カリアリが示す「答えを急がない」サッカー──キーマンを消し、幅を捨てて近さを選ぶ理由
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なぜカリアリは「答えを急がない」サッカーを選んだのか

センターライン付近で、ひとりのFWがゆっくりと横にスライドしている。
ボールを持つのはフィオレンティーナのセンターバック、ポングラチッチ。
寄せるでもなく、完全に捨てるでもなく。
カリアリの9番、ボレッリは、ただひとつのパスコースだけを消すことに集中している。
その先には、相手のビルドアップの要であるラニエリ。
ボレッリが消した瞬間、フィオレンティーナは「一番使いたい選択肢」を封じられ、右側のコミッツォへとボールを出すしかない。
そこから一気にカリアリのプレスが発動する。
この一連の動きは、ほんの数秒の出来事だ。
でも、その裏側には、監督ファビオ・ピサカーネと選手たちが積み重ねてきた「考え」と「選択」が詰まっている。
守るのか、奪いに行くのかではなく、「どこで、誰にボールを持たせるか」。
カリアリはそこで、少し違うサッカーの問いを投げかけているように見える。
新しい監督、新しい前線。何を残し、何を変えるのか
ニコラの「闘うチーム」を引き継ぎながら
カリアリは昨季、ダヴィデ・ニコラの下で残留を勝ち取った。
ハードワーク、身体を張る守備、粘り強さ。
そこに今季から、かつてクラブでプレーした元DF、ファビオ・ピサカーネが監督として入った。
しかも、トップチームでの監督経験は今季が初めてだ。
ただし、若手チームではすでに結果を出している。
昨季、プリマヴェーラ(ユース)のコッパ・イタリアを制し、育成年代での経験を積んでからの昇格である。
さらにチームは大きく様変わりした。
残留に貢献したゾルテアとピッコリが去り、前線にはセバスティアーノ・エスポージト、マイケル・フォロルンショ、ジャンルカ・ガエターノ、15得点を挙げたボレッリ、トルコの若きストライカー、セミフ・キリクソイらが加わる。
「闘う姿勢」を土台にしながら、「どう戦うか」という技術・戦術のアイデンティティをつくり直す。
監督にとっても、選手にとっても、ひとつの「再構築のシーズン」だと言える。
この状況で、ピサカーネはどんな選択をしているのか。
| 観点 | カリアリの選択 | オルタナティブ | 評価 |
|---|---|---|---|
| 守備の誘導 | キーマンを消して第三選択肢へ誘導 | 全員でボールに圧力をかける | ◎ |
| 中盤の守備 | マンツーマンで相手をつかまえる | ゾーンで組織的にブロックを形成 | ○ |
| 攻撃の幅 | 中央寄りに密集してワンツーで崩す | サイドを最大限使って幅を広げる | △ |
| ターゲットの活用 | ボレッリへのロングボールで前進 | ショートパスでビルドアップする | ○ |
| トランジション判断 | 失った場所で再プレス/リトリートを選び分ける | 全員で前から必ず奪いに行く | ◎ |
フォーメーションは「形」か、「考え方」か
基本システムは4-3-2-1。
ボールを持てば4-2-1-3や4-2-1-1-2のように見え、守備では4-3-3、4-4-2、時には5-2-3にも変化する。
紙の上での数字を追うと、ややこしく感じるかもしれない。
けれど、ピサカーネがやろうとしていることは、実はとてもシンプルだ。
- ボールを持つとき:できるだけ前線に「近い距離」で3人を置き、素早く連係してゴールに迫る
- ボールを失ったとき:相手の「一番つなぎたい選手」を塞ぎ、あえて「持たせたい選手」を残す
この2つの大枠の考えの中で、選手たちが微調整を繰り返している。
だから同じ4-3-2-1でも、ボールの位置や相手の形によって見え方がどんどん変わっていく。
フォーメーションを丸暗記するより、「なぜその位置に立っているのか」を考えないと、ピサカーネのサッカーは理解しづらいかもしれない。
「キーマンを消す」という守備の考え方
- FWにパスコースを消す役割を意識させる — 「ボールに行く」より「使いたいパスコースを消す」ポジショニングを繰り返し確認し、守備でも「考えて立つ」習慣を育てる
- マンツーマン守備では「どこまでついていくか」のラインを共有する — 1対1を任せる際に「追いかける範囲と止まる判断」を事前に言語化しておかないと、個人の判断がそのままチームの穴になる
- 「ボールを失った場所」で守備の対応を切り替える練習をする — 相手陣で失ったら囲い込み、自陣で失ったらリトリートという判断を走りながら0.5秒で選べるよう実戦的に繰り返す
フォワードが「プレスの監督」になる
先ほどのボレッリの動きに戻ろう。
ピサカーネは、フィオレンティーナ戦で明確な狙いを持っていた。
- ビルドアップの中心であるラニエリや、ボランチのファジョーリにはボールを入れさせない
- 代わりに、相対的にビルドアップが得意ではないコミッツォにボールを集めさせる
そこで重要になったのが、FWボレッリと2列目の守備だ。
ボレッリは、ポングラチッチとラニエリを結ぶパスコース上に立つことで、相手に「選択を強制」する。
さらに、エスポージトはファジョーリを、フォロルンショはコミッツォに寄せていく。
前線3人で、相手の第一選択肢と第二選択肢を消し、「三番目の選択肢」である右側への展開を誘導する仕組みだ。
ここでおもしろいのは、「ボールを奪いに行く」より先に、「どこにボールを出させるか」を決めているところだろう。
これは、守備であっても「自分たちで選ぶ」という発想だ。
相手に好きなように持たせるのではなく、「この人に、この場所で持たせる」と決めている。
もしここで、ボレッリが我慢できずにボールへ突っ込んだらどうなっていただろうか。
ラニエリやファジョーリに自由を与え、意図した守備の形は崩れてしまう。
前線の1メートルの立ち位置、1秒早い・遅い寄せが、チーム全体の守備コンセプトを決める。
フォワードにとっては、「走るか走らないか」ではなく、「どこを消すか」を考え続ける必要がある役割だ。
- 「なぜ今、ここに立つのか」を自分の言葉で説明できるようにする — 攻守で全く異なる位置に動くためには「ポジション名の役割」ではなく「今チームに必要な問題を解決するためにどこに立つか」を理解することが求められる
- ターゲット役を任されたとき、チームの出口としての意味を問い直す — ゴールから離れた位置でボールを収めることに徹する役割は地味に見えるが、それがチームを前進させる武器になる。その意味を問い直すことでモチベーションが変わる
- カードのリスクを「激しく行く」から「どう激しく行くか」に変換する — 早い時間にカードをもらった後も守備強度を保つには、寄せる角度・タイミングを微調整する技術と判断が必要だ。観戦時に選手の間合いや体の向きに注目すると学べる
中盤の「1対1」は賭けか、覚悟か
中盤の3人、デイオラ、プラティ、アドポには、さらにシンプルでハードなタスクが与えられている。
- それぞれが、相手の中盤やトップ下をマンツーマンで捕まえる
- ボールの位置にかかわらず、「自分の相手」を優先してつかまえに行く
アドポはヌドゥールに、デイオラはソームに、プラティはグドムンドソンなど「ボールに関わろうとする選手」を見張る。
要するに、「数的不利をつくられても構わない」という決断だ。
相手がうまくポジションを変えれば、どうしても誰かが後手にまわる。
そこで必要になるのは、
- 1対1で負けないフィジカルと運動量
- どこまでついていくのか、ラインを決める判断力
単に「走力勝負」ではなく、「いつ出るか、どこで止まるか」を自分で決め続けることが求められる。
特に印象的なのは、アドポの役割だ。
ボールを持てば右サイドに広がり、相手のマークを連れてスペースを生む。
ボールを失えば、自分の相手であるヌドゥールを、時には自陣の最終ライン付近まで追いかける。
「サイドハーフなのか、インサイドハーフなのか」とポジション名で切り分けるのは難しい。
その時々で、ピッチの中の「問題」を自分で見つけ、そこに走る役割と言った方が近いかもしれない。
「近さ」を選ぶ攻撃、「幅」を捨てる勇気
3人で「ギュッ」と攻める前線
攻撃に転じたとき、カリアリはあえてサイドの幅をあまり使わない。
フォロルンショ、エスポージト(後半はガエターノ)、ボレッリの3人が、中央寄りで密集して動く。
この選択には、メリットとデメリットがはっきりしている。
- メリット:短い距離で素早くワンツーやフリックができる。こぼれ球にも反応しやすい
- デメリット:サイドに広がらないぶん、相手の守備ブロックも中央に密集しやすい
ピサカーネは、あえて「近さ」を選び、「幅」をある程度手放しているように見える。
だからこそ、ボールを持った瞬間の判断スピードと、味方とのイメージの共有がより重要になる。
エスポージトは中盤に落ちてプラティやデイオラとつながり、空いたスペースをアドポが埋める。
フォロルンショは、ボレッリの近くに立ちつつ、時には左サイドへ流れて1対1を仕掛ける。
誰かが動けば、誰かが空けたスペースを別の選手が使う。
「フォーメーションがこうだから、ここに立つ」というより、「味方の動きに合わせて、自分の居場所を選ぶ」感覚に近い。
こうした攻撃は、教科書の図には描きづらい。
だからこそ、ピッチの中の選手一人ひとりが、状況を見て考えることが必要になる。
ターゲットを持つことの光と影
もうひとつ、攻撃で特徴的なのは「ターゲットの存在」だ。
194cmのボレッリは、ロングボールの「逃げ道」として明確に使われる。
相手のプレッシャーが強くて後ろからつなげないとき、GKのカプリレやCBは、迷わずボレッリを狙える。
ボレッリは身体を張ってボールを収め、ファウルをもらい、チームを押し上げる。
この「ボレッリに当てれば何とかなる」という安心感は、チームにとって大きな武器だ。
一方で、その代償もある。
データが示すように、この試合でボレッリが放ったシュートは1本だけだった。
つまり、彼は「ゴールを決める人」よりも、「チームのためにボールを収める人」として多くの時間を使っている。
もし自分がボレッリの立場だったら、どう感じるだろうか。
エースストライカーとしてゴールを決めたい気持ちと、チームのためにボールを収める役割との間で、揺れないだろうか。
監督が「お前に預けたい」と信頼してくれる嬉しさと、「でも自分は点も取りたい」という欲求。
答えのないバランスの中で、ボレッリは毎試合、選び続けているはずだ。
「失う覚悟」と「取り戻す方法」
ボールを失った瞬間、何を優先するか
カリアリの守備において、もうひとつ興味深いのがトランジションの考え方だ。
ボールを失ったとき、彼らは「どこで」を基準にしている。
- 相手陣地で失ったとき:すぐに周囲で囲い込み、奪い返す「再プレス」を狙う
- 自陣で失ったとき:無理に奪いに行かず、素早く自陣に戻ってブロックを作る
ここでも、「奪いに行くか、下がるか」をその場で自分たちで選んでいる。
単純な「全員で前から行け」でもなければ、「引いて守れ」でもない。
ボールを失った瞬間、自分がどこにいるのか、相手の人数はどうか、自分の後ろには何人いるのか。
それを、走りながら、息を切らしながら、0.5秒で判断しなければならない。
これは、選手にとってかなり高い要求だ。
でも、その判断を任せられているからこそ、「戦術に従うだけ」ではない主体性も生まれる。
ファウルとイエローカード、その裏側にあるもの

ピサカーネのチームは、もうひとつ特徴を持っている。
それは、守備でとてもアグレッシブであるがゆえに、カードをもらうリスクも高いことだ。
ラインを高く保ち、ボールに対して前向きに出る。
中盤はマンツーマンでつかみに行く。
その分、タイミングを間違えればファウルになり、イエローカードを早い時間にもらうこともある。
これは弱点と表現されることもあるが、単純に「直せばいい」という話ではない。
少しでも出足を遅らせれば、守備の迫力やボール奪取のチャンスは減る。
逆に、今のまま出続ければ、カードのリスクは残る。
チームとしても個人としても、「どこまで行くか」のラインを見つけようとしている途中なのかもしれない。
もし自分がボランチで、前半20分にすでにイエローカードをもらってしまったとしたら。
残り70分、どうやって守るだろうか。
- 寄せる距離を半歩だけ短くするのか
- 当たりに行く角度を変えるのか
- 味方と声をかけて、守備の役割分担を少し変えるのか
「激しく行け」から「どう激しく行くか」への変化は、もしかしたら日本のサッカーにとっても、これから重要なテーマになっていくのかもしれない。
日本の育成年代にとって、カリアリの何がヒントになるか
「役割を覚える」から「意図を理解する」へ
日本の育成年代では、「与えられたポジションの役割をきちんとこなす」ことが大切にされる場面が多い。
右サイドバックなら、ここまで上がる。
ボランチなら、ここで受ける。
もちろん、それ自体は悪いことではない。
ただ、カリアリのように、同じ選手が攻撃ではサイドに広がり、守備では中まで絞り、相手によってマークの相手が変わるようなサッカーを見ていると、少し別の視点も見えてくる。
例えば、アドポの動き。
- 攻撃では右サイドに開き、相手の中盤を外へ連れ出して中央にスペースをつくる
- 守備ではその相手を、自陣の深い位置まで追いかける
「右インサイドハーフの役割」を教科書的に覚えているだけでは、対応しきれない動きだ。
必要なのは、「なぜ今、ここに立つのか」を理解すること。
もし自分だったら、「監督に言われた役割」をこなすところから一歩進んで、
- 相手のボランチを外へ連れ出したら、どんな良いことが起きるのか
- 逆に、自分がついていかなかったら、どんなピンチが起きるのか
そんなふうに、「もし〜だったら?」と考えてみることができるかどうか。
「ターゲットを任される」という責任と迷い
ボレッリのように、「自分へのロングボールがチームの出口になる」選手は、日本ではそれほど多くないかもしれない。
けれど、背の高いFWや、ポストプレーの得意な選手がいるチームでは、似たような状況があるはずだ。
コーチから「お前に当てる」と言われたとき、自分ならどう考えるだろうか。
- ゴールから離れた位置でボールを収める役を受け入れるか
- それでもゴール前に入りたい気持ちと、どう折り合いをつけるか
どちらが正しい、という話ではない。
むしろ大事なのは、「自分はどうしたいのか」を一度立ち止まって考え、そのうえで監督や仲間と話し合うことかもしれない。
「自分で選ぶ」というのは、「自分ひとりで決める」という意味ではない。
チームの中で、自分の考えや感情を持ったまま、役割とどう向き合うか。
そのプロセスこそが、選手を強くしていくのではないだろうか。
「答えを急がない」チームづくりという選択
変化の途中にあるクラブを、どう見るか
ピサカーネのカリアリは、まだ完成形ではない。
- 新しい選手が多く、攻撃の連係はこれから精度を上げていく段階
- 守備のアグレッシブさゆえに、カードのリスクも抱えている
- 中央に寄せた攻撃スタイルは、時に「詰まって」しまうこともある
結果だけを見れば、足りない部分や失敗も出てくるだろう。
だが、その一つひとつの失敗の裏側には、
- あえて「幅」を削って「近さ」を選んだ判断
- あえて「マンツーマン」で挑んだ覚悟
- あえて「特定の選手にボールを持たせる」よう誘導した工夫
といった数多くの選択がある。
観る側も、プレーする側も、「勝ったか負けたか」の前に、その選択の過程に目を向けてみると、違った景色が見えてくるかもしれない。
自分なら、どんなサッカーを選ぶだろう
ここまで読んで、もし自分が選手なら。
あるいは、もし自分が指導者なら。
カリアリのように、
- 相手のキーマンを消す守備
- ターゲットを活かす攻撃
- 中央に人を集めるコンパクトなサッカー
を選ぶだろうか。
それとも、
- もっとボールを保持する時間を増やす
- サイドの幅を最大限に使う
- マンツーマンよりゾーンを重視する
そんな違う道を選ぶだろうか。
どちらにしても、「なぜそう考えるのか」を自分の言葉で説明できるかどうかが、大きな分かれ目になる。
シーズンが進むにつれて、ピサカーネとカリアリは、さらに多くの選択を迫られていくだろう。
選手たちもまた、その中で自分なりの答えを探していく。
ピッチの上で、すぐに結果が出ない選択をすることは、ときに勇気がいる。
それでも、自分たちのサッカーを「考え続ける」チームを見つめながら、
自分自身ならどんなサッカーを選ぶのか、少し立ち止まって問い直してみてもいいのかもしれない。
サッカーは、90分で勝敗が決まるスポーツだ。
けれど、その裏側で続いている「考え続ける時間」にこそ、選手やチームの物語が宿っている。
その物語に耳をすませるところから、また次の一歩が始まる。
