うまくなるだけで終わらせないサッカーへ――フランスの草の根大会に見る「遊び」と「余白」のデザイン
이 칼럼 공유하기
「うまくやる」より「たっぷり遊ぶ」ことを選べるか フランスのアマチュア大会から考えるサッカーの余白

芝生の横にテントが並ぶとき、何が始まっているのか
週末のフランス、地方の小さな村。 サッカー場の脇には、車ではなくテントが並ぶ。 選手たちはスパイクと一緒に、寝袋も持って集まってくる。
会場はフランス西部マイエンヌ県のサン=フランボー=ド=プリエール。 そこで行われるのは、プロでもユースの全国大会でもない。 「本当にサッカーが好きな人たち」が集まる、6人制のアマチュア大会だ。
男子16チーム、女子10チーム。 プレーヤーは9〜10人編成で、週末の土日に試合をこなす。 ただ、面白いのはその「周辺」にあるものだ。
芝生は「いいプレーをするため」に用意されている。 一方で、大会の運営側はこうした企画も並べている。
- 滑り台のような「全身で滑る」レクリエーション
- 飲み物のコンテスト
- 1対1のキーパー対決「Goalie War」
- 「微妙に似ていない」有名人の仮装コンテスト
- 地元DJによるダンスパーティー
本気でボールを蹴りに来た人たちが、本気でふざける場面が、そこにはあらかじめ組み込まれている。 サッカーを「上手くなること」だけに閉じ込めない大会運営の選択がはっきり見える。
では、ここでプレーする選手たちは、どんな週末を過ごすのだろう。 そして、同じ年代の選手が日本にいたとしたら、自分ならどんな選択をするのだろうか。
| 観点 | 競争・成長効率重視 | 余白・場の記憶重視 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 試合数 | できるだけ多く確保 | 適度に抑えて余白を作る | △ 目的で変わる |
| サッカー以外の時間 | 最小化・もったいない | ダンスパーティーなど意図的に充実 | ◎ 継続性に寄与 |
| 勝敗への比重 | 順位・タイトルを前面に出す | 勝敗と同等に「場の空気」を設計 | ○ 両立可 |
| 女子参加の促し方 | 募集するだけ | 女子が女子を誘うインセンティブ設計 | ◎ 主体化 |
| クラブ運営の担い手 | 経験ある大人が前提 | 23歳会長など若い世代に委ねる | ○ 挑戦の場 |
| 選手が持ち帰るもの | スキルと戦術の向上 | 仲間との記憶・再参加したい感情 | ◎ 継続動機 |
23歳のクラブ会長がいる村で起きていること
この大会のホストクラブは、AJSFサン=フランボー=ド=プリエール。 小さなコミュニティに根ざしたアマチュアクラブだ。
注目したいのは、クラブを率いる会長が23歳だという事実。 しかも就任5年目だと伝えられている。 つまり、10代のうちにクラブの舵取りを任されている計算になる。
ここには、いくつかの問いが生まれる。
- なぜ周りの大人たちは、その若さにクラブを任せたのか
- 本人はどんな覚悟や不安を抱えながら、その役を引き受けたのか
- 選手でもありうる年齢で「運営側の視点」を持つと、サッカーの見え方はどう変わるのか
ただ「すごい若さだ」で終わらせることもできるが、もう少し想像を広げてみたい。 もし自分が23歳で、地域クラブの会長をやってほしいと頼まれたら、どうするだろう。
プレーヤーとしての時間を削ってまで、引き受けるのか。 責任の重さを前に、一歩引いてしまうのか。 それとも、「自分にもできるかもしれない」と一度立ち止まって考えてみるのか。
結果として就任するかどうかより、その前段階の「迷う時間」に、すでにサッカーと向き合う姿勢が現れている。 この村の23歳の会長も、きっとその時間を通ってきたはずだ。
- 「勝敗以外の楽しみ」をシーズンに1回意図的に設計する — キャンプや合宿の中に、サッカーと関係のないレクリエーションを組み込み、選手同士と指導者の距離感を変える機会を作る
- 女子選手参加を「呼びかけ」ではなく「仕組み」で増やす — 「女子が女子を連れてくると参加費割引」のように、言葉ではなくルールでメッセージを伝える参加設計を取り入れる
- 若い担い手に運営の一部を渡す — 会長やキャプテンなど10代・20代前半が判断を下す機会を意図的に設け、プレー以外の側面でサッカーと関わる経験を積ませる
「勝つため」だけで大会を組まないという判断
このアマチュア大会のスケジュールはシンプルだ。 金曜日から日曜日までの3日間。 土曜日にグループリーグ、日曜日に決勝ラウンド。
でも、組み立て方をよく見ると、一つ大きな特徴がある。 3日間の主役は「順位表」だけではない、ということだ。
例えば、運営側は次のようなメッセージを大会に埋め込んでいる。
- 芝生を「戦場」ではなく「遊び場」としても使っていい
- うまくプレーできるかどうかと同じくらい、「一緒に笑えるかどうか」も大事にしている
- 試合が終わったあとも、選手である前に「一人の人」として時間を過ごしてほしい
もちろん、これは「ゆるくやろう」という話ではない。 6人制の大会であれ、ピッチに立てば誰だって真剣になる。 勝ちたいし、負けたら悔しい。
そのうえで、運営側はあえて「勝敗以外の楽しみ」を濃く準備している。 これは一つの決断だ。
大会を企画するとき、選択肢はいくつもある。
- 試合数をとにかく増やし、「経験値」をたくさん積ませる大会にする
- レベルごとにカテゴリーを分け、「質の高い試合」にこだわる
- 順位やタイトルを前面に押し出し、「競争」を最大化する
- サッカー以外の時間も含めて、「場の記憶」を最優先する
このフランスの大会は、最後の選択をかなり強く選んでいるように見える。 それは、短期的な「成長効率」だけを考えれば、もしかしたら遠回りに映るかもしれない。
けれど、長くサッカーを続けるうえで、「またここに来たい」と思える経験は、どれくらい価値があるだろう。 選手の心に残るものは、本当に勝敗だけなのだろうか。
- 「試合の記憶」だけでなく「場の記憶」を大切にする — 勝ち負けだけでなく、仲間と笑った夜や一緒に汗をかいた時間が、サッカーを長く続けるエネルギーになる
- 「自分で参加を決める」経験を一度持つ — 親や指導者に言われて行く大会と、自分が「行きたい」と思って選んだ大会では、現場での関わり方が変わってくる
- わが子の「サッカーの記憶」をどんな色で残したいか考える — 成績や技術の数字だけでなく、「楽しかった週末」「友達ができた遠征」がある育ち方を選択肢に入れてみる
女子チームの参加をどう「後押し」するか
この大会には、男子だけでなく女子のカテゴリーも用意されている。 そこに、もう一つの工夫がある。
男子チームが女子チームを紹介すると参加費が割引される。 女子チームが別の女子チームを誘っても同じように割引がある。 さらに、女子の参加チームの中から、1チームにユニフォームセットがプレゼントされる仕組みもある。
こうしたルールには、はっきりとした意図が感じられる。
- 女子チームが「周りから連れてこられる」存在ではなく、自分たちの輪を広げていく主体だと考えている
- 男子チームにも「女子サッカーの味方になる」という役割を渡している
- 女子の大会を、単なる「おまけ」にせず、1つの中心として扱おうとしている
大会側は「女子も歓迎します」と言うだけではなく、具体的な仕掛けを用意している。 これは、言葉ではなく、ルールでメッセージを伝えている状態だ。
日本でも、女子選手を増やす取り組みは増えている。 体験会を開いたり、女子専用のカテゴリーを作ったり、指導者を増やしたり。
そのとき、もし自分がクラブスタッフだったら、どんな一歩目を選ぶだろう。 「まずは募集から」と考えるのか。 それとも、「女子が女子を連れて来たくなる場」をどうつくるかから考えるのか。
どちらが正しいかではなく、どの順番で何を大事にするか。 そこに、そのクラブらしさや地域らしさが表れてくる。
日本の週末とフランスの週末を並べてみる
日本の多くの選手にとって、週末は「試合の日」だ。 リーグ戦やカップ戦、トレーニングマッチ。 早朝から集合し、移動し、試合をして、また帰ってくる。
その中で、次のような前提が当たり前になっていないだろうか。
- できるだけ多くの試合数をこなした方が良い
- 1日の中で「余白の時間」が多いと、もったいない
- 結果や内容をしっかり振り返ることが、一番の成長につながる
一方、フランスのこの大会は、あえて余白を膨らませている。 テントを張り、同じ会場に泊まる。 夜にはダンスパーティーがあって、サッカーボールを持たない時間も長い。
どちらが良いかではなく、「別の選び方がある」と知っておくことに意味がある。 もし日本のクラブが、丸一日や二日を「遊びとサッカーが混ざった合宿」に使ったら、どうなるだろう。
試合数は減るかもしれない。 でも、選手同士の距離感や、保護者との関係性、指導者との会話の質は、もしかしたら変わるかもしれない。
選手として読んでいるなら、「自分はどんな週末が好きか」を一度立ち止まって考えてみてもいい。 保護者として読んでいるなら、「わが子のサッカーの記憶」をどういう色で残したいか、思い浮かべてみてもいい。
「自分で参加を決める」経験をしたことがあるか
このフランスの大会は、チーム単位でエントリーする仕組みだ。 事前登録フォームで情報を集め、参加費を支払ったチームが出場権を得る。
日本でも、遠征や合宿、大会の参加可否を聞かれる場面は多い。 ただ、その意思決定のプロセスはどうなっているだろう。
- クラブが参加を決めて、選手は「行くか行かないか」だけを答える
- 保護者がスケジュールや費用を見て、「参加させるかどうか」を判断する
- 選手自身は「行きたい・行きたくない」をはっきり言葉にできているようで、実は周りの空気に合わせている
どれもよくある形で、どれがダメという話でもない。 ただ、「自分で参加を決めた」という感覚をどれくらい味わえているかは、一度見直してもよいのかもしれない。
もし、こんなやり方を試したらどうなるだろう。
- まず選手だけで話し合い、「この大会に出たいか」を言葉にしてみる
- 指導者は、その理由を静かに聞いてから、現実的な条件(費用や移動)を共有する
- そのうえで、保護者とも対話しながら、最終的な答えを一緒に探す
時間はかかるし、全員の希望をかなえることは難しい。 それでも、自分で選択に関わった経験は、勝敗とは別のかたちで選手の中に残る。
フランスのアマチュア選手たちも、おそらくは自分たちで週末の予定をやりくりして、この大会にエントリーしている。 仕事、家族、学校、友だち。 そのすき間に「サン=フランボーの週末」を自分で組み込んでいる。
そのプロセスもまた、サッカーの一部なのだと思う。
「うまくいかなかった週末」も肯定できる場
この手のアマチュア大会で、全てが思い通りに進むチームはほとんどない。 ケガ人が出るかもしれない。 コンディションが整わないかもしれない。 レベルの高い相手に連敗するかもしれない。
それでも、会場にはテントがあり、夜には音楽が流れ、芝生は変わらずそこにある。 「勝てなかった」チームにも、「また来年」という言葉をかけやすい空気がある。
ここで大切になってくるのは、「うまくいかなかった週末」をどう受け止めるかだ。
- 点が取れなかった自分を責め続ける週末にするのか
- チームとして何が足りなかったかを、ただ反省材料として並べるのか
- それとも、悔しさを抱えたまま、「でも来てよかった」と思える何かを探すのか
この大会のように、サッカー以外の時間が豊かに用意されている場では、選手のなかの選択肢も増える。 試合で失敗しても、夜に仲間と笑いあう時間がある。 プレーに納得いかなくても、他のチームと交流して視野が広がることもある。
日本の現場でも、似たような場面はある。 遠征先の宿での時間、移動のバスの中、会場の横の公園。 そこをどう使うかは、選手や指導者、保護者一人ひとりの選択にかかっている。
「結果が出なかったから、今日は最悪の一日だ」と決めつけてしまうのか。 「結果は結果として、でもこの時間は良かったよね」と言える瞬間を自分たちでつくるのか。
どちらの受け止め方も、その人のサッカー観を静かに形づくっていく。
サッカーの「物語」をどうデザインするか

フランスの小さな村で行われるアマチュア大会。 23歳のクラブ会長。 芝生の横に並ぶテント。 女子チームを後押しするルール。 ふざけた企画と、本気の試合。
その一つひとつは、小さな選択の積み重ねだ。 「こうしたらきっと楽しいはずだ」 「こうすれば仲間が増えるかもしれない」 「こういう週末をサッカーと呼びたい」
日本でサッカーに関わる私たちも、同じように選択の連続を生きている。 チームをどうつくるか。 大会をどう選ぶか。 週末をどう過ごすか。 負けたとき、どう言葉をかけるか。
そこに「正解」はない。 ただ、「こういうサッカーであってほしい」と思う自分なりのイメージを、少しずつ言葉にしていくことはできる。
- 試合の数より、「また一緒にやりたい」と思える関係を優先してみるのか
- 勝敗より、「自分で決めた」と感じられる瞬間を大事にしてみるのか
- うまくいかなかった日ほど、「サッカーを嫌いにならない工夫」を探してみるのか
もし、自分たちのクラブで「サン=フランボーの週末」のようなものを1回だけ真似してみるとしたら、どんな形になるだろう。 テントは張れなくても、何か一つ、「本気でふざける時間」を入れてみたら、チームはどう変わるだろう。
答えは、すぐには出ないかもしれない。 それでも、自分たちのサッカーの物語を、誰かに委ねきらずに、一緒にゆっくりデザインしていく。 その過程そのものが、サッカーを続ける理由になるのかもしれない。
勝った日も、負けた日も。 いつか振り返ったとき、「あの頃、何を選んでいたか」が、静かに自分を支えてくれるはずだ。
