オリヴィエ・ジルーという「答えの出ない9番」が投げかける、役割と欲のあいだの問い
이 칼럼 공유하기
オリヴィエ・ジルーという「答えの出ないストライカー」

ワールドカップ優勝メンバーであり、フランス代表歴代最多得点者。 それでも、オリヴィエ・ジルーのキャリアは「順風満帆」という言葉から、かなり遠い場所を歩んできました。
グルノーブルでプロ契約を結んだあと、彼はナショナルリーグ(フランス3部相当)のイストルへ期限付き移籍。 当時の指揮官だったメシャ・バズダレヴィッチは、彼を戦力として強くは望んでいなかったと言われています。
その頃、フランス代表では、カリム・ベンゼマ、サミル・ナスリ、ハテム・ベン・アルファら「1987年組」が、次世代の主役として脚光を浴びていました。 ジルーは彼らより年上なのに、代表どころか、1部リーグからも遠いところでもがいていた選手でした。
25歳でようやくモンペリエでブレイクし、2011年にフランス代表デビュー。 そこから137試合57得点という記録を打ち立てることになりますが、その道のりは「エースとして君臨し続けた12年」ではなく、
- ベンゼマの控え
- 主力としての時間
- 再びベンチへ戻る時間
という、立場の変化を何度も飲み込みながら続いていったものでした。
この変化の一つ一つを、「自分だったらどう受け止めるだろう」と重ね合わせてみるとき、 ジルーのキャリアは、単なる成功物語ではなく、「選び続けた人」の物語として見えてきます。
控えから始まった代表キャリア「待つ」という選択
最初の4年半、平均出場時間44分
2011年から2015年末までのジルーは、フランス代表で45試合に出場し、13ゴールを挙げています。 数字だけ見れば悪くない。 しかし、その内訳を見ると、23試合が先発、22試合が途中出場。 1試合あたりの平均出場時間は44分ほどでした。
つまり、フル出場が前提の「エース」ではなく、常に「途中から出て流れを変えてほしい」「スタメンかどうかは試合ごとに変わる」存在。 しかも前には、同世代のスター、カリム・ベンゼマがいました。
ブラジルワールドカップでも、スイス戦でゴールとアシストを記録する活躍を見せながら、先発は5試合中2試合。 調子が良くても、「チームの1番手」にはなれない時間が続きました。
この立場で4年近くプレーし続けるとき、選手には2つの選択肢が見えてきます。
- 与えられた役割を受け入れ、そこで最大限のパフォーマンスを出す
- 「なぜ自分は1番手じゃないのか」と不満を募らせ、心が揺らいでいく
どちらが正しい、という話ではありません。 もし自分が、代表クラスの選手で、クラブでは点も取っているのに控えが続くとしたら、どう感じるでしょうか。
「もっと自分を使ってくれ」と主張することも、一つの生き方です。 でもジルーは、そこで「待つ」という選択をしていたように見えます。 出た試合で仕事をしながら、「自分が必要とされるタイミング」を待つ。 その結果として、2015年秋、ベンゼマの代表離脱によって、彼にスタメンの座が巡ってきました。
| 時期 | 代表での立場 | 主な数字と実績 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 2011〜2015年 | 控え・途中出場が半数以上 | 45試合13ゴール・平均出場44分 | △ エースではない試練の期間 |
| 2016〜2020年 | スタメン9番として確立 | 60試合31ゴール・平均65分・W杯優勝 | ◎ キャリア最盛期 |
| 2018年W杯 | スタメンでノーゴール継続 | 枠内シュート1本・チームが世界王者へ | ○ 役割貢献が数字を超えた |
| 2021〜2022年 | 再びベンチ・メンバー外も経験 | 限定的出場から復帰し4ゴール | ◎ 逆境からの復活 |
| 2022〜2024年 | 最年長として代表に立ち続ける | 37歳283日最年長出場・最年長得点記録 | ○ 諦めない選択の体現 |
「たまたま巡ってきたチャンス」をどう捉えるか
ベンゼマの離脱は、フランス代表にとっても、本人にとっても決して望まれた形ではありません。 しかし、その出来事によって「9番の空席」が生まれたのも事実です。
そのときジルーは、どんな気持ちだったのでしょうか。
- ライバルの不在によって与えられたポジション
- 自分の力で勝ち取った感覚の持ちづらさ
- それでも、チームは自分を「9番」として見ているという責任感
サッカーでは、怪我やトラブル、監督交代など、自分ではコントロールできない要素でチャンスが巡ってくることがあります。 そのチャンスを、「ラッキーだった」と受け取るのか、「どういう経緯であれ、ここから先は自分次第」と受け止め直すのか。
日本の育成年代でも、同じような場面は多くあります。 誰かが怪我をしたから試合に出られた。 先輩が退団したから背番号が繰り上がった。 そのとき、自分ならどう考えるでしょうか。
ゴールを取らないストライカーとして世界一になる、という矛盾
- ゴールを取らないFWの貢献を具体的に言語化して伝える — スペースを空ける動き・ボールを収めてからのパス成功率・おとりとして引きつけた相手DFの人数を練習後に取り上げ、「数字に出ない仕事」をチーム全体で可視化する
- 育成年代で「ポストプレーができる選手を生かす」発想を全員に持たせる — 背が高くボールが収まる選手に「とにかく点を取れ」と要求するだけでなく、「この選手を中心にどう崩すか」をチーム全体の課題として共有する
- 役割の変化を選手と対話しながら受け入れる環境を作る — ベンチに回る・途中出場が続くという立場の変化が生じたとき、「なぜこの起用なのか」を言葉で伝え、選手自身が「今のチームで自分にできること」を探せるようにする
2016〜2020年、本当の意味で「9番」になった時間
2016年から2020年、ジルーはフランス代表で60試合に出場し、31ゴール。 48試合で先発し、平均出場時間は65分に増えました。 ユーロ2016では3ゴールを挙げ、2018年のロシアワールドカップでは、ついに世界王者の「スタメン9番」となります。
ところが、その2018年大会でのジルーは、7試合でノーゴール。 枠内シュートも1本だけというデータが強調され、多くの批判を浴びることになりました。
一方で、監督ディディエ・デシャンやチームメイトは、彼の存在を「攻撃の軸」として評価しています。 センターバックとの駆け引き、ポストプレー、スペースを空ける動き。 その背後に、キリアン・エムバペとアントワーヌ・グリーズマンが走り込み、2人とも4得点ずつを記録しました。
この状況を、どう見ればいいのでしょうか。
- ストライカーなのにゴールを取らないのは問題なのか
- チームとして機能しているなら、役割分担として肯定されるべきなのか
- 「9番=点取り屋」というイメージと、実際の仕事のギャップをどう埋めるのか
もしあなたがフォワードで、ワールドカップでスタメンなのにゴールが取れなかったら。 それでも監督と仲間から「お前が必要だ」と言われたら。 素直に受け入れられるでしょうか。
- 「たまたま来たチャンス」をどう受け止めるかで次が変わる — 怪我や出場停止による繰り上がりスタメンも、「どういう経緯であれここから先は自分次第」と受け止め直すことで、パフォーマンスの質が変わる。育成年代でも先輩の負傷で得た出場機会をどう使うかは選手自身が選べる
- 役割を受け入れることと欲を捨てることは同じではない — チームのために動くことと「自分も点を取りたい」という本音は共存できる。「今はつなぐべきか、シュートを打つべきか」を一つずつ選び直す姿勢が長いキャリアの基盤になる
- 長くプレーするとは「新しい役割を引き受け続ける力」のことである — 学年が上がり後輩が増えるとき、チームの戦い方が変わるとき、「前と同じポジション・同じ役割」にこだわるより「今のチームで自分にできること」を探し直す柔軟性が選手を長く支える
役割を受け入れることと、自分の欲を捨てることは同じなのか
ジルーは、自分が「ゴール数」で評価され続けるポジションにいながら、ゴールとは違う形でチームに貢献する時間を選びました。 もちろん、心のどこかには「自分も点を取りたい」という欲があったはずです。
役割を受け入れることは、ときに「自分の欲を押し殺すこと」に見えるかもしれません。 でも、本当にそうでしょうか。
もしかすると、そこには別の選択があったのかもしれません。
- 「チームのための役割」と「自分の数字」を、どう両立させるかを模索し続ける
- 監督に「もっとゴール前に入りたい」と伝える勇気を持つ
- 自分のプレーの中で、「今はつなぐべきか、シュートを打つべきか」を一つずつ選び直す
「チームのために犠牲になる」という言葉は、ときにとても便利です。 でも、その陰で、自分の中の本音を見ないようにしてしまう危険もあります。
ジルーは本当はどう感じていたのか。 その答えは、外からは分かりません。 だからこそ、私たちは「もし自分なら」と立ち止まり、 役割と欲、自分とチーム、そのバランスをどこに置くのかを考えることができます。
再びベンチへ、そして37歳までの代表キャリア
エースから一転、再び控えへ戻る時間
2021年、フランス代表は大きな決断をします。 デシャン監督が、5年7か月代表から離れていたベンゼマをユーロのメンバーとして招集したのです。
その瞬間から、ジルーの立場は変わりました。 ベンゼマがいる間、彼が先発した試合はわずか2つ。 多くは途中出場、あるいはメンバー外。 2021年秋には、代表に呼ばれない期間も生まれました。
ここで彼は35歳。 多くの選手なら、「代表はここまで」と区切りをつけてもおかしくないタイミングです。
それでもジルーは、代表への扉を閉じませんでした。 2022年春、ベンゼマの負傷により再招集されると、コートジボワール戦と南アフリカ戦でゴール。 しかし6月の代表活動には呼ばれず、ベンゼマは再び中心へ。 その先に何が待っているか、誰にも分からないまま時間が過ぎていきました。
「終わったはずの物語」がもう一度始まるとき
そしてカタールワールドカップ開幕直前、ベンゼマが再び負傷離脱。 多くの人が、ジルーは大会中もベンチに座り続けると思っていた矢先に、状況は一変しました。
ジルーはスタメンに戻り、オーストラリア戦で2ゴール。 ポーランド戦でも決勝点を決め、ティエリ・アンリの持つ代表通算得点記録を更新。 最終的に4ゴールを挙げ、36歳で再び世界の注目を集める存在となりました。
しかし、アルゼンチンとの決勝では、前半41分で交代。 ボールにほとんど触れられず、ピッチを去ることになりました。
この起伏の激しさを、自分の人生に置き換えてみると、また違った景色が見えてきます。
- 「もう終わった」と思った場所に、もう一度呼び戻される
- 期待に応えたと思った直後に、また厳しい現実が突きつけられる
- それでも「ここでプレーしたい」と言い続けるかどうか
多くの人は、物語に「きれいな終わり方」を求めがちです。 ワールドカップで記録を更新して優勝、そこで代表引退。 そんなシナリオは分かりやすく、美しいかもしれません。
けれどジルーは、そのあとも代表を続けました。 マルクス・テュラムら新世代とのポジション争いを受け入れ、 出場17試合のうち10試合が途中出場という立場に身を置きながら、ユーロ2024までピッチに立ち続けました。
37歳283日という、フランス代表最年長出場記録。 37歳178日で記録した代表最年長ゴール。 その「長さ」の裏には、「まだここでプレーしたい」という気持ちを捨てなかった時間が、何年分も積み重なっています。
「決定的ではない」ことをどう受け止めるか
数字が示すもの、示さないもの
データを細かく見ていくと、ジルーには興味深い特徴があります。
- フランス代表の親善試合では最多の29ゴール
- 公式戦では28ゴールで、エムバペ、アンリ、グリーズマンに続く4位
- ワールドカップとユーロの本大会では33試合8ゴール
- 決勝トーナメント17試合で4ゴール。そのうち「真に決定的」と言えるのは、2022年のイングランド戦の1点だけ、とも評価されている
「大事な試合では物足りない」 そう評価されることもありました。
一方で、代表通算最多得点者であり、世界王者として2大会連続でスタメンを任された9番でもあります。
この2つの評価は、矛盾しているでしょうか。
もしかすると、 「どんな選手であっても、すべての場面で決定的になれるわけではない」 という、ごく当たり前の事実を示しているだけなのかもしれません。
点を取る試合もあれば、取れない試合もある。 輝く大会もあれば、影の役割に徹する大会もある。 数字だけを切り取れば、誰かは必ず「物足りない」と評価されます。
日本の選手たちが、数字や評価と向き合うとき、 「もっと決めなきゃ」「もっとアシストしなきゃ」というプレッシャーを、自分でさらに大きくしてしまうことがあります。
そのときに、こんな問いを立ててみることはできるでしょうか。
- 今日は、どんな形でチームに貢献できたのか
- 数字に残らない部分で、自分は何を選んだのか
- 決定的ではなかった試合にも、自分なりの意味を見つけられるか
「最後の9番」から、日本で何を考えられるか
ポストプレーの価値を、誰がどこまで理解しているか
ジルーは「最後の古典的センターフォワード」とも評されます。 ペナルティエリア内で強く、ヘディングに優れ、左足を軸にしながら、右でも決められる。 そして何より、ボールを収めて味方を生かす「ポストプレー」の質が高い選手でした。
フランス代表で彼と最も多くの時間を共有したのは、同年代のゴールキーパー、ウーゴ・ロリスですが、 フィールドプレーヤーとしては、グリーズマンやバラン、マテュイディ、エムバペ、ポグバら、「デシャン体制」の主力たちが並びます。
2018年の決勝のメンバーを思い浮かべるとき、 ジルーと一緒にピッチに立っていた選手の多くが、「ジルーの周りでどうプレーするか」を理解していました。
日本のサッカーではどうでしょうか。
- ポストプレーをする選手の価値を、どこまでチーム全体で共有できているか
- 「ゴールを取れないからダメな9番」と切り捨てていないか
- 周りの選手が、「この9番を生かす」発想をどこまで持てているか
たとえば、育成年代の試合。 背が高くてボールが収まる選手がいるとき、 その選手に「とにかく点を取れ」と要求するのか、 「ボールを収めて、周りを生かせる9番」として育てるのか。
どちらが正しいかは、チームのスタイルや選手の特性によって変わります。 大事なのは、「どちらを選んでいるのか」をチームで意識できているかどうかです。
長く代表で戦うとは、何を諦めて、何を諦めないことなのか

ジルーは、代表で21種類のユニフォームを着たと言われています。 2011年から2024年まで、背番号はずっと「9」。 しかし、その数字の裏で、彼は立場や役割を何度も変えざるを得ませんでした。
- 控えとしての9番
- エースとしての9番
- 批判される9番
- 記録を塗り替える9番
- 再びベンチに座る9番
- 最年長としてピッチに立つ9番
同じ背番号でも、その意味はシーズンごとに、試合ごとに変わっていきます。
37歳まで代表でプレーするということは、 技術やフィジカルだけでなく、自分の中で何度も「受け入れ」と「挑戦」のバランスを取り直してきた、ということでもあります。
日本の選手たちにとって、「長くプレーする」とは何を意味するのでしょうか。
- いつまでもスタメンであり続けること
- チームが変化しても、新しい役割を引き受けられること
- 若い選手が台頭してきたとき、自分の立ち位置をもう一度選び直せること
プロだけでなく、学校やクラブチームでも同じです。 学年が上がれば、下級生が入ってくる。 チームの戦い方が変わることもある。 その中で、「前と同じポジション・同じ役割」にこだわるのか、 それとも「今のチームで自分にできること」を探し直すのか。
「ジルーのようになる」必要はない。ただ、問いを受け取ることはできる
正解のないキャリアと、正解のない判断
オリヴィエ・ジルーのキャリアには、 「こうすれば必ずうまくいく」という分かりやすい答えはありません。
3部リーグからスタートし、代表歴代最多得点者になる。 ワールドカップ優勝メンバーでありながら、ノーゴールの大会も経験する。 ベンゼマの控えになり、ベンゼマの代役として再び呼ばれ、 記録を更新したと思えば、またベンチを温める日々に戻る。
どのタイミングで代表を引退しても、「きれいな物語」としてまとめることはできたはずです。 けれど彼は、自分でそのタイミングを選びました。 そして最後の試合は、ミュンヘンでのユーロ準決勝スペイン戦。 「スペインに敗れて終わる」という結末は、物語としては派手ではありません。
それでも、そこでピッチに立ち続けた「時間」そのものが、彼の代表キャリアを形づくっています。
自分なら、どこで何を選ぶだろう
ジルーのキャリアを見ていると、いくつもの「もし自分なら」という問いが浮かんできます。
- 3部に落ちたとき、そこでサッカーを続けようと思えるか
- 代表で控えが続いたとき、「待つ」ことを選べるか
- 世界一になったあとも、役割が変わることを受け入れられるか
- 批判の声の中で、自分のプレーをどう信じるか
- 37歳になっても、「まだここでやりたい」と言えるか
どの問いにも、正しい答えはありません。 ジルーと同じ選択をする必要もありません。
大事なのは、 「自分だったらどう考えるか」 「自分なら何を選ぶか」 を、その都度立ち止まって考えてみることなのかもしれません。
ゴールを決めるかどうか以上に、 どんな状況で、どんな自分でありたいのか。 ジルーの物語は、その問いを静かに投げかけてくれているように思います。
サッカーのキャリアにも、人生にも、用意された正解はありません。 だからこそ、それぞれが、自分のピッチの上で、自分なりの「9番」を選び続けていくのでしょう。
