データと映像を「知恵」に変える──ノッティンガム・フォレストとHudlに学ぶサッカークラブの学習戦略
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ノッティンガム・フォレストが示す「データの知恵」への道──ビッグデータ時代のサッカーをどう学ぶか

いま、世界のサッカークラブが直面している大きなテーマのひとつが、「膨大なデータと映像を、どう“意味のある気づき”に変えるか」です。
ノッティンガム・フォレストでデータサイエンティストを務めるアレックス・マリン・フェリセスと、解析プラットフォーム「Hudl(ハドル)」のガブリエレ・ニェッコ、ジョン・オリントンは、その問いに正面から向き合っています。
彼らが語るのは、単に「データを使おう」という話ではありません。 データと映像を重ね合わせ、「情報」から「知識」、そして最終的に「知恵(意思決定)」へと変えていくプロセス。 そこには、ビッグクラブから地域クラブ、プロから育成年代まで、どのレベルのサッカーにも通じるヒントがあります。
「データは足りている。でも、決断に使えていない」
2024年に行われた興味深い調査があります。 2022年W杯に出場した各国協会と、世界中のプロクラブのスタッフを対象に、データ分析の体制や役割、価値について尋ねたものです。
結果は、合計29の協会と32クラブが回答。 しかし、その数字以上に考えさせられるのが中身でした。
「データが、クラブや協会の意思決定に使えるレベルにある」と答えた人は、わずか58%。 「部門をまたいで、データの扱い方が一貫している」と答えたのは、36%しかいませんでした。
いま、1試合のトラッキングデータだけで、約300万件のデータポイントが生まれると言われています。 試合データ、イベントデータ、トラッキングデータ、GPS、コンディション、さらにはニュースやSNSの情報まで。
「データが足りない」のではなく、「多すぎて活かしきれていない」。 このギャップをどう埋めるかが、ノッティンガム・フォレストのようなクラブ、そしてHudlが挑んでいるテーマなのです。
| 段階 | 内容 | 例(CB補強の場合) | 活用レベル |
|---|---|---|---|
| データ | 生の数字・座標・ログ | タックル座標・走行距離・ブロック座標 | △ 生データのまま |
| 情報 | 整理・集計された指標 | 90分あたりブロック数・空中戦勝率・インターセプトエリア | ○ 指標化 |
| 知識 | 文脈を含む理解 | リーグ強度・チームスタイルへの転用可否の考察 | ◎ 背景込み |
| 知恵 | 決断・行動につながる洞察 | 映像確認+メンタル評価+契約条件での最終判断 | ◎ 意思決定 |
| データ統合 | 複数ソースの掛け合わせ | イベントデータ+トラッキングで1+1=3の洞察 | ◎ 最高次元 |
データの“ピラミッド”──数字を「知恵」に変えるには
アレックス・マリン・フェリセスは、データを「知恵のための道具」と表現します。
彼が紹介するのが、いわゆる「ウィズダム・ピラミッド」です。
- データ(生の数字・座標・ログ)
- 情報(整理・集計され、意味づけされた指標)
- 知識(文脈の中で理解される“なぜ”を含んだ理解)
- 知恵(実際の決断や行動につながる洞察)
たとえば、センターバックを補強したいクラブを思い浮かべてみましょう。
最初にあるのは「データ」です。 タックルの座標、空中戦の回数、ブロックしたシュートの位置、1試合あたりの走行距離。 これらをそのままスカウトに渡しても、「じゃあ誰を見ればいいのか?」とはなりません。
そこで、まずは「情報」に変えます。
- 90分あたりのブロック数
- 空中戦勝率
- どのエリアでインターセプトしているか
こうすることで、「どのゾーンで強いのか」「どのスタイルの守備が得意なのか」といった輪郭が見えはじめます。
次は「知識」の段階です。
ここでは数字を眺めるだけでなく、「その数字の背景」を考えます。
- その選手がプレーしているリーグの強度やスピードは?
- 所属チームはハイプレスなのか、ローブロックなのか?
- 自分たちのクラブのスタイルに、どこまで転用できるのか?
たとえば、あるセンターバックは高い位置でのインターセプトに優れているとします。 ですが、自分たちのクラブが深い位置で守るローブロックを志向しているなら、彼の一番の武器は、そこまで活かせないかもしれません。
では、最後にそれを「知恵」に変えるにはどうするのか。 ここで、映像やオフ・ザ・ピッチの要素が入ってきます。
- 映像で「首を振って背後を確認しているか」「味方に指示を出しているか」を確認する
- メンタル面やリーダーシップ、逆境での振る舞いをチェックする
- 契約条件や生活スタイル、クラブ文化との相性を見極める
こうして、戦術・フィジカル・メンタル・経済条件が揃ってはじめて、「この選手を獲得するかどうか」という具体的な決断が可能になります。
あなたの所属チームや、応援しているクラブではどうでしょうか。 数字だけを見て選手を評価していないでしょうか。 それとも、感覚だけで「よさそうだ」と判断していないでしょうか。
Hudlが描く「データ成熟度カーブ」──4つのフェーズ
Hudlのガブリエレ・ニェッコは、世界中のクラブとやりとりする中で見えてきた「データ活用の4つの段階」を紹介しています。
- フェーズ1:外部委託型(アウトソース)
クラブは生データを使ってはいるものの、分析はすべて外部に任せている状態です。 クラブ内部には専門スタッフがおらず、自らの手でデータを扱う力はほとんどありません。
- フェーズ2:分析は内製、エンジニアリングは外部
クラブはアナリストを雇い、内部で分析できるようになります。 しかし、データの整形・結合・保存といった「土台づくり」は外部の会社に依存しているため、自由度には限界があります。
- フェーズ3:エンジニアリングから分析まで内製、ただし“縦割り”
パフォーマンス、スカウティング、フィジカル、メディカルなど、各部署がデータを扱えるようになります。 ただし、それぞれがバラバラのシステムで管理され、データ同士がつながっていないため、「総合的な洞察」が生まれにくい状態です。
- フェーズ4:ホリスティック(全体統合)アプローチ
目指すべき頂点がこの段階です。 データがクラブ全体で統合され、部門間のコラボレーションがデータによって促されます。 クラウド上でデータパイプラインが構築され、エンジニアとアナリストが一体となって、クラブの「知恵」を支えます。
Hudlが報告しているのは、「このフェーズ4を目指すクラブが、世界的に急増している」という現実です。
あなたのクラブは、どの段階に近いでしょうか。 そして、どこを目指したいと思いますか。
- 数字を「問い」に変える習慣 — スタッツを見たとき「なぜこの数字か?」と文脈を考えることで、データが知識に昇格する
- 映像と指標をセットで使う — 数字で傾向を掴み、映像で「なぜそうなっているか」を確認する二段階分析をルーティン化する
- 部門横断の情報共有を設計する — フィジカル・スカウティング・戦術の各データをつなげることで、単独データでは見えない洞察が生まれる
1週間で2200万データポイント──「量」から「つながり」へ
トップクラブでは、1週間に2200万以上のデータポイント、100時間を超える映像が発生することも珍しくありません。
しかし、いま重要なのは「集めること」ではなく、「つなげること」です。
イベントデータだけでは、「ボールを持っている瞬間」しか見えません。 トラッキングデータを合わせてはじめて、「ボールを受ける前にどんな動きがあったのか」「その選手にはどれだけのスペースがあったのか」が分かります。
この2つを統合すると、例えば次のような指標が見えてきます。
- ライン間にボールが入る「ラインブレイクパス」の回数と質
- ボールを受ける瞬間に、どれだけの自由なスペースがあったか
こうした情報は、「次の対戦相手をどう攻略するか」「自分たちの選手がどれだけうまくスペースを活用できているか」を知るうえで、とても重要なヒントになります。
同じように、リクルートでも、フィジカルデータとスカウトレポートを組み合わせることで、「数字には出ないリーダーシップやメンタリティ」を評価に含めることができます。
どれか一つのデータだけを見るのではなく、複数のデータを組み合わせて初めて、「1+1が3にも4にもなる」世界が開けていきます。
- 数字は「傾向」として読む — 1試合のスタッツに一喜一憂せず、複数試合の傾向を見ることで本当の強みと課題が見えてくる
- 映像で自分のプレーを振り返る — 感覚だけでなく映像で確認することで、コーチからのフィードバックも深く理解できるようになる
- 「なぜ」を問い続ける姿勢を持つ — 数字の背景にある理由を考える習慣が、サッカーIQを高める最短ルートになる
映像とデータを“橋渡し”するHudl Insight
ジョン・オリントンが紹介する「Hudl Insight」は、この「つながり」を具体的なツールとして形にしたものです。
ここでは、トラッキングデータ、イベントデータ、フィジカルデータ、そして映像が、ひとつのダッシュボードの中でつながっています。
- 守備ブロックの高さとポジショニング
チームが低い位置(ローブロック)、中間位置(ミドルブロック)、高い位置(ハイプレス)で守っているとき、それぞれどんな配置になっているのか。 Insightは、ポゼッションの状態を自動で認識し、トラッキングデータを集約して「チームの典型的なポジショニング」を可視化します。
- プレッシャー下でのボールロストと映像のリンク
どの選手が、どのエリアで、どんなプレッシャーの中でボールを失ったのか。 ダッシュボード上でポイントをクリックすると、そのまま映像にジャンプし、実際のプレーシーンを確認できます。 FCコペンハーゲンのビルドアップがプレッシャーの中でどのように崩れ、どこでロストにつながったか──そうした一連の流れが、データと一緒に立体的に見えてきます。
- 「ライン裏への走り」や「ラインブレイク」の定義を、自分たち仕様に
Insightでは、「意味のある走り」の条件をチームごとにカスタマイズできます。
- 走り出したときに、何人のDFが前にいるか
- 何人のDFを追い越したら「ラインブレイク」とみなすか
- 走り出してから、ボールが出るまでの時間をどこまで許容するか
こうした条件を設定することで、「自分たちのスタイルにとって重要な動き」だけを抽出し、すべて映像と紐づけて振り返ることができます。
- 単なる「走行距離」ではなく、プレーと結びついたフィジカル指標
1試合あたりの走行距離やスプリント回数だけでなく、「どの選手が、どんなプレーの中でスプリントをしているか」がわかると、トレーニングの設計も変わってきます。
- シーズンを通して見えるセットプレーの傾向
コーナーからのゴール、特定サイドからのセットプレー、二次攻撃の作り方など。 1試合、1シーズンを通してのパターンがデータとして見え、それを裏づける映像がいつでも確認できます。
重要なのは、「Hudl Insight」という特定のツールの名前ではありません。 ポイントは、「データと映像が同じ言語を話し始めるとき、分析が突然“現場の武器”に変わる」という事実です。
監督やコーチ、そして選手にとって、数字だけの表やダッシュボードよりも、映像と結びついたビジュアルははるかに直感的です。 多くの研究が示すように、「映像+定量指標」は、行動の変化を促すうえで非常に強力な組み合わせなのです。
「学ぶクラブ」と「学び方を学ぶクラブ」


ノッティンガム・フォレストのアレックス・マリン・フェリセス、Hudlのガブリエレ・ニェッコ、ジョン・オリントンが示しているのは、単なる「最新テクノロジーの活用事例」ではありません。
彼らが本当に問いかけているのは、 「クラブは、どうやってサッカーを“学ぶ組織”になるのか」 ということです。
数字を集めるだけなら、今の時代は誰にでもできます。 映像を撮ることも、決して難しくはありません。
しかし、「データをどう整理し」「どうつなぎ」「どう理解し」「どう決断に結びつけるか」という“学び方”を身につけるには、時間と対話、そして部門を超えた協力が欠かせません。
あなたが監督なら、どのデータと映像を、どう選手に見せますか。 あなたがアナリストなら、どんな形にすれば現場が動きやすくなるでしょうか。 あなたが選手なら、どんなフィードバックがあれば、自分のプレーを一段引き上げられると感じるでしょうか。
ビッグデータ時代のサッカーは、「正解を持っているクラブ」ではなく、「問い続け、学び続けるクラブ」が強くなっていくのかもしれません。
その意味で、ノッティンガム・フォレストやHudlの取り組みは、プレミアリーグのトップだけでなく、日本のJリーグクラブや育成年代、さらには学校部活動や地域クラブにも、たくさんのヒントを与えてくれます。
最後に、こんな言葉を添えて締めくくりたいと思います。
「情報は知識のもとになる。しかし、行動に移されたときにだけ、それは知恵となる。」
