UEFAがFIFA大会ボイコットを宣言──「誰のためのサッカーか」ガバナンス危機の構造と、声を上げることの意味を読み解く
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サッカーは誰のものか──ガバナンスの亀裂が問いかけること
試合のキックオフは、いつも同じように始まる。
笛が鳴り、ボールが動き、選手たちはそれぞれの判断でピッチを駆ける。
だがそのピッチの外側では、まったく別の「試合」が静かに、しかし激しく進行していることがある。
2025年7月30日、欧州サッカー連盟UEFAはひとつの声明を発表した。
その内容は、FIFAが主催する大会へ、加盟協会とともに参加しないという意志を示すものだった。
わずか11語で構成された英文のその宣言は、サッカー界に衝撃をもって受け止められた。
背景にあるのは、FIFA会長ジャンニ・インファンティーノが推し進めようとしていた、ある資金調達計画だ。
ワールドカップを含むFIFA主催大会を運営するための子会社を設立し、その株式の20%を民間投資家に売却するというものだった。
投資家の中には、アメリカ大統領の縁戚にあたる人物の名前もあった。
UEFAだけではない。
北中米カリブ海サッカー連盟CONCACAFも、加盟41協会がこの提案を拒否する意向を示した。
さらにイングランドFA、スコットランドFAといった個別の協会も、声明を通じて強い懸念を表明した。
「怒り」の正体──結果ではなく、プロセスへの不信
関係者が口にしたとされる言葉の中で、印象的なものがあった。
UEFAの緊急会合での支配的な感情を問われた際、ある関係者がひとことで表したとされるその言葉は──「怒り」。
ただし、注意深く読み解くと、その怒りは提案内容そのものだけに向いているわけではないようだ。
問題にされているのは、十分な協議も対話もなく、こうした重大な意思決定が進められようとしていることへの憤りだと多くの関係者は語っている。
スコットランドFAはFIFAの財務委員会の委員長を務める立場でもある。
イングランドFAの会長は、FIFAの副会長でもある。
つまり、内側にいる人間が、内側から「これはおかしい」と声を上げている状況だ。
ここで少し立ち止まって考えてみたい。
組織の中にいながら、その決定に異議を唱えるとはどういうことか。
チームの中で、監督の指示に疑問を持ったとき、選手はどうするか。
仲間が多数派のとき、少数でも「違う」と言えるか。
そのプレッシャーは、子どもたちが日々感じるそれと、本質的には変わらないかもしれない。
ウェールズ女子代表が背負うもの
UEFAの副会長でウェールズ代表のOBでもあるローラ・マカリスターは、この問題の「人間的な重さ」をある言葉で表現した。
ウェールズ女子代表は、今秋のワールドカップ予選プレーオフに臨む予定だ。
それは、クラブ史上初めてのワールドカップ出場を懸けた戦いになる可能性を秘めている。
そのステージへの参加が、大人たちの制度的な争いによって奪われるかもしれない。
夢に向かって走ってきた選手たちが、自分たちではどうにもできない理由で道を閉ざされる。
その理不尽さを前にして、何を手放さず、何を受け入れるか。
それは選手個人の問題ではなく、サッカーという競技が抱える構造的な問いだ。
ガバナンスとは何か──サッカーの外でも内でも
ここで少し大きな視点に立ってみる。
FIFAには211の加盟協会があり、UEFAはそのうち55を束ねる。
数の上では少数でも、直近の女子ワールドカップ、男子ワールドカップ、クラブワールドカップにおいて、準決勝の4チームのうち3チームはUEFA加盟国だった。
商業的な影響力という意味でも、欧州なしのFIFA主催大会は成立しがたいという現実がある。
元イングランドFA会長のデイヴィッド・バーンスタインは、こう語った。
長期的に見れば、分裂はどちらにとっても損失でしかない。
しかし同時に、今回の提案は「友人たちのための取引」であり、容認できるものではないとも述べた。
資金を集めたいなら、もっと別の方法があるはずだと。
この指摘は鋭い。
問題は「お金を集めること」そのものではなく、「どのように、誰と話し合いながら決めるか」というプロセスにある。
それはサッカーのピッチ上でも同じではないだろうか。
チームとして戦術を決めるとき、誰かが一方的に決めるのと、選手たちが理解し納得した上で動くのとでは、まったく異なる結果を生む。
| 観点 | FIFAの立場 | 反対陣営の立場 | 構造評価 |
|---|---|---|---|
| 意思決定プロセス | 協議なしでの提案推進 | 十分な対話なき決定は容認できないと主張 | △ 手続き不在 |
| 資金調達策 | 大会運営子会社の株式20%を民間投資家に売却 | 「別の調達方法がある」と代替を要求 | △ 再検討要 |
| 商業的影響力 | 211協会・世界規模のガバナンス機関 | 準決勝4チームの3チームがUEFA加盟国 | ◎ 欧州の存在感が最大 |
| 内部からの異議 | 会長主導で計画を進めようとした | FIFA財務委員長・FIFA副会長が内側から反発 | ○ 制度内からの変化 |
| 選挙の行方 | 4期目選挙・無投票当選が濃厚と見られていた | 対抗馬擁立の動きが浮上 | △ 求心力が揺らぐ |
- 決定の前に対話の場を設ける — 戦術や方針を一方的に伝える前に、選手が意見を出せる機会を作る。納得して動くチームは、指示通りに動くチームより強い。
- 内側からの「違う」を封じない — 組織の中で異を唱えるには勇気が要る。選手が疑問を口に出せるかどうかは、指導者がその声をどう受け取ってきたかで決まる。
- 「わからない」と言える場を示す — 答えが出ない局面で「わからない」と正直に言える姿勢を指導者が示す。問いを選手と一緒に持ち続けることが信頼を生む。
インファンティーノという存在をどう読むか
FIFA会長のジャンニ・インファンティーノは2016年に就任し、現在3期目を務めている。
来年3月には4期目に向けた選挙が予定されており、それまでは再選無投票が濃厚とも見られていた。
しかし今回の騒動を受け、対抗馬を擁立しようという動きが出てきている。
候補として名が挙がるのが、パリ・サンジェルマンの会長でヨーロッパフットボールクラブスのチェアマンでもあるナセル・アル=ケライフィだ。
彼は2021年に崩壊したヨーロッパスーパーリーグの混乱収束後、組織を立て直した実績を持つ。
だがそのアル=ケライフィ自身は、FIFA会長職を望んでいないと伝えられている。
本当に望んでいないのか。
あるいは、望んでいないと言うことが賢明な判断なのか。
その真意は、外からは見えない。
人間の選択の多くは、見えているものだけで判断できない。
日本にいる私たちが、この話から何を受け取るか
UEFAとFIFAの対立は、遠い世界の話に聞こえるかもしれない。
でも、その構造は意外と身近にある。
学校のチームで、自分の意見が聞き入れられなかったとき。
クラブの方針に、自分は納得していないと感じたとき。
大人たちの都合で、練習の機会や出場の機会が変わったとき。
そのとき、人はどう動くか。
黙って従うことが正解なのか。
声を上げることが正解なのか。
そもそも、「正解」はどこにあるのか。
今回のUEFAの声明は、「声を上げた」事例だ。
だがそれが最終的にどんな結果をもたらすかは、まだ誰にもわからない。
ローラ・マカリスターも、元FA会長のバーンスタインも、インファンティーノが会長職にとどまるかどうかを問われて「わからない」と答えた。
「わからない」と言える誠実さもまた、ひとつの知性だと思う。
問いを残して
サッカーの試合は90分で終わる。
しかしサッカーを取り巻く環境は、試合が終わっても続いていく。
選手が成長するのも、指導者が変わるのも、クラブが存続するのも、すべてその「続き」の中で起きる。
大切な何かを守ろうとするとき、人はどんな言葉を選び、どんな行動をとるのか。
今回の騒動は、そのことを考える素材として、十分すぎるほどの重さを持っている。
サッカーは誰のものか。
その問いに答えを出せる人間は、おそらくどこにもいない。
ただ、その問いを持ち続けることが、サッカーをより良い場所にしていく唯一の方法かもしれない。
ボールはまだ、転がり続けている。
- 「声を上げる」ことは変化の始まりになりうる — UEFAは組織として異議を表明した。一人でも、チームの中でも、自分の考えを言葉にすることが変化のきっかけになる可能性がある。
- 大人の都合が夢を左右することがある — 自分たちとは無関係な制度的問題が大舞台への道を変えることがある。その理不尽さと、どう向き合うかを考えておく力を持つ。
- 「わからない」は誠実さの表れでもある — 専門家が「わからない」と正直に答えた姿勢は、育ちゆく選手にも通じる。答えを出せない場面で正直に言える力を大切にする。
あるJクラブのアカデミー出身者の試合を、20年以上、毎週のように追い続けてきた。選手個人の努力や技術が結果に出るかどうかは、ピッチの外の事情──チームの方針、指導者の判断、クラブの財政、さらにはリーグや連盟の決定──によって、思いのほか大きく左右されることを何度も目にしてきた。
もちろん、皆さんが追いかけてきた選手や、見てきたチームがそうだったとは限らない。ただ、少しだけ思い浮かべてみてほしい。あなたが夢中になれたのは、その選手が「選ばれた」からなのか、それとも「続けることができた環境があった」からなのかを。