AZアルクマールが示す、データで強豪を出し抜く「賢いクラブ経営」と育成の未来
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AZアルクマールが示す「データで相手を出し抜く」クラブ経営の未来
オランダのAZアルクマールというクラブを聞いて、皆さんはどんなイメージを持つでしょうか。
名門アヤックス、PSV、フェイエノールトほどの資金力はない。
けれど、この10年のエールディビジにおける平均順位は「3.8位」。
予算はライバルの4分の1から5分の1と言われながら、常に上位争いを続けているクラブがあります。
その秘密は、彼らが掲げるたった一つのキーワードに集約されます。
「Outsmarting the opposition(相手を出し抜く)」。
「データは私たちのコンパス」AZ流マッチ後ミーティング
AZアルクマールでは、トップチームの試合が終わるたびに必ず行われるミーティングがあります。
ヘッドコーチのマールテン・マルテンスとアシスタントコーチ、そして分析チームのスタッフが一緒に座り、「試合で何が起きていたのか」を整理する時間です。
クラブのデータ部門を率いるダーン・アウターマルクは、こう語ります。
「We want to use data in every single decision we make. Data is our compass.」 「私たちは、あらゆる意思決定にデータを使いたいと思っています。データは私たちのコンパス(羅針盤)です。」
コンパスという言葉が印象的です。
データは“正解”を教えてくれる魔法ではありません。
しかし、どちらへ進めばいいのか分からなくなったときの「向き」を指し示してくれる。
AZは、クラブ全体がその感覚を共有しています。
とはいえ、彼らが持つ指標は1試合あたり約400項目。
そのままコーチに渡しても「ノイズ」でしかありません。
そこで、アウターマルクはこう説明します。
「We have about 400 metrics available for each match… It’s just too much and a lot of it is noise. If you make it too complex, you lose the coach, so we bring it back to key metrics which help the coaches understand how the match was going.」 「1試合につき約400の指標を持っていますが、それは多すぎて、その多くはノイズです。複雑にしすぎるとコーチを失ってしまうので、試合の流れを理解する助けになる“キーとなる指標”にまで絞り込むのです。」
ここで大事なのは、「データを使うこと」ではなく、「データを“使える形”にすること」です。
AZのミーティングの目的は、コーチが選手にどう語りかけるか、そのヒントを整理するところに置かれています。
「It’s mainly focused on helping the coach to speak to the player.」 「主な目的は、コーチが選手と話すための助けをすることです。」
あなたがもし指導者なら、データは「評価のための点数」ではなく、「会話を始めるきっかけ」として使ってみたいと思いませんか。
| 領域 | AZのアプローチ | 一般的なクラブ | 優位性 |
|---|---|---|---|
| 試合分析 | 400指標→キー指標に絞りコーチとの対話に使用 | スタッツを一方的に提示 | ◎ コーチが使える形に変換 |
| 補強・リクルート | 獲得前から「どう伸ばすか」を設計済み(パロット例) | 市場の穴埋めにパニック補強 | ◎ 育成と一体化した補強 |
| バイアス除去 | 意見→データではなく、データ→意見の順序 | 印象・経験則が先行 | ○ 意思決定の客観性を向上 |
| アカデミー連携 | ユース年代からデータ文化を醸成しコーチを内部育成 | トップチームのみデータ導入 | ◎ 10年後のコーチ人材に投資 |
| メンタル管理 | 期待勝点(Xポイント)で1試合の結果に惑わされない | 順位表だけで評価・判断 | △ 内部的価値・外部から評価困難 |
ユース年代から「データネイティブな指導者」を育てる
AZが真にユニークなのは、トップチームだけでなく、アカデミーにも同じ仕組みを広げている点です。
ユースチームの試合後にも、データサイエンティストとコーチが座って振り返りを行います。
ゼネラルマネージャーのマレイン・ゼーマンはこう語ります。
「So in the coming years, when more coaches from the Academy join the first team, they are already educated in data.」 「これから数年のうちに、アカデミーからトップに上がってくるコーチたちは、すでにデータに精通している状態になっているはずです。」
「データが使える監督を外から連れてくる」のではなく、「クラブの中で育てていく」。
長期的な視点で見ると、この差はとても大きくなります。
子どもたちを教えるコーチが、当たり前のようにデータを活用しながら、「なぜこういうプレーが必要なのか」を説明できるようになる。
それは、選手の理解度にも、クラブの一体感にも、静かに効いてきます。
ここで、ゼーマンが投げかける問いは、私たちにも向けられているように感じます。
「What can it (data) bring to your daily practice?」 「データは、あなたの日々の実践に何をもたらしてくれるでしょうか。」
皆さんのチームや学校、クラブではどうでしょうか。
試合の映像やスタッツを、ただ「見るだけ」で終わらせてはいないでしょうか。
「明日の練習メニュー」「次の試合の狙い」を決めるところまで、つなげきれているでしょうか。
- 試合後に「キー指標だけ」を選手に提示する習慣を作る — 全スタッツを並べるのではなく、その試合の1〜2指標に絞ってコーチ・選手の対話の糸口とし、数字が「評価」ではなく「改善の出発点」になるよう使い方を変える
- 期待勝点の考え方を育成評価に応用する — 試合結果だけで選手やチームを評価せず、「内容と機会の質」を継続的に観察して、正しいプレーが続いているなら自信を持って方針を維持する判断軸を持つ
- 「データから意見を作る」順序を意識する — 選手の印象や先入観からではなく、映像・数値を先に確認してから評価・選抜を行う。ハロー効果や出身クラブバイアスを自覚的に排除する習慣を指導現場に取り入れる
「意見」ではなく「客観性」へ:バイアスとどう向き合うか
AZのデータ戦略には、もう一つ重要なテーマがあります。
それは「人間のバイアスを自覚し、乗り越える」ということです。
アウターマルクはこう言います。
「We want to use data in every decision we make… It is about outsmarting our own bias.」 「私たちは、あらゆる意思決定でデータを使いたい。それは、自分たち自身のバイアスを出し抜くためでもあります。」
「halo effect(ハロー効果)」や「lookalike effect(見た目が似ていると中身も似ていると思ってしまう効果)」。
サッカーの世界にも、こうした心理的な偏りはたくさんあります。
ある選手のゴールシーンだけが記憶に残って、守備のミスを見落としてしまうこと。
有名クラブ出身という肩書きだけで、「きっと実力もあるはずだ」と思い込んでしまうこと。
アウターマルクは、サッカーの常識をこう言い換えます。
「A lot of times in football it starts with opinion and then they search for the data. We start with the data to create opinion.」 「サッカーでは多くの場合、最初に“意見”があって、その後にそれを裏付けるデータを探しに行きます。私たちは逆に、まずデータから出発して、そこから“意見”を形づくるのです。」
これは、私たちの日常にもそのまま当てはまる考え方かもしれません。
「好き」「嫌い」「なんとなく良さそう」から判断を始めてしまうのか。
それとも、一度立ち止まって「本当にそう言える根拠は何だろう」と問い直すのか。
データを使うとは、実は「自分の感情を少し横に置いてみる」という訓練でもあるのです。
- 試合結果だけで自分のプレーを評価しない — 負けた試合でも良いプレーはあり、勝った試合でも課題はある。映像や数字で「実際に何が起きていたか」を振り返る習慣が、長期的な成長につながる
- 移籍市場の「賢い補強」に注目する — AZがトロイ・パロットを約600万ポンドで獲得してエールディビジ有数のストライカーに育てたように、高額でなくても戦略的な獲得があることをクラブ観察の視点として持つ
- データとサッカーの感情は矛盾しない — AZが示したように、データは情熱を消すものではなく「正しい方向に進む道具」だ。数字を使って戦術を理解しようとする姿勢は、サッカーをより深く楽しむことにつながる
感情に振り回されないための「Xポイント」という視点
サッカーは、感情のスポーツです。
勝てば最高、負ければ最悪。
サポーターもメディアも、そして時にクラブ自身も、その波に飲み込まれます。
アウターマルクは、その危うさをこう語ります。
「If you make decisions based on one match, you probably make the wrong decision.」 「1試合だけを見て決断してしまうなら、おそらくそれは間違った決断になるでしょう。」
例えば、開幕から5試合でリーグ8位だとします。
普通なら「スタートダッシュに失敗した」「監督の采配に問題がある」といった声が飛び交うでしょう。
しかし、AZは「Xポイント(期待勝点)」を見ることで、状況を冷静に判断しようとします。
「If you are eighth in the league after five matches, you can panic. But if you see your X points are second, then it gives you some context for a different story and perhaps some confidence that you are still on course.」 「5試合終わって8位なら、パニックになってもおかしくありません。でも、期待勝点では2位だと分かれば、まったく違うストーリーが見えてきます。まだ正しい道を進んでいるのだという自信も持てるでしょう。」
1試合ごとの結果ではなく、内容の積み重ねを信じる。
その支えとなるのが、データなのです。
皆さんのチームでも、「スコアだけで評価してしまった試合」はなかったでしょうか。
負けたけれど内容は良かった試合。
勝ったけれど、守備は崩壊していた試合。
データをうまく使うことは、「自分たちの戦い方を信じる勇気」を持つことにもつながります。
より強い相手を「賢さ」で倒す:ツール・ド・フランスの物語
ゼーマンは、AZに来る前、プロサイクリングチーム「チーム・ヴィスマ」のスポーツディレクターとして活躍していました。
そこでも彼は「データで強敵を出し抜く」経験をしています。
2023年のツール・ド・フランス。
彼らの前に立ちはだかったのは、世界最強とも言われるタデイ・ポガチャルでした。
ゼーマンは振り返ります。
「We had to really find a way to beat Tadej Pogačar… By understanding the sport through data, we could really create a strategy to beat him and outsmart him.」 「タデイ・ポガチャルを倒す方法を、本気で探さなければなりませんでした。データを通じて競技を深く理解することで、彼を倒す戦略をつくり、出し抜くことができたのです。」
「By just battling with him on the final climb, we cannot beat him.」 「ただ最後の登りで真正面から勝負するだけでは、彼には勝てません。」
そこで、彼らはポガチャルのフィジカル能力をモデル化し、「どのようにレースを運べば、最終的に彼を疲弊させられるか」を科学的に設計しました。
その結果、3週目にポガチャルがついに力尽き、ヨナス・ヴィンゲゴーが総合優勝を手にします。
「That made it very, very special, beating a stronger opponent by outsmarting him.」 「自分たちより強い相手を、“賢さ”で打ち負かしたことが、何より特別でした。」
この経験は、そのままAZアルクマールに持ち込まれています。
経済力では敵わない強豪クラブを、どうやって相手にするのか。
そこで彼らが選んだ道が、「頭を使って出し抜く」ことでした。
トロイ・パロットの例に見る「補強と育成」の一体化
AZのデータ活用は、試合分析だけにとどまりません。
リクルート(補強)と育成にも、しっかりと根を張っています。
トッテナム出身のアイルランド代表FW、トロイ・パロット。
彼は2024年夏、約600万ポンドという決して高くはない金額でAZに加入し、今ではエールディビジ有数のストライカーに成長しています。
アウターマルクは、補強の哲学をこう語ります。
「When we sell a player, we don’t buy a player in panic. We already know which players to buy. But when we buy a player we are already busy on how to get the player better.」 「選手を売っても、パニックになって誰かを買うことはありません。あらかじめ“次に誰を取るか”は決めています。そして選手を獲得する段階で、すでに“どう良くしていくか”を考え始めているのです。」
パロットのような選手を見つけるには、「今の実力」だけでなく、「このクラブのスタイルの中でどう成長していくか」を数値として描いておく必要があります。
データは、その可能性を見極めるためのレンズとして機能します。
皆さんの好きなクラブはどうでしょうか。
移籍市場で、短期的な穴埋めに終始していないでしょうか。
あるいは、若い選手を獲得したあと、「どう伸ばすか」という設計を十分に描けているでしょうか。
若いデータチームと「経験」の融合
AZのデータ部門には、5人のデータサイエンティストとデータエンジニアが所属しています。
これはプレミアリーグの強豪クラブと比べても大きな規模で、彼らの本気度が伝わってきます。
しかし、そのメンバーはとても若い。
そこで重要な役割を果たしているのが、ルーク・ボーンというベテランのアナリティクスリーダーです。
ローマ、NBAサクラメント・キングスで分析部門を率い、「Moneyball」のビリー・ビーンとも関わりが深い人物です。
アウターマルクはこう語ります。
「We simply don’t have the knowledge or the experience of a Luke Bornn. That’s why we want to combine the young knowledge and the experience.」 「私たちには、ルーク・ボーンが持つ知識や経験がまだありません。だからこそ、若い知と経験を組み合わせたいのです。」
ここにも、AZの哲学がよく表れています。
若さゆえの柔軟さと、新しい技術。
そこに、長年スポーツの現場を見てきた人物の「勘所」が加わる。
データと経験、どちらか一方ではなく、その「掛け算」を大事にしているのです。
「データが当たり前のクラブ」を目指して
AZとテック企業「Teamworks Intelligence」とのパートナーシップも、その一環です。
トラッキングデータは1試合で「数百万人分の行データ」になると言われます。
その膨大な情報を、戦術や選手の評価に落とし込むには、専門的なモデルとソフトウェアが必要です。
アウターマルクはこう言います。
「Data helps us lower the risk of a bad decision and improve our odds of making the right one.」 「データは、悪い決断のリスクを下げ、正しい決断を下す確率を高めてくれます。」
最終的に意思決定をするのは、人間です。
しかし、人が間違える可能性を少しでも減らす。
それが、AZにとってのデータの役割です。
ゼーマンは、クラブ全体のビジョンをこう描きます。
「One of the ambitions is that in maybe five years we can win games because we understand the game better through data than any other team.」 「数年後には、“どのクラブよりもデータを通じてサッカーを理解しているからこそ”勝てるようになりたい。これが私たちの野心の一つです。」
「理解の深さ」で勝つ。
そのために、コーチング、フィジカル、メディカル、スカウティング、アカデミー、あらゆる部門でデータが使われ始めています。
ゆくゆくは、試合中の「ライブデータ活用」も視野に入れていると言います。
小さな町のクラブが目指す「タイトル」という大きな夢
AZアルクマールがリーグ優勝を飾ったのは、1980/81シーズンと2008/09シーズンの2回だけです。
現在もエールディビジ3位と上位につけていますが、「タイトル」という目標は決して簡単ではありません。
ゼーマンは、正直にこう話します。
「That’s not logical if you are in the position AZ is financially, but that is our ambition.」 「AZの財政状況を考えれば、タイトルを目指すのは論理的とは言えません。それでも、それが私たちの野心なのです。」
オランダ北部の小さな街アルクマール。
ここで育ったゼーマンは、周囲から「nuchter(現実的で冷静)」と言われる気質を持つ人々の中で育ちました。
夢は大きく。
しかし、進み方はあくまで「冷静で論理的」に。
AZアルクマールというクラブは、そのバランスを大切にしながら、一歩一歩前に進んでいます。
私たちは、データとどう向き合うだろうか
ここまで読んで、皆さんはどのように感じたでしょうか。
データは難しそう。
機械的で、情熱が削がれてしまいそう。
そう感じる人もいるかもしれません。
しかし、AZの姿を見ると、データはあくまで「人が正しい方向に進むための道具」でしかないことが伝わってきます。
選手とコーチの対話を助けるための指標。
感情に流されず、自分たちを信じるための裏付け。
資金力で勝てない相手に、戦略と知恵で挑むための武器。
子どもから大人まで、サッカーを学ぶ私たちにとっても、これは大切なヒントかもしれません。
「なんとなく」ではなく、「なぜ」を問い続けること。
映像や数字を通じて、自分たちのサッカーを深く理解しようとすること。
その積み重ねが、やがて、大きな差になっていくのではないでしょうか。
最後に、AZの歩みとも重なる言葉を紹介して締めくくりたいと思います。
「Knowledge will give you power, but character respect.」 「知識は力を与えてくれる。しかし、尊敬を生むのは人間性だ。」
データという「知識」を武器にしながらも、冷静さと謙虚さを失わず、クラブ全体で成長を目指すAZアルクマール。
その姿は、サッカーを愛する私たち一人ひとりに、「もっと賢く、もっと深く、このスポーツを学んでみないか」と問いかけているのかもしれません。
