AFCボーンマスとケンブリッジ・ユナイテッドが採用したモジュラービルによるサッカートレーニング施設。短工期・環境配慮・育成とトップの融合を実現した現代型施設づくりの事例。

ボーンマスとケンブリッジが示した、モジュラービルが変えるサッカー施設の未来──スピード、エコ、そしてクラブ文化

DEFINITION
モジュラービルとは(サッカー施設への活用)
モジュラービルとは建物の約75%を工場で製造し現地にクレーンで据え付ける工法で、従来比50%の工期短縮・最大10%のコスト削減・60年設計寿命を実現する。AFCボーンマスはプレミアリーグ昇格後11週間でトレーニング施設を整え、ケンブリッジ・ユナイテッドは環境認証BREEAMほぼネットゼロの施設を350万ポンドで完成させた事例として、サッカークラブの施設づくりを変えつつある。

ボーンマスが選んだ「スピード」と「質」──モジュラービルが変えるトレーニング施設の未来

2015年、AFCボーンマスがプレミアリーグ昇格を決めたとき、クラブにはピッチ上だけでなく、もうひとつの大きな課題が生まれました。 「プレミア基準のトレーニング施設」を、開幕までの約11週間で整えなければならなかったのです。

それまでボーンマスの選手たちは、ディーン・コート(現バイタリティ・スタジアム)で着替え、すぐ隣のキングス・パークのピッチでトレーニングをしていました。 それは決して悪い環境ではありませんでしたが、プレミアリーグという新たなステージに立つには、スポーツサイエンス、メディカル、分析、スタッフ用の専用スペースを備えた、本格的なトレーニング拠点が必要でした。

この「時間がない」という現実に、ボーンマスはどう向き合ったのでしょうか。 そして、その選択は、今のサッカークラブの施設作りにどんなヒントをくれるのでしょうか。

工期は通常の半分。「モジュール工法」という選択

ボーンマスが頼ったのは、スタジアムのすぐ近く、ヴァウッドに拠点を構える家族経営の建設会社「Modulek(モジュレック)」でした。 彼らはそれまで一度もサッカークラブの施設を手掛けたことがありませんでしたが、「モジュラービル」という得意分野を武器に、この大仕事に挑みます。

モジュレックを率いるダン・ペスターは、こう語っています。

「Seventy-five per cent of the build is done in the factory, which gives quality assurance, speed and efficiency.」
「建物の75%は工場で製造されます。 それにより、品質の安定、スピード、効率性が確保できるのです。」

「These buildings are delivered and completed in 50% less time than traditional build. The quality is the same, with a guaranteed 60 years’ design life, but can be up to 10% cheaper than traditional build.」
「これらの建物は、従来工法の半分の工期で完成します。 品質は同等で、60年の設計寿命が保証されつつ、コストも最大10%ほど抑えられるのです。」

モジュラービルとは、建物の大部分を工場で組み立て、それを現地に運び、クレーンで据え付けて完成させる工法です。 「仮設」のイメージを持つ人もいるかもしれませんが、モジュレックの説明は、その先入観を静かに裏切ります。

「The way these buildings are finished on-site, you would never know they are an off-site manufactured building. There really is no difference from a brick-built traditional build.」
「現地での仕上がりを見ると、それが工場で製造された建物だとはまず分からないでしょう。 レンガ積みの従来建築との違いは、ほとんどないのです。」

私たちは「速さ」と聞くと、「質の低下」とセットで想像してしまいがちです。 しかし、このボーンマスの事例は、「速さ」と「質」が必ずしもトレードオフではないことを示しています。

COMPARISON / ボーンマス vs ケンブリッジ モジュラービル比較
観点 AFCボーンマス(2015年) ケンブリッジ・ユナイテッド(2023年) 特徴
導入背景 プレミア昇格後11週間でプレミア基準施設が必要 環境規制と限られた予算の中での整備 ◎ それぞれの危機感が原動力
費用 詳細非公開(後に新施設3200万ポンドへ発展) 約350万ポンド(造成含む) ○ ケンブリッジは費用明記
工期 工場12週+現地8週=約20週で完成 通常工法の約50%で完成 ◎ 両クラブとも短工期を実現
環境配慮 特記なし 木材外装・緑化屋根・ソーラー・BREEAM認証 ◎ ケンブリッジが突出
主な設備 治療室・メディカル・ジム・ラウンジ・ハイドロプール等 3ロッカー・2フィジオ・分析シアター・ジム・ダイニング ◎ 両クラブとも充実
移設可否 記載なし 17モジュール構成で将来的に移設可能 ◎ ケンブリッジが柔軟
育成との連携 プレミア基準環境の整備が主目的 トップとアカデミーが同一空間を共有する設計 ◎ ケンブリッジは育成統合
◎=顕著な特徴 / ○=一定の特徴 / 記載なし=記事内に情報なし

エディ・ハウが感じた「スピード」と「誠実さ」

モジュレックが手掛けたボーンマスの2階建てトレーニング・パビリオンには、治療室、メディカルルーム、ジム、選手ラウンジ、メディアルーム、そして温冷のプランジプールを備えたハイドロセラピープールまで揃えられました。

工場での製造に12週間、現地での設置・仕上げはわずか8週間足らず。 合計しても約20週間で、プレミアリーグクラブにふさわしいトレーニング拠点が完成したことになります。

当時の監督であるエディ・ハウは、このプロジェクトをこう振り返ります。

「We knew it was going to be a big moment, getting in our training base in one venue, improving our facilities in line with the Premier League.」
「ひとつの場所にトレーニング拠点を集約し、プレミアリーグに見合う施設にレベルアップすることは、クラブにとって大きな瞬間になると分かっていました。」

そして何より印象に残ったのは、建設そのものの姿勢だったと言います。

「What impressed me most was the speed of how they worked, the quality of their craft, the manner in which they did it.」
「なにより印象的だったのは、彼らの仕事のスピード、クラフトマンシップの質、そしてその進め方でした。」

スピード、クオリティ、そして“やり方”。 この3つは、サッカーのプレーにもそのまま当てはまるキーワードではないでしょうか。

パススピードを上げる。 技術の精度を高める。 そして、フェアで、チームメイトを生かすプレーを選ぶ。

エディ・ハウの言葉からは、建物づくりとチームづくりが、実は深いところでつながっているようにも感じられます。 あなたのチームの練習環境は、選手たちの意識やプレーの質に、どのくらい影響していると思いますか。

FOR COACHES / FOR COACHES — 指導者が押さえる3ポイント
施設づくりとチームづくりに共通する3つの視点
  1. オフシーズンを「施設アップデートの好機」として年間計画に組み込む — モジュレックのダン・ペスターが語るようにサッカークラブの工事はシーズン終了後に全力で進めるもの。練習環境改善の計画もオフ期間に設計・実行する習慣をチームに持つ
  2. トップとアカデミーが同じ空間で食事・ミーティングをする仕組みを作る — ケンブリッジの施設設計がそうであるように日常の共有空間がクラブ文化と一体感を育てる。施設予算がなくても食事や練習後のミーティングを世代混合で行う工夫は今日からできる
  3. 「スピード・質・やり方」の3要素をチームの仕事基準として言語化する — エディ・ハウが建設チームに感じた3要素はそのまま選手・スタッフへの期待値にも当てはまる。指導者自身が毎日の指導でこの基準を示す
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ボーンマスからウルブス、ウェストハムへ──広がる「オフシーズン決戦」

ボーンマスはその後、カンフォード・マグナに総工費3200万ポンドの新トレーニングコンプレックスを構え、さらなるステップに進みました。 一方モジュレックは、この成功をきっかけに、他クラブからも声がかかるようになります。

現在では、ウルブス、ケンブリッジ・ユナイテッド、エクセター・シティ、シェフィールド・ウェンズデイ、ウェストハム・ユナイテッドなど、多くのクラブが同社のモジュラービルを採用しています。

ダン・ペスターは、サッカークラブ特有の難しさをこう語ります。

「All the clubs we have worked with we have had to go in at the end of the season and work flat out in the close season. Football clubs like us because of the speed and value they get without having to sacrifice on quality.」
「これまで仕事をしてきたすべてのクラブで、シーズン終了とともに現場に入り、オフシーズンの間は全力で工事を進めなければなりませんでした。 クラブが私たちを選ぶのは、クオリティを犠牲にすることなく、スピードとコストパフォーマンスを得られるからです。」

オフシーズンは、選手にとっては休息と準備の時間ですが、クラブの施設にとっては「最も忙しいシーズン」でもあります。 短い中断期間のあいだに、どこまで環境をアップデートできるか。 それは、小さなクラブにとってこそ、差を縮めるチャンスなのかもしれません。

日本のクラブや学校チームにとっても、「長期の大工事は難しい」「でも環境は良くしたい」というジレンマは少なくないはずです。 もし、夏休みの数週間やオフの間に、ロッカールーム、ミーティングルーム、トレーニング室などを一気に整えられるとしたら、選択肢は広がるでしょうか。

ケンブリッジ・ユナイテッドが示した「エコ」と「育成」の両立

モジュラービルの強みは、スピードやコストだけではありません。 ケンブリッジ・ユナイテッドが2023年12月にオープンした新トレーニング・パビリオンは、「環境配慮」と「育成」を同時に追求した好例となりました。

総工費は約350万ポンド。 敷地の造成やアクセスルートの整備といった「イネーブリングワークス」も含めた金額です。 しかも、建物のデザインには厳しい環境規制が課されていました。

求められたのは、「周囲の環境に溶け込み、持続可能であること」。 さらに、トップチームとアカデミーの両方が、同じ空間を共有できることでした。

FOR PLAYERS & PARENTS / FOR PLAYERS & PARENTS — 観戦・生活で使える3つの視点
練習環境がプレーの質を静かに育てている
  1. 通う施設の「何が自分の成長を支えているか」を意識してみる — ケンブリッジの選手たちはトップとアカデミーが同じダイニングで食事をする。その「当たり前の日常」がクラブへの帰属意識を育てていると知ると施設への感謝が変わる
  2. 「速さ」と「質」はトレードオフではないと知る — 11週間でプレミア基準の施設を完成させたボーンマスの事例が示すように準備と仕組みが揃えば速さと質は両立する。練習での効率と丁寧さを両立させる意識を持つ
  3. 応援するクラブの施設・環境への取り組みにも目を向けてみる — 環境配慮や育成とトップの融合など、クラブが施設に込めた哲学は試合の結果と同じくらいクラブの姿勢を表している

「リーグ2で最高レベル」のトレーニング施設

この新たなパビリオンについて、ケンブリッジ・ユナイテッドのCEO、アレックス・タンブリッジは胸を張ります。

「the best training ground in League Two and it would be one of the best in League One too.」
「リーグ2で最高のトレーニンググラウンドであり、リーグ1でもトップクラスの一つになるでしょう。」

建物は1階建てながら、その中身は非常に機能的です。 中央にはトップチームとアカデミーが共に利用するダイニングエリア。 一方の側にはオフィス、ミーティングルーム、分析室。 もう一方の側には治療室や、ピッチを見渡せる最新のジムが配置されています。

選手もスタッフも、同じ空間で食事をし、同じ施設を共有する。 その日常の中で、「クラブ全体で戦う」という一体感は少しずつ育まれていきます。

あなたの身近なチームでは、トップと育成、もしくはAチームとBチームが、どのように空間を共有しているでしょうか。 食事、ミーティング、トレーニング。 「同じ場所で過ごす時間」が、クラブ文化をつくる大事な要素だとしたら、施設のつくり方も変わってくるかもしれません。

FAQ / よくある質問
Q. モジュラービルと従来の建築工法はどう違いますか?
A. モジュラービルは建物の約75%を工場で組み立て、完成したモジュールを現地に運んでクレーンで据え付ける工法です。従来工法と比べて工期が約50%短縮でき、コストも最大10%削減できます。設計寿命は60年が保証されており、外観からはモジュラー建築とほぼ判別できません。
Q. AFCボーンマスはなぜ11週間でトレーニング施設を完成させられたのですか?
A. モジュレック社のモジュラービル工法を採用したためです。工場での製造に12週間、現地での設置・仕上げを8週間で進め、合計約20週間でプレミアリーグ基準のトレーニングパビリオンを完成させました。治療室・メディカルルーム・ジム・ハイドロセラピープールなど充実した設備を備えています。
Q. ケンブリッジ・ユナイテッドのトレーニング施設はどんな環境配慮をしていますか?
A. 木材外装・緑化屋根(セダム)・ソーラーパネル・空気熱源ヒートポンプ・雨水再利用システムを備えており、環境性能評価BREEAMの認証を取得。ネットゼロまであと4ポイントという高水準です。また17モジュール構成で将来的に別の場所へ移設することも可能です。
Q. サッカークラブがモジュラービルを選ぶ主な理由は何ですか?
A. オフシーズンという限られた期間内に施設整備を完了させられるスピードと、クオリティを犠牲にしないコストパフォーマンスが最大の理由です。モジュレックのダン・ペスターは「クラブが私たちを選ぶのはクオリティを犠牲にせずスピードとコストパフォーマンスを得られるから」と述べています。

環境に配慮した「ほぼネットゼロ」のパビリオン

ケンブリッジのパビリオンは、外観にも大きな特徴があります。

建物は木材で覆われ、屋根にはセダムと呼ばれる「緑化屋根(リビングルーフ)」を採用。 ソーラーパネル、空気熱源ヒートポンプ(ASHP)による給湯、雨水の再利用システムも備えています。

さらに、この建物は環境性能評価「BREEAM(ブリアム)」の認証を受けており、「ネットゼロ(正味のCO₂排出ゼロ)」まであと4ポイントという高水準に達しています。

タンブリッジはモジュラービルの印象をこう語ります。

「You would never know that the Training Pavilion is modular. The modules are all locked together and we have three changing rooms, two physio rooms, an analysis theatre, offices and a gym.」
「このトレーニング・パビリオンがモジュール建築だとは、おそらく誰も気づかないでしょう。 モジュール同士は完全に一体化されており、3つのロッカールーム、2つのフィジオルーム、分析用シアター、オフィス、そしてジムを備えています。」

「In total there are 17 modular buildings and it’s portable if in future we wanted to move them to a different site.」
「合計17のモジュールで構成されており、将来的に別の場所へ移設することも可能です。」

移設可能なトレーニング施設。 これは、クラブの将来計画に柔軟性を与えるだけでなく、「資源を無駄にしない」というサステナビリティの観点でも大きな意味を持ちます。 もし、クラブの成長に合わせて施設の場所を変えなければならなくなったとしても、ゼロから建て直さずに済むのです。

サッカーは、ピッチの中だけでなく、ピッチの外でも「持続可能性」が問われる時代に入っています。 あなたは、応援するクラブのトレーニング施設やスタジアムが、環境にどう配慮しているのか、考えてみたことはあるでしょうか。

施設は「勝つための道具」か、それとも「文化を育てる場所」か

AFCボーンマスとケンブリッジ・ユナイテッド。 クラブの規模も、在籍するリーグも違いますが、どちらの事例からも見えてくるのは、「施設」が単なる建物以上の意味を持っているということです。

ボーンマスにとって、モジュラービルは「プレミアリーグにふさわしい環境を、限られた時間で整えるための解決策」でした。 一方でケンブリッジにとってのそれは、「クラブ全体をつなぎ、環境にも配慮する、新しいトレーニング文化の器」でした。

スピード、コスト、クオリティ、環境配慮、育成、クラブ文化。 そのすべてが、ひとつの建物の中で折り重なっています。

日本でも、部活動やクラブチーム、Jクラブ、WEリーグクラブなど、さまざまなレベルで「トレーニング環境をどう整えるか」が課題になりつつあります。 豪華な施設があれば勝てる、という単純な話ではありません。 しかし、「選手が安心して成長できる場所」をどうつくるかは、世代や国を問わず、サッカーに関わるすべての人にとって共通のテーマではないでしょうか。

あなたなら、理想のトレーニング施設に何を求めますか。 最新の分析ルームでしょうか。 ピッチを一望できるジムでしょうか。 それとも、世代やカテゴリーを超えて集まれる食堂やラウンジでしょうか。

クラブの選択のひとつひとつに、哲学や価値観がにじみ出ます。 ボーンマスやケンブリッジ・ユナイテッドが選んだモジュラービルという道も、そのひとつの答えです。

最後に、施設づくりにも通じる言葉を紹介したいと思います。

「We shape our buildings; thereafter they shape us.」
「私たちは建物をつくる。 しかし、その後は建物が私たちを形づくるのだ。」
──ウィンストン・チャーチル

選手を育てるのは監督やコーチだけではありません。 毎日通うトレーニング施設そのものも、静かに選手とクラブを育て続けているのかもしれません。

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