RCランスが「理想のクラブ」と呼ばれる理由――地方都市が積み重ねと一貫性でPSGに挑む物語
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なぜ、RCランスは「理想のクラブ」と呼ばれるのか
冬のフランス北部、曇り空の下でスタッド・ボラールが揺れていました。 スコアは0-0、相手は残留争い中のオセール。 首位を争うレースの中で、落とすわけにはいかない一戦。 ゴールネットがようやく揺れた瞬間、ピッチの選手だけでなく、スタンド全体から安堵のため息がこぼれました。 喜びというより、ほっとした、という表情。 RCランスはこれで公式戦10連勝、パリ・サンジェルマンを抑えて首位を走り続けることになりました。
「PSGが本気を出したら、こちらは息切れする余裕すらない」。 ピエール・サージュ監督はそう語りながらも、この戦いがクラブと街の人々にとって、すでに特別な時間になっていることも強調していました。 たとえ最後にタイトルを逃したとしても、この10連勝の冬は、きっと何十年先まで語り継がれるだろう、と。
なぜ、ヨーロッパのメガクラブのひとつであるPSGではなく、地方都市のRCランスが「他のクラブがなりたいと願う存在」と評されるのか。 そこには、派手な資金力ではなく、「積み重ね」と「一貫性」で勝負するクラブの姿がありました。 そしてその物語は、日本のサッカーや、私たち自身のチーム作りにも、どこか重ねて考えたくなるものです。
ボラールを買い取ったクラブが選んだ「20年売らない」という覚悟

2024年12月、RCランスは大きな決断をしました。 ホームスタジアムであるスタッド・ボラールをクラブとして正式に買い取り、さらに「20年間はネーミングライツを売らない」と約束したのです。 スタジアム名には、1936年に亡くなった炭鉱系実業家フェリックス・ボラールの名が刻まれたまま。 収益を求めれば、企業名を冠したスタジアムにするのが今のフットボール界の主流です。 それでもランスは、「名前を変えない」ことを選びました。
このスタジアムは、北フランスの貧しくも誇り高い炭鉱の街と、そこに生きる人々の象徴です。 クラブはその歴史と結びついたまま歩むと宣言したことになります。 施設を所有し、名前を守る。 この二つは、一見サッカーの勝敗には関係なさそうに見えます。 しかし、その裏側には「クラブのアイデンティティを、短期的なお金よりも優先する」という、強い哲学が流れています。
日本で言えば、地方クラブが新スタジアムを建てる際、「◯◯保険スタジアム」「◯◯パーク」といった企業名を付けるケースは珍しくありません。 もちろんそれは悪いことではなく、現実的な経営判断でもあります。 ただ、その一方でランスのように、「名前を変えないこと」に意味を見出すクラブがある。 どちらが正しいかではなく、「何を大事にしてクラブを運営するのか」という問いを、静かに投げかけているようにも感じます。
「名前」より「方法」で勝つチーム
今季のランスは、フランス国内で「冬の王者」として注目を集めました。 リーグ・アンでPSGを抑えて前半戦首位。 でも、開幕前にクラブが掲げていた現実的な目標は、「ヨーロッパカップに届けば十分」という程度のものだったといいます。 そのクラブが、なぜここまで勝てているのか。
理由のひとつは、はっきりしています。 「お金でスターを集めるのではなく、方法と組織で勝とうとしているから」です。
フロリアン・トヴァン。 かつてマルセイユで名前を轟かせ、日本人にもおなじみのウディネーゼを経て、32歳でランスにやってきました。 全盛期のスピードは落ちても、左足の技術とゲームを見る目は健在。 右サイドから中に絞り、ゴールを狙い、味方を生かす。 彼は今、ランスの「技術的なリーダー」としてチームを牽引しています。
しかし、ランスの凄さはトヴァンだけでは語れません。 今のチームを見渡すと、そこにはこうした選手が並んでいます。
- プレミアリーグで評価を落とし、再起をかけて加入したオドソンヌ・エドゥアール
- ケガに苦しみながらも、30歳で左サイドを上下動するマチュー・ユドル
- エビアンやナント、ストラスブールを渡り歩き、「地方の技巧派」ともいえるアドリアン・トマソン
彼らは、いわゆる「有名クラブの第一希望」ではなかった選手たちです。 期待されながら停滞した者、ケガで苦しんだ者、地方クラブで地道に評価を積み上げてきた者。 ランスは、そうした選手を「安く買い」、戦術の中で役割を与え、価値を高めていく。 クラブの経営は、この「拾い上げ」と「再生」の連続で成り立っています。
象徴的なのが、ウズベキスタン代表DFホジャク・フサノフのケースです。 わずか45万ユーロで獲得した選手を、約1年半後にマンチェスター・シティへ4000万ユーロで売却。 クラブ史上最大の移籍金となりました。 その資金をもとにチームを再構築しながら、順位を落とすどころか、むしろ強くなっている。 「少ない資源で最大限の成果を」という姿勢が、ここにははっきりと表れています。
日本のクラブでも、同じような状況はあります。 地方クラブが育てた選手が、J1上位や海外へと旅立っていく。 それは寂しさであると同時に、クラブの誇りでもある。 問題は「そこで終わるか、そこでまた始められるか」です。 ランスは、その「また始める」を何度も繰り返しながら、クラブとして成熟してきました。
監督が変わっても、サッカーは変わらないという強さ
ランスの面白さは、「監督が代わっても、チームの目指すサッカーがほとんどぶれない」ところにあります。
2020年、当時Bチームを率いていたフランク・エズがトップチーム監督に昇格。 昇格即 Ligue 1、そして2シーズン連続で7位。 2022-23シーズンには、PSGに1ポイント差まで迫るリーグ2位という快進撃を見せました。 そのサッカーは、ボールを保持し、相手を動かし、前から激しく奪いに行く、非常にエネルギッシュなもの。 翌シーズンには、20年ぶりのチャンピオンズリーグの舞台でアーセナルすら破り、ヨーロッパ中の注目を集めました。
その後、エズが去り、1年だけウィル・スティルが指揮。 さらに今季からはピエール・サージュへ。 監督は変わっているのに、ランスが示すプレー原則は変わりません。
- 3-4-2-1を基調にしたシステム
- 後ろから丁寧にボールを運びつつ、サイドで数的優位を作る
- ボールを失った直後は素早く奪い返し、取り返せなければすぐに陣形を整える
サージュは、「どういうサッカーをしたいかの“方向”を示すことで、選手同士が理解し合える枠組みが生まれる」と語っています。 決まりごとを押し付けるだけではなく、「こういう状況なら、こう考えればいい」という共通言語を持つこと。 それが、毎年選手が入れ替わっても、クラブとしてのスタイルが失われない理由なのでしょう。
日本でチーム作りを考えるとき、「監督が代わったらサッカーもゼロから作り直し」という例は少なくありません。 そのたびに、せっかく育ってきた選手の特徴が生かされなかったり、クラブ全体の色が曖昧になったりする。 ランスのように、「監督は変わっても、クラブとしてのプレー原則はここだ」と言い切れるクラブは、どれくらいあるでしょうか。
ベテランを「減点」ではなく「活用」するという発想
今季のランスは、リーグ・アンで2番目に平均年齢が高いチームです。 若手を高く売るビジネスモデルの一方で、「買うときは、実績のある選手を安く」という傾向があるため、自然とベテランが多くなるのです。
ここで問われるのは、「ベテランをどう使うか」です。 日本でも、30歳を過ぎた選手に対して、「伸びしろは若手のほうがある」「ベテランにお金をかけるのはどうか」という声は少なくありません。 しかし、ランスは違う見方をしています。
トマソンはもともとトップ下の選手でしたが、サージュは彼を中盤の2枚の一角に配置しました。 32歳の彼は、プレーメーカーではなく、ボックス・トゥ・ボックス型の「走れるゲームメーカー」として生まれ変わり、ゴールとアシストの両方で存在感を放っています。
左サイドのユドルは、膝の大ケガを4度も経験し、合計で約2年半ピッチを離れてきた選手です。 それでもランスは、メスで地道にプレーしていた30歳の彼に3.5百万ユーロを投じました。 今季、彼は豊富な上下動と精度の高いクロスで、ディフェンダー部門のMVPクラスと評価されています。
「年齢が高いからリスク」ではなく、「経験と技術があるからこそ、役割を明確にすれば戦力になる」。 その前提があるからこそ、ランスはベテランを再生させることができるのでしょう。
育成年代でも同じことが言えるかもしれません。 「足が速い」「身体が大きい」だけが基準になっていないか。 「もう年だから」と一括りにして、技術や経験を持つ選手の居場所を奪っていないか。 ランスは、年齢を理由に選手を切り捨てるのではなく、「どういうチームなら、この選手はまた輝けるのか」を問い続けているように見えます。
セットプレーと“地味な積み重ね”の価値
今季のランスのデータで、特に目を引くのが「セットプレー」の強さです。 コーナーキックやフリーキックからのシュート数、期待値(xG)、ゴール数のすべてで、リーグ・アンのトップに立っています。
クロスの質の高さや、的確な動き出し、セカンドボールへの反応。 それらはテレビで見ていても、ほんの数秒で終わってしまうシーンです。 しかし、その裏側には、地味な繰り返しと共有が積み重なっています。 セットプレーは「お金のかからない武器」とも言えます。 走力やスピードで劣っていても、組織力と準備次第で、強豪に一矢報いることができる領域です。
日本の育成や地域リーグでも、「セットプレーにどれだけ時間を割けているか」という問いは、あらためて考える価値があるかもしれません。 派手なドリブルや個人技に目を奪われがちな一方で、「細部を積み重ねるチーム」が長期的には勝つ可能性が高い。 ランスは、その典型例と言えます。
「街のために走るチーム」という揺るぎない約束
サージュは、「ここに来る人たちが、どんな一週間を過ごしているのかを想像することが大切だ」と語っています。 炭鉱の歴史を持つ街で、クラブは単なる娯楽ではなく、「一週間を支える希望」です。 だからこそ、彼は「観ている人たちが『このチームは、何かをつかみに行こうとしている』と感じられるサッカー」を約束しました。
PSGのように世界的スターを並べることはできません。 でも、走ること、戦うこと、あきらめないことは、どのクラブでもできる。 そして、それを続けるチームを、人々は誇りに思う。 ランスのサッカーを見ていると、そんな当たり前のことを、あらためて思い出させてくれます。
毎シーズン主力が抜けていく。 でも、スタジアムは満員になる。 タイトルは約束されていない。 それでも、街の人はこのクラブに自分たちを重ねる。 「強いから」だけではなく、「自分たちの物語を一緒に生きてくれている」からです。
日本のクラブはどんな「物語」を選ぶのか

ここまでランスのストーリーを見てくると、日本サッカーにもいくつかの問いが返ってきます。
- クラブは、スタイルや価値観をどれだけ長く守り続けられているか
- 選手を売ったあと、「また一から」ではなく「同じ方向で次の段階へ」と考えられているか
- 年齢や名前ではなく、「この選手はどんな環境ならもう一度輝けるか」を本気で探せているか
- スタジアムやクラブ名に込められた意味を、どれだけ大切にしているか
もちろん、すべてのクラブがランスの真似をする必要はありません。 資本の構造も、リーグの仕組みも、歴史も違います。 ただ、「限られた条件の中で、どんなクラブ像を選ぶのか」という問いに向き合うとき、ランスの歩みは一つのヒントになるはずです。
あなたが応援しているクラブは、どんなサッカーを、どんな理由で選んでいるでしょうか。 その理由を、言葉にできるでしょうか。 もし言葉にしづらいとすれば、それはクラブにとっても、私たちファンにとっても、まだ伸びしろが残っているということかもしれません。
「月を狙って、星のあいだに落ちる」ことの価値
サージュは、PSGとの首位争いについて、「月を狙えば、ときどき星のあいだにたどり着ける」と表現しました。 優勝という「月」に届かないかもしれない。 それでも、その過程で生まれる時間や記憶は、消えることはない。 スタジアムで一緒に叫んだ瞬間、勝てなくても拍手を送りたくなった試合、子どもと手をつないでスタジアムに向かった冬の日。 それらはすべて、「星のあいだ」にきらめく光のようなものです。
サッカーは、勝ち負けだけで価値が決まるものではありません。 限られた条件の中で、自分たちなりのやり方を貫くこと。 その姿に、人は心を動かされます。 RCランスというクラブは、「タイトルよりも大切なものがある」と教えてくれているのかもしれません。
サッカーも人生も、手に入るかどうか分からない頂点を目指して、今日できることを続けていく競技なのだと思います。 月に届かなくても、星のあいだで光り続けるチームでありたい――ランスの物語は、そんな静かな願いを、ピッチの上で体現しているように見えます。
| 要素 | ランスの実践 | 一般クラブとの違い | 評価 |
|---|---|---|---|
| スタジアム方針 | 20年間ネーミングライツを売らないと宣言 | 多くのクラブは収益のため企業名を採用 | ◎ |
| 選手補強 | 実績ある選手を安価に獲得し価値を高めて売却 | 高額スターを直接獲得するモデル | ◎ |
| 戦術継続性 | 監督が替わっても3-4-2-1とプレー原則が不変 | 監督交代でスタイルがリセットされることが多い | ◎ |
| ベテラン活用 | 年齢ではなく役割を明確にして再生(トマソン・ユドル等) | 30代を「伸びしろなし」と即戦力外にするケースも | ○ |
| セットプレー | リーグ・アン全体でxG・ゴール数ともにトップクラス | 個人技や流れのプレーが主軸のクラブが多い | ○ |
| 移籍金運用 | フサノフを45万€で獲得し4000万€で売却し再構築 | 主力流出後に同水準選手を高額で補強 | △ |
- プレー原則を言語化する — 「ボールを失ったら即プレス、無理なら陣形を整える」など3〜5つの共通言語をチームで定義し、毎練習で参照する
- ベテランに役割を与え直す — 「年齢が高いからリスク」ではなく「この選手はどんな役割なら輝けるか」を問い、トマソンのようにポジションを変換して起用する
- セットプレーに練習時間を割く — コーナーキック・フリーキックのルーティンを週1回以上専用枠で練習し、動き出しとセカンドボール対応を組織として整備する
- 停滞しても終わりではない — プレミアで評価を落としたエドゥアール、膝手術を4度受けたユドルがランスで復活。環境が変われば選手の価値は変わる
- 地道なプレーがスカウトの目に留まる — フサノフのように地方で積み上げた実力が45万€の評価から4000万€へと化ける実例がある。派手さより一貫性が武器になる
- チームの哲学に自分を溶かす練習をする — ランスの選手は「このチームでどう生きるか」を理解して動く。自チームのプレー原則を言葉で説明できるようになると成長が加速する
