エンドリッキが示す「遠回りの最短ルート」――レアル控えからリヨン経由でW杯へ、日本の選手・保護者・指導者が学べるキャリアの選び方
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「レアルに戻る“レオン”」エンドリッキが選んだ遠回りの意味

ひとりで扉をノックする19歳
マドリード郊外、バルデベバスのトレーニングセンター。
トップチームはオフに入り、普段の熱気は少しだけ薄れている。
そんな静かな施設に、ひとりの19歳が戻ってくる。
エンドリッキ。
ブラジル代表としてワールドカップに向かう前に、レアル・マドリードの施設を借りて、個別トレーニングを行うことをクラブに願い出たと言われている。
新シーズンからはジョゼ・モウリーニョのもとで再スタートを切る予定の若きFWは、アンダー世代のチームに混ざるのではなく、ひとりでピッチに立つ道を選んだ。
「世界のトップクラブの選手が、オフくらい休めばいいのに」と感じる人もいるかもしれない。
けれど、その選択の裏側には「どうすれば自分はここで生き残れるのか」を、自分の頭で考え続けてきた時間がある。
| 観点 | 強豪クラブで控え | 中堅クラブで主力 | 若手育成への評価 |
|---|---|---|---|
| 出場時間 | 限定的・分単位の起用 | 先発+フルタイム前提 | ◎ 中堅側に大きく傾く |
| プレー役割 | 本職一本でアピール | サイドなど複数役割を経験 | ○ 中堅側で柔軟性育つ |
| メンタル負荷 | 序列の中で待つ忍耐 | 新環境への適応ストレス | △ どちらにも別種の重さ |
| 代表への近さ | 知名度は高いが試合数で不利 | 試合数を積み実績で勝負 | ◎ 試合数のある方が近い |
| 将来の戻り場所 | 戻る前提が薄く流動的 | 戻る前提でレンタル設計 | ○ レンタルなら戻る道筋あり |
レアルでは“控え”、リヨンでは“主役”という選択
エンドリッキは、レアルでの最初の1年半で、限られた時間の中でも結果を出していた。
公式戦946分の出場で7ゴール1アシスト。
数字だけ見れば、フォワードとして悪くない効率だと言える。
しかし、チームの中での立ち位置は、常に「4番手のストライカー」というところにとどまっていた。
カリム・ベンゼマの後継者としてやってきたスター、そして今ではキリアン・エムバペという絶対的な存在が前線にいる。
レアルというクラブの現実は、「うまい」だけでは出場時間はもらえないということだ。
2025-26シーズンが始まっても、その状況は変わらなかった。
度重なる小さなケガも重なり、シーズン序盤の出場は3試合で合計99分。
監督カルロ・アンチェロッティは、そんなエンドリッキにこう伝えたと言われている。
「ここでベンチに座っているより、外でプレーして自分のサッカーを伸ばしたほうがいい」
そこで出てきたのが、フランス・リヨンへの期限付き移籍という選択肢だった。
残るか、出るか。
日本の選手にとっても、似たような場面は想像しやすいはずだ。
強豪校や強豪クラブでベンチに座り続けるか、少しレベルを落としてでも試合に出られるチームを選ぶか。
どちらが正しい、という話ではない。
そこで問われるのは「自分は、いま何を優先したいのか」だ。
エンドリッキは「出場時間」を選んだ。
- 移籍・進路を「逃げ」と切らない — レベルを下げる選択でも、出場時間と役割幅を取りに行く積極策として位置づける
- ポジション変更を「成長機会」として渡す — 本職以外を任せるとき、何を試しているのか言葉で説明し、選手と握る
- オフの過ごし方を選手に決めさせる — 「休め」「自主練しろ」だけで終わらせず、何のための時間かを本人に言わせる
リヨンでの“留学”が変えたもの
リヨンでは、監督ピエール・フォンセカのもと、エンドリッキは前線だけでなく右ウイングでもプレーした。
パルメイラス時代から得意だった、右サイドから左足で中に切れ込む形を、フランスでも再び磨いた。
13試合をそのポジションで任され、8ゴール8アシストという数字を残したとされている。
ただ、この数字の裏には、もっと複雑な現実があるはずだ。
慣れない街、言葉の違い、生活リズム、チーム内の序列。
日本から海外に渡った選手がよく語るように、「ピッチの外のストレス」とどう付き合うかも、大きな勝負になる。
フォンセカは、そんなエンドリッキを「センターフォワードだけの選手」とは見なさず、サイドでの役割も与えた。
彼の中の「自分はストライカーだ」という固定観念も、そこで揺さぶられたかもしれない。
その揺らぎが、選手を成長させることもある。
「自分はここで何を求められているのか」
「強みは何で、何を変えないといけないのか」
日々のトレーニングや試合の中で、それを考え続けることになった。
結果として、ブラジル代表のワールドカップメンバー入りを勝ち取ることになる。
アンチェロッティは、最終決定は直前まで悩んだと明かしている。
ぎりぎりのタイミングで夢をつかんだ19歳は、「レアルの控え」から「ブラジル代表の一員」へと肩書を変えた。
- 「どこにいるか」より「どれだけ立っているか」 — 強豪のベンチか、別の場所で90分か。試合に立った時間が次の扉を開く
- 本職外のポジションを試される時間を捨てない — チーム事情の役割変更は、自分の引き出しを増やす機会にもなる
- オフや練習がない日に何を選ぶか — 「なぜ今これをやるのか」を自分で言える練習は、同じ1時間でも意味が変わる
「ミギワケ」のエムバペ、「代役」ではないエンドリッキ
そしてもうひとつ、忘れてはいけない前提がある。
レアルの前線には、エムバペがいるということだ。
世界最高クラスのFWがいるチームで、「自分の出番」をどうイメージするか。
クラブの内部では、エンドリッキを単なる「バックアッパー」ではなく、エムバペのオルタナティブとして考えているとも伝えられている。
センターだけでなく、サイドでも生きられる。
エムバペが出る試合でも、エンドリッキと同時にピッチに立つ絵を描ける。
そういう選手像が、少しずつ見え始めている。
もし彼が「9番以外はやりたくない」と言い張っていたら、この未来図は描かれていただろうか。
「エースとして点を取りたい」という欲求と、「チームの中で居場所をつくる」という現実との間で、どこまで折り合いをつけるのか。
これは、ほとんどの選手がどこかのタイミングで向き合うテーマだ。
日本の育成年代でも、こうした場面は多い。
センターフォワードをやっていた選手が、ユースや高校に上がるとサイドバックをやることになる。
ボランチだった選手が、チーム事情でセンターバックに回る。
「それを受け入れるのか、拒むのか」だけが問題なのではない。
そのとき、自分は何を大事にしたいのか。
ポジションへのこだわりか。
将来のプロへの近道か。
目の前の試合での貢献か。
エンドリッキのケースは、その問いに対するひとつの答え方として、サイドでの役割も引き受け、そこで成果を出しながら「ストライカーとしての価値」も落とさない道を選んだように見える。
「個別でトレーニングする」という小さくて大きな決断
ワールドカップ前にバルデベバスへ戻り、クラブの施設を使ってひとりでトレーニングするという選択。
ここにこそ、彼の「自分で選ぶ力」がよく表れている。
代表チーム合流までの期間は、完全にオフとして過ごすこともできたはずだ。
ブラジルで家族や友人とともに過ごすことも、コンディションを整えるという意味では悪くない。
それでも彼は、マドリードに戻ることを選んだ。
そこには、いくつかの思いが交差しているのかもしれない。
- レアルというクラブで、次こそは本当の意味で「戦力」として認められたい
- モウリーニョのもとで新シーズンを迎える前に、自分の体と頭を整えたい
- ブラジル代表としての大会に、最高の状態で臨みたい
どれが一番大きい理由だったかは、本人にしか分からない。
ただ、共通しているのは「誰かに言われたから」ではなく、自分のキャリアをどう描きたいかを考えたうえでの行動だということだ。
日本でも、似た構図はある。
オフシーズンの過ごし方。
チーム練習がない日、何をどこまでするのか。
「休めと言われたから、何もしない」
「自主練をしろと言われたから、ボールを触る」
そこから、もう一歩踏み込んで考えることはできるか。
「自分に足りないものは何か」
「次のシーズン、どこで勝負したいのか」
そう考えた末に選ぶ練習は、同じ1時間でも意味が変わってくる。
エンドリッキが、18歳から19歳へと向かうタイミングでそうした時間の使い方を選んでいることは、ひとつのヒントになるかもしれない。
「遠回り」がワールドカップへの最短距離になることもある

レアルからリヨンへの移籍は、一見すると遠回りに見える。
世界トップの舞台から、フランスのクラブへ。
そこに「格の違い」を感じる人もいるだろう。
だが、この「遠回り」によって、エンドリッキはブラジル代表という、さらに大きな扉を開いた。
アンチェロッティは「試合に出れば代表の可能性も見えてくる」と伝え、実際にその通りになった。
「強いチームにいること」と「代表に選ばれること」は、必ずしも同じ道ではない。
日本の選手でも、J1ではなくJ2や海外の中堅クラブでレギュラーとしてプレーすることで、代表に近づいていく例が増えている。
大切なのは「どのクラブにいるか」だけでなく、「どれだけピッチに立ち、何を示せているか」でもある。
その視点を持てるかどうかで、選ぶクラブやリーグも変わってくる。
もし自分がエンドリッキの立場だったら、どう判断するだろう。
レアルのベンチに座り続けることも、名誉ある選択かもしれない。
一方で、リヨンでレギュラーとしてプレーし、ワールドカップへの切符をつかんだ今の姿を見ると、「遠回りに見える道」が実は最短だったという見方もできる。
モウリーニョと向き合う「次のステージ」
新シーズン、レアルの指揮官となるモウリーニョは、若手を鍛え上げることで知られてきた。
その一方で、「生き残れない選手」と「飛躍する選手」がはっきり分かれる監督でもある。
厳しい要求、明確な役割、そして結果へのこだわり。
エンドリッキは、その中でどんな選択をするのか。
求められるのは、単なる「得点力」だけではないだろう。
守備への献身、ポジションチェンジの理解、試合の流れを読む力。
モウリーニョは、そうした部分まで含めて「前線の選手」に求めてくるはずだ。
それでも、エンドリッキはリヨンでの経験を経て、「レアルに戻れば今度こそ主役になれる」という確信に近いものを持っているとも伝えられている。
その自信は、どこから生まれているのか。
8ゴール8アシストという数字なのか。
ワールドカップメンバー入りという肩書なのか。
あるいは、「自分は変われる」という実感なのか。
いずれにせよ、そこには「誰かが自分を評価してくれるのを待つ」のではなく、「自分からポジションを取りにいく」というスタンスが見えてくる。
日本の選手・保護者・指導者にとっての問い
エンドリッキの1年半を追うと、その中には日本サッカーともつながる問いがいくつも浮かんでくる。
- 強豪チームで控えになるか、別の場所で主力になるかを選ぶとき、何を基準にするか
- 自分の得意なポジションにこだわるか、チームの中で役割を広げるかを考えるとき、どんな未来を描くか
- オフの期間や、チーム練習がない日に、どんな行動を「自分で」選ぶか
選手であれば、「もし自分が彼の年齢だったら」と想像してみるのもいい。
保護者であれば、「子どもが同じような岐路に立ったとき、何を伝えたいか」を考えてみるきっかけになるかもしれない。
指導者であれば、「ベンチにいる時間」や「ポジション変更」を、どう説明し、どう意味づけるかが問われる場面でもある。
「試合に出られない時間」も、「本職ではないポジション」も、すべてがマイナスとは限らない。
ただ、それをプラスに変えられるかどうかは、本人が「なぜ今こうなっているのか」を理解しようとするかどうかに大きく左右される。
エンドリッキは、その問いから逃げず、「外に出る」「ポジションを広げる」「個別で準備する」という選択を重ねてきた。
答えを急がないキャリアのつくり方
19歳にしてワールドカップに出場し、レアルに戻る。
そこだけ切り取れば、順風満帆なストーリーに見えるかもしれない。
けれど、その裏側には、「控えでいる苦しさ」や「環境を変える不安」や「新しい役割への戸惑い」が、きっと何度も顔を出していたはずだ。
それでも、ひとつひとつの場面で、「今、自分にできる選択は何か」を考え続けてきた結果が、今の彼の立ち位置につながっている。
キャリアの途中段階で、「これが正解だった」と決めてしまうことはできない。
レアルに戻ってから出場機会をつかめるかどうかも、ワールドカップでどんなプレーができるかも、まだ誰にも分からない。
だからこそ、「どの道を選んだか」だけではなく、「選んだ道をどう歩くか」に意識を向けることが大切になる。
いま、自分の前に見えている選択肢は何か。
その中で、自分は何を大事にしたいのか。
そして、選んだあとに、どんな姿勢でその道を進んでいくのか。
エンドリッキが静かなバルデベバスのピッチでひとり汗を流す姿を思い浮かべながら、自分自身の選択と、その先に続く時間の使い方を、少しゆっくり考えてみてもいいのかもしれない。
後に日本代表に選ばれることになる選手たちと、ジュニアユースからユースまでの時期、同じピッチでボールを蹴っていた。あの年代で先に出ていったのは、強豪チームで一番うまかった選手ばかりではなかった。どこか別のチームで、本職ではない役割を任され、それでも試合に立ち続けた選手が、気がつけば一段上の場所にいたという光景を、何度か見てきた。
もちろん、皆さんが見てきた選手がそうだったとは限らない。ただ、いま誰かが「ベンチで待つか、出る場所に動くか」で揺れているとして、その人が10年後どこに立っていてほしいか、少しだけ思い浮かべてみてほしい。
