んだ」瞬間がある。
PKキッカーは、多くのチームでエースや攻撃的な選手が担うことが多い。
そこで左サイドの選手にその役目を託すということは、監督とチームメイトからの大きな信頼の証でもある。
そしてもうひとつ大切なのは、「その役目を引き受けるかどうか」を決めるのは選手自身だということだ。
PKはゴールに最も近いチャンスであると同時に、外したときの責任も重い。
自信を持って点を取りに行くのか。
「自分じゃない方がいい」と一歩引くのか。
プツカは、キッカーを務めることを選び、今のところ結果を出している。
その裏には、彼なりのメンタルの準備や、蹴り方の研究、試合前のルーティンなど、表に出ない時間があるはずだ。
もし、自分がチームでPKキッカーを任されそうになったとしたら、どうするだろうか。
・責任の重さに怖さを感じて断るか
・怖さを感じつつも、「やってみたい」と受けるか
・仲間と話し合いながら、自分に合った役割を探るか
どれが「正しい」わけではない。
ただ、その選択をするとき、自分が何を大事にしているのかが、ふと浮かび上がってくる。
憧れのマルセロと、自分のスタイルのあいだで

プツカの憧れの選手は、かつてレアル・マドリーで左サイドを支配したマルセロだという。
左サイドバックでありながら、ドリブル、クロス、シュート、そして自由なポジショニングで試合を変えてしまう存在。
プツカも、ミドルシュートやプレースキックを武器にしている点で、その影響を感じさせる。
ただ、憧れの選手と同じプレーをなぞるだけでは、プロの世界では生き残れない。
自分の身体の特徴、スピード、判断のクセ、得意な形。
それらをすべて含めて、「自分はどういう左サイドの選手なのか」を作っていく必要がある。
マルセロのプレー動画を何度見ても、ピッチに立ったときに問われるのは、「自分はここで何を選ぶか」だ。
・ドリブルで仕掛けるのか
・クロスを上げるのか
・味方に預けて、もう一度スペースへ走るのか
日本でも、多くの子どもたちが海外のスター選手に憧れ、その動きを真似しようとする。
それ自体は素晴らしいことだ。
ただ、「憧れを真似る時間」と同じくらい、「自分の身体と対話する時間」を持てたら、プレーはまた違って見えてくるのかもしれない。
トップチームの「穴」を、どう見るか
ユベントスのトップチームでは、今夏以降の左サイドに変化が起こる可能性があるとされている。
フィリップ・コスティッチの契約満了。
冬に加入したカバルは、イスタンブールでの退場後、出場機会を得られていない。
一方で、アンドレア・カンビアーゾは着実に左サイドの主力としてポジションを確立しつつある。
その中で聞こえてくるのが、「プツカがカンビアーゾの控えを務める可能性」という話だ。
トップチームにとっては、左サイドの「穴」をどう埋めるかという現実的な問題である。
一方、その「穴」をチャンスと見るか、プレッシャーと見るかは、プツカ次第でもある。
・控えでも構わないから、まずはトップチームに食い込むのか
・もっと出場機会の多い別の環境を選ぶのか
クラブの計画と、選手のキャリアプラン。
それぞれの思惑が交差する場所に、次の選択がある。
日本でも、J1のクラブで出場機会を待つのか、J2やJ3、あるいは海外で「試合に出ること」を優先するのかというテーマは、いつも議論される。
どちらかが正しくて、どちらかが間違っているわけではない。
ただ、「なぜ自分はこの道を選ぶのか」を、自分の言葉で説明できるかどうか。
その問いかけこそが、結果以上に選手を成長させるのかもしれない。
日本の育成年代への問いかけ 「システム変更」が来たとき、どう受け止めるか
プツカのストーリーを、日本のサッカーに重ねてみると、ひとつ見えてくるテーマがある。
それは、「変化をどう受け止めるか」ということだ。
監督が代わる。
チームのフォーメーションが変わる。
新しい外国籍選手が加入する。
そうした変化のたびに、自分の立ち位置は揺らぐ。
プツカも、3バックへの移行がなければ、今のような「得点源」としての姿は生まれていなかったかもしれない。
変化によってチャンスを失う選手もいれば、変化のおかげで新しい役割を得る選手もいる。
その違いは、実力だけが決めるものではない。
「自分の役割を固定しすぎていないか」
「監督が何を求めているのかを、言葉だけでなくプレーから感じ取ろうとしているか」
そんな小さな姿勢の違いが、長い時間をかけて大きな差になっていく。
日本の育成年代でも、システム変更は頻繁に起きる。
そのときに、「自分のポジションがなくなった」と嘆く前に、自分のプレーを少し違う角度から見てみる余白を持てるかどうか。
プツカが左サイドの攻撃的な選手として開花した背景には、そうした「自分の再定義」を受け入れる柔らかさがあったように思える。
答えを急がないキャリアの歩き方
21歳のプツカは、まだ「完成」からはほど遠い。
トップチームでどれだけ試合に出られるのか。
代表レベルでどこまで登りつめるのか。
そのどれも、現時点ではわからない。
わかっているのは、0-3で負けた試合で光を放ち、見知らぬ国で言葉を学び、システム変更の中で自分の役割を選び直し、PKキッカーとして責任を引き受けてきたというプロセスだけだ。
そのひとつひとつの選択は、外から見れば小さく、地味かもしれない。
だが、選手本人にとっては、そのたびに心の中で「自分はどうしたいのか」と問い直す作業があったはずだ。
サッカーの世界では、結果が求められる。
得点、勝敗、タイトル。
それでも、結果にたどり着くまでの「考えた時間」「迷った時間」にこそ、その選手だけの物語が宿る。
もし、自分が今、チームでの立ち位置に迷っていたり、進路に悩んでいたりするなら、プツカの歩みをひとつの「問い」として受け取ってみるのはどうだろう。
・今の自分は、どんな選択肢を前に立ち止まっているのか
・その中で、何を大事にして選ぼうとしているのか
・すぐに答えが出なくても、その迷いとどう付き合っていくのか
ジュベントスの左サイドを駆け上がる21歳の姿は、その問いに対する「正解」を示してくれるわけではない。
ただ、答えを急がずに、自分の選択を重ねていくことの価値を、静かに語りかけてくる。
サイドラインぎりぎりを走る彼のように、私たちもまた、それぞれのピッチの上で、一歩ずつ、自分のコースを選んでいくのかもしれない。
