ケガ予防は「やるか・やらないか」ではなく、どのリスクを受け入れるかを選ぶこと
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「ケガを減らしたい」と思ったあとに、何が起きているのか

ある平日の夜、人工芝のグラウンド。 中学生のチームがゲーム形式のトレーニングに入ろうとしている。
ウォーミングアップを終えた選手たちは、早くボールを蹴りたくてうずうずしている。 そんな中、指導者は数分だけ時間をとって、コーディネーションと体幹のトレーニングを挟もうか迷っている。
「ケガ予防には大事」 その知識はある。 でも、時間は限られている。 次のリーグ戦も近い。 選手たちの視線は「早く試合がしたい」と語っている。
ここで、指導者は何を選ぶのか。 そして、その選択の裏側で、どんな思考が動いているのか。
ドイツの調査が映し出した「知っている」と「やれている」の間
多くの指導者が「ケガ予防は大事」と答えた
ドイツでは、DFBに登録されたライセンス保持者を対象に、大規模なオンライン調査が行われた。 約2000人のうち、最終的に1012人の指導者の回答が分析されている。
彼らは「ケガの予防はどれくらい重要か」と問われたとき、かなり高い重要度をつけている。 特に、膝や足首、太ももなど、下肢のケガが大きな問題だと感じていることもわかった。
リスク要因として挙げられたのは主に次のようなものだった。
- フィットネスやアスレティシズムの不足
- 過去のケガ歴
- 十分でない回復(睡眠や休養の不足など)
- 不適切なトレーニング内容
- 危険なプレーや反則
これは、医学やスポーツ科学の研究結果とかなり重なっているとされる。 つまり、指導者たちは「何が危ないのか」を、それなりに理解している。
| 観点 | 研究・知識レベル | 現場の実態 | 評価 |
|---|---|---|---|
| リスク要因の認識 | フィットネス不足・過去のケガ歴・回復不足・危険なプレーを主要因と認識 | 指導者の理解は医学研究結果とほぼ一致している | ◎ 認識は共有 |
| 有効な予防手段の認識 | コーディネーション・体幹・ウォーミングアップ・リカバリーが有効と認識 | FIFA 11+と方向性が一致している | ◎ 知識はある |
| 現場での実践状況 | 週2回しか練習がないクラブでは予防トレーニングへの時間確保が困難 | 時間制約・スタッフ不足・施設・クラブ文化が壁になっている | △ 実践は不十分 |
| 年齢による指導者の差 | 40歳未満は専門家連携・食事・ケガ歴の影響を重視する傾向 | 年齢上の指導者は自分の影響力・フェアプレーを重視する傾向 | ○ 世代で異なる |
| 期分けと負荷管理 | 年間計画・負荷コントロール・復帰プロセス設計が特に重要と示されている | 体系的に設計できているチームは少ない | △ 改善余地大 |
| 専門家の関与 | エリートユースでは体力測定・メディカルチェックが強く意識されている | アマチュアや少年団では指導者一人が多くを抱えている | ○ カテゴリー差あり |
「何をやるべきか」も、実は共有されている
予防のために効果的だと考えられているトレーニングとして、多くの指導者が挙げたのは、
- コーディネーション(動きの調整)
- 体幹の安定化トレーニング
- 十分なウォーミングアップ
- リカバリー(クールダウンや休養の工夫)
- 理学療法やメディカルチェック
これも、研究現場で「有効」とされている内容とほとんど一致している。 有名な予防プログラムである「FIFA 11+」と比べても、方向性は同じだとされている。
では、ここで生まれる問いがある。 「知っている」「大事だと思っている」「効果的な方法もだいたいわかっている」。 それでも、なぜ現場ではケガが多いままなのか。
「わかっているのに、できない」をどう受け止めるか
- 「今シーズンこれだけはやりきった」と言える取り組みを1つ選ぶ — コーディネーション・体幹・クールダウンのどれか一つを毎回5分確保してチームに説明し、継続する。完璧な予防より継続できる最小単位から始める
- 練習強度の高い日と低い日を「理由を持って」組む — 試合前後・シーズンの山場・連戦期を踏まえ、強度を下げる日の理由を選手に話す。「なぜ今日は軽いのか」を知っている選手は自己管理能力が上がる
- ケガを起こした状況を責めずにチームで振り返る場をつくる — 「なぜこのタイミングでケガが起きたか」を一緒に考え、復帰プロセスをチームメイトも知る機会にする。ケガからの学びをチーム全体の財産にする
現場にあるのは、理想論ではなくスケジュール
調査の分析では、予防が進まない背景として、
- 時間の制約
- スタッフの不足
- グラウンドや施設などの環境
- クラブの運営体制や文化
といった要因が挙げられている。
例えば、週に2回しか練習がない地域の少年団を思い浮かべてみる。 試合のための戦術練習、技術練習、そしてゲーム形式。 さらに学校や塾、保護者の送迎の事情もある中で、予防トレーニングに10〜15分を割くことは、簡単な決断ではない。
「やった方がいい」とわかっている。 しかし「それを入れると、他の何かを減らさなくてはいけない」。 そのとき、何を優先するのかという選択が、毎回静かに突きつけられている。
- 痛みや違和感を「誰に・いつ・どう伝えるか」を事前に決めておく — ケガが深刻になる前に伝えられる関係性と仕組みをチームの中で確認しておく。「言いにくい」空気がある場合は保護者から指導者に相談する選択肢もある
- 「今日は身体どう?」を帰宅後の会話の入口にする — 「勝った?」「点取れた?」より先に身体の状態を聞く習慣が、子ども自身が身体と向き合う視点を育てる
- 休む決断をしたときはその選択を肯定する言葉をかける — 「休んで大丈夫」「次の試合に備えての選択」と伝えることで、痛みを我慢してプレーを続ける文化を少しずつ変えていける
若い指導者ほど「一人で抱え込まない」選択をしている
ドイツの調査では、指導者の年齢による違いも見えてきた。
概ね40歳未満の指導者は、
- ケガの問題をより深刻に捉えている
- 食事や過去のケガ歴の影響を強く意識している
- アスレティックトレーナーやスポーツ心理士など、他の専門家の役割を重視している
一方で、年齢が上の指導者ほど、
- 自分自身の影響力を大きく見ている
- フェアプレーやルールの工夫を重視する傾向がある
どちらが「正しい」わけではない。 ただ、ケガ予防というテーマひとつとっても、
「自分がすべてを決めるべきだ」と考えるのか。 「チームとして専門性を持ち寄るべきだ」と考えるのか。
そのスタンスの違いが、選手への関わり方やトレーニングの組み立て方に静かに影響していく。
「ケガを防ぐ」というより、「どのリスクを受け入れるか」を考える
トレーニングはいつも、何かを選び、何かを捨てている
ケガ予防と聞くと、「やるか・やらないか」のように感じてしまいやすい。 しかし実際には、「どのくらいの時間とエネルギーをそこに配分するか」という、連続した選択の問題に近い。
例えば、
- 試合前の前日練習で、セットプレーの確認を増やすか、回復に時間を割くか
- 週3回のうち、1回をフィジカル中心にするか、ボールを使いながら要素を混ぜるか
- 軽い痛みを訴える選手を、次の試合にどこまで起用するか
そこには常に、
「目の前の勝利」 「シーズン全体の計画」 「選手個人の将来」
が、同時に重なっている。
もし自分が指導者だったら、どこに線を引くだろうか。 もし自分が選手だったら、どのラインで「今日は休みたい」と言えるだろうか。 もし自分が保護者だったら、我が子にどんな伝え方をするだろうか。
「がんばれる」と「がんばらせてはいけない」の境界線
調査結果からは、今後の予防の鍵として、
- 年間を通した計画(期分け、ピークの作り方)
- 練習や試合の負荷をどうコントロールするか
- ケガからの復帰プロセスをどう設計するか
が特に重要だと示されている。
これは、単純に「メニューを増やせば良い」という話ではない。 むしろ、
「今日はどこまでやるか」 「どの選手にどれだけ負荷をかけるか」 「どのタイミングで抑えるか」
という、日々の細かな判断の積み重ねに近い。
選手の立場から見れば、
- 痛みがあるときに、正直に伝えられる関係性があるか
- 強度が高い日と低い日が、なんとなくではなく、理由を持って組まれているか
- ケガから戻るときに、「いきなり全開」ではなく、段階が用意されているか
といったことが、「がんばる」と「無理をする」の境界線を決めていく。
日本の育成現場では、どう選び、どう対話できるだろうか

専門家がいないからこそ、できる問いかけもある
ドイツの調査では、上位レベルのクラブやエリートユースでは、
- 体力測定
- メディカルチェック
といった要素が強く意識されていた。 一方で、下位カテゴリーやアマチュアクラブでは、指導者がほぼ一人で多くを抱えている現状も示されている。
これは、日本の少年団や部活動にも通じるところがあるかもしれない。 専任のフィジカルコーチやトレーナーがいないチームでは、指導者が戦術も技術もフィジカルもメンタルも、一人で判断せざるを得ない。
だからこそ、
- 選手自身に「自分の身体の状態を感じ取る」視点を育てる
- 保護者と「睡眠」「食事」「生活リズム」について対話する
- 簡単なセルフチェックや、練習後の簡易アンケートを取り入れる
といった、小さな工夫が大きな意味を持つこともある。
「専門家がいないから何もできない」のか。 「だからこそ、小さくてもできることを一緒に考える」のか。
同じ制約条件の中で、選べることは少なく見えて、実はまだ残されているのかもしれない。
「ケガすることで学ぶ」だけで終わらせないために
サッカーを続けていれば、多くの選手が、いつか必ずケガと向き合う。 内側側副靱帯の損傷、足首の捻挫、肉離れ、疲労骨折。 そうした経験を通じて、身体の使い方や準備の大切さを学ぶこともある。
ただ、その学びを、本人だけに閉じ込めてしまうのか。 それとも、チーム全体で共有し、次の選択につなげていくのか。
例えば、
- 「なぜこのタイミングでケガが起きたのか」を、責めるのではなく一緒に振り返る
- 復帰までのプロセスを、本人と指導者だけでなく、チームメイトも知る
- 復帰後の選手が感じたことを、若い選手に伝える場をつくる
こうした関わり方は、単なる予防策というより、 「ケガとどう付き合っていくか」という長いサッカー人生の練習にもなっていく。
「正しい答え」ではなく、「自分のチームの答え」を探す
研究と現場、その間にいるのはいつも人
ドイツの研究者たちは、今後の予防策を考えるうえで、「現場をもっと早い段階から巻き込む必要がある」と示している。 どれだけ優れたプログラムでも、日常のトレーニングに落とし込めなければ意味を持たないからだ。
これは、どこの国でも、どのカテゴリーでも同じかもしれない。 研究の成果と、現場のリアリティ。 その間をつなぐのは、結局のところ、一人ひとりの指導者や選手の「どうしようか」という問いと選択だ。
今日のトレーニングで、 あと5分を、「対人のゲーム」に使うか。 「体幹の安定化」に使うか。 「クールダウンと対話」に使うか。
どれもサッカーに必要な要素であり、どれか一つだけが正解というわけではない。
あなたなら、どこで立ち止まり、何を選ぶだろう
選手としてプレーする人へ。 練習前後の5分、自分の身体と向き合う時間をどこかに置くとしたら、いつにするか。 痛みや違和感を覚えたとき、どのタイミングで、誰に、どう伝えるか。
指導者としてチームを預かる人へ。 今シーズン、ケガに関してだけは「これだけはやりきった」と言える取り組みをひとつ選ぶとしたら、何にするか。 それをチームにどう説明し、どう協力を求めるか。
保護者として選手を見守る人へ。 「がんばれ」の一言の前に、「今日は身体どう?」と尋ねる日をどれくらい増やせるか。 休む決断をしたときに、その選択をどう受け止めるか。
ケガを「なくす」ことはできないけれど
サッカーからケガを完全に消すことは、おそらくできない。 接触も、全力疾走も、急な方向転換も、このスポーツの魅力の一部だからだ。
それでも、「なぜこのトレーニングをするのか」「なぜ今日は強度を下げるのか」「なぜ今は休むのか」を、少しずつ言葉にしていくことで、目には見えない選択の質は確かに変わっていく。
正しい答えは、どこかに一つ決められているわけではない。 チームの人数、練習環境、カテゴリー、目標、そして何より、そこにいる人たちの価値観によって、その答えは少しずつ形を変える。
だからこそ、ケガの問題を前にしたときこそ、 「自分たちは、何を大事にしたいのか」 「どんなリスクは受け入れて、どんなリスクは減らしたいのか」
その問いを急いで片づけず、時間をかけて考えてみる価値があるのかもしれない。
ボールが転がる前の、数分間の静かな選択が、 その先に続く、長いサッカー人生の景色を、少しだけ変えていくのだと思う。