「選ばれる」から「自分で選ぶ」へ。19歳左サイドバックがバルサの練習ピッチに立つまで
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左サイドバック、19歳。まだデビューしていない彼が、バルサの練習に呼ばれた理由

アトレティコ・マドリーとのコパ・デル・レイ準決勝で、あと一歩まで迫った逆転劇。 その熱の残る翌日、バルセロナのトレーニングピッチには、ひとりの19歳が立っていました。 名前は、パトリシオ・パシフィコ。 ウルグアイ出身の左サイドバックです。
この冬、ディフェンソル・スポルティングからバルサ・アトレティックにレンタル移籍してきた彼は、まだBチームでさえ公式戦に出ていません。 合流直後に筋肉系のトラブルを抱え、召集はされてもピッチに立つことはなかった。 そんな状況にもかかわらず、ハンジ・フリック監督は彼をトップチームのトレーニングに呼びました。
左サイドバックのアレハンドロ・バルデと、右でプレーするジュール・クンデが相次いで負傷離脱。 バルデは左脚のハムストリングの遠位部、クンデも左太もものハムストリング中部を痛め、どちらも少なくとも4〜5週間はチームを離れる見込みだと伝えられています。 さらにカンテラのジョフレ・トレンツも足首の靭帯系の怪我で、レギュラーシーズン終盤まで戻れない見通し。
この「穴」を埋めるために、フリックは選択肢を探し、その中のひとつとしてパシフィコをピッチに呼んだ。 この出来事の意味を、「もし自分だったら」と置き換えながら、少しゆっくり考えてみたいと思います。
なぜ「まだデビューしていない選手」を呼ぶのか
監督の視点から見える「リスク」と「可能性」
トップクラブの監督にとって、負傷者が続出したときの判断はいつも難しいものです。
すでに信頼している選手を別ポジションに回してやりくりするのか。 戦術を変えて、本来のシステムを少し犠牲にするのか。 あるいは、まだ実戦経験のない若手を引き上げるのか。
今回、フリックはそのひとつとして、Bチームでもまだ出場していないパシフィコをトレーニングに招きました。 もちろん、これだけで即トップデビューが確定するわけではありません。 それでも、「練習に呼ぶ」というのは、監督にとって明確なメッセージです。
- 彼を近くで見てみたい
- 現在のチームの状態の中で、どこまで対応できるのか確かめたい
- 今すぐでなくとも、近い未来のオプションとして準備を進めたい
特に注目したいのは、「まだBチームでさえ試合に出ていない」選手を選んだ点です。 普通に考えれば、すでにBチームで出場を重ねている選手を優先しそうです。 それでも、あえてパシフィコを呼んだ背景には、トレーニングでの様子や、移籍前からのスカウティング、スタッフの評価など、様々な情報が積み重なっているはずです。
この判断は、「安全」ではないかもしれません。 しかし、「可能性」に賭けた選択でもあります。
| 観点 | 選ばれる側の視点 | 選ぶ側の視点 | 育成への示唆 |
|---|---|---|---|
| 目標設定 | セレクションに受かること | 今日のトレーニングで何を表現するか | ◎ 転換すべき |
| プレーの選択基準 | 監督に好かれるための安全なプレー | 自分の強みをリスクを取って出す | ○ バランスが必要 |
| ケガ・不調時 | 復帰を待ちながら焦る | 待つことと待てないことを分ける | ◎ 転換すべき |
| 監督の役割 | 選手を評価・選抜する立場 | 自分もギリギリの判断を迫られる存在 | ○ 相互理解 |
| 評価の時間軸 | 一度のミスで評価が変わる | 急がずに複数の要素を時間をかけて見る | △ 変化を促す |
選手から見える「チャンス」と「怖さ」
一方で、パシフィコの側に立って考えてみると、また違った景色が見えてきます。
ウルグアイからヨーロッパへ。 しかも、いきなりバルセロナという巨大クラブ。 やっと移籍が決まったと思ったら、到着早々での筋肉トラブル。 試合に出られない状態が続く。
そんななか、トップチームのトレーニングに呼ばれる。 表向きには「チャンス」に見えますが、本人の心の中には、きっと別の感情も入り混じっているはずです。
- ケガ明けでまだ100%じゃないかもしれない不安
- 自分のプレーをどこまで出していいのかという迷い
- ミスをしたらどう見られるかという恐れ
それでも、彼はピッチに立ちました。 走り出した瞬間に必要になるのは、「完璧な準備」ではなく、「今の自分で引き受ける覚悟」かもしれません。
「選ばれる側」から「選ぶ側」への視点の移動
- すぐに見切りをつけた選手を一度見直す — 一度の失敗や試合出場ゼロという状況だけで評価を固めず、トレーニングの姿勢・適応力・日々の振る舞いを複合的に見る期間を設ける
- 「なぜこの選手を起用するのか」を自分の言葉で説明できるようにする — 安全志向か挑戦志向かのどちらを選んでも批判される可能性があるからこそ、自分なりの理由を持って選択を続ける
- 選手に「今日何を一番大事にするか」を練習前に決めさせる — 守備の安定か攻撃特性の発揮か声とジェスチャーかを本人が選び、試合後に「なぜそうしたか」を振り返る対話を持つ
日本の育成年代にひそむ「選ばれるためのサッカー」
日本の育成年代を振り返ると、「選ばれること」がゴールのように語られる場面は少なくありません。
- セレクションに受かるためのプレー
- 監督に好かれるためのプレー
- ミスを減らして安全に見せるプレー
もちろん、選ばれなければ試合には出られません。 代表にも、強豪クラブにも届きません。 だからこそ「選ばれたい」と思うのは自然なことです。
けれど、パシフィコのような状況に立たされたとき、本当に問われるのは、「選ばれるかどうか」ではなく、「自分が何を選ぶか」ではないでしょうか。
トップチームの練習に呼ばれたとき、彼は何を選んだのか。
- ケガ明けだから無理をしないのか
- リスクをとってでも、攻撃的な特徴を遠慮なく出すのか
- まずは守備の安定を見せて、信頼を取りにいくのか
周りの評価や、監督の好みを「読む」ことも必要でしょう。 ですが最終的に、「自分の中で何を大事にするか」を決めないと、プレーはどこか中途半端になります。
これは日本の選手にもそのまま重ねられるテーマです。 「選ばれるために安全なプレーを続ける自分」と、「自分がサッカーで表現したいもの」。 その間で揺れるとき、どこに自分の軸を置くのか。
- 試合や練習の前に「今日一番大事にすること」を一つ決める — 選ばれたことに浮かれるのではなく、その状況の中で自分が何を選び取るかを意識することが「この選手は何者か」を周りに伝える
- 保護者は「どうだった?」ではなく「何をしようとしたか」と聞く — 結果だけを聞く問いではなく、選手自身の意図と感覚を引き出す問いが、次の選択の精度を高める
- ケガや不調の時間を「待てないもの」と「待つしかないもの」に分けて考える — 身体の回復は待つしかないが、考えること・準備すること・見ることは止まらない。この分け方が焦りと向き合う力を育てる
監督もまた、いつも「選ばされている」
忘れてはいけないのは、監督もまた、ひとりの人間として「選択」を迫られているということです。
フリックの立場を想像してみます。
負傷者続出。 タイトルも、リーグ戦も、CLもある。 クラブの歴史や期待も重くのしかかる。 そんななかで、「まだBチームでもデビューしていない19歳の左サイドバック」を練習に呼ぶ。
これは、「若手育成のためのきれいな判断」というより、「今のチーム状況を冷静に見たうえでのギリギリの一手」なのかもしれません。
- すでにいる選手でやりくりするという安定志向
- 将来を見据えて新しい選択肢をつくるという挑戦志向
どちらを選んでも、批判される可能性はあります。 だからこそ監督は、自分なりの理由を持ち、「なぜ自分はこの選手を呼ぶのか」と問い続けないといけない。
この「問い続ける姿勢」は、選手にも、その周りの大人たちにも、そのまま返ってきます。
ケガが教えてくれる、「待つこと」と「待てないこと」

負傷者の存在が、チームの思考を揺さぶる
バルデ、クンデ、トレンツ。 重要な選手たちの離脱は、戦力だけでなく、チーム全体の考え方も揺さぶります。
ケガをすると、「復帰まで何週間」という数字が報じられます。 4週間、5週間、レギュラーシーズンの終盤まで。 しかし、当人にとって、その「何週間」は、ただのカレンダーの数字ではありません。
- チームが自分抜きで戦い続ける時間
- その間に、誰かが自分のポジションで活躍するかもしれない不安
- 焦って戻るか、じっくり待つかの葛藤
一方で、チームはチームで、「待たないといけないもの」と「待っていられないもの」を分けて考えなければいけません。
- 選手の身体の回復は、待つしかない
- 次の試合は、待ってくれない
その間をつなぐ存在として、Bチームやカンテラの選手たちが呼ばれる。 パシフィコの起用は、まさにその象徴のひとつです。
「すぐに答えを出さない」という選択
ここで興味深いのは、クラブが必ずしも「すぐに決めきらない」選択をしている点です。
パシフィコはレンタル移籍で、買い取りオプション付き。 Bチームでもまだデビューしていない。
つまり、クラブは「この選手と長く付き合うのか」を、今すぐには決めていません。 トレーニング、コンディション、適応力、日々の振る舞い。 さまざまな要素を少しずつ見ていきながら、「急がずに決める」というスタンスを取っています。
トップチームの練習に呼んだのも、その「観察の延長線上」にある行動のひとつでしょう。
サッカーの世界は結果で測られがちです。 しかし、全てを「即断即決」で進めるわけにはいきません。 時間をかけて見なければわからないものが、確かに存在します。
もしこれを、自分自身や自分のチームに置き換えるならどうでしょうか。
- すぐに見切りをつけてしまった選手はいないか
- 一度の失敗で評価を変え過ぎていないか
- 逆に、結果だけで過大評価していることはないか
「答えを急がない」という姿勢は、今の情報があふれる時代だからこそ、意識しないと失われやすいのかもしれません。
もし自分が19歳の左サイドバックだったら
トレーニングで、何を「見せる」と決めるか
読んでいるあなたが、もしパシフィコと同じ19歳の左サイドバックだとします。 ケガ明け、Bチームでまだデビューしていない。 そんな状態でトップチームに呼ばれたとき、どんなプレーを選ぶでしょうか。
イメージしてみてください。
- 攻撃参加をぐっと抑えて、まずは守備とポジショニングの安定を優先する
- 自分の強みがクロスやビルドアップなら、多少のリスクを覚悟でそこを積極的に出していく
- 声やジェスチャー、準備の姿勢など、プレー以外の部分も含めて「一緒に戦える選手」であることを示す
どれも間違いではありません。 大事なのは、「自分は今日、何を一番大事にするか」を、練習が始まる前に自分で決めておくことです。
選ばれたことに浮かれるのではなく、選ばれた状況の中で、自分が何を選び取るのか。 その小さな決断の積み重ねが、「この選手は何者なのか」を周りに伝えていきます。
保護者や指導者が「待つ」ときにできること
選手がこうした選択を迫られるとき、周りの大人たちは何ができるでしょうか。
- 「どうだった?」と結果だけを聞くのではなく、「何をしようとして、どう感じた?」と問いかけてみる
- うまくいかなかった話を、最後まで聞き切る
- すぐにアドバイスをしようとせず、まずは本人の言葉を待つ
若い選手たちは、「正しい答え」を求められ続けると、自分で考えるより「正解探し」が上手くなってしまうことがあります。 しかし、パシフィコのような状況には、「これが正解」というひとつの答えは存在しません。
だからこそ、「一緒に考え続ける」スタンスが、選手にとって大きな支えになります。
おわりに:答えの出ないピッチに立ち続けること
バルデやクンデのように、すでにトップレベルで名を知られた選手もいれば、パシフィコのように、まだBチームでもデビューしていない19歳もいる。 ひとつのクラブの中に、さまざまな「時間」が同時に流れています。
ケガで止まらざるをえない時間。 呼ばれて、一歩前に出る時間。 監督が悩み、選択肢を見極めようとする時間。
それぞれの時間の中で、人は「なぜこの選択をするのか?」と自分に問い続けています。
もしあなたが今、試合に出られなくて焦っているなら。 もしあなたが今、指導者として起用に悩んでいるなら。 もしあなたが今、保護者としてわが子の未来が不安なら。
パトリシオ・パシフィコが、まだ何も成し遂げていない19歳として、バルセロナのトップチームの練習ピッチに立った姿を、そっと思い浮かべてみてください。
結果が出るのは、きっともう少し先の話です。 その前にできることは、「どうプレーするか」「なにを大切にするか」を、自分で選び続けることだけかもしれません。
サッカーは、すぐには答えが見えないスポーツです。 だからこそ、その途中で迷ったり、立ち止まったりしながら、自分なりの答えを探していく過程そのものが、ピッチの外の人生とも静かにつながっていくのだと思います。
