二度目の十字靱帯断裂から何を選ぶか――イロ・マタゾの葛藤から考える、怪我と復帰に向き合うサッカー選手・指導者・保護者への問い
Share this column
二度目の十字靱帯断裂と、ピッチに立てない時間のサッカー

イロ・マタゾがピッチに戻ってきたのは、ようやく迎えた復帰戦だった。
前回公式戦に出たのは、2025年2月25日。
ASモナコからイングランドのハル・シティに渡り、前十字靱帯断裂という大怪我から、1年以上かけてリハビリを積み重ねてきた24歳のミッドフィルダーは、この日、先発に名を連ねた。
だが、試合開始から10分ほどで、彼は再び芝に倒れ込む。
今度は反対側の膝。
翌日、クラブは右膝の十字靱帯断裂を公表した。
「言葉にならない」「神に委ねるしかない」「一度乗り越えたから、二度目も乗り越える」。
マタゾはSNSで、そんな趣旨のメッセージを残したという。
かつてのモナコの仲間たち、オーレリアン・チュアメニ、アクセル・ディザジ、ユスフ・フォファナ、エリエス・ベン・セギール、マグネス・アクリウシュらが次々に励ましの言葉を送ったとも伝えられている。
一度目の十字靱帯断裂、そして復帰直後に訪れた二度目。
キャリアの上では、数字にすれば「2回目の大怪我」と書けてしまう出来事だが、その間にあった「考える時間」は、どれほどのものだっただろう。
そして、その時間は、彼にとってどんな選択を迫ったのだろうか。
ピッチにいないとき、人は何を「プレー」しているのか
怪我のリスクを承知で「戻る」と決めるまで
十字靱帯断裂という診断を受けたとき、多くの選手はまず「終わった」と感じると言われる。
長期離脱、再発のリスク、ポジションを奪われる不安、契約の状況。
プロであればあるほど、「プレーすること」がそのまま「生活」や「未来」と結びついている。
そんな中で、マタゾは1年以上をかけて復帰の準備をしてきた。
これは、単に医師やトレーナーに任せていれば自然とたどり着く道ではない。
日々「戻るのか」「急がないのか」「それでも自分はサッカー選手であり続けたいのか」と、自分に問い続ける時間でもある。
もし自分だったらどうだろう。
10か月目くらいで膝の状態が安定してきたとき、「そろそろいけるのでは」と焦りが顔を出すかもしれない。
クラブの順位やチーム事情を気にして、「ここで戻れば評価が変わる」と考えるかもしれない。
逆に、「再発したらどうしよう」という不安が大きくなり、一歩を踏み出すのが怖くなるかもしれない。
医師の言葉、コーチの判断、家族の思い。
さまざまな声と情報の中で、最終的に「ピッチに立つ」と決めるのは、本人だ。
その決断には、「怪我をしたくない」という感情と、「それでもプレーしたい」という欲求のせめぎ合いがある。
いわば、怪我のリスクを理解した上で、それを引き受ける覚悟の選択でもある。
| 観点 | 従来型の復帰観 | 本記事が示す復帰観 | 評価 |
|---|---|---|---|
| ゴール設定 | 元のプレーに完全に戻すこと | 今の自分で何ができるかを再定義する | ○ 柔軟化 |
| 怖さの扱い | ゼロにしてから復帰する | 怖さを抱えたまま踏み出す | △ 変化 |
| プレースタイル | 怪我前と同じ役割を維持する | ポジショニングや役割の再選択を許容する | △ 変化 |
| 周囲の声かけ | 「早く戻れ」「焦るな」と方向を示す | 「今はそう感じているんだね」と揺れを受け止める | ◎ 継承+発展 |
| 決断の時間 | 復帰時期を早く決める | 答えを出さない時間を確保する | ◎ 必要 |
| 役割の固定 | スピード型・身長型など型に固定する | 怪我を機に新しい役割を選び直す | △ 変化 |
「怖さ」とどう付き合うか
一度十字靱帯を断裂した選手は、復帰戦の最初の数分間に、とてつもない緊張を抱える。
ステップを踏むたび、方向転換をするたび、「今の動きは大丈夫か」と脳が確認しにいく。
その確認作業は、ある意味では「自分の体と再び信頼関係を結ぶ」プロセスだ。
だが、マタゾはその10分間さえ、最後まで味わうことができなかった。
右膝が悲鳴を上げたのは、まさにその「確認の時間」の途中だった。
ここには、一見すると「運が悪すぎる」という言葉で片づけたくなる現実がある。
だが、その裏側には、「怖さ」と向き合った者にしか分からない葛藤の積み重ねがある。
怪我からの復帰は、「怖くなくなったら戻る」のではなく、「怖さを抱えたまま戻る」決断でもある。
その怖さをゼロにすることはできないからこそ、「どのタイミングで、どこまでなら自分は踏み出せるのか」を自分で選ぶ必要がある。
支えてくれるメッセージは、何を生み出し、何を奪うのか
- 「元に戻す」をゴールにしない — 怪我前と同じプレーへの復帰ではなく、今の身体で何ができるかを選手と一緒に再設計する。
- 揺れを「弱さ」と決めつけない — 「怖い」「やめたい」という本音を出せる余白を残し、すぐに答えを求めない関わり方を持つ。
- 役割を再提案できる関係を作る — 走る距離より止まる場所、出場時間より観察での貢献など、新しい価値の道を共に探る対話を続ける。
仲間から届く「強くあれ」という眼差し

マタゾのSNSには、かつてのチームメイトたちからメッセージが集まった。
トップレベルで戦う選手たちの多くが、彼の痛みを知っている。
「また戻ってこい」「お前ならできる」。
こうしたメッセージは、ときに選手を大きく支える。
自分がチームから忘れられていないと感じること。
「一人で戦っているわけではない」と実感できること。
それは、長いリハビリ期間において、何度も心をつなぎとめてくれる。
一方で、「強くあろうとすること」そのものが、選手にとって新たなプレッシャーにもなり得る。
本当は「怖い」「もう嫌だ」と思う瞬間があっても、「強い自分」を演じ続けなければいけない気がしてしまうからだ。
マタゾが口にした「言葉にならない」「理解を超えている」という感情は、おそらくそうした両方の力を受け止めたうえでのものだろう。
支えてくれる人がいるからこそ、前を向こうとする自分と、同時に、「前を向きたくない」と叫ぶ自分もいる。
どちらが「正しい」わけでもない。
ただ、その両方を抱えたまま、次の一歩を「自分で選ぶ」必要がある。
- 「怖さ」をゼロにしないで踏み出す — 復帰の最初の数分は脳が体を確認する時間。怖さを抱えたままで構わないと知っておく。
- 「がんばれ」が誰のためかを問う — 周囲の励ましが本人の安心ではなく自分の安心になっていないか、家族として一度立ち止まる。
- 答えを出さない時間を守る — 続けるか休むか役割を変えるか、すぐに白黒つけずに考え続けてよい時間を、本人にも家族にも認める。
保護者や指導者の「がんばれ」は、何を問いかけているか
この話を日本の育成年代に重ねると、また別の風景が見えてくる。
中学生、高校生、大学生。
十字靱帯断裂まではいかなくとも、骨折や肉離れ、成長痛などで長期離脱を経験する選手は少なくない。
そのとき、周囲の大人はどんな言葉をかけるだろうか。
- 「早く治して戻ってこい」
- 「焦らないでじっくり治せ」
- 「この時間も成長のチャンスだ」
どれも間違いではない。
ただ、その言葉が「こちらの安心のため」になっていないかどうかだけは、立ち止まって考える必要があるのかもしれない。
「早く戻ってこい」と言えば、「この子は頑張ってくれる」と信じている自分が安心する。
「焦るな」と言えば、「無理をさせていない」と自分に言い聞かせられる。
それは自然な感情だ。
一方で、怪我をした本人にとって大事なのは、「どうしたいかを自分で考えられる時間」と「その答えを、すぐに出さなくていい空気」かもしれない。
「本当は怖い」「前みたいに走れる気がしない」「このままやめることも考えている」。
そうした本音を、少しずつ言葉にできる余白があるかどうか。
指導者や保護者が、その揺れを「弱さ」と決めつけず、「今はそう感じているんだね」と受け止めることができるかどうか。
マタゾのようにトップレベルで戦う選手であっても、「理解を超えている」と感じるほどの揺れがある。
ならば、育成年代の選手にその揺れがあって当然だろう。
「復帰する」とは、何に戻ることなのか
元の自分を取り戻すのか、新しい自分を受け入れるのか
怪我からの復帰を考えるとき、「元のプレーに戻れるかどうか」という言葉がよく使われる。
スピードは戻るのか。
キレは戻るのか。
フィジカルは戻るのか。
しかし、実際には「元通りに戻す」ことだけが正解とも限らない。
怪我の前と全く同じ体、同じ心であることはありえないからだ。
むしろ、「怪我をした自分」として、どんなプレーを選択していくのか。
そこにこそ、新しいキャリアが始まるのかもしれない。
例えば、スプリント回数を以前よりも減らす代わりに、ポジショニングと予測でカバーするミッドフィルダーになる選択もある。
また、攻撃的なポジションから、ゲームを落ち着かせる役割にシフトすることで、別の価値を示す道もある。
それは、「怪我をしたから仕方なく変える」のではなく、「怪我を経験したからこそ、見える景色が変わった」と受け止める選択でもある。
マタゾが今後どんな決断をしていくのかは、まだ誰にも分からない。
ただ、「一度乗り越えたから、二度目も乗り越える」と言葉にした背景には、「以前と同じ形」ではなくても、「また自分なりのサッカーを見つけていく」という意思が含まれているのかもしれない。
日本の選手は、どこまで「役割」を自分で選べているか
この視点を日本サッカーに重ねると、また一つの問いが生まれる。
怪我をきっかけにプレースタイルを変える選手は、どれくらいいるだろうか。
多くの場合、選手は自分の「型」を早い段階で固定される。
- 「あなたはスピードが武器だからサイド」
- 「身長があるからセンターバック」
- 「運動量があるからボランチ」
そこから外れる選択をしようとすると、「向いていない」「もったいない」と言われることも少なくない。
怪我をしたときも同じだ。
「以前の自分に戻ること」がゴールに設定されると、プレースタイルを変える余地がなくなる。
だが本来、サッカーの役割はもっと柔らかくていいはずだ。
例えば、怪我を機に「走る距離よりも、止まる場所」を考えるようになる選手がいてもいい。
あるいは、「プレー時間は減ったけれど、ベンチからの観察でチームを助ける」という役割を自覚する選手がいてもいい。
そのためには、「元に戻す」ではなく、「今の自分で何ができるか」を一緒に考える環境が必要だ。
指導者が戦術を与えるだけでなく、選手自身が「こういうプレーなら、今の自分の体でもできるのでは」と提案できる関係性。
チームメイトが「お前はもう走れない」と決めつけるのではなく、「じゃあ違う形で輝ける道はないか」と共に探る空気。
そうした対話の積み重ねが、怪我をした選手のキャリアを静かに変えていくのではないだろうか。
「答えを出さない時間」をどう守るか
二度目の十字靱帯断裂が投げかける問い
マタゾのニュースに触れたとき、多くの人は「また復帰できるのか」「次はいつ戻ってくるのか」という視点で見てしまうかもしれない。
だが、当の本人にとっては、「次にいつ戻るか」よりも先に、「自分は何を大切にしたいのか」という問いが立ち上がっているはずだ。
キャリアを続けるのか。
少し休むのか。
プレースタイルを変えるのか。
全ての選択肢が、同時に目の前に現れる。
そのどれもが、簡単には選べない。
だからこそ、本当は「今は決めなくていい」という時間が必要なのかもしれない。
日本の現場でも、似たような場面は少なからずある。
高校3年の夏に怪我をした選手。
最後の大会に間に合わせるか、大学やその先のキャリアを優先して無理をしないか。
周囲は「どうするんだ」と答えを急ぐが、本人の中では簡単に白黒つけられない感情が渦巻いている。
そんなとき、「どちらを選んでもいい」と伝えられる大人は、どれくらいいるだろうか。
「どちらを選んでも、君自身が考えて選んだなら、それを一緒に引き受ける」と言える指導者や保護者が、どれくらいいるだろうか。
もし、自分がマタゾだったら
最後に、あえて単純な問いを置いてみたい。
もし自分が、マタゾと同じ状況だったらどうするだろう。
- もう一度、同じように復帰を目指すのか
- プレースタイルを大きく変える準備を始めるのか
- 指導者としての道や、別の仕事を真剣に考え始めるのか
そして、そのどれを選ぶにしても、「誰と相談したいか」「どんな言葉をかけてもらいたいか」まで想像してみると、見えてくる景色がある。
もしかすると、自分が選手を指導するとき、我が子の進路に向き合うとき、その想像が役に立つかもしれない。
答えは、人の数だけある。
マタゾがどんな道を歩むにせよ、その選択は彼自身のものだ。
私たちにできるのは、「自分ならどう考えるか」を静かにたどりながら、その決断を尊重する準備をしておくことなのかもしれない。
ピッチに立てない時間にも、サッカーは続いている。
その時間に何を見つけるかは、一人ひとりが自分で選ぶしかない。
