U9の練習メニューに「正解」はあるのか――指導者・保護者・子どもが選び続けるサッカーの時間
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U9の練習メニューに「正解」はあるのか

小さなグラウンドに、カラフルなマーカーとミニハードルが並ぶ。
U9、8〜9歳の子どもたちが、笑い声をあげながらジグザグに走り、ジャンプし、最後にボールをコントロールしてシュートする。
同じ時間、隣のコートでは、三角形に並んだ3人が、パスを出しては走り、また受けては走る、単純だけれどリズムのあるリレー形式の練習を繰り返している。
フランスの育成年代向けの記事では、こうしたU9向けの練習がいくつも紹介されている。
コーディネーション、ボールコントロール、パス、ゲーム形式。
練習の構成も、ウォーミングアップから小さなゲーム、最後は5対5の試合まで、60〜75分の流れが丁寧に説明されている。
どれも「もっと上手くさせたい」と願う指導者にとって、すぐにでも真似したくなる内容だ。
けれど、ここからもう一歩だけ踏み込んでみたくなる。
同じU9の練習を考えるとして、もし自分がその現場の「指導者」や「保護者」や「選手」だったら、どこに迷い、どこで決断するのだろうか。
「構成された練習」の裏側にある、見えない選択
なぜ、このメニューを「選ぶ」のか
ウォーミングアップで身体を起こし、
コーディネーションやボールコントロールのドリルで技術を刺激し、
ゲーム形式で「今日やったこと」を試合で使ってみる。
さらに、4週間単位でテーマを分ける提案もある。
- 1週目:コーディネーション+ボールタッチ
- 2週目:パスと動き直し
- 3週目:ドリブルと1対1
- 4週目:ゲームの中での連携
とても「分かりやすい」進め方に見える。
でも、ここで一度立ち止まってみたい。
指導者は、この流れを「なぜ」選ぶのだろう。
ただ記事に書いてあるからか。
それとも、自分のチームの現状を見て「今の子どもたちには、この順番が合う」と判断したからか。
同じメニューを使っていても、そこにある思考はまったく違うものになる。
目の前の子どもたちは、パスが苦手なのか、ボールタッチが不安定なのか、それとも何よりも「一緒に遊ぶ感覚」がまだ育っていないのか。
何を優先するかは、情報ではなく、その場にいる大人の「選択」になる。
| 観点 | メニュー重視型 | 意図重視型 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 練習選択の基準 | 記事・マニュアルを参考に採用 | 子どもの今の課題を見て判断 | ◎ |
| 1ドリルの時間管理 | 10〜15分で機械的に切り替え | 子どもの集中・習熟度を見て調整 | ○ |
| 三角形パス練習 | 決まった位置でパスを出す | 「どこに立てば味方が助かるか」を問いかける | ◎ |
| 遊びの要素の扱い | アジリティコースをそのまま実施 | 遊びにサッカーの文脈を加える一工夫を入れる | ○ |
| 保護者の関わり方 | 結果・スキルを中心に声かけ | 「何が楽しかった」「次どうする」と問いかける | △ |
短い集中力との付き合い方
U9の特徴として、「集中力が長く続かない」ことが挙げられる。
だから、1つの練習は10〜15分以内が望ましい、と示されている。
ここでも、単純に「10分で区切ろう」と考えることもできるし、もう少しだけ踏み込んで考えることもできる。
たとえば、こんな問いが生まれるかもしれない。
- 子どもたちが飽きたから変えるのか
- できるようになる前に変えてしまっていないか
- 「飽きているように見える時間」こそ、工夫のしどころではないか
走って、跳んで、ボールを触って、というテンポのいいメニューは、確かに子どもたちを引きつけやすい。
一方で、「同じ動きを繰り返す中で、自分なりの工夫を見つける時間」も、本当は大切かもしれない。
指導者にとっては、そのバランスをどこで取るかが、ひとつの「覚悟」になる。
三角形で回すパス練習に、どんな意味を込めるか
- メニューの前に「今この子たちに何が必要か」を10秒考える — パス精度なのか・アイデアなのか・仲間と遊ぶ感覚なのかを明確にしてからドリルを始める
- 三角形パス中に「どこに立てば味方が助かる?」と問いかける — 正解を教えるのではなく、子どもが自分で立ち位置を試す余白を意図的に作る
- 4週間プランを「仮説」として扱う — 雨・新入り・自信喪失など想定外が起きたら計画を柔軟に変更し、そのプロセスをチームで共有する
ただ回すか、「なぜ動くか」を感じさせるか
U9向けの「三角形のパス練習」が紹介されている。
3人が三角形を作り、ボールを回す。
最初はディフェンスなし、慣れてきたら守備役を入れてみる。
内容としては、とてもシンプルだ。
でも、この三角形の中に、どれだけの「考える要素」を入れられるかは、指導者次第になる。
たとえば、こんな声かけがあるかもしれない。
- ボールを持っていないとき、どこに立っていると味方がパスしやすい?
- パスが少しズレたとき、足を伸ばす? 近づいて受ける?
- もしここに相手がいたら、次はどこに動く?
同じ三角形でも、「決められた位置に立ってパスを出すだけ」なら、あまり頭は使わない。
しかし、「自分がどこにいれば味方が助かるか」を考え始めた瞬間、その三角形は小さなゲームの世界に変わる。
U9の段階では、完璧な答えを求める必要はない。
むしろ、「どこに立てばいいんだろう」と考えながら動いてみる、そのプロセス自体が大事になっていく。
- 帰り道に「今日シュート決められなかったね」ではなく「どの練習がいちばん楽しかった?」と聞く — サッカーが「評価される場所」ではなく「試してもいい場所」という感覚を育てる
- アジリティコースで転んだ子どもを見たとき、「ちゃんと見て走れ」より「今のステップ、どうしたらうまくいくと思う?」と一緒に考える
- 制限付きゲーム(3本パスしてからシュート)のルールを守ることを目的にせず、「このルールの中で自分はどんな工夫ができるか」を子どもに任せる
日本の現場で、この三角形はどう扱われているか
日本の育成年代の現場でも、三角形のパス練習はよく見られる。
けれど、その意味づけはグラウンドごとに違うように感じる。
- きれいなフォームでパスを出すための練習として扱うチーム
- 動きながら受ける感覚を身につける場とするチーム
- 「サポートの角度」や「距離感」を感じるきっかけにするチーム
どれが良い悪いではなく、「自分は何を育てたいのか」をはっきりさせないままメニューを真似すると、本来得られるはずの学びが薄まってしまうことがある。
もし自分がコーチなら、目の前の子どもたちの様子を見ながら、こんな問いを自分に投げるかもしれない。
- 今この子たちに必要なのは、精度なのか、アイデアなのか
- 多少フォームが崩れても「チャレンジする心」を優先したいのか
- それとも、一度立ち止まって「丁寧に蹴る感覚」を身につけさせたいのか
同じ三角形でも、そこに込める意図が変われば、選手の受け取り方も変わっていく。
「コーディネーション」と「遊び心」の間で揺れるもの
遊びながら学ぶ、は本当に簡単か
U9の練習で大切にされているのが、コーディネーションや運動能力を、遊びの中で引き出すという視点だ。
ハードルを使ったアジリティコースや、「鬼ごっこ」のような走るゲームが紹介されている。
日本でも、こうした「走る」「止まる」「切り返す」を組み合わせた遊びは広く取り入れられている。
ただ、「遊びながら学ぶ」と言うのは簡単でも、実際に現場でやってみると、いくつかの葛藤が生まれることもある。
- 遊びに夢中になりすぎて、サッカーの要素が薄れてしまう
- 逆に、「遊び」に見えて、実はミスを許さない雰囲気になってしまう
- 一部の運動能力の高い子だけが活躍し、他の子が置き去りになる
指導者は、その中でどこまで「自由」にさせ、どこから「ルール」を示すかを選び続けることになる。
たとえば鬼ごっこひとつとっても、「逃げる」だけでなく「味方を助ける」というルールを加えると、少しだけサッカーの「仲間を助ける感覚」に近づいていく。
でも、その一工夫を入れるかどうかは、その場にいる大人の判断に委ねられている。
上手くいかない子と、どう向き合うか
アジリティコースを見ていると、スイスイとこなす子もいれば、マーカーに引っかかって転びそうになる子もいる。
ここで、指導者や保護者の心の中には、さまざまな声が浮かぶはずだ。
- 「もっと速く!」と急かしたくなる気持ち
- 「この子には難しすぎたかな」とメニューを疑う気持ち
- 「転びながらでも、自分なりに工夫してくれればいい」と見守る気持ち
どの感情も、人として自然なものだろう。
大切なのは、どの気持ちを「行動」に変えるかだ。
転びそうになった子に、声をかけるとしたら、どんな言葉を選ぶだろうか。
- 「ちゃんと見て走れ!」と修正を急ぐか
- 「今のステップ、どうしたらうまくいくと思う?」と一緒に考えるか
- 「チャレンジしたの、すごく良かったよ」と、まず試したことを認めるか
その一言が、その子にとっての「次の一歩」を変えてしまうかもしれない。
試合形式の5対5で、何を見ようとするか
「3本パスしてからシュート」に隠れた意図
トレーニングの最後に「5対5の試合」を入れることがすすめられている。
ただの自由な試合ではなく、「シュートの前に3本パスをつなぐ」といった制限をつけることで、パスや連携を意識させようという狙いだ。
こうしたルールは、日本の育成年代の試合形式でもよく使われる。
ここで、もう一度「なぜ?」と問いかけてみたい。
- 本当に3本つながった方がいいのか
- ゴール前でフリーになった子がいても、ルールを守るべきなのか
- ドリブルが得意な子は、その時間で何を学ぶべきなのか
例えば、ドリブルで2人を抜いた子が、シュートを打てる位置まで行っても、「まだ2本目だから打てない」とパスを選ぶかもしれない。
それを、「ルールだから」で片付けてしまうのか。
あるいは「今はこのルールの中で、どうベストを探せるか」を一緒に考えるのか。
同じ制限付きゲームでも、それをどう説明し、どう振り返るかで、選手の中に残るものは変わっていく。
日本の子どもたちは、どう感じているだろう
日本では、「決められたことを正確にこなす力」が評価されやすいと言われることがある。
制限付きゲームも、「ルールを守ること」がゴールになってしまうと、選手は「自分で状況を見て選ぶ」よりも、「言われた通りにやる」ことを優先してしまうかもしれない。
一方で、ルールがあるからこそ、普段なら選ばないプレーに挑戦できるという面もある。
ドリブル一辺倒だった子が、「今日はパスをたくさんつなぐ日にしてみよう」と、いつもと違う自分を試すきっかけにもなりうる。
大人に求められるのは、その両面を理解した上で、「今日はこの制限を、どんな意味で使うか」を自分で決めることなのかもしれない。
U9という時間を、どう捉えるか

4週間プランは、ゴールではなく「仮説」かもしれない
計画を立てることは、もちろん大切だ。
ただ、現場に立つと分かるのは、「計画した通りに進まないこと」がむしろ普通だということだ。
- 雨でグラウンドが使えない週がある
- 新しく入ってきた子が、ボールに慣れていない
- 試合でうまくいかなかった経験から、子どもたちが自信を失っている
そんな予想外の出来事に対して、計画を守るのか、柔軟に変えるのか。
そこでもまた、指導者は選択を迫られる。
4週間プランを「正解」として守るのではなく、「仮説」として扱う。
実際にやってみて、子どもたちの反応を見ながら少しずつ調整していく。
そのプロセス自体が、「考えるサッカー」の入り口になっていくのかもしれない。
保護者のまなざしも、ひとつの「環境」になる
U9の練習を見守る保護者も、ある種の「共犯者」だ。
子どもがミスをしたとき、ベンチからどんな表情で見ているか。
上手くいかなかった日、帰り道でどんな話をするか。
- 「今日はシュート決められなかったね」で終わるのか
- 「どの練習がいちばん楽しかった?」と聞いてみるのか
- 「難しかったこと、次はどうしてみる?」と一緒に考えてみるのか
その一言一言が、子どもの中に「サッカーは評価される場所」なのか、「試してもいい場所」なのかという感覚を積み重ねていく。
保護者自身も、「今日はどう声をかけようか」と迷いながら、選択し続けている。
答えを急がないU9の時間
「今すぐできるように」ではなく、「自分で選べるように」
U9の練習メニューを眺めていると、「こうすればうまく育つ」という道筋が、なんとなく見えてくるような気がする。
コーディネーション、ボールコントロール、パス、ドリブル、ゲーム理解。
その一つひとつを効率よく積み上げていけば、きっと上手い選手になるだろう、と。
けれど、子どもたちがサッカーから受け取るものは、数字やスキルだけではない。
- 失敗しても、またボールを受けに行く勇気
- 仲間の動きや気持ちを想像しようとするまなざし
- 自分で選んだプレーに、責任と誇りを持つ感覚
それは、どのメニューを選ぶかと同じくらい、「どう向き合うか」によって育っていく。
もし自分が、このU9のグラウンドに立つなら
もし自分がU9の選手なら、どんな練習が嬉しいだろうか。
もし自分がコーチなら、どの瞬間に声をかけるだろうか。
もし自分が保護者なら、どんな表情でプレーを見守るだろうか。
U9の練習をどう構成するかという話は、結局のところ、「サッカーを通して、何を大事にしたいのか」という問いに戻ってくる。
答えはひとつではない。
だからこそ、誰かの「正解」をなぞるだけで終わらせず、自分なりに立ち止まり、選び直していくことに意味が生まれる。
小さなグラウンドで、子どもたちは今日も走り回っている。
その一歩一歩の裏側にある、大人たちの迷いと選択が、彼らのサッカーと人生の形を、少しずつつくっているのかもしれない。
