15歳でBチームを踏んだ少年──エブリマ・トゥンカラが教えてくれる「飛び級」と選択のリアル
Share this column
15歳11カ月で「Bチーム」を踏んだ少年は、何を見ているのか

アディショナルタイムが近づくスタジアムで、1本のクロスがふわりと上がる。 そのボールに向かって、15歳の少年が全力で走り込み、身体を反らせてヘディング。 強烈な一撃はクロスバーを叩き、同時に副審の旗も上がる。 オフサイド。 ほとんどギリギリのラインだったと言われるその判定に、歓声とため息が交錯する。
エブリマ・トゥンカラ。 バルセロナの育成組織、いわゆるラ・マシアで育ってきた新たな才能は、15歳11カ月15日でバルサ・アトレティック(Bチーム)デビューを果たした。 2部B相当のセグンダRFEF、カステジョンBとの一戦。 1−2で負けていた81分、彼はシェーン・クライファートと交代でピッチに入り、試合は最終的に2−2のドローに持ち込まれている。
そのラストプレーのヘディングは、記録には残らない。 だが、あの一瞬に、ひとりの選手の「選択」と「覚悟」が詰まっていたと考えることもできる。
「飛び級」の裏側にある、静かな時間
年齢の数字に隠れるもの
15歳でBチームデビュー。 このニュースは、どうしても「最年少」「記録」「新星」といった言葉と一緒に語られがちだ。 エブリマだけではない。 同じバルサの育成出身で言えば、
- 15歳9カ月13日でバルサ・アトレティックに出たギジェ・フェルナンデス
- トップチームデビューの後、15歳9カ月21日でBチームにも出たラミン・ヤマル
- 15歳349日でセグンダ(当時2部)に出たアレハンドロ・グリマルド
- 16歳53日でバルサBデビューを果たしたハルナ・ババンギダ
こうした名前は、ヨーロッパのサッカーを追いかける人なら一度は耳にしたことがあるだろう。 だが、「何歳でデビューしたか」という数字は、いちばんわかりやすいだけで、いちばん浅い情報でもある。
本当に知りたくなるのは、むしろその裏側だ。 なぜクラブは、そのタイミングで彼らを起用したのか。 なぜ彼ら自身は、そのステップを受け入れたのか。 そして、ひとつひとつの選択は、どんな迷いの中から生まれたのか。
| 着目点 | 表面的な見方 | 選択のプロセスの見方 | 育成的価値 |
|---|---|---|---|
| 最年少デビュー年齢 | 15歳11カ月・記録・新星 | なぜクラブはそのタイミングで起用したか | △ 数字だけでは浅い |
| 代理人契約のタイミング | 有力代理人と契約した事実 | 代理人なしの時間をどう過ごし、いつ動くか決めたか | ◎ 選択の質を示す |
| 本職以外のポジション起用 | インテリオールなのにウイング起用 | 「与えられた役割」をどう言葉で自分に納得させるか | ◎ 自己理解の深さ |
| クロスバー直撃・オフサイド | 得点ならず・惜しかった | 不運で終わらせるか、次への材料として扱うか | ○ 折れない心の試金石 |
| 早期デビューと成功の関係 | 早く出た選手が成功する印象 | デビュー時期よりそのステージでの自己扱いの方が大事 | ◎ 長期視点 |
| 日本育成との対比 | カテゴリー評価に一喜一憂 | 今のカテゴリーで学べることを自分で選び取れるか | ○ 視野の広げ方 |
代理人がいない時間を、どう過ごしたか
エブリマ・トゥンカラのキャリアには、今の時代からすると少し変わったエピソードがある。 ラ・マシアで長く育ってきたにもかかわらず、しばらくのあいだ代理人をつけていなかったという点だ。
16歳を前にして初のプロ契約を結ぶ選手にとって、周囲には多くの大人が関わる。 代理人、クラブ関係者、家族、メディア。 その中で、「誰の言葉をどれだけ信じるか」という選択が、静かに迫られている。
彼はプロ契約を見据えた段階になって、レヴァンドフスキらを担当する代理人ピニ・ザハビのエージェンシーと契約したと報じられている。 それまでは、少なくとも形式的には「自分の側のプロ」がいなかった。 代理人を持たない時間をどう過ごしたのか。 その間、クラブとの関係をどう整理し、家族とどんな話を重ねてきたのか。 外からは見えないが、そこにもまた「自分で選ぶ」プロセスがあったはずだ。
もし自分が15歳で、名前の知られたクラブに所属していて、周りから「代理人はつけた方がいい」「いや、まだ早い」といろんな声が飛んできたとしたらどうするだろう。 目の前のトレーニングに集中したい気持ちと、将来の不安と、家族の期待。 いくつもの感情が絡み合う中で、「今はまだいい」「そろそろ動こう」と決めるのは簡単ではない。
ラ・マシアの建物の中で、あるいは家族のいる部屋で、言葉にならない葛藤が何度も頭をよぎったかもしれない。 最終的にどの道を選んだのかよりも、選ぶまでの時間をどう過ごしたのか。 そこにこそ、彼の「考える力」の一端を感じることができる。
ポジションを「与えられる」とき、何を選ぶか
- ポジション変更を指示するとき「なぜこのポジションか」を必ず説明する — 「監督がそう言うから」で動かせるのは短期的。「ウイング経験で身につくサイドの1対1がインサイドハーフに戻ったとき生きる」という理由を伝えると、選手は与えられた役割を自分の成長戦略として引き受けられる。
- 決定機を逃した後の選手に「次の試合前に何を準備するか」を問う — クロスバー直撃・オフサイドといった「ほぼゴール」を不運で終わらせず、オフサイドの駆け引き・打点・DFとの距離感を材料として振り返る時間を作る。失敗を「材料」として扱う習慣が長期の成長速度を決める。
- 「今のカテゴリーで学べることは何か」を定期的に選手と対話する — AチームかBチームか、トレセン選出かどうかで自己評価が揺れる選手に、「今だからこそ学べること」を自分で言語化させる機会を作る。視野が広い選手ほど環境変化に強くなる。
本職インテリオール、起用はウイング
エブリマは、もともとは中盤のインテリオール(インサイドハーフ)が自然なポジションだとされている。 しかし、戦術的な理由からウイングとして起用されることもあるという。 フィジカルの強さとドリブルでの突破力があり、サイドに置いても違いを出せるからだ。
ここにもまた、ひとつの問いが生まれる。 「自分が一番やりたいポジション」と「チームのために求められる役割」がズレたとき、選手はどう考えるのか。
まだ15歳。 「どこでもやります」と素直に応えるのも、ひとつの選択だ。 一方で、「中でボールを受けたい」「もっとゲームをつくりたい」と感じる瞬間も、きっとある。 その気持ちを押し殺すだけが正解とも言い切れない。
ウイングとしてピッチに立ちながら、「自分がピッチ中央に立ったとき、どんなプレーができるか」を頭の片隅で想像しているかもしれない。 サイドでの1対1の経験を、中盤に戻ったときにどう生かすかを考えているかもしれない。
- 「自分なら代理人をいつ、どんな基準で選ぶか」を考えてみる — 15歳で名前の知れたクラブに所属し、様々な大人の声が飛んでくる状況で「目の前のトレーニングに集中したい気持ち」と「将来への準備」をどうバランスするか。答えはなくていい。問いを持つこと自体が考える力を育てる。
- 本職でないポジションを任されたとき、どんな言葉で自分を納得させるかを言語化する — 「監督が悪い」ではなく「今はこの立場を引き受ける」「この状況でこう成長したい」と自分なりの言葉で整理できると、チームが変わってもブレない軸ができる。
- 保護者は「今のカテゴリーでの評価」を選手の将来の全てと結びつけない — 15歳でBチームか、18歳でユースの試合に絡み始めるか、大学から急成長するか——どのルートにも成功の可能性がある。「今だからこそ学べること」を子どもと一緒に見つける視点を持つと、焦りが減って対話が深まる。
「与えられた役割」にどう向き合うか
日本でも、育成年代の選手がこうした場面に直面することは少なくない。 本当はセンターフォワードをやりたい選手がサイドに回される。 ボランチのつもりでいた選手が、急にセンターバックを任される。
そのときに出てくる反応は、ざっくり分けると次のようになるかもしれない。
- 与えられたポジションで、とにかくベストを尽くす
- 監督に自分の希望を伝えつつ、今は我慢して取り組む
- 納得できず、モチベーションを落としたままプレーする
どれが「正しい」とは言い切れない。 ただ、自分がどのスタンスを選ぶのか、自分で意識して決めているかどうかは、大きな違いになる。
「監督が悪いから」でも「クラブがそう言うから」でもなく、 「今はこの立場を引き受ける」「この状況でこう成長したい」と、自分なりの言葉で整理できているか。 それができている選手ほど、ポジションが変わっても、チームが変わっても、ブレにくいように見える。
エブリマがインテリオールとウイングの間でどんなことを感じているのか、外からはわからない。 ただ、「なぜ自分は今ここにいるのか」「この役割から何を学べるのか」と問い続けることができれば、ポジションの変化は単なる負担ではなく、視野を広げるチャンスになる。
ラストプレーのヘディングが教えてくれること
結果に残らない「ほぼゴール」の意味
カステジョンB戦の終盤。 1点を追いかけるチームの中で、15歳のエブリマはゴール前へ走り込んだ。 クロスに合わせたヘディングはバーを叩き、さらにオフサイドの判定。 もしラインが数十センチ後ろだったら、もし副審の判断が別のものだったら、あるいはクロスバーではなくネットを揺らしていたら——。 彼は「劇的同点弾を決めた15歳」として、一気に脚光を浴びていたかもしれない。
だが、その「もし」は起こらなかった。 残ったのは、「クロスバー」「オフサイド」「デビュー戦」という事実だけだ。
こうした場面で、選手の頭の中ではどんな対話が行われているのだろう。 「決められなかった」と自分を責めるのか。 「オフサイドだったし仕方ない」と気にしないのか。 それとも、「ここに飛び込めたこと自体は悪くない」と受け止めながら、次に向けたイメージを膨らませるのか。
日本の育成年代でも、「惜しいシュート」「ギリギリのオフサイド」「クロスバー直撃」は、数字に残らないが、選手本人の中では大きな意味を持つことが多い。 うまくいかなかったあとに、何を考えるか。 そこに、その選手の「折れない心」が静かに試されている。
うまくいかなかったプレーを、どう扱うか
もし自分がエブリマの立場だったら、どう考えるだろうか。
- 「やっぱり自分はまだ早かったのかもしれない」と不安になる
- 「次こそは絶対に決める」と、感情的に気合だけを入れる
- 「あのタイミングで一歩待つ選択もあった」と、オフサイドの駆け引きを振り返る
どれも人間らしい反応だ。 ただ、そこから一歩踏み込んで、「じゃあ次の試合前に、自分は何を準備するか」というところまで持っていけるかどうか。 それが、成長のスピードを左右するように思う。
ヘディングの打点はどうだったか。 クロスが上がる前に、相手DFとどう駆け引きしていたか。 オフサイドラインの意識は、味方の足元と連動できていたか。 ひとつの「ほぼゴール」からでも、考えようと思えばいくらでも問いが出てくる。
失敗を「不運」で終わらせるのか、「材料」として扱うのか。 15歳でBチームに出る選手であっても、あるいは小学生の選手であっても、そこに大きな差はないように感じる。
「飛び級」と日本サッカーの距離

早く上でプレーすることは、本当に「正解」か
ラ・マシアの話を聞くと、日本の育成年代にいる選手や保護者は、こんなことを思うかもしれない。 「やっぱり、早くトップレベルでプレーすることが大事なのだろうか」と。
ラミン・ヤマルは10代前半でバルサのトップチームに出場し、今や世界の舞台で輝いている。 ギジェ・フェルナンデスやグリマルドも、若くしてBチームデビューを果たし、そこからキャリアをつないでいる。
だが、ニュースに出てこない選手も含めれば、「早く出たから、必ず成功する」というわけではないことは誰もが知っている。 若くして注目を浴び、その後なかなか出場機会を得られなかった選手もいる。 ケガや環境の変化に悩みながら、別のリーグ、別のカテゴリーを歩いている選手もいる。
大切なのは、「早くデビューするかどうか」ではなく、「どのステージにいる自分をどう扱うか」なのかもしれない。 15歳でBチームにいる選手もいれば、18歳でようやくユースの試合に絡み始める選手もいる。 大学に進んでから急激に伸びる選手もいる。
日本の育成現場でしばしば見られるのは、「今のカテゴリー」での評価に一喜一憂する光景だ。 AチームかBチームか、U-15の県トレセンに入れたかどうか、高校1年でベンチ入りできたかどうか。 もちろん、それらはリアルな指標だし、喜びや悔しさがあるのは自然なことだ。
ただ、その評価を「自分の将来のすべて」と結びつけてしまうと、視野が狭くなってしまう。 今はBチームでも、「今だからこそ学べることは何か」を自分で選びとれるかどうか。 それが、長い目で見れば、数字より大きな差を生むかもしれない。
「自分ならどう考えるか」を持ち帰る
エブリマ・トゥンカラが15歳でBチームに出たこと。 ギジェ・フェルナンデス、ラミン・ヤマル、グリマルド、ババンギダらが若くして高いレベルを経験したこと。 それは確かに魅力的なストーリーだ。
ただ、そのストーリーを「うらやましい」「すごい」で終わらせてしまうと、自分との距離は永遠に縮まらない。 もう少し踏み込んで、「もし自分が彼らの立場だったら、何をどう選ぶだろう」と想像してみると、見えてくるものが変わってくる。
- 自分なら、代理人をいつ、どんな基準で選ぶだろうか
- 本職ではないポジションを任されたとき、どんな言葉で自分を納得させるか
- ゴールにならなかった決定機を、どんなふうに振り返るか
それぞれの問いに、すぐに答えを出す必要はない。 むしろ、「まだよくわからない」「いろんな考え方がある」と感じながらも、自分なりの言葉を探し続けることに意味がある。
終わりのないゲームの中で
答えを急がないという選択
エブリマは、2010年3月10日生まれ。 父アブドゥル・トゥンカラがガンビアからカタルーニャのセルダニョーラへ移り住んだ3年後に生まれ、2018-19シーズンからバルサの育成組織に加わった。 スペインU-17代表としても10試合に出場し、5得点を記録している。
今後どんなキャリアを歩むのかは、誰にもわからない。 ただひとつ言えるのは、彼のサッカー人生は、まだ始まりに過ぎないということだ。
そして、それは日本でボールを追いかけている選手にも、そのプレーを見守る保護者にも、同じように当てはまる。 今日の試合が良かったか悪かったか。 今のチームでうまくいっているか、いないか。 それだけで「自分はこういう選手だ」と決めつけてしまうには、人生もサッカーも長すぎる。
ある15歳のヘディングがクロスバーと副審の旗に止められたその瞬間も、サッカーの大きな物語の中ではほんの一コマに過ぎない。 そこから何を考え、どんな選択を重ねていくか。 その問いは、画面の向こうでプレーを見ている私たち一人ひとりにも、静かに向けられている。
「今の自分なら、どう考えるだろうか」。 その問いを抱えたままピッチに立つことができるなら、 結果がどう転んだとしても、サッカーはきっと、続けるほどにおもしろくなっていく。
