ジアン・ペドロソが教えてくれる「出場時間の選び方」──コリチーバのU-20タイトルホルダーがウクライナ・カラパティで示した、センターバックのキャリア戦略と決断のプロセス
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ウクライナの空の下で、ひとりのセンターバックが選んだ道

ウクライナリーグ第25節、カラパティ対ルフ・リヴィウ。 3対0というスコアだけを見れば、ホームチームの快勝と片付けられてしまうかもしれません。 けれど、その試合の中には、ひとりのセンターバックが積み重ねてきた「選択」の物語が静かに刻まれていました。
ジアン・ペドロソ。 ブラジルのコリチーバで育成され、今はカラパティでプレーする2004年生まれのDF。 この試合でゴールを決めただけでなく、データプラットフォームの採点でリーグ全体のラウンド最高評価、さらにマン・オブ・ザ・マッチにも選ばれました。
センターバックが「主役」になる試合は多くありません。 失点を減らすこと、相手のチャンスを未然に潰すことは、数字やハイライトでは見えにくい仕事です。 それでも、この日のジアンは、守備だけでなく攻撃面でも存在感を発揮し、「評価される側」の選手になっていました。
そこに至るまでの過程をたどると、ひとつひとつの選択が、いかに重く、いかに不確かなものだったかが見えてきます。
ブラジルでの居場所が揺らいだとき、彼は何を選んだのか
タイトルを獲っても、そのまま道が開けるとは限らない
ジアン・ペドロソの名前は、ブラジルの育成年代では決して無名ではありません。 コリチーバの下部組織で育ち、2021年にはクラブにとって初のタイトルとなるコパ・ド・ブラジルU-20優勝メンバーの一員でした。
その後も、パラナ州選手権U-20で2022年と2023年に連覇。 ブラジルU-20代表としても、2023年の南米U-20選手権優勝に貢献し、その年のU-20ワールドカップでもゴールを決めています。
紙の上だけで見れば、「順風満帆」です。 国内タイトル、州タイトル、代表タイトル。 ほとんどの育成年代の選手が憧れる景色を、一度に手にしていきました。
しかし、その後に待っていたのは、必ずしも「すぐにトップチームの主力」という未来ではありませんでした。
2023年、U-20ワールドカップ後にコリチーバのトップチームでデビュー。 ブラジル全国選手権でサントス戦に初出場し、そのシーズン合計で8試合に出場します。 しかし、チームは残留争いに巻き込まれ、最終的には2部降格という結果に終わりました。
2024年シーズン、ジアンは再びチャンスをうかがいます。 7試合に出場し、1ゴールも記録。 それでも、センターバックのレギュラーはブルーノ・メロとマウリシオ・アントニオの2人で固まり、若いDFに割り込む余地はそう多くありませんでした。
ここでひとつの問いが浮かびます。 「このままクラブに残り、限られた出場時間でチャンスを待つのか」 「それとも、全く知らない環境でも、出場機会を求めて外に出るのか」
もし自分が同じ立場だったら、どちらを選ぶでしょうか。 クラブへの愛着、家族や友人の存在、生活の安定、言葉、文化。 ブラジルに残る理由はいくらでも挙げられます。
| 観点 | ブラジル残留(コリチーバ) | ウクライナ移籍(カラパティ) | 評価 |
|---|---|---|---|
| 出場時間 | 限定的(4-5番手CB候補) | 20試合・17先発で増加 | ◎ 移籍で改善 |
| 環境の安定 | 言語・文化・家族・愛着あり | 戦争影響あり、未知の環境 | △ リスク大 |
| 評価機会 | 降格争いのなかで埋もれやすい | ラウンドMVP・3ゴール2アシスト記録 | ◎ 個人指標が立つ |
| クラブの経済利益 | 保有継続のみ | 完全移籍で約150万ユーロ+経済的権利30%保持 | ○ 双方が利益を残す |
| プレー適応 | 国内環境で慣れている | 異なるスタイル・強度に翻訳が必要 | △ 自身の作業量が増える |
「出場時間」を求めて、ウクライナへ
ジアンが選んだのは、ウクライナ・プレミアリーグのカラパティへの期限付き移籍でした。 ヨーロッパと言っても、誰もが真っ先に思い浮かべるようなビッグリーグではありません。 戦争の影響もあり、簡単な選択ではなかったはずです。
それでも、彼は「試合に出られる環境」を選びました。 移籍後、少しずつ出場時間を増やし、1年目が終わるころには、クラブが約150万ユーロを投じて完全移籍に踏み切るまでになります。 コリチーバも経済的権利の30パーセントを保持し、将来のステップアップ時に再びクラブに利益がもたらされる形です。
ここでまた、別の問いが生まれます。 「クラブは、なぜ手放したのか」 「なぜ、完全に手放さず、30パーセントを残したのか」
コリチーバ側から見れば、今いるセンターバック陣との競争、チームの状況、将来の移籍市場の動向、あらゆる要素を秤にかける必要がありました。 ジアンをそのまま4番手、5番手のセンターバックとして抱えることもできたはずです。 しかし、その場合、選手の成長スピードはどうなるのか。 評価は高いが、現時点でレギュラーではない若手を、どう扱うのか。
「今は出す」 「しかし、将来もう一度、クラブにも利益が戻る形は残しておく」
この判断が正しかったかどうかは、まだ誰にも分かりません。 ただひとつ確かなのは、クラブにとっても、選手にとっても、「安全な答え」は存在しなかったということです。
「守る」だけでは評価されない、現代センターバックの選択肢
- 出場時間と成長機会を分けて評価する — 序列だけでなく、年間で試合経験をどれだけ積めるかをデータで提示する
- セットプレーと最終ラインの選択肢を反復させる — ニア/ファー、縦差し/やり直しの判断トレーニングを週単位で組む
- 送り出すときも経済的権利を残す設計を考える — 完全移籍時に再評価で利益が戻る条項を交渉に組み込む発想を持つ
20試合出場、3ゴール2アシストという数字の意味
今シーズンのジアン・ペドロソは、カラパティで20試合に出場し、そのうち17試合が先発。 3ゴール2アシストという数字は、センターバックとしては目を引くものです。 ルフ・リヴィウ戦での活躍も、その流れの延長線上にあります。
とはいえ、ここで考えてみたいのは「なぜ得点を取れているのか」という部分です。 単に高さがあるから、セットプレーで強いから、という説明で終わらせることもできます。 しかし、それだけでは、今のフットボールでセンターバックが求められている役割は見えてきません。
セットプレーで前線に上がるとき、DFは一瞬だけ「ストライカー」になります。 マークを外す動き方、ニアかファーか、相手のゾーンの隙間を狙うのか、それとも人をブロックするのか。 そこには、フォワードとは違う視点での駆け引きがあります。
ボールが蹴られる前、ジアンは何を見ているのか。 相手センターバックの重心か、自分のマーカーの視線か、味方キッカーの助走か。 「どこに走れば、最もフリーになれるか」という問いに、瞬時に答えを出し続けなければなりません。
攻撃参加だけではありません。 最終ラインのビルドアップでも、センターバックは常に選択を迫られます。
- 縦に差し込むか、横に逃がすか
- リスクを取って前進するか、安全にやり直すか
- 相手の1stラインを越えるボールを狙うか、味方ボランチに預けるか
ウクライナという異国のリーグで、指導者の求めるスタイルも、プレッシャーの強度も、ピッチコンディションも、ブラジルとは違います。 その中で、出場を重ねながら自分のプレーを「翻訳」していく作業は、決して簡単ではありません。
「センターバックだから守れればいい」 そうではなく、「どう守るか」「どう攻撃を始めるか」を自分の頭で選び続けている選手だけが、次のステージへと進んでいくのかもしれません。
- 「出られるか」を最優先軸として書き出す — 序列・監督の構想・直近の出場時間を紙に並べて比較する
- 異なるリーグへ行く覚悟を言葉にする — 言語・気候・家族・帰国頻度まで含め、得るものと手放すものを家族と確認する
- レギュラーになれない時間に何を磨くかを決める — セットプレー・ビルドアップなど、出番が来たとき即評価される領域に絞って準備する
うまくいかなかった時間を、どう受け入れるか
忘れてはいけないのは、ジアンがコリチーバでトップチームのレギュラーを奪えなかった時間です。 タイトルを獲得し、代表歴もありながら、クラブが降格争いに巻き込まれている中で、若手センターバックに託される時間は決して多くはありませんでした。
「あのとき、もっとチャンスがあれば」 そんな思いを抱えていても不思議はありません。 しかし、プロの現場では、監督もまた結果に縛られています。 経験豊富なブルーノ・メロやマウリシオ・アントニオを優先する判断は、「安全策」として理解もできます。
自分は評価されているのか。 将来の構想に入っているのか。 どの選手も、一度はそうした不安と向き合うことになります。
そのときに、何を保ち、何を手放すのか。 プライドだけを守って居場所を失うのか。 あるいは、自分の理想像を一度横に置き、「試合に出る」という現実的な目標を優先するのか。
ジアンがウクライナでの移籍期間中、「ここに残りたい」と周囲に示していたという事実は、ひとつの覚悟の表れと言えるかもしれません。 かつて自分を育ててくれたクラブを一度離れ、今の自分を必要としてくれる場所を選ぶ。 そこには、迷いも、葛藤も、同時に存在していたはずです。
育成年代の「成功」が、そのままプロの答えにはならないとき
タイトルを獲る世代と、その後の分かれ道

コリチーバの2004年前後の世代には、ジアン・ペドロソのほかにも、カイオ・セーザル、ペドロ・モリスコ、ルーカス・ロニエルら有望株が名を連ねています。 彼らはクラブのU-20カテゴリで、前述のコパ・ド・ブラジルU-20優勝や、パラナ州U-20選手権2連覇にも関わりました。
ただ、同じ世代でプレーし、同じタイトルを手にしていても、その後の進路は少しずつ違っていきます。 ある選手はトップチームでポジションを掴み、ある選手はレンタル移籍を繰り返し、ある選手は海外への道を探る。
「この世代は成功した」 育成年代ではそう評価されても、プロの現場では、そこから先が「本当の分かれ道」になります。
日本でも、年代別代表で結果を残した世代が、必ずしもA代表の中心を担うとは限りません。 大会で優勝したチームのメンバー表を数年後に見返すと、トップレベルでプレーし続けている選手と、そうでない選手がはっきり分かれていることに気づきます。
その違いは、才能なのか、運なのか。 それとも、日々の選択の積み重ねなのか。
日本の選手だったら、どんな選択をするだろう
ここで、少し想像してみたくなります。 もしジアン・ペドロソが日本人だったら、同じ選択をしただろうか、と。
Jリーグのクラブで、U-18・U-21と順調に上がり、世代別日本代表にも選ばれる。 しかしトップチームでは、経験豊富なセンターバックが何人もいて、出場時間は限られている。 オファーが来たのは、欧州の中堅リーグ、言葉も文化も違う国のクラブ。 試合には出られる可能性が高そうだが、日本にいるよりもリスクは明らかに大きい。
そのとき、どんな決断を下すでしょうか。 海外に出れば「挑戦」として称賛されるかもしれません。 日本に残れば「堅実」だと言われるかもしれません。 けれど、外から貼られるラベルよりも大切なのは、自分が何を優先したいのか、自分の言葉で説明できるかどうかです。
早く結果を求めて大きな移籍を目指すのか。 まずは「試合に出る」というところから積み上げるのか。 どちらが正しいかを決めることはできません。
ウクライナという選択は、日本人選手にとっても決して一般的とは言えないかもしれません。 それでも、毎週ピッチに立ち、自分のプレーを磨き続ける選手がいる。 その現実は、海外への道を考える日本の若い選手にとって、ひとつのヒントになるのではないでしょうか。
「今いる場所」で、自分は何を選ぶか
結果よりも、その裏にあるプロセスに目を向けてみる
ウクライナでの1試合で最高評価を受けたこと。 3対0の試合でゴールを決め、MVPに選ばれたこと。 これらは、ニュースとしては非常に分かりやすい「成果」です。
しかし、その裏側には、
- コリチーバでレギュラーを掴めなかった時間を、どう受け止めたのか
- ウクライナという選択肢を前にして、何を優先したのか
- 異なるスタイルのリーグで、どんなプレーモデルに自分を適応させてきたのか
といった、もっと見えにくい問いが積み重なっています。
今、日本でサッカーをしている選手であれば、自分の状況に置き換えて考えることもできるはずです。
- スタメンではないとき、自分は何をしようとしているか
- チームが苦しい時期に、自分はどのポジションを狙うのか、それとも違う道を探すのか
- 監督やクラブの決断に、自分の気持ちをどう折り合いをつけるのか
保護者や指導者の立場から見れば、
- 出場機会を求めて移籍を選ぶ選手を、どう支えるか
- クラブとして、有望な若手を「出す/出さない」をどう考えるか
- 短期的な結果と、長期的な成長のどちらを優先する場面なのか
という問いとして、見えてくるかもしれません。
答えを急がないサッカーとの向き合い方
ジアン・ペドロソの物語は、まだ始まったばかりです。 2028年までの契約を結んだカラパティで、この先どれだけ成長し、どんな移籍を手にするのか。 あるいは、ここで長くプレーし続けるのか。 今の時点で「成功した」と言い切ることはできません。
だからこそ、今の活躍を「正解の証明」としてしまうのではなく、ひとりの選手が選び続けているプロセスとして眺めてみる価値があります。
自分なら、どんなタイミングでクラブを出るのか。 自分なら、どんな環境を優先するのか。 自分なら、レギュラー争いに敗れたとき、何を変えようとするのか。
その問いに、今すぐ答えを出す必要はありません。 ただ、試合のスコアやゴールシーンだけでなく、その裏側にある「考え」「選択」「迷い」に目を向けてみると、同じサッカーのニュースが、少し違う表情を見せてくれます。
ピッチの上で一瞬の判断を下すために、ピッチの外では時間をかけて迷ってもいい。 そんなサッカーとの付き合い方があってもいいのではないか。 ジアン・ペドロソのウクライナでのプレーを追いながら、ふと、そんなことを考えたくなります。
