FCアウクスブルクの「ルネサンス柄ストリートウェア」が教えてくれる、クラブと街の物語をデザインに落とし込む方法
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ルネサンス柄のジャージを、ピッチの中に持ち込めるか

ドイツ・ブンデスリーガのFCアウクスブルクが、またひとつ新しい一歩を踏み出した。
ユニフォームではなく、ライフスタイルコレクション。
クラブは「Societas」というブランドとコラボし、街の文化遺産とルネサンスの美学をテーマにしたストリートウェアを発表した。
少し前に話題を呼んだ第4ユニフォームと同じコンセプトでつくられたこのコレクションは、トレーニングジャケットやポロシャツなど、試合の90分とは別の時間を彩るアイテムが中心だという。
ルネサンスに着想を得た柄、街の歴史を背負ったデザイン。
サポーターが日常で身にまとう服としてつくられているが、この動きの裏側には、単なる「かっこいい服作り」以上の問いが隠れているように感じる。
クラブはなぜ「街の文化」をデザインに選んだのか
エンブレムを大きくするより、街を掘り下げる選択
クラブのユニフォームやグッズというと、多くの場合は「クラブカラー」と「エンブレム」が主役になる。
ところが、今回のアウクスブルクのコレクションは、クラブそのものよりも「街の文化遺産」や「ルネサンスの美学」に焦点が当てられている。
もちろんエンブレムはどこかに入っているだろうが、発想の出発点は「クラブ」からではなく「街」からだ。
ここには、ひとつの大きな選択がある。
クラブの歴史や成績を前面に押し出すこともできた。
ブンデスリーガというブランドに寄りかかることもできた。
それでもあえて、ルネサンス、文化遺産、街の姿をモチーフにした。
なぜか。
「自分たちはどこから来たクラブなのか」
「このスタジアムの外に、どんな時間が流れている街なのか」
そこを丁寧に見つめなおすプロセスが、このコレクションの裏にはあったのではないか。
| 観点 | 従来型(エンブレム前面) | 街の物語型(文化遺産モチーフ) | 評価 |
|---|---|---|---|
| 分かりやすさ | クラブグッズと一目で分かる | 由来の説明が必要なことがある | ○ 説明性差 |
| 日常での着用 | 観戦・応援シーンに偏りがち | 普段着としても選びやすい | ◎ 接点拡大 |
| クラブらしさ | 色とエンブレムで強く出る | 歴史と美学で深く伝わる | ○ 表現の質が変わる |
| サポーターの参加機会 | スタジアム中心 | オンライン・日常まで広がる | ◎ 多層化 |
| デザインの陳腐化 | 流行で古びやすい | 文脈が物語として残る | ◎ 持続性 |
歴史を“答え”ではなく、素材として扱う
ヨーロッパのクラブはよく「街の顔」と言われる。
けれど、その「街の顔」が、時にただのキャッチコピーになってしまうこともある。
アウクスブルクがやっていることは、少し違うように見える。
ルネサンス風の意匠や、文化遺産をモチーフにしたデザインは、「歴史があります」と語るための証拠ではない。
むしろ、過去を今の暮らしやストリートと混ぜ合わせて、新しい姿をつくろうとしている。
歴史を「正解」として崇めるのではなく、「今の自分たちを組み立てる素材」として扱っているようにも見える。
こうした姿勢は、プレーの中で「型」や「伝統的な戦い方」をどう扱うかともどこか重なる。
型を守ることだけが目的になると、新しい発想は生まれにくい。
一方で、過去の積み重ねを無視すると、自分たちが何者か分からなくなってしまう。
その間で揺れながら、「どこまで受け継ぎ、どこから変えていくか」を考え続けること。
今回のコレクションは、それを服という形で表現しているようにも感じられる。
ピッチの外で鍛えられる「選ぶ力」
- 地域の歴史を素材化する — 練習場やスタジアム周辺の文化を調べ、チームの合言葉やトレーニングテーマに織り込む
- 受け継ぐと変えるの線引きを言語化する — 守る伝統と挑戦する変化を毎シーズン頭出しし、選手と共有する
- ピッチ外の参加機会を設計する — 練習見学・地域行事・SNS発信など、観戦以外の接点をチーム運営に組み込む
ストリートウェアは、誰のための選択か
このコレクションが「ライフスタイル」として位置づけられていることも、興味深いポイントだ。
試合用ユニフォームは、基本的に選手が着るものだ。
それに対して、ストリートウェアは、サポーターが日常で選ぶ服になる。
クラブにとっては、こんな問いが生まれる。
「サポーターは、どんな場面で、この服を選んでくれるだろうか」
「スタジアムに行かない日にも、着たいと思ってもらえるだろうか」
サッカーを観ている時間以外にも、クラブとつながる選択肢をつくろうとしている。
それは、ピッチの中だけを大切にするのではなく、サポーターそれぞれの生活に寄り添おうとする姿勢でもある。
選手にとって「試合」がすべてでないように、サポーターにとっても「試合観戦」だけがクラブとの接点ではない。
その認識を、クラブがどこまで本気で持てるか。
この種のコラボは、そこを試される場でもある。
- 所属チームの土地を歩く — ホームタウンの地名・建物・自然に一度触れ、チームに自分の物語を重ねる
- 身につけるものに理由を持つ — ユニフォームやチームウェアを選ぶ時、なぜそれかを自分の言葉で答えられるようにする
- プレーの選択にも「なぜ」を添える — シュートかパスか、仕掛けかキープか、その都度の選択に小さな理由を意識する
「かっこよさ」と「クラブらしさ」の間で揺れる葛藤
きっとデザインの現場では、いくつもの迷いがあったはずだ。
エンブレムを大きく入れれば、クラブグッズとしては分かりやすい。
だが、それでは「ストリートウェア」としての魅力が薄れてしまうかもしれない。
一方で、街やルネサンスのモチーフを前面に出しすぎると、「サッカーのクラブの服」に見えないリスクもある。
「アウクスブルクらしさ」と「普段着としてのかっこよさ」
この二つの価値を両立させるラインを、どこに引くか。
その線引きは、監督が戦術を決めるときの迷いにも似ている。
自分たちのスタイルを貫くのか。
相手に合わせて現実的な策を選ぶのか。
どちらが正しいかを決めることよりも、「なぜそのバランスにしたのか」を自分たちで説明できることの方が、長い目で見れば大切になってくる。
日本のクラブと「街の物語」
日本では何をモチーフにできるだろうか
日本でも、クラブが地域と結びついたユニフォームやグッズをつくる例は増えてきた。
・地元の伝統工芸をあしらったユニフォーム
・地域の名産品をアイコンにしたマスコット
・方言や地元の風景を使ったスローガン
ただ、その多くは「地域密着」を分かりやすく伝えるための記号として扱われがちでもある。
それが悪いわけではない。
分かりやすさは、大事だ。
けれど、アウクスブルクのように、街の「文化」や「歴史」を掘り下げて、その美学をストリートウェアとして再構成する試みは、日本ではまだ多くないように感じる。
選手の立場で考えてみると、こんな問いが浮かぶ。
「自分のクラブのホームタウンには、どんな歴史や文化があるのか」
「その街の雰囲気を、一言で説明できるだろうか」
もしかすると、ピッチの中で「クラブを背負う」感覚を育てるうえでも、こうした問いは無関係ではないのかもしれない。
保護者や指導者の視点から見えるもの
育成年代のチームでも、オリジナルユニフォームやチームウェアを作る機会が増えている。
そのとき、デザインをどう決めるか。
・強そうに見える色か
・流行のデザインか
・スポンサーの要望か
もちろん、どれも現実的な要素だ。
だが、そこに「このチームが活動している場所らしさ」をにじませる余地はないだろうか。
地元のランドマーク、歴史的人物、自然の風景、方言、祭り。
どれを選ぶにしても、選ぶまでに「調べて、話し合って、迷う」時間が生まれる。
そのプロセス自体が、子どもたちにとっては大切な経験になる。
自分たちのチームが、どこに立っているのか。
どんな街に支えられているのか。
それを知ったうえで勝ち負けを経験するのと、何も知らないまま試合に出るのとでは、同じ一勝一敗でも意味合いが変わってくるかもしれない。
「かっこいい服」が教えてくれる、もうひとつの学び

選手自身が「どんな自分でありたいか」を問う時間
ストリートウェアの話は、選手個人にもそのまま跳ね返ってくる。
アウクスブルクの新しいジャケットやポロシャツを、もし選手がプライベートで着るとしたら。
それは、「クラブの服だから着る」という以上の意味を帯びてくる。
「このデザイン、好きかどうか」
「自分の普段着のスタイルと合うかどうか」
「この街の雰囲気を背負っている感じがするかどうか」
そんなことを無意識のうちに考えながら、選手もまた、自分の中の「好き」を探っていく。
自分がどんな服を選ぶかは、自分がどんな人間でありたいかを映す鏡でもある。
それは、ピッチの中でどんなプレーを選ぶかともつながっている。
・リスクを恐れず仕掛ける自分でいたいのか
・チームメイトを生かす黒子的な自分でいたいのか
・守備に体を張る献身的な自分でいたいのか
プレーの選択には、その選手自身の価値観がにじむ。
服を選ぶことも、プレーを選ぶことも、本質はあまり変わらないのかもしれない。
サポーターの「参加のしかた」を増やす
今回のコレクションは、オンラインショップで購入できるという。
スタジアムに来られない人でも、クラブの物語に参加できる窓口がまたひとつ増えたことになる。
日本でも、地方にいるファンや、仕事や家庭の事情で現地観戦が難しい人は多い。
そうした人たちが、「それでも自分はこのクラブを応援している」と実感できる手段が増えるのは、大きな意味を持つ。
観客動員数やDAZNの視聴者数といった数字には表れにくい「つながり」が、そこにはある。
サッカーを見ること、応援すること、クラブと関わること。
その形は、これからますます多様になっていくだろう。
あなたなら、何をデザインに選ぶだろうか
もし自分のチームで、同じようなコラボがあったら
ここまで読んで、少し想像してみてほしい。
もし、自分のクラブ、自分のスクール、自分の学校チームが、アウクスブルクのようにライフスタイルコレクションをつくるとしたら。
あなたなら、何をデザインのテーマに選ぶだろうか。
・スタジアムの風景
・地元の川や山
・地域の産業や工場のシルエット
・いつも練習している公園の木
あるいは、サッカーと直接関係ないものを選ぶかもしれない。
それでもいい。
大事なのは、「なぜそれを選んだのか」を自分で説明できることだ。
答えを急がず、選ぶプロセスを味わう
アウクスブルクのコレクションは、完成したアイテムだけを見ると「おしゃれな服」として消費されてしまうかもしれない。
けれど、その裏では、街の歴史を調べ、クラブの立ち位置を考え、サポーターの日常を想像しながら、何度も試行錯誤があったはずだ。
私たちがサッカーをするとき、観るとき、応援するときも同じだ。
試合の結果だけを追いかけるのか。
プレーの「正解」だけを探すのか。
それとも、その途中にある迷いや選択のプロセスにも目を向けてみるのか。
ルネサンス柄のジャージを見ながら、そんなことまで考える人は多くないかもしれない。
それでも、自分が身にまとうもの、自分が応援するもの、自分が選ぶプレーのひとつひとつに、「なぜ」を添えてみると、サッカーは少しだけ違って見えてくる。
ピッチの上でも、街の中でも、自分で選んだデザインを着て立つことができるかどうか。
その問いは、今日の練習の一本目のパスにも、静かに重なっているのかもしれない。
