ジダンにならなかった天才ファビアン・オニールが問いかける、「自分のまま選び続ける」サッカー人生
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「ジダンにならなかった男」から考える、サッカー選手の“選び続ける人生”

三度の股抜きから始まった「英雄の物語」
イタリア・サルデーニャ島のカリアリ。
猛々しいボランチとして名を上げ始めていたジェンナーロ・ガットゥーゾを相手に、ひとりのウルグアイ人がボールをまたぎ、タイミングをずらし、するりと股の間に通す。
一度、二度、三度。
観客は笑い、どよめき、相手の闘犬のような迫力さえ、スタジアムの熱狂の一部に変わっていく。
そのウルグアイ人の名は、ファビアン・オニール。
貧しい街の路地で育ち、祖母に育てられ、バーで大人たちに混じってワインを口にし始めた少年は、いつのまにか、カリアリという港町の「王様」のような存在になっていた。
この日のガットゥーゾへの股抜きは、その象徴のようなワンシーンだ。
仲間から「このボランチは本当に汚いプレーもしてくるぞ」と警告を受けていた彼は、それを「怖れ」としてではなく、「チャレンジ」として受け取り、「じゃあ、三回股抜きしてやる」と自分に約束してピッチに立った。
そこには、戦術ボードの上では測れない種類の判断がある。
相手を見て、その性格を想像して、観客との距離も計算しながら、「この試合で、自分は何を表現するのか」を決めている。
もし自分だったらどうだろう。
「危険だから、無難にプレーしよう」と考えるか。
それとも、「だからこそ、あえて仕掛けてみよう」と自分のプレーに賭けるか。
どちらが正しいわけでもない。
ただ、このときオニールは「怖れ」ではなく「挑発」と「遊び心」を選んだ。
その選択が、彼をサルデーニャの人々の記憶に刻むことになった。
| 場面 | オニールが選んだこと | 別の選択肢 | 評価 |
|---|---|---|---|
| ガットゥーゾへの対応 | 三度の股抜きで「挑戦と遊び心」を選ぶ | 無難にプレーして安全を確保する | ◎ サルデーニャの記憶に刻まれた |
| タバレスとの衝突 | 「彼か自分か」と会長に二者択一を迫る | 監督のやり方に従い調整する | △ チームには混乱、本人は自分を貫く |
| ユヴェントス移籍後 | 夜の顔を強め、チームの中心に戻らない | コンディション管理に全力を注ぐ | △ 世界最高の舞台を活かしきれず |
| 「ジダンになれ」という声 | 「自分はジダンになろうとしたことはない」と応える | 比較を受け入れてジダンを目標にする | ○ 自分軸は保ったが苦しさも残る |
| アルコールとの戦い | 断酒を誓い、戻り、また誓う繰り返し | 一切の挑戦をせずに流される | ○ 不完全でも「選び直す」姿勢は続いた |
ピッチの外でも「選び続ける」力
やがてオニールは、ただのテクニシャンではなく、クラブに影響力を持つ存在になっていく。
同じウルグアイ人のディエゴ・ロペス、ネルソン・アベイジョンをイタリアへ呼ぶようにクラブへ働きかけ、その声が実際に移籍を動かすほどの力を持つようになった。
それは、監督やフロントに対しても同じだった。
ウルグアイ代表を長く率いた名将、オスカル・ワシントン・タバレス。
カリアリでの二度目の指揮のとき、練習での衝突をきっかけに、オニールはクラブ会長に「彼か自分か」という二者択一を迫り、最終的にタバレスは解任される。
ここにもひとつの「選択の場面」がある。
・監督のやり方に従い、チームの一員として自分を調整するのか。
・自分のやり方、自分の感情を優先し、「受け入れられない」と突きつけるのか。
オニールは後者を選んだ。
チーム運営という視点から見れば、非常に難しい判断材料をはらんだ出来事だ。
しかし、そこに「善悪」だけの物差しを当ててしまうと、見落としてしまうものがある。
彼はなぜ、そこまで自分を貫こうとしたのか。
ウルグアイでの育ち方、路上で自分を守るために必要だった「強さの見せ方」、クラブの中で築いた立場。
それらが積み重なった結果、「ここで引いたら自分ではなくなる」という感覚があったのかもしれない。
もし自分が選手なら、もし自分が監督なら、このとき何を優先するだろう。
結果論ではなく、「その瞬間の自分の価値基準」を想像してみると、オニールの強硬な姿勢も、単純なわがままだけではない別の面が見えてくる。
- 「多少のルール違反があっても結果を出せればいい」の基準を明文化しておく — オニールのクラブ会長が「守る判断」をしたように、指導者も似た場面に直面する。「どこまでが選手の責任でどこからが指導者の責任か」を言葉にしておくと、いざという時の対応が一貫する。
- 「一度の失敗で切り捨てない、でも甘やかさない」の設計を持つ — オニールのように再び「選び直そうとする」選手に、もう一度チャンスをどう設計するかは育成の本質的なテーマ。「次にどう変えるか」を一緒に考える時間を設けることが、単なる見て見ぬふりとの違いになる。
- 「誰かと比べて」という言葉がけを意識的に減らす — 「あの選手と比べると」という評価は動機付けになることもあるが、「自分が何者か」という感覚を奪う。特定の選手をロールモデルとして示すより「あなた自身の強みはどこか」を問う言葉をセットにする。
「才能」と「夜の顔」と「見て見ぬふり」
カリアリでは、オニールは夜の街でも知られた存在だった。
酒、遊び、仲間。
やがて深夜に酒を飲んだ状態での交通事故を起こし、しかもその場から逃げてしまう。
クラブ会長は、彼を守る判断をする。
すぐにモンテビデオ行きの飛行機に乗せ、スキャンダルから遠ざけた。
ここにも、複数の人の「判断」が重なっている。
・飲酒運転をしたオニール本人
- お酒を飲むか飲まないか
- 運転するかしないか
- 事故後に残るか逃げるか
・クラブ会長
- 処分をして公表するか
- 守るために隠すか
・周囲の大人たち
- 止めるべきだったか
- 見て見ぬふりをしたか
どの選択も、その場ではそれぞれに「理由」があったはずだ。
「チームの顔だから守りたい」
「今さら止められない」
「明日の試合がある」
どこまでが選手の責任で、どこからが周囲の大人の責任なのか。
日本でも、プロの世界だけでなく、ユース年代や学校部活の現場で、「才能のある選手」に対して、監督や指導者がどう距離を取るかは、非常に繊細なテーマだ。
・多少のルール違反があっても、ピッチで結果を出してくれればいいのか。
・一人の人間としての成長を優先して、あえて厳しく線を引くのか。
正解はひとつではない。
けれど、「何を優先する指導なのか」を言葉にできていないと、いつの間にか「その場しのぎの見て見ぬふり」が積み重なってしまう。
- 「あの選手と比べると」という言葉が届いたとき、自分の軸を確認する習慣を持つ — 比較は目標設定の参考にはなるが、「自分が何者か」を測る物差しにはならない。オニールのように「自分は自分でいたかった」と言える芯を自分の中に持てると、比較の言葉に振り回されにくくなる。
- 失敗したとき「次は何を変えるか」を一つだけ決めて次の練習に行く — オニールは失敗を繰り返しながらも「もう一度選び直そうとする」姿勢を最後まで保った。失敗の後に萎縮するより「次の一手」を小さく決める習慣が、折れない心を育てる。
- 才能が豊かな選手でも「その才能を活かすかどうか」は環境と選択次第だと知る — ジダンと同じ練習で最高評価を得た才能が、なぜ大きく花開かなかったか。才能は出発点に過ぎず、日々の選択の積み重ねがキャリアを形成することを親子で話し合う機会にする。
試合を“動かす”ことと、境界線の曖昧さ
オニールのキャリアには、もうひとつ、イタリア特有の大きな影が落ちる。
「試合の結果を巡る取り決め」だ。
1997-98シーズン。
カリアリは昇格をかけてキエーヴォと対戦していた。
引き分け以上で昇格。
相手にとっても引き分けで悪くない状況。
ここでオニールは、キャプテンとして「引き分けにする」という合意に関わり、その結果に合わせた賭けまでしていたと後に語っている。
試合は終盤に動き、いったんはカリアリが勝ち越すも、オニールは仲間に「同点に戻したほうがいい」と促し、実際に2-2で終えたという。
もちろん、これは競技の純粋性を揺るがす行為であり、現代では明確に否定されるものだ。
ただ、ここにもやはり「境界線の揺らぎ」がある。
・チームの昇格をほぼ確実にする
・相手にも悪くない結果にする
・自分たちの賭けも当てる
「みんなが得するように見える選択」をしている感覚だったのかもしれない。
けれど、その「みんな」の中に、スタジアムで信じて応援している人たちや、純粋に全力勝負を信じている子どもたちは含まれていたのか。
この問いは、今の日本サッカーにもそのまま跳ね返ってくる。
・相手との暗黙の了解で、試合終盤に急にテンションを落とすこと
・大会のレギュレーションを計算して、あえて点差を広げない、あるいは取りに行かないこと
・「全力で戦う」と「現実的に計算する」の間で、どこに線を引くのか
どこまでが「戦略」で、どこからが「フェアではない」のか。
日本でも、育成年代の大会で、グループステージの得失点差をめぐって、監督たちが難しい判断に直面する場面は多い。
選手として、指導者として、自分ならどこに線を引くか。
オニールの話は、極端な事例だからこそ、自分自身の基準を逆照射してくれる。
「ジダンはジダン、自分は自分」
1999年。
オニールはついにユヴェントスへ移籍する。
当時の監督はカルロ・アンチェロッティ。
チームには、ワールドカップ優勝直後のジネディーヌ・ジダンもいた。
練習では、ジダンとオニールが同じチームになると、二人のテクニックと視野で小さなゲームは無双状態になった、とチームメイトのパオロ・モンテーロは振り返っている。
そして、そのジダンが、こう語ったと伝えられている。
「ファビアン・オニールこそ、いちばんの選手だった」
世界最高クラスの選手からの、最大級の評価。
けれど、その後のキャリアは、だれもが知るように、ジダンとオニールで大きく分かれていく。
オニールはユヴェントスでケガをし、夜の顔を強め、チームの中心に戻ることはなかった。
代表では2002年ワールドカップに出場するが、その頃にはすでに本来の姿ではなかった。
晩年、彼は街の人々から「ジダンになり損ねた男」と声をかけられることがあったという。
それに対して、オニールは「自分はジダンになろうとしたことはない。自分は自分でいたかった」といったニュアンスの思いを示している。
ここに、とても人間らしい葛藤が見える。
・周囲は常に「比較」の物差しで見てくる
・本人は「比較」ではなく「自分」という物差しで生きたい
日本でも、似たような場面は日常的にある。
・「あの子と比べて、スピードが…」
・「あの年代別代表の子と、うちの子では…」
・「海外組のあの選手と比べると、日本人は…」
比較は、ときに目標設定の参考にもなるが、同時に、「自分が何者なのか」という感覚を奪ってしまうこともある。
オニールのような特大の才能でさえ、「ジダンではない」と言われ続ける。
では、自分のチームの子どもたちに、「誰かと比べて」言葉をかけていないだろうか。
自分自身も、「誰かと比べて」自分の価値を測っていないだろうか。
アルコールとの長い付き合いと、「折れなかったもの」

オニールは幼い頃から酒に触れ、現役中も、その後も、長くアルコールと向き合い続けた。
2013年には体が悲鳴を上げ、入院を余儀なくされる。
そこから「酒をやめる」と誓い、実際に一定期間は断酒を続けたが、その約束は最後まで「完璧」には守れなかった。
2022年のクリスマス、49歳という若さで、慢性肝硬変により亡くなる。
こうした人生を「もったいない」と片付けるのは、簡単かもしれない。
しかし、オニールをただの「堕ちていった天才」と見るだけでは、彼自身が積み重ねた「選択の重さ」を取りこぼしてしまう。
・何度も失敗しながらも、もう一度ボールを蹴ろうとした瞬間
・酒をやめようと決め、また戻ってしまい、それでもまたやめようとした時間
・「ジダンではなく、自分でいたい」と思い続けた頑なさ
それらはすべて、「自分で選び直す」ことの連続だ。
折れやすいのは、才能ではなく、「自分なんて」と思ってしまう心かもしれない。
結果としてうまくいかなかった選択であっても、そのとき、その人なりに必死に考えて、選んだ道がある。
日本の育成年代でも、非行や問題行動を起こした選手に対して、「一度の失敗」で完全に切り捨ててしまうのか、「もう一度選び直すチャンス」をどう設計するのかは、考え続ける価値のあるテーマだ。
「なぜ、どうして」を自分に向けてみる
オニールの人生は、ひとつの「正しい生き方」に結びつく物語ではない。
英雄的なプレーもあれば、人として受け入れがたい行為もある。
圧倒的な才能もあれば、その才能を十分に使い切れなかった悔しさもある。
だからこそ、この物語は、「ああいう生き方はダメだ」と線を引くためではなく、「自分ならどう考えるか」を問い直す入り口になる。
・相手を股抜きするか、安全にボールを回すか。
・監督に従うか、自分のやり方を主張するか。
・ルールに忠実でいるか、現実的な計算を優先するか。
・誰かと比べるか、自分を基準にするか。
・一度失敗した人を切り捨てるか、もう一度選び直すチャンスをつくるか。
これらは、プロの世界だけの話ではない。
中学生、高校生の試合でも、保護者がタッチラインの外から見守る週末のグラウンドでも、毎日のように起きている「小さな選択」の延長線上にある。
ピッチの中で、ピッチの外で、私たちは何を大事にしたいのか。
それを言葉にしきれないまま、目の前の勝敗だけを追い続けると、気づかないうちに、誰かのオニールのような人生を、ただ「もったいない」と消費してしまうことになる。
答えを急がないために、サッカーを続ける
49歳で亡くなった元選手の物語を読んで、「自分はこう生きるべきだ」と即座に結論を出す必要はない。
むしろ、安易な答えを出さずに、「なぜ彼はそう選んだのか」「自分ならどうするか」を、心の中で何度も行き来させてみることに意味があるのかもしれない。
サッカーは、90分の中で、何百回も判断を迫られるスポーツだ。
パスかドリブルか、シュートかキープか。
その積み重ねが、キャリアになり、人生になる。
ファビアン・オニールという一人のフットボーラーが残したものは、派手なテクニックだけではない。
「選び続けることの重さ」と、「それでも自分であろうとする頑なさ」のまじり合いだ。
彼の物語をなぞりながら、自分自身のサッカーと、自分自身の人生について、少しだけ足を止めて考えてみてもいいのかもしれない。
正解を急がなくても、ボールは明日も転がってくるのだから。
