コリチーバ対サントス「0−0第2戦」をどう見るか──11年ぶりラウンド16と給与遅配、リベンジの記憶が揺らす“選手の判断基準”を自分ごととして捉えるために
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コパ・ド・ブラジル「0−0」から始まる物語──コリチーバとサントスが選ぶもの

キックオフ前から始まっている勝負
クツ・ペレイラのスタンドが、少しずつ緑と白で埋まっていく。
コリチーバは知っている。
この夜が、ただのカップ戦5回戦ではないことを。
相手はサントス。
第1戦はヴィラ・ベルミロで0−0。
ホームに戻るこの試合に勝てば、11年ぶりのラウンド16。
そして、どこかに「2022年」の記憶も重なっている。
あのときは、クツ・ペレイラで1−0と先勝しながら、アウェーで0−3と逆転されて敗退した。
同じ相手、同じ大会。
「復讐」や「リベンジ」という言葉で語られがちな試合だが、ピッチに立つ選手たちが向き合っているのは、もっと静かな問いかもしれない。
「前とは違う選び方ができるか」
「0−0から、何を大事にして90分を過ごすのか」
| 観点 | コリチーバ側の状況 | サントス側の状況 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 大会上の意味 | 11年ぶりのラウンド16進出が懸かる | 歴史あるクラブのカップ戦進行 | △ 対照 |
| 過去の対戦 | 2022年に1-0先勝後3失点で逆転負け | 同じ相手にアウェーで3得点した記憶 | ◎ 記憶 |
| 外側の騒がしさ | ホームの期待と歴史的重圧 | 給与遅配と代表復帰の注目 | △ 変化 |
| 第1戦のスコア | 0-0、ホーム第2戦で勝負 | 0-0、敵地で前進を求められる | ○ 互角 |
| 問われていること | 前と違う選び方ができるか | 外の不安と内側の集中をどう分けるか | ◎ 選択 |
0−0のまま迎える第2戦が、選手に投げかけるもの
第1戦がスコアレスで終わると、第2戦は一見シンプルに見える。
勝ったほうが勝ち抜け。
でも、ピッチに立つ側にとっては、シンプルだからこそ迷いが増える。
例えば、コリチーバのセンターバック。
「0−0なら、失点さえしなければPK、あるいは延長まで持ち込める」と考えるかもしれない。
一方で、「ホームなんだから、最初から前に出て主導権を握るべきだ」とも感じているかもしれない。
どちらを選んだとしても、完全な正解はない。
だからこそ、1つひとつのプレーに「なぜ、今それを選ぶのか」という視点が問われる。
例えば、前半10分。
観客の声援が後押しし、インサイドハーフから縦パスのコースが一瞬開く。
リスクを取って前線への速い縦パスを通しにいくのか。
それとも、試合の入りを安定させるために、あえて横パスでボールを動かし、リズムを作るのか。
「ホームだから攻めないといけない」という頭の声と、「まだ時間はたっぷりある」という静かな感覚。
どちらを信用するかで、パス1本の意味が変わる。
- 事前にスコア別の合言葉を決める — 0-0、1-0、0-1で何を優先するかをロッカーで言語化する
- 過去の対戦の使い方を共有する — リベンジを情緒で扱わず、前回の判断のどこを変えるかに落とす
- 外の情報との距離を取る練習 — クラブの騒動や注目を、試合の入りに持ち込まない切替を習慣化する
11年ぶりのラウンド16が持つ“重さ”
コリチーバが最後にコパ・ド・ブラジルのラウンド16に進んだのは2015年。
そのときはグレミオに敗れて先へは進めなかった。
「11年ぶり」という数字は、メディアやサポーターにとってはドラマチックな材料になる。
だが、今ピッチにいる選手たちは、その多くが2015年のメンバーではない。
クラブの歴史を背負いながらも、自分たちの現在の価値を示さないといけない。
ここに、選手の中で起きる小さな揺れがある。
「クラブのために」という大きな言葉を抱え過ぎると、足元のプレーが固くなる。
かといって、「自分のことだけを考える」と、クラブとともに積み上げてきた時間を裏切るような気もする。
ブラジルのように、タイトルや昇降格のプレッシャーが非常に強い環境では、この揺れはなおさら大きいはずだ。
それでも選手は、試合の中で何度も小さな決断を迫られる。
- 危ない場面で、クリアかつなぐか
- ロングボールで安全策か、ビルドアップを続けるのか
- 1点リードした後に、ペースを落とすのか、追加点を狙い続けるのか
11年ぶりのステージに進むための「大きな判断」は、こうした「小さな判断」の積み重ねの先にしかない。
- スコアごとの選び方を観る — 0-0の時間帯、選手がどんなパスを選んでいるかに注目する
- 「手放さないもの」を1つ持つ — 走り切る、声を出す、ビルドアップを続ける、どれか1つを決めておく
- 外の情報を一度横に置く — 相手の状況や周囲の声を、試合の入りでは脇に置く練習を意識する
2022年の1−0と0−3──“リベンジ”をどう捉えるか
コリチーバとサントスは、2022年にもコパ・ド・ブラジルで顔を合わせている。
第1戦、クツ・ペレイラでコリチーバは1−0で勝った。
だが第2戦、ヴィラ・ベルミロで3失点を喫し、トータルスコアで逆転負けを味わった。
あのとき、何が起きたのか。
単純に「アウェーでは弱い」「メンタルが持たなかった」と言い切ってしまえば楽だが、そこには様々な選択の積み重ねがあったはずだ。
「1点リードしているから、守りを固めよう」
「いや、2点目を取りに行くべきだ」
指導者と選手、ピッチの中とベンチ、そしてクラブ全体の空気。
そのときの選択がうまくいかなかったからこそ、今度の対戦に「リベンジ」という言葉が載せられる。
でも、もしピッチに立つ当事者として考えるなら、「リベンジ」は少し違う形で響いているかもしれない。
「前回と同じ状況が来たとき、自分は違う判断ができるか」
「1−0や0−0というスコアに、心を振り回されすぎないか」
それは、過去と戦うというより、自分の選び方をもう一度見直す作業に近い。
サントスの“外側”の騒がしさと、ピッチの“内側”の静けさ
一方のサントスは、この試合を前にして、給与の遅配という現実を抱えている。
ブラジルでも歴史あるビッグクラブが、経営面で不安定さを抱える場面は珍しくない。
ただ、選手にとって「給料が遅れている」というニュースは、単なる見出しではない。
家族への責任、自分のキャリアへの不安、クラブへの不信感。
そういった感情が、少しずつ心に積もっていく。
では、その状態でクツ・ペレイラのピッチに立つとき、何を軸にプレーを選ぶのか。
「クラブが自分をどう扱うか」と「自分がサッカーにどう向き合うか」は、本来は別々の問題だ。
しかし、人の心はそんなに器用ではない。
「なぜ、こんな状況でも全力で走るのか」
「ここで自分の価値を示して、より安定したクラブに移るためか」
「このエンブレムのために戦うと決めたからか」
どの理由であっても、ピッチでの1本のスプリントや1回のスライディングに、その人なりの答えがにじむ。
スタンドからは見えない、その内側の対話こそが、「プロ選手は給料をもらって当然走る人たち」という単純なイメージを打ち砕く。
ネイマールの影と、若い選手たちの心の揺れ

この試合には、もうひとつの物語も重なっている。
代表監督カルロ・アンチェロッティが、ネイマールのパフォーマンスをチェックしていると言われていることだ。
ネイマールがサントスでプレーしてきた時間、ブラジルにとってどれほど特別だったかは、改めて語るまでもないだろう。
そのネイマールが、このコパ・ド・ブラジルでの2試合も含めて、代表復帰へ向けたアピールの場にしているとしたら。
チームメイトの若い選手たちは、どんな気持ちでそのピッチに立つのか。
「世界的スターと一緒にプレーできるチャンス」
「自分もここで輝いて、ヨーロッパに行きたい」
そういうポジティブな高揚感もあれば、「自分はこの試合でどこまで責任を負えるのか」という怖さもある。
もし自分が18歳、19歳の選手だったとして。
給料の問題も騒がれているクラブで、スター選手の一挙手一投足を世界が見ている試合に出る。
「ボールをもらったら、とにかく失わないようにしよう」と考えるか。
それとも、「怖くても、自分のプレーを出し切りたい」と腹をくくるか。
どちらを選んでも、間違いではない。
ただ、その選択によって、90分後に自分が見ている景色はきっと変わっている。
日本で同じ状況だったら、どう振る舞うだろう
ここで少し、視線を日本に移してみたい。
もしJリーグのクラブが、
- ホーム&アウェーのカップ戦で第1戦を0−0で終えた
- 11年ぶりのベスト16進出がかかっている
- 対戦相手のクラブには給与遅配のニュースが出ている
という状況で、第2戦を迎えたとしたら。
選手、指導者、サポーターは、それぞれ何を大事にするだろうか。
「相手の不安定さにつけ込むべきだ」と捉えるのか。
「目の前の相手として、フラットに尊重する」のか。
日本サッカーでは、戦術や技術の話は多く語られる一方で、こうした「判断の背景にある価値観」は、表に出にくい。
けれど、実際にピッチの中で迷うのは、作戦ボードには書けない部分だ。
- 0−0のまま時間が進む中で、どこでリスクを取るか
- 過去の対戦の記憶を、どこまで参考にするか
- クラブの歴史的な重圧を、どう自分の力に変えるか
こうしたことを、選手も指導者も、普段のトレーニングやミーティングの中でどれだけ言葉にできているか。
そこに、日本とブラジルの違いだけでなく、クラブごとの個性も現れてくる。
もし自分がピッチに立つなら──3つの「自問」がある
では、読んでいるあなた自身が、コリチーバやサントスの選手だったとしたら。
どんな問いを、自分に投げかけるだろうか。
例えば、こんな3つの自問があり得る。
- 1 「スコアに振り回されずに、何を基準にプレーを選ぶか」
0−0、1−0、0−1。
スコアは感情を大きく揺らす。
その中で、「自分のポジションとして、どんなプレーがチームを助けるのか」という基準を持てているかどうか。
- 2 「クラブの状況や過去の結果と、どう距離を取るか」
11年ぶり、リベンジ、給与遅配、スター選手の注目。
それらは確かに現実だが、ピッチの外側の情報でもある。
それを自分の中に引き寄せるのか、一度横に置いてプレーに集中するのか。
その距離の取り方は、人それぞれでいい。
- 3 「うまくいかなかったとき、何だけは手放さないか」
失点した、ミスをした、チャンスを逃した。
そうなった瞬間、「何を守り続けるか」を決めておくと、心が折れにくくなる。
それは、
- 最後まで走り切ることかもしれない
- ビルドアップをやめずに続けることかもしれない
- 仲間への声かけを減らさないことかもしれない
どれを選ぶかは、人によって違う。
その違いこそが、サッカーの面白さを生んでいる。
答えを急がないサッカーの見方
コリチーバ対サントスの一戦は、結果だけ見れば、「どちらが勝ち抜けたか」という話で終わってしまう。
しかし、その90分間には、選手・指導者・クラブが積み上げてきた時間と迷いが、細かく刻まれている。
11年ぶりのラウンド16を目指すコリチーバ。
給与問題やネイマールの存在という揺れの中で、それでもピッチに立つサントス。
どちらの選手たちも、正解のない状況で「今の自分にできる選び方」を探している。
試合を観るとき、スコアやスタッツだけでなく、
- なぜ、いまロングボールを蹴ったのか
- なぜ、あの選手はリスクを冒さなかったのか
- なぜ、ベンチはあのタイミングで交代を決断したのか
そんな「なぜ」をひとつ、心の中に置いておくと、同じ試合でも見えてくる景色が変わってくる。
その「なぜ」に、すぐ答えを出す必要はない。
自分ならどうするかを、少しだけ想像してみる。
その時間そのものが、サッカーを通して自分の選び方と向き合う、小さなトレーニングになるのかもしれない。
