右サイドバックの「空席」が教えてくれる、ケガとポジション争いの中で答えを急がないという選択
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右サイドバックという「空席」が教えてくれること

右サイドのライン際には、白いスパイクの跡だけが残っている。
その持ち主は、まだピッチの外にいる。
バルセロナの育成組織でプレーする19歳のランドリー・ファレは、右膝外側側副靱帯のケガからの復帰に向け、いよいよ「芝の上に戻る」最終段階に入ろうとしている。
11月にケガをしてから、クラブは手術ではなく保存療法を選び、およその離脱期間は3〜4カ月とされた。
その間、彼が本来立っていたはずの右サイドバックには、次々と別の名前が並んでいく。
シャビ・エスパルト、ジョアン・アナヤ、ギリェム・ビクトル。
ひとつのポジションに、少なくとも4人の若い選手が入れ替わったことになる。
不思議なことに、この「空席」と「たび重なる入れ替わり」こそが、サッカーの中で何を選び、どう考えるのかを静かに問いかけているように見えてくる。
ケガをした選手が直面する「見えない時間」
ランドリー・ファレの今季は、最初から順風満帆ではなかった。
シーズン開幕時には足首の捻挫で出遅れ、ようやくピッチに戻ってきたと思えば、今度は膝の大きなケガ。
バルサB(バルサ・アトレティック)での出場はわずか3試合、ユースリーグでの1試合を含めても、今シーズンの公式戦は合計4試合だけだという。
多くの選手にとって、19歳というのは「一歩でも前へ」と焦りたくなる年齢だ。
同世代には、すでにトップチームにデビューした選手もいれば、他クラブのトップリーグでプレーを始めた選手もいる。
その中で、リハビリ室で過ごす日々は、外からは見えにくい時間だ。
ただ走ることも、ボールを蹴ることもできない期間に、ランドリーはどんな「選択」を迫られていただろうか。
たとえば、こんな選択肢があったかもしれない。
- 復帰時期を早めようとするのか、それとも100%の状態を待つのか
- 自分のプレースタイルを変える準備をするのか、それとも徹底的に今までの強みを磨くのか
- 他の選手が自分のポジションで活躍する姿をどう受け止めるのか
どれにも「正解」はない。
ケガをした選手にとっての難しさは、うまくいかなかったときにやり直しがききにくいことだ。
急いで復帰して再発すれば、「なぜあのとき焦ってしまったのか」と自分を責めるかもしれない。
慎重になりすぎて復帰が延びれば、「なぜもっと早く戻ろうとしなかったのか」と、また別の後悔が生まれるかもしれない。
だからこそ、ランドリー陣営が「保存療法」を選んだ事実には、ひとつの姿勢がにじむ。
短期的なインパクトより、長いサッカー人生全体を見て判断したのだろうか。
あるいは、彼自身が「今は土台を整える時間だ」と受け入れたのだろうか。
外からは分からないが、そのどれもがサッカーの一部だと考えられる。
| 観点 | 一般的な対応 | バルサBの選択 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 復帰期限設定 | 大会日程から逆算して期限を明示 | 「今週芝に戻れるか」を優先 | ◎ |
| 治療方針 | 早期復帰のため手術も検討 | 保存療法で長期視点を優先 | ◎ |
| 不在時の穴埋め | 固定選手で対応 | 3選手を入れ替えながら起用 | ○ |
| 復帰後の位置づけ | ケガ前の状態への復旧 | 「シーズン終盤の新補強」として評価 | ◎ |
| ポジション固定 | 早期から本職を決める | 左右サイド・CBと柔軟に対応 | △ |
芝の上に戻ることは、結果とは別の「大きな一歩」
クラブは、ランドリーの復帰に明確な期限を設けていないという。
「今週から芝の上でトレーニングを始めること自体が、すでに重要な一歩」だと見ているからだ。
ここに、結果とは別の価値基準が見える。
プレー時間やゴール数、アシスト数が評価の中心になりがちな中で、「芝の上に戻る」という、とてもシンプルな出来事をきちんと意味のある一歩として扱う。
これは選手自身にとっても、大きな救いになるかもしれない。
「まだ90分は無理だけど、今日は一度だけ切り返せた」
「今日は対人プレーまで行けた」
そんな小さなステップを、自分の中で積み上げていくプロセスは、「勝ったか・負けたか」では測れない成長の形だ。
もし自分が同じ立場の選手なら、最初のチーム練習に戻る日、何を一番意識するだろうか。
- ケガを怖がらずにプレーすること
- 周りとのリズムを取り戻すこと
- 「また一緒にやれる」と思ってもらえる振る舞いをすること
もしかしたら、「結果を出さなきゃ」と力むよりも、「このグラウンドでまた仲間とボールを蹴れる」という感覚を味わうことが、最初に選ぶべきテーマなのかもしれない。
- 復帰の評価軸を「試合出場時間」から「芝の上に戻る」段階に切り替える — 最初のチーム練習参加自体を明確な成果として選手に伝え、小さなステップを積み上げる環境を作る
- 離脱中の選手にポジション争いの観察役を与える — 自分のポジションを他の選手が埋める様子を「学ぶ機会」と捉えさせ、視野が広がる問いを投げかけ続ける
- ポリバレント選手に本職の軸を問いかける — 「どこでもできる」だけでは埋もれることを伝え、各ポジションで「自分の色」を出すテーマを個別に設定する
一つのポジションを、四人で渡り歩くという現実
ランドリーが不在のあいだ、右サイドバックには3人の選手が入れ替わりながら起用されてきた。
指揮官のジュリアーノ・ベレッティは、まずシャビ・エスパルトを第一候補として使い、その後、彼がトップチームのトレーニングに昇格すると、ジョアン・アナヤにチャンスを与えた。
さらにアナヤがケガを負うと、今度はユース所属のギリェム・ビクトルが呼ばれた。
一見すると、単なる「やりくり」にも見えるこの流れだが、そこにはいくつもの判断が折り重なっている。
例えばベレッティは、こんなことを考えていたかもしれない。
- システムや相手によって、求める右サイドバック像をどう変えるか
- トップチームとの兼ね合いのなかで、誰をどのタイミングで引き上げるか
- ケガから戻ってくる選手に、どんな「戻り道」を用意するか
選手の立場で見ても、そこには選択がある。
エスパルトにとっては、「Bチームのレギュラー」から「トップチームの一員候補」への移行のタイミングだっただろう。
アナヤにとっては、「自分に順番が回ってきた」ときに、どんなプレーを見せるかが問われる時間だったはずだ。
ビクトルは、「ユースから一時的に引き上げられる存在」として、自分の立ち位置をどう理解しただろうか。
その一方で、ランドリーはリハビリ室の中から、この右サイドで起きている変化を見つめることになる。
自分のポジションが、別の選手に埋められていく様子を見るのは、決して楽ではない。
「自分がいなくてもチームは回っていく」現実と、「それでも自分にしかできないことはあるはずだ」という希望の間で、揺れる時間でもある。
- 「100%になるまで待つ」選択肢を恐れない — 早期復帰による再発は長期的損失になる。保存療法という選択が示すように、長いサッカー人生の土台を整える時間だと捉える
- 他の選手が自分のポジションで活躍する様子を分析の対象にする — 「自分ならどうする」「何が違う」と観察し続けることで、復帰後のプレーに深みが生まれる
- ケガから戻った仲間の受け入れ方を意識する — 「以前の実力に戻ったか」ではなく、その選手がチームに何をもたらすかを見る視点を持つ
「どこでプレーするか」を決めるのは誰か
ランドリー・ファレは、右サイドバックだけの選手ではない。
今季、バルサBでは右サイドバックとして起用されているが、ユースリーグでは左サイドで出場したこともあり、センターバックとしてもプレーできるという。
いわゆる「ポリバレントなDF」だ。
複数ポジションをこなせることは、監督からすると非常にありがたい。
チーム事情に応じて役割を変えられるし、戦術の幅も広がる。
では、そのとき「自分はどこを本職とするのか」を決めるのは、誰なのだろうか。
指導者かもしれないし、クラブの方針かもしれない。
しかし、最終的には、自分自身が納得して選び取る必要がある。
もし、「どこでもできます」とだけ言い続けていると、「どこでもいい選手」、つまり「どこにも特別ではない選手」になってしまう危険もある。
逆に、「自分はここで勝負する」と強く決めすぎると、チームの状況に合わせた柔軟性を失うことにもつながる。
特に育成年代では、このバランスがとても難しい。
ランドリーのようなポリバレントな選手は、そのたびに自分に問いかけることになるはずだ。
「今日は右サイドバックとして、何を一番大事にするのか」
「左で出るとき、自分の特徴をどう生かし直すのか」
「センターバックとしての経験を、サイドでのプレーにどうつなげるのか」
立つ場所は変わっても、自分の中で変えないものと、変えるべきものを選び続けていく作業が、静かに積み重なっていく。
「補強」ではなく「戻ってくる仲間」としての復帰
クラブは、ランドリーの復帰を「シーズン終盤の大きな戦力になる」と表現している。
ケガから戻ってくる自前の選手を、「新たな補強」のように捉える感覚だ。
これもまた、ひとつの見方を示している。
移籍市場で誰かを連れてくることだけが「補強」ではない。
チームの中ですでに共に時間を過ごしてきた選手が、再び力を発揮できる状態になることも、大きなプラスだと考えているわけだ。
この考え方は、日本の育成年代やアマチュアチームにも通じるところがあるのかもしれない。
ケガで長く離脱していた選手が戻ってきたとき、その選手を「以前の自分にどれだけ戻れたか」だけで見てしまうことはないだろうか。
本当は、こういう見方もできるはずだ。
- ケガを通じて、その選手が身につけた視点や言葉が、チームに何をもたらすか
- ポジション争いに新たな緊張感が生まれることで、全体のレベルがどう変わるか
- 復帰を待っていた仲間たちの気持ちが、チームの空気をどう変えるか
ランドリーの復帰が「補強」と表現される背景には、「戻ってくること」そのものに価値がある、という視点があるように思える。
では、自分のチームではどうだろうか。
長く離脱していた仲間が戻ってきたとき、どんな接し方を選ぶだろうか。
日本の現場で「答えを急がない」選択はできるか

ランドリーのケースを日本のサッカー環境に重ねてみると、いくつかの問いが浮かび上がる。
例えば、ケガをしたときの復帰スケジュール。
「いついつの大会までに間に合わせたい」と、明確な期限を先に置いてしまうことはないだろうか。
それはモチベーションになる一方で、選手自身を締め付けてしまうこともある。
バルサのケースでは、「いつ試合に出られるか」よりも、「今週から芝の上に戻れるかどうか」という、もう少し手前のステップが強調されていた。
これは、選手の心にとっても、体にとっても、少し呼吸しやすい環境かもしれない。
また、ポジションの話もそうだ。
「あなたはサイドバックの選手だ」「あなたはボランチだ」と、早くから役割を固定することは、日本でもよくある。
一方で、ランドリーのように、左右のサイド、センターバックとさまざまな場所を経験する選手もいる。
どちらがいい、悪いではなく、そのときに何を学び取ろうとしているのかが、大きな違いを生む。
もし自分が日本の高校生や中学生だったら、こう自分に問いかけてみることもできる。
- 与えられたポジションの中で、「自分の色」をどう出すのか
- ポジションが変わったとき、「なぜ自分はここで起用されたのか」を想像してみるか
- ケガやコンディションの問題が起きたとき、「何を急がずに待つべきか」を考えられるか
指導者の立場から見れば、
「この選手は将来的にどこで輝くだろう」
「今、このチームでどの役割を任せるのが、本人とチームの両方にとってプラスか」
という二つの視点を行き来しながら、あえて答えを急がない選択をすることもできるかもしれない。
「もし自分なら」を手放さないために
ランドリー・ファレの今季の数字だけを見れば、「4試合出場」という結果は、決して派手なものではない。
だが、その背景には、複数のケガ、保存療法という選択、ポジション争い、そしてチーム内の役割の変化が折り重なっている。
ピッチ上でボールに触れていない時間にも、選手は多くの決断を迫られている。
どこまでリスクを取るのか。
どのポジションで勝負するのか。
他の選手が自分の場所に入っている状況を、どう受け止めるのか。
そのひとつひとつに、「もし自分ならどう考えるか」と立ち止まる余地がある。
指導者や保護者の立場であっても、「この場面でこの選手は何を感じているだろう」と想像してみると、見えてくるものが変わるかもしれない。
ケガから戻る選手を急かすのか、待つのか。
ポジションを固定するのか、揺らがせておくのか。
誰かの選択を「正しい」「間違っている」と評価する前に、「なぜその選択に至ったのか」を想像してみる。
その時間こそが、サッカーを通じて育つ「考える力」なのかもしれない。
ピッチに戻ろうとする19歳の右サイドバックは、まだ全力で走れないかもしれない。
それでも、「どう戻るか」を考え続ける姿は、きっと多くのサッカー選手や、大人たちにとっても、どこか自分ごとのように映るはずだ。
答えの出ない問いと一緒に歩く時間を、どう受け入れていくか。
それはサッカーのピッチの中でも、外でも、静かに続いていくテーマなのだろう。
