FIFAが3億円を投じた「見せ方の設計」――インファンティーノのSNS管理が問いかける、信頼とは何かという話
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「見せ方」を選ぶということ――FIFAの3億円と、サッカーが伝えてきたもの
ボールはピッチの上にある。
それが長い間、サッカーの絶対的な前提だった。
選手は走り、判断し、失敗し、また走る。 その連続の中にだけ、試合の本質があった。 どれほど言葉を尽くしても、90分間のピッチ上の出来事が、すべてを語った。
だが今、そのルールが変わりつつある。
ノルウェーの調査報道誌「ヨシマール」が明らかにした話は、サッカーのことをずっと考えてきた人間の目に、奇妙な光景として映る。 FIFA(国際サッカー連盟)が、会長ジャンニ・インファンティーノ個人のSNS運用を含む広報管理契約に、3億円近い予算をかけているというのだ。
インスタグラム、X(旧ツイッター)、フェイスブック、LinkedIn――複数のプラットフォームで、ヨーロッパとアジアに配置された担当者が24時間体制でアカウントを管理し、ブラジルと日本には、会長が「適切に映るよう」フォローする専任スタッフがいる。
これは批判の話ではない。
ひとつの選択として見たとき、そこに何が見えるのか、という話だ。
「見せ方」もまた、戦略のひとつになった時代
かつて、トップ選手がプレーの質以外で評価されることは少なかった。
どんなドリブルを持っているか、どんなパスを選ぶか、どんな局面で冷静でいられるか。 そういったものだけが、人の記憶に残った。
それが今は違う。
アーセナルも、ハリー・ケインも、今回の件で名前の挙がったエージェンシーの顧客として並んでいた。 クラブも、選手も、そして組織のトップも、「どう見られるか」を設計する時代に生きている。
インファンティーノのインスタグラムのフォロワーは、490万人を超えているという。
数字だけ見れば、それは圧倒的な影響力だ。
しかし同時に、こんな問いも浮かぶ。
490万人のうち、どれだけの人が「この人の言葉を信じたい」と思ってフォローしているのだろう。 そしてどれだけが、巧みに設計された「見え方」に引き寄せられているのだろう。
それは、問い方が意地悪なのではない。
フォロワーを「持つ」ことと、信頼を「築く」ことが、同じではないかもしれない、という問いだ。
日本のサッカーが「伝える」ことをどう扱ってきたか
日本では、サッカーの「伝え方」についての議論は、長い間、地味なものだった。
Jリーグが始まった頃、クラブはそれぞれの地域に根を張ろうとした。 スタジアムに来てもらう。地元の子どもたちにボールを触ってもらう。 そういう小さな積み重ねが、サポーターとの信頼をつくってきた。
SNSが普及して以降、その景色は変わってきた。 フォロワー数が「強さ」に見える時代になり、インフルエンサーと提携するクラブも増えた。
それは必ずしも悪いことではない。
ただ、スピードと量が増えるほどに、じっくりと「何を伝えたいのか」を考える余白が、削られていく感覚がある。
育成の現場でも、似たことは起きている。
目の前の試合に勝つことを伝えるより、なぜその戦術を選んだのかを説明する方が、ずっと時間がかかる。 子どもが「なんで?」と聞いてきたとき、すぐに答えを出す方が、その場は収まる。
でも、その「すぐに答える」習慣が積み重なっていくと、選手は「考える前に答えを待つ」ようになっていく。
情報を発信する側も、受け取る側も、どこかで同じ罠にはまっているのかもしれない。
3億円の先に何が残るか
FIFAが今回選んだ手段は、合理的だ。
影響力のある人物の「見せ方」を最適化し、組織のブランドを守り、メッセージの届く範囲を広げる。 プロフェッショナルな判断として、論理は通っている。
しかし、どんなに洗練された発信をしても、それが「本人の言葉ではない」と感じさせた瞬間に、信頼は揺らぐ。
むしろ、お金をかけた分だけ、その「設計されている感」が透けて見えるときもある。
サッカーの世界には、長い間、そういう矛盾が存在してきた。
ピッチ上では、どんな選手もミスをする。 どんなに有名な選手でも、外したシュートは外したままだ。 それを映像で誤魔化すことはできない。
サッカーが人を惹きつけ続ける理由の一つは、そのリアルさにある。
設計できない瞬間が、最も感動を呼ぶ。
そのことを、巨額の予算を持つ組織のトップも、育成年代の指導者も、自分のチームの発信を考える親も、同じように問われているのかもしれない。
「何を伝えるか」の前に「誰であるか」を問う
今回の話は、FIFAやインファンティーノに限った問題ではない、と思う。
SNSを持つすべての人が、同じ問いに立っている。
どう見せるかを先に決めるのか。 何を大切にしているかを先に決めるのか。
その順番は、小さいようで、積み重なると大きく違う場所に連れていく。
試合に負けた後で、コーチがSNSに「今日もよく頑張りました」と投稿することは、簡単だ。 でもそれより先に、選手に「今日どんなことを考えながらプレーしていたか」を聞くことに、どれだけの時間を割けているだろう。
発信の量と、対話の深さは、しばしば逆行する。
世界最大のサッカー組織が3億円かけて守ろうとしているものが、本当に「信頼」なのだとしたら、その方法は正しいのだろうか。
それはFIFAだけに向けた問いではなく、サッカーに関わるすべての人が、自分の言葉で考えてみるべき問いのような気がする。
ゴールを決めた選手が、カメラを意識してポーズを作る前の一瞬に見せる、あの無防備な表情のように――本当のものは、いつも、設計の外側にある。
| 観点 | 具体例 | 目的 | リスク・課題 | 評価 |
|---|---|---|---|---|
| 組織のトップ(FIFA) | 会長個人のSNS運用に3億円近い広報契約 | ブランド管理・影響力拡大 | 「設計されている感」が透けて信頼を損なう | △ |
| トップ選手 | エージェンシーによる発信最適化 | イメージ構築 | 本人の言葉でないと感じられるリスク | △ |
| 初期のJリーグクラブ | スタジアム招待・地域密着の活動 | サポーターとの信頼構築 | 時間はかかるが持続的な効果 | ◎ |
| 現代のクラブ運営 | インフルエンサーとの提携 | フォロワー数の増加 | 量が増え伝えたい内容が薄まりやすい | ○ |
| 育成現場の即応的な発信 | 試合後に「よく頑張りました」と投稿 | その場を収める | 選手との対話の深さが犠牲になる | △ |
| 育成現場の対話型指導 | 選手に考えを聞く時間を持つ | 信頼の醸成 | 時間はかかるが本質的な関係を築ける | ◎ |
- 試合後すぐに答えを出さない — 「今日どんなことを考えていたか」を選手に問い、対話の時間を確保する
- SNS投稿より対話を優先する — 発信の量を追う前に、選手一人ひとりの言葉を聞く時間を持つ
- 戦術選択の理由を説明する時間を取る — 「なぜ」を子どもに考えさせ、即答で済ませない
- フォロワー数と信頼を分けて見る — 数字の大きさが必ずしも本物の信頼を意味しないと意識する
- 設計されていない瞬間に注目する — ゴール後の無防備な表情など、作られていない場面を観戦の軸にする
- 子どもの「なんで?」にすぐ答えない — 親も即答せず、一緒に考える時間を持つようにする