ロレンツォ・インシーニェがペスカーラを選んだ理由――ノスタルジーと現実のあいだで揺れるキャリアの選択
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ロレンツォ・インシーニェは、なぜペスカーラを選んだのか

冬のアドリア海沿い、スタディオ・アドリアティコのスタンドに集まったサポーターは、少し不思議な表情をしていたかもしれない。
最下位に沈むセリエBのクラブに、かつてのスターが帰ってくる。
ロレンツォ・インシーニェ、34歳。
ヨーロッパ王者にもなり、MLSも経験し、まだワールドカップ出場の夢をあきらめたわけでもない男が、なぜここでペスカーラを選んだのか。
彼はキャリアの終着駅を探しているのか、それとも新しいスタート地点を選んだのか。
その「どちらとも言い切れない」感じにこそ、サッカー選手の思考と選択のリアルがにじんでいるように思える。
あの頃のペスカーラと、今のペスカーラ
伝説になった2011-12シーズン
インシーニェが最初にペスカーラでプレーしたのは2011-12シーズンだ。
当時のペスカーラは、長くセリエAから遠ざかり、セリエB残留を目標にしていたクラブだった。
そこに突如として現れたのが、3人の若者。
- 19歳のレジスタ、マルコ・ヴェッラッティ
- ゴールを量産したチーロ・インモービレ
- そして左サイドから切り込むロレンツォ・インシーニェ
指揮官は、攻撃的な哲学で知られるチェコ人監督ズデネク・ゼーマン。
このチームは、たくさん得点し、たくさん失点もした。
完璧ではないが、勢いとアイデアに満ちたフットボールでセリエBを制覇し、街に「こんなペスカーラをもう一度見たい」という強烈な記憶を刻んだ。
| 選択肢 | 可能性 | 現実のハードル | 評価 |
|---|---|---|---|
| セリエA復帰 | 本人の強い希望あり | 年齢・最近のパフォーマンス・クラブのプロジェクトが壁になった | △ 実現ならず |
| ナポリ復帰 | 「無給でもいい」と本人が意向を示した | クラブが別の選択をした | △ 他者の選択に委ねられた |
| ラツィオ加入 | 接触はあった | 「若い選手を中心にしたい」とSDが語り断念 | △ クラブ方針に合わず |
| ペスカーラ加入 | ヴェッラッティからの誘い+心の中の「特別な場所」 | 最下位クラブ・残留争い・全盛期との比較 | ◎ 最終的に選んだ |
| 2011-12シーズンのペスカーラ | ヴェッラッティ・インモービレと輝いた伝説的シーズン | 昇格後最下位・その後エレベータークラブ化 | ○ 記憶の中の聖地 |
| トロントFCでの最終シーズン | MLS経験 | 12試合1ゴールと理想とは程遠い結果 | △ キャリアの岐路になった |
伝説の後に残ったもの
しかし、その夢のような時間は長くは続かなかった。
インシーニェもインモービレも去り、ゼーマンもローマへ。
ペスカーラは昇格したセリエAで最下位に沈み、すぐにセリエBへ戻ってしまう。
その後は、セリエBとセリエCを行き来する「エレベータークラブ」となり、借金問題にも苦しむようになる。
2026年の時点で、ペスカーラはセリエB最下位。
昇格どころか、また降格の危機にさらされている。
そんなクラブにとって、2011-12シーズンは「伝説」であり「最後の誇り」であり、同時に「戻れない場所」でもあった。
では、そこへ再び足を踏み入れるインシーニェは、何を考えていたのだろうか。
インシーニェの「選択」と、その揺れ
- 周囲の期待が選手本人の心の声をかき消していないか定期的に確認する — インシーニェも「ヨーロッパ王者のラストダンス」への期待を受けながら、現実のパフォーマンスとのギャップに直面した。選手が「高いカテゴリーだから」という理由だけで選択肢を受け入れていないか、本人の基準(出場時間・指導者・成長の見通し)を聞く時間を作る。
- 選手が悩む時間や決めきれずに揺れる時間を尊重する — インシーニェはラツィオ・ナポリ・ペスカーラの間で何度も心が行ったり来たりした。その「揺れ」を経て決めた選択だからこそ、記者会見で落ち着いた表情でクラブへの想いを語れた。選手が「自分で選んだ」と感じられることが、失敗したときの立ち上がり方にも大きく影響する。
- 「今の選手」の役割を過去のイメージと切り離して整理する — 中学時代に有名だった選手が高校で「昔ほどすごくない」と言われる場面は育成現場でも起きる。インシーニェに求められるのがもはや「ただのドリブラー」ではなくゲームを落ち着かせるプレーや若手への声かけであるように、今の選手が担える役割を一緒に見つけることが指導者の仕事になる。
まだ終わりたくない、でも現実は厳しい
2025年夏、インシーニェはトロントFCとの契約を解消する。
MLSでの最後のシーズンは、12試合で1ゴールと「理想とは遠い」ものだった。
それでも彼の頭には、まだ「終わり」という言葉はなかったようだ。
セリエAでのラストチャレンジ、そしてアメリカ大陸で行われるワールドカップにイタリア代表として出たい、という希望を持っていたとされる。
同じくトロントから移籍したフェデリコ・ベルナルデスキはボローニャに加入し、ヨーロッパの舞台に戻ってきた。
ではインシーニェも同じ道をたどれるのか。
クラブとの接触はあったが、条件はそろわなかった。
ラツィオのスポーツディレクターは、「すでにベテランリーダーはいる」「クラブとしては若い選手を中心にしたい」と語り、インシーニェ獲得に踏み切らなかった。
年齢、最近のパフォーマンス、クラブのプロジェクト。
彼自身の希望だけでは動かせない要素が、静かに彼の選択肢を減らしていく。
- 「カテゴリーの高さ」だけでなく自分が本当に大事にしたい価値を整理する — インシーニェがペスカーラを選んだように、「自分を必要としてくれるクラブ」「心の中で特別な場所」という基準も立派な選択の軸になる。出場時間・指導者・学校との両立・成長の見通しなど、自分にとっての優先順位を言語化してみる。
- 「過去の自分のイメージ」に縛られず今できることを探す — 周囲が「昔のように仕掛けないな」と比較するとき、選手自身は「今の自分にできること」を探せるかどうかが分岐点になる。ゲームを落ち着かせるプレーや仲間への声かけなど、今フェーズの役割を積極的に引き受ける姿勢が成長につながる。
- 保護者は「高いレベルだから」という理由だけで選択肢を押し付けない — 選択を急かすのではなく、子どもがどんな基準でチームを選んでいるか話し合う時間を持つことが、長期的な自己決定力を育てる。インシーニェの事例が示すように、本人が「自分で選んだ」と思える選択こそが試練にも耐えられる。
ナポリへの想いと、受け入れなければならない「他者の選択」
インシーニェは、自分の原点とも言えるナポリ復帰の可能性にも望みを託していた。
代理人を通じてクラブとコンタクトがあり、本人は「無給でもいい」と伝えたとされる。
だが、ナポリは別の選択をした。
クラブは、かつてのシンボルではない、別の道を選んだ。
インシーニェは「仕方ない、恨みはない」と受け止めたとされるが、この局面にはひとつの問いが浮かぶ。
自分が心の底から望む選択肢を、他者が選んでくれなかったとき、選手はどうやって自分のキャリアを「自分のもの」として引き受け直すのか。
この瞬間、彼は「ナポリのレジェンド」ではなく、「契約先を探す34歳のアタッカー」としての現実に向き合わざるを得なかった。
ヴェッラッティからの電話と、「原点」に戻る決断
そんな中で動いたのが、マルコ・ヴェッラッティだった。
カタールでプレーしながら、彼はペスカーラの共同オーナーとなり、クラブ再建に関わる立場になっていた。
新しく設立した会社を通して、既存の会長とともにクラブの大部分の株を握り、電話越しに旧友インシーニェを説得し続けたと伝えられている。
経営が厳しく、チームは最下位。
セリエAどころか、来季のセリエB残留すら危ういクラブだ。
そこでプレーすることは、「華やかなラストダンス」とは程遠い。
それでも、インシーニェは最終的にペスカーラ行きを選んだ。
彼は以前から「もしセリエBに戻るなら、ペスカーラ」と心に決めていたと言われている。
かつての仲間からの誘い、自分が羽ばたいた場所への想い、自分を必要としてくれるクラブの存在。
インシーニェの頭の中には、おそらく次のような問いが渦巻いていたのではないか。
- まだセリエAを目指すべきか
- それとも、自分を心から歓迎してくれるクラブで「役割」を引き受けるべきか
- 実力と年齢、期待と現実、そのバランスをどこで受け入れるのか
その答えとして選ばれたのが、ペスカーラだった。
「ノスタルジー」と「責任」のあいだで

期待が生むプレッシャー
1月29日、インシーニェが街に到着すると、数百人のサポーターが空港に集まった。
彼がかつてつけていた背番号11のユニフォームも用意されていた。
冬の移籍市場では、ペスカーラから10人が出て行き、8人が加入した。
キャプテンだったリッカルド・ブロスコも退団している。
新しく生まれ変わるチームの中で、ヨーロッパ王者の肩書きを持つインシーニェが、「精神的支柱」となることを、多くの人が望んでいる。
自然と、「キャプテンマークを巻いてほしい」「チームを救ってほしい」という空気が生まれる。
だが、その期待の大きさは、同時に彼の現在地への不安をかき消してしまう危険もはらんでいる。
34歳で、最近のシーズンでは結果を残しきれていないアタッカーに、一体どこまでの役割を求めていいのか。
「過去の英雄」に現在の問題を全部背負わせてしまうのは、クラブとして、サポーターとして、どこまでが健全なのか。
「戻ってきたから成功する」とは限らない
サッカーの世界には、「古巣に戻ってきたスター」が思うように輝けない例も多い。
年齢、戦術の変化、リーグのレベル、チームメイトとの関係。
何より、「あの頃」と「今」はまったく違う。
ペスカーラにとっても、インシーニェにとっても、2011-12シーズンはあまりにも特別だった。
だからこそ、現実のピッチで起こることは、どうしても比較されてしまう。
「昔のように仕掛けないな」
「あの頃ほど速くない」
新しいチームメイトも、当時のインモービレやヴェッラッティではない。
それでも、クラブはインシーニェを「希望の象徴」として迎え入れた。
この「希望」と「現実」のギャップを、彼らはどう埋めていくのか。
日本の選手・指導者・保護者にとっての問い
「どこでプレーするか」をどう選ぶか
この物語は、セリエBのベテランの話で、日本の育成年代とは遠い世界のように見えるかもしれない。
しかし、「どこでプレーするか」を選ぶことは、すべての選手に共通するテーマだ。
- カテゴリーが高い方がいいのか
- 試合に出られる可能性が高いチームを選ぶべきか
- 自分を必要としてくれる場所を優先するのか
- 将来へのステップになる環境を重視するのか
インシーニェは、セリエAをあきらめたわけではなかったかもしれない。
それでも、最後は「自分を必要としてくれるクラブ」と「心の中で特別な場所」を選んだ。
この決断を、「正しい」「間違っている」と評価することはできない。
ただ、彼がかなりの時間をかけて悩み、他の選択肢を検討し、最後にペスカーラを選んだという「プロセス」には、学べるものがある。
日本の選手であれば、例えばこう自分に問いかけてみてもいいかもしれない。
- 自分は、今どんな基準でチーム選びをしているだろうか
- 「名前」や「カテゴリー」だけで選んでいないだろうか
- 本当に大事にしたい価値は何か(出場時間、指導者、成長の見通し、学校との両立など)
保護者や指導者は、どう関わるか
保護者や指導者の立場から見れば、インシーニェの決断には別の問いも浮かぶ。
- 周囲の期待が、選手本人の心の声をかき消していないか
- 「高いレベルだから」という理由だけで選択肢を押し付けていないか
- 選手が悩む時間や、決めきれずに揺れる時間を、どれだけ尊重できるか
インシーニェも、ラツィオやナポリの可能性を考え、ヴェッラッティの誘いに耳を傾け、何度も心が行ったり来たりしたはずだ。
その「揺れ」を経て決めたペスカーラ行きだからこそ、彼は記者会見で落ち着いた表情でクラブへの想いを語ることができたのかもしれない。
選手が「自分で選んだ」と感じられるかどうかは、その後のプレーにも、失敗したときの立ち上がり方にも大きく影響する。
「昔の自分」とどう向き合うか
もうひとつ、この物語には興味深いテーマがある。
それは、「過去の自分」と今の自分をどう扱うか、という問題だ。
インシーニェは、ペスカーラのサポーターにとって「あの輝いていた若きエース」であり続ける。
しかし、彼自身は34歳になり、スピードも運動量も、若い頃とは違うはずだ。
それでも、周囲は「昔のイメージ」を重ねてしまう。
この状況は、規模こそ違えど、日本の高校やクラブでも起こりうる。
- 中学時代に有名だった選手が、高校で周りの期待に苦しむ
- 小学生の頃から注目されていた選手が、「昔ほどすごくない」と言われてしまう
そのとき、選手は「過去の自分をなぞる」のか、「今の自分としての役割」を見つけるのか。
インシーニェに求められるのは、もはや「ただのドリブラー」ではなく、
- ゲームを落ち着かせるプレー
- 若い選手たちへの声かけ
- チームが苦しいときのメンタル面での支え
といった、別のリーダーシップかもしれない。
もし自分がインシーニェの立場だったら、「昔みたいに仕掛けること」だけに固執するだろうか。
それとも、「今の自分にできること」を探そうとするだろうか。
ペスカーラの挑戦から、私たちが受け取れるもの
クラブの「選択」もまた、ひとつの賭け
ペスカーラ側の視点から見ると、このインシーニェ獲得は明らかにリスクをともなう決断だ。
- 年齢的に全盛期を過ぎている
- 最近の成績に不安がある
- 高い期待が裏切られたとき、スタジアムの空気がどうなるかわからない
それでも、クラブはインシーニェを選んだ。
「若い選手中心」というラツィオのような考え方もあれば、「経験あるスターに賭ける」というペスカーラのような選択もある。
どちらが正しいとは言えない。
大切なのは、「なぜ、その道を選んだのか」をクラブ自身が説明できるかどうか、そして、選んだあとにどれだけ腹をくくって支え続けられるかだろう。
日本のクラブや指導者にとっても、
- 結果だけを追いかけて短期的に選手を入れ替えるのか
- 長期的なプロジェクトとして、時間をかけて選手と向き合うのか
といった判断の連続の中で、同じような問いが生まれているはずだ。
「うまくいくかどうか」よりも、大事なこと
インシーニェとペスカーラの再会は、まだ始まったばかりだ。
この選択が、最終的に「成功」と呼ばれるのか、「やはり無理があった」と評価されるのかは、誰にもわからない。
もしかしたら、インシーニェは思うような結果を残せないかもしれない。
もしかしたら、彼の加入がきっかけとなってチームが残留し、数年後には再び昇格争いをするかもしれない。
どちらの未来もありうる。
大事なのは、彼らが「なぜペスカーラなのか」「なぜ今なのか」を自分たちなりに考え抜き、そのうえで選んだということだ。
サッカーでは、正しく考えても負けることがあり、浅はかな判断がたまたま当たることもある。
だからこそ、「結果」だけを見て他人の選択を評価してしまう前に、その裏側にあった思考や迷いに目を向けてみる価値がある。
答えを急がず、自分のサッカーに引き寄せてみる
もし自分がインシーニェだったら
最後に、読者自身への問いとして、少し想像してみてほしい。
- 自分が34歳で、子どもの頃からのクラブには戻れないと知ったとき
- まだトップレベルでプレーしたいという気持ちと、現実のオファーとのギャップに直面したとき
- かつての「成功した場所」から誘いが来たとき
自分なら、どのクラブを選ぶだろうか。
そこで、どんな役割を引き受けるだろうか。
そして、その決断を「自分の選択だった」と言い切れるだろうか。
ペスカーラの物語を、自分の物語へ
インシーニェとペスカーラの再会は、ノスタルジーに満ちた美しい物語として語られがちだ。
だが、その内側には、
- 終わりの見えてきたキャリアをどう使い切るか
- クラブはどのような哲学で選手を迎え入れるのか
- 過去の自分と今の自分をどう統合するのか
といった、誰にとっても他人事ではない問いが折りたたまれている。
その問いを、自分のサッカー人生、自分の指導、自分の子どもの進路に重ねてみることで、見えてくるものがあるかもしれない。
物語の結末は、まだ決まっていない。
だからこそ、ピッチに立つ彼らと同じように、私たちも少しだけ立ち止まり、「もし自分だったら」と問い続けてみたい。
勝ったか負けたかだけでは測れない選択の重みこそが、サッカーを、そして人生を、少しだけ深くしてくれるのかもしれない。
