PKを外した直後に記録を塗り替えたメッシ——38歳でなお更新し続ける「選択の積み重ね」から、サッカーの本質を読む
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ペナルティを外した男が、なぜ最多得点者になれたのか
8分。
試合が始まって間もない時間帯に、リオネル・メッシはペナルティスポットに立った。
世界中が注目する舞台で、世界最高の選手が、左足を振り抜いた。
ボールはゴールを外れた。
あの瞬間、スタジアムに何が流れたか。
落胆か、驚きか、それとも沈黙か。
38歳のメッシが、ワールドカップ史上最多得点記録を目前にした試合で、まずペナルティを失敗するという皮肉な幕開けだった。
だが物語は、そこで終わらなかった。
記録よりも、そこに至るまでの「選択」を見る
一度、すべてを手放した男
時計の針を10年ほど戻してみる。
2016年、メッシはアルゼンチン代表からの引退を表明した。
コパ・アメリカの決勝でPKを外し、チームは4度目の主要大会決勝での敗北を喫した。
「代表でやれることはすべてやった。チャンピオンになれないのが辛い」と、そのときのメッシは語った。
その言葉に嘘はなかったと思う。
逃げではなく、本当に限界だったのだろう。
それだけの重さを背負い続けてきたということでもある。
しかし彼は戻ってきた。
誰かに説得されたからではなく、自分の中で何かが変わったからだろう。
その「変化の理由」は、本人にしかわからない。
でも少なくとも言えるのは、引退宣言を撤回するという行為は、プライドを手放す選択でもあったということだ。
| 観点 | 2016年(引退宣言期) | 2026年(記録更新期) | 評価 |
|---|---|---|---|
| 主要大会の結果 | コパ・アメリカ決勝敗北(4度目) | W杯史上最多得点・38歳で現役 | ◎ 更新 |
| PKの結果 | コパ決勝でPK失敗 | W杯でPK失敗→同試合で2ゴール | ○ 立ち返り |
| 本人の言葉 | 「チャンピオンになれないのが辛い」 | 「頭に血が上ったが取り返せた」 | △ 感情の変化 |
| チームの状況 | 代表引退表明 | コパ連覇・W杯優勝後に記録更新 | ◎ 継続 |
| 年齢 | 28歳(引退宣言) | 38歳(史上最多得点) | ◎ 進化 |
「戻る」ことの難しさ
一度引退を表明した人間が、元の場所へ戻ることはそれほど簡単ではない。
「やっぱり来た」という目線、「今度こそ結果を出せるのか」という期待と圧力。
サッカーに限らず、一度大きな決断をした後に方向を変えることには、相当な覚悟が要る。
メッシが引退撤回後に積み上げたものは、コパ・アメリカ連覇、そして2022年のワールドカップ優勝だった。
2026年の今、彼は38歳でなお現役を続け、ワールドカップ通算得点数でドイツのミロスラフ・クローゼを超え、単独トップに立った。
記録の数字は確かに輝かしい。
だがそれ以上に興味深いのは、あの引退宣言からここまでの「10年間の選択の積み重ね」だ。
外した後に何をするか
- 選手が自分で考える空白を意図的に作る — 「ここに入れ」と指示し続けるのではなく、判断する機会を設け、選手自身が「なぜここにいるのか」を言語化できるようにする
- エースへの依存を意図的に崩す練習を設計する — うまい選手に頼りすぎる状況では他の選手の判断力が育ちにくい。エース不在の状況でどう機能するかを練習に組み込む
- ミス直後の行動を選手本人に任せる — PK失敗後にどう動くかを指示しない。自分で決断し立ち返るプロセスを経験させることが長期的な判断力を育てる
記録更新の試合で起きたこと
オーストリアとの試合に話を戻す。
ペナルティを外したメッシは、後半に2ゴールを決めた。
17点目はクローゼの記録を塗り替える得点。
18点目は、ゴール前の狭いスペースで2人のディフェンダーをかわして押し込んだ、まさに「メッシ的」なゴールだった。
試合後、彼は「PKを外したことで頭に血が上っていた。でも取り返せてよかった」という趣旨のことを語ったという。
この一言が、妙に印象に残る。
「頭に血が上っていた」という表現は、感情を押し殺さずにそのまま出したものだろう。
世界最多得点者でも、ミスの後は怒りを感じる。
完璧な機械ではなく、失敗に揺れる人間だということだ。
- ミス直後の感情は正常と知る — 世界最高の選手でもPK失敗後は「頭に血が上った」と感じる。感情を否定せず、次のプレーに向けるかどうかが大切だ
- 「フリーロール」は自分で考える力から生まれると知る — どこへ動いても良いという自由は、常に「なぜここか」を考える習慣があって初めて機能する。日常から自分でポジションの理由を言葉にしてみる
- 一度限界を認め、それでも戻ってきた事実を知る — スランプや壁に当たった子どもに、一度立ち止まることも選択のひとつだと伝える材料になる
揺れながらも続けること
この試合でメッシは、ワールドカップ史上最多のペナルティ失敗数(3本)という不名誉な記録も同時に更新した。
トップの選手でも、失敗は積み重なる。
ただ、その失敗の数だけ挑戦の数でもある。
あるスペインのサッカージャーナリストは、「メッシの記録を深く分析する時間もなければ、彼の銅像を建てる暇もない。我々は彼に追いつけていない」と語ったという。
これはユーモアを含んだ言葉だが、裏を返せば「更新し続けること」の凄味を表している。
35歳を過ぎてから18得点のうち12点を決め、今なお記録を更新し続ける。
その秘訣を問われれば、多くの人は「努力」や「才能」と答えるだろう。
だが実際は、体の使い方を知り、ピッチ上の空間を読む「知性」が年齢とともに洗練されていった結果ではないだろうか。
日本のサッカーと「答えを探す姿勢」
若い選手たちが受け取るべきもの
メッシの歩みを振り返ると、ひとつの問いが浮かぶ。
「才能がある選手がうまくなるのは当然だ」と片付けてしまうのは、簡単だ。
でも本当にそうだろうか。
メッシは18歳で最初のワールドカップを経験し、そこから20年近くかけて頂点に立った。
途中で引退宣言をし、批判を受け、それでも戻ってきた。
その過程には、才能だけでは説明がつかない「判断の連続」がある。
日本の育成年代のサッカーでは、しばしば「答えを早く出すこと」が評価される場面がある。
「このポジションに入れ」「そのプレーは違う」と、外から正解を与えられる環境の中で、選手自身が「なぜそうするのか」を考える機会が減っていくことがある。
もちろん指示は必要だ。
でも、指示に従い続けるだけでは、「自分でどう動くか」を考える力は育ちにくい。
「フリーロール」という判断の重さ
あるイングランドの元選手は、メッシについて「フリーロールを与えられているから、良い場所に入り込める」と語ったという。
「フリーロール」とは、特定のポジションに縛られず、自分の判断でピッチを動ける役割のことだ。
これは単に「自由にしていい」ということではない。
自由には責任が伴い、どこに動くか、いつ仕掛けるか、すべて自分で判断しなければならない。
それをこなすには、膨大な経験と、常に「なぜここにいるのか」を考える習慣が必要だ。
メッシが長くトップに居続けられる理由のひとつは、この「自分で考えてプレーする」ことを、年齢を重ねながら深めてきたからではないだろうか。
記録の先にある問い
アルゼンチンはメッシ1人に依存しすぎているのではないか、という声もある。
実際、この大会でのアルゼンチンの全得点がメッシによるものだというのは、ひとつの現実だ。
チームとして見たとき、それは強さなのか、それとも危うさなのか。
指揮官のリオネル・スカローニも、同じ問いを抱えているだろう。
エースに頼ることと、チームとして機能することのバランスをどう取るか。
「頼る」と「依存する」の境界線は、どこにあるのか。
これは何もプロのトップクラブだけの話ではない。
少年チームでも、「うまい子に任せてしまう」場面は起きる。
頼られる側も、頼る側も、それぞれに判断が求められる。
メッシに全部任せていいのか。
メッシ以外の選手は何を考えているのか。
そしてスカローニは、どんな未来を描いているのか。
試合の結果は出ている。
だが、そこに至るまでの問いは、まだ答えが出ていない。
サッカーの面白さは、ゴールが入る瞬間だけではなく、そこに向かうまでの判断の積み重ねにある。
どんな名手も、外すことがある。
そして外した後に、どう立ち返るかが、その選手の本質を映し出す。
ピッチの上で迷いながら選び続けること——それは、サッカーを愛するすべての人に共通する、終わりのない問いかもしれない。
後に日本代表に選ばれることになる選手たちと、ジュニアユースからユースまでの時期、同じピッチでボールを蹴っていた。そのなかで気づいたのは、うまい選手ほど「自分でどこに動くか」を迷わず選んでいるということだ。指示された場所に入るのではなく、なぜそこかを自分で考えている選手が、年齢を重ねてからも変わらず輝いていた。
皆さんが見てきた選手たちが、みんなそうだったとは限らない。ただ、今一緒にプレーしている選手のなかに、「なぜそこに動くか」を自分で選んでいる子がいるかどうか、少しだけ思い浮かべてみてほしい。
