コモ1907がアディダスとの契約更新を断ち、2027-28シーズンから自前ユニフォームに踏み切る背景
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アディダスを手放す理由——コモ1907が選んだ「自前」という道
イタリア北部、コモ湖を望む小さな都市にホームを構えるコモ1907が、2027-28シーズンをもってアディダスとの契約を更新しない方向で動いていると報じられた。
その先に描いているのは、他のブランドへの乗り換えではない。
自分たちでユニフォームをつくる、という選択だ。
サッカークラブがスポーツメーカーと契約を結ぶことは、現代においてほぼ当然の慣習として成立している。
ナイキ、アディダス、プーマ——そうした巨大ブランドのロゴを胸に刻むことは、クラブの信頼性や商業的な存在感を高める手段であり続けてきた。
だからこそ、コモ1907の動きはひとつの「逸脱」として映る。
しかしその逸脱は、衝動からではなく、3年間の経験を経た上での判断として語られている。
3年間で積み上げたもの
コモとアディダスの契約は2024年に締結されたもので、2026-27シーズンをもって終了する予定だ。
この契約の特徴的な点は、アディダスがユニフォームの素材や基本設計を供給する一方で、カスタマイズと流通をクラブ自身が担うという構造にあった。
つまりコモは、ブランドのロゴを借りながらも、実務的な主導権の多くを自分たちで握っていた。
クラブの会長ミルワン・スワルソは、この3年間を「学びの時間」として明確に位置づけている。
流通も、カスタマイズも、すでに自分たちのネットワークで動かしてきた。
だとすれば、次のステップとして「完全な独立」へ進む判断は、突飛なものではなく、むしろ積み重ねの延長線上にある。
ここで少し立ち止まって考えてみたい。
大きな看板を持つパートナーのもとで働きながら、「いつか自分でやる」という意志を育て続けることは、どれほどの覚悟を必要とするだろうか。
契約期間中に学べることを学び、その経験を「卒業のための準備」として使う——そのような姿勢は、組織の話でありながら、一人の人間の成長の話にも重なって見える。
先人たちの轍
もちろん、このチャレンジには前例がある。
ASローマ、サウサンプトン、レッチェ、ル・アーブル。
これらのクラブは過去に自前のユニフォーム生産を試みたが、いずれも最終的には伝統的なスポーツメーカーのもとへ戻っている。
なぜ戻ったのか。
表向きの理由はさまざまだろうが、根底にあるのはおそらく「ブランドが持つ信頼と流通力」の壁だ。
ユニフォームをつくること自体は技術的に可能でも、世界中のサポーターに届け、品質と信頼を保証し続けるための体制を維持することは、想像以上に複雑な営みになる。
コモ1907が彼らと異なる点があるとすれば、それはクラブを支える財力と、すでに独自の流通網を持っているという実績だろう。
理念だけで踏み出すのではなく、仕組みを先に整えてから宣言している点において、このクラブの動きには一定の現実的な根拠がある。
ただ、それが長期的に持続するかどうかは、まだ誰にもわからない。
「自前」であることの意味
サッカーにおいて、ユニフォームは単なる衣服ではない。
クラブのアイデンティティそのものであり、サポーターがその色に感情を重ねる器でもある。
そのユニフォームを「自分たちでつくる」という行為は、商業的な選択である以上に、「このクラブは何者であるか」という問いへの答え方のひとつだ。
外部のブランドの力を借りて大きく見せるのか。
それとも時間がかかっても、自分たちの手でつくり上げるものに意味を見出すのか。
どちらが正しいという話ではない。
ただ、コモ1907は後者を選ぼうとしている。
その選択には、勝敗とは別の軸で「クラブとは何か」を問い直そうとする意志が滲んでいる。
サッカーの世界では、ピッチの外での判断もまた、クラブの思想を形づくる。
選手が試合中に下す一瞬の判断と同じように、クラブが経営の中で何を選ぶかも、長い時間をかけてそのクラブの「顔」になっていく。
日本のサッカー界に目を向けると、クラブのユニフォームをめぐる議論はいまだ「どこのブランドか」という外側の話に終始しがちだ。
しかしコモ1907の選択は、「誰がつくるか」という問いの奥に「なぜつくるか」を置いている。
その順番の違いが、じわりと効いてくる。
コモ1907、2027年秋に向けて動き出す
2027-28シーズンの開幕は、2027年の夏から秋にかけてやってくる。
コモ1907はその時、アディダスのロゴのない新しいユニフォームを着てピッチに立つことになる。
スタジアムのスタンドには、そのユニフォームを手にしたサポーターが集まり、自前の生地に刻まれたエンブレムを胸に選手たちが走り出す。
その日に向けて、クラブの生産ラインは今日も動き続けている。
スポーツブランドとクラブをつなぐ契約の構造
今日の欧州サッカーでは、スポーツブランドとのキット契約がほぼ標準です。その理由は、ブランドが持つ世界規模の流通ネットワークにあります。クラブにとっての実際のメリットは、デザインや製造の手間を外に出せることより、世界中の正規販売網に乗れることの方が大きいです。
自前生産を試みるクラブが直面してきたのは、この流通の壁です。品質を一定に保ちながら世界中のサポーターへ正規品を届け続けるには、製造コスト以上に体制の整備が必要になります。コモ1907がアディダスとの3年間で積んできたのが、まさにその体制です。素材供給は外部に頼りながらも、カスタマイズと流通を自分たちで動かしてきた経験が、今回の判断の前提になっています。
ロゴの向こうにあるもの
サッカーのユニフォームには、着る人の意志が宿ります。選手にとってはクラブへの帰属の証であり、サポーターにとっては自分の感情を委ねる器です。だからこそ「誰がつくるか」という問いは、ビジネスの話を超えて、クラブの思想を映し出す鏡になります。
コモ1907が大手ブランドのロゴを外すことを選ぶとしたら、それは損得だけで決まるものではないはずです。3年かけて整えてきた流通の仕組み、クラブとして持ちたいものへの意志、そのすべてがひとつのユニフォームに表れます。
2027年秋、コモのスタジアムにはブランドロゴのないユニフォームが並ぶかもしれません。その日にファンが感じるのは、デザインへの評価よりも、なぜこの道を選んだのかという問いへの答えです。
あるクラブを何年も観続けていると、ユニフォームが変わるたびに、そこに何かが宿っていることに気づいてきます。胸のロゴが変わるとき、クラブは何かを選んでいます。その選択が持つ意味は、勝敗の記録よりも長く残ることがあります。あるクラブが大手ブランドのロゴを手放すと聞いた時、まず思ったのはそのことでした。
ブランドのロゴがなくなることを、サポーターがどう受け取るかは、観てみないと分かりません。ただ、自分たちでつくると決めたユニフォームには、その時点ですでに何かが込められています。みなさんが好きなクラブのユニフォームにも、語られていない選択が宿っていると思いますか。
