スコアの向こう側にある「選択」を見る――イタリア育成年代から日本サッカーへの示唆
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スコアの裏側にある「選択」を見る ― イタリア育成年代から考える

「2-0で首位浮上」というニュースの、もうひとつの顔
アルフォンソ・エスポジト監督が率いるアタランタU15が、アウェーでパドヴァに2-0で勝ち、ミランを抜いてグループBの首位に立った。
ゴールを決めたのは、今季7点目となるジョヴァンニ・ジュスタッキーニ・ヒベイロと、今季3点目のステファノ・モンタルバーノ。
表面的には「順当に勝って首位に上がった」試合かもしれない。
けれど、ここで立ち止まってみると、別の物語が見えてくる。
37分に先制、59分にダメ押し。
「その時間に」「その選手が」「その場所で」ゴールを決めるまでには、いくつもの小さな判断と選択が積み重なっている。
スコアの数字だけでは見えない、その「途中のプロセス」に目を向けてみたい。
| 場面 | スコアの読み方 | 選択のプロセス | 育成的価値 |
|---|---|---|---|
| 37分の先制点 | 今季7点目・順当な得点 | マーク外しのタイミング・シュートか預けるかの葛藤 | ◎ 継承 |
| 59分のダメ押し | 2-0で首位確定 | 守り切るか攻め続けるかの監督・選手の決断 | ◎ 継承 |
| 9-2の大量得点 | 圧勝・チームの強さを示す | 大差でもなぜ点が取れたかを自問できるか | ○ 柔軟化 |
| 1-1の引き分け | 勝ち点1を分け合う | リードしていた時間の攻守選択と葛藤の振り返り | △ 変化 |
| 78分追いつかれた後の逆転 | 最終的に3-1勝利 | 追いつかれた5分をどう戦うか・諦めない選択 | ◎ 継承 |
| 移籍選手のデビュー得点 | スコアに名前が残る | 異なる文化・環境での「ここでやっていける」という静かな手応え | ○ 柔軟化 |
先制点をめぐる、見えない三つ巴
37分のジュスタッキーニ・ヒベイロのゴール。
ニュースには「7点目」としか書かれていない。
しかし7点目を決める選手は、ただ「うまい」だけではそこに辿り着かない。
ここで想像してみる。
37分という時間帯。
前半も終わりに近づき、両チームともに体力と集中力が少しずつ削られてくるころ。
アウェーで戦うアタランタにとっては、慣れないピッチ、相手の応援、微妙な風や芝の感触。
そんな中で、ジュスタッキーニ・ヒベイロは、どんな選択をしたのか。
シュートを打つまでには、いくつかの分かれ道がある。
- マークを外す動き出しのタイミングを、半歩早くするか、半歩遅くするか
- ボールを受ける位置を、もう少しゴールに近づけるか、あえて距離をとるか
- 味方に預けるか、自分で仕掛けるか
「どれが正解か」ではなく、「その瞬間、自分は何を大事にして選んだのか」が、選手の色になる。
7点も決めている選手ならなおさら、その背後には
- シュートを外した試合
- パスを選んで後悔した場面
- 逆に、打たずに怒られた経験
そういった記憶が積み重なっているはずだ。
だから37分のゴールは、単なる「7点目」ではなく、これまでの迷いと失敗を含めてのひとつの回答でもある。
それでも、たぶん彼の中には「これで完璧だ」という感覚はなくて、「次はどうするか」という、終わらない問いが残っている。
- 「あの場面でなぜそのプレーを選んだ?」と問う — 正解を求めるのではなく、選手が自分の判断を言語化する習慣をつける。選択の理由を言葉にできる選手は、状況が変わっても応用が利く。
- 大勝の後にこそ「なぜ点が取れたか」を振り返る時間を設ける — 9点取った翌日のトレーニングで「あの場面でより難しいプレーに挑戦できたか」を問いかけ、安易な満足感をリセットする。
- 追いつかれた後の5分間を練習で再現する — 逆転勝利はリードを失った瞬間の心の持ち方で決まる。「顔を上げてもう一度前に出る選択」をトレーニングで体験させる。
59分、「試合を決めにいく」という勇気
59分、モンタルバーノが今季3点目を決め、スコアは2-0になった。
リードしているチームが、後半のその時間帯に「2点目を取りにいく」のか、「1-0を守り切る」のか。
これは監督にとっても選手にとっても、ひとつの分岐点だ。
もし自分が指導者なら、アウェーで1-0のリード。
しかも首位がかかっている試合。
「リスクを抑えて、まずは失点しないことを優先しよう」と考えても不思議ではない。
一方で、「2点目を取りにいくこと」が、相手を完全に押し切るメッセージにもなる。
モンタルバーノが3点目を挙げたということは、監督は少なくとも59分まで、「攻撃のスイッチ」を完全には切っていなかったということだ。
守るか、攻めるか。
結果だけ見れば「攻めて正解」だったように見えるが、サッカーはそう単純でもない。
もしカウンターで1-1に追いつかれていたら、「どうしてあそこで無理に攻めたんだ」と言われたかもしれない。
選手も監督も、「未来の批判」を頭のどこかに浮かべながら、それでも前に出る選択をした。
そこには、「目の前のスコア」ではなく、「自分たちがどんなチームでありたいか」という問いが潜んでいる。
- 試合後に「今日一番迷った場面はどこだった?」と子どもに聞く — 点を取ったかどうかではなく、迷いと決断のプロセスを共有することで、選手自身が自分のプレーを整理する力が育つ。
- 観戦中は「あの選手はなぜここに動いたのか」を考えながら見る — スコアだけを追うのではなく、選手の動き出しの意図やタイミングに注目すると、同じ試合がまったく違って見えてくる。
- 負けた試合や控えの時間も「選択」の練習場として受け取る — プレーできない時間に「自分なら何を選ぶか」を想像し続けることが、ピッチに立てる日の判断力を底上げする。
「首位に立った日」を、どう受け止めるか
この勝利で、アタランタU15は勝ち点39でミランを抜き、首位に立った。
ただし、ミランはこの節は休みで試合をしていない。
数字だけ見れば、順位表の一番上に自分たちのクラブ名が並ぶ。
ここでまた、ひとりひとりに違う選択が迫られる。
- 「自分たちは一番強い」と受け取るのか
- 「試合数が違うだけだ」と冷静に考えるのか
- 「だからこそ、次も勝たないといけない」とプレッシャーを感じるのか
どれも間違いとは言い切れない。
大切なのは、そう感じた自分を一度、眺め直してみることだ。
もし自分がそのチームの一員だったとして、首位に上がった翌週のトレーニングに向かうとき、どんな気持ちでグラウンドに入るだろうか。
「余裕」が出るだろうか。
「怖さ」が強くなるだろうか。
「何も変えたくない」と思うだろうか。
首位に立った瞬間はニュースになっても、その翌日の自分の表情や、ボールを蹴る強さの変化は、どこにも記録されない。
けれど、本当に大きな差は、そこで生まれているのかもしれない。
育成年代の「大勝」と「接戦」をどう捉えるか
同じ週末、イタリアの育成年代では、さまざまなカテゴリーで試合が行われている。
ユベントスU16がジェノアに5-0で勝ち、インテルU16は1-0でマンタバを下した。
フィオレンティーナU15は、ペスカーラに9-2。
一方で、インテルU18対ヘラス・ヴェローナは4-0。
ジェノアU18対ミランは1-1、アタランタU18対フィオレンティーナも1-1だった。
数字だけ並べると、「どちらが強い」「どちらが勢いがある」といった感想を持ちやすい。
しかし育成年代では、「どんなスコアで勝ったか」よりも、「そのスコアにどう向き合うか」が、後のキャリアに大きく影響していく。
例えば、9-2で勝ったフィオレンティーナU15。
大量得点を喜ぶのは自然なことだ。
でもそこで、選手も指導者も、次のような問いを持つこともできる。
- 「自分たちは、なぜここまで点を取れたのか」
- 「相手が苦しんでいる中で、自分はどんなプレーを選んだか」
- 「もし、これが0-0の緊迫した試合でも同じ判断をしただろうか」
また、1-1で終わったアタランタU18対フィオレンティーナU18なら、同じように問える。
- 「リードしている時間に、もっと攻める選択はできたか」
- 「勝ち点1を守る選択と、勝ち点3を目指す選択、その間でどれだけ迷ったか」
大勝も、引き分けも、敗戦も。
「いい・悪い」ではなく、「その中で何を選んだか」と考え直してみると、同じ結果でもまったく違う意味を持ち始める。
移籍してきた選手の「今日からここで生きる」という覚悟
ユベントスU16の5-0の勝利には、ふたりの新加入選手のゴールが含まれている。
ひとりはアヤックスから、もうひとりはフェイエノールトから加入した選手だと報じられている。
国もクラブも変わり、言語も文化も違う環境に飛び込んだ10代の選手。
ニュースでは「移籍」「新加入」と一言でまとめられるが、そこに至るまでには、多くの「迷い」と「決断」があったはずだ。
もし自分がその立場だったら、と想像してみる。
- 慣れ親しんだクラブを離れる怖さ
- 新しい国で、うまくプレーできなかったらどうしようという不安
- それでも、「ここで成長したい」と思ってサインをする瞬間
そして迎えた試合の日。
5-0というスコアの一部として自分の名前が残る。
周囲から見れば「いいデビューだったね」と一言で片づけられるかもしれないが、当人にとっては「ここでやっていけるかもしれない」という、静かな手応えかもしれない。
日本の選手が海外に挑戦するときも、同じような心の動きがあるはずだ。
表に出るのは「移籍しました」「ゴールを決めました」という情報だけ。
その間にあった迷いや、夜眠れなかった日々は、どこにも書かれない。
だからこそ、ニュースを読む側が「その裏にあったかもしれない選択」を想像してみることには、意味がある。
日本の育成年代に重ねてみると、何が見えるか

イタリアのユースリーグのニュースを眺めていると、「勝ち点」「順位」「ゴール数」といった数字が整然と並んでいる。
日本の育成年代のリーグ戦や学校選手権を見ていても、同じように数字に意識が向きがちだ。
ただ、日本では特に「負けること」への恐怖が強く働く場面が多いようにも感じる。
試合前に
- 「ミスしたらどうしよう」
- 「監督に怒られたくない」
- 「親に申し訳ない」
そんな気持ちが先に来てしまう選手も少なくない。
一方で、イタリアの育成年代では、勝敗ももちろん重視されるが、その中で選手個人が「自分はここでどんなプレーを選ぶのか」を問われる場面が多いとされる。
大差で勝っている時に、あえて難しいプレーに挑戦してみる。
引き分けの終盤でも、自分のアイデアでライン間でボールを受けに行く。
そうした「自分で決める」経験を、どれだけ積ませられるか。
日本でも、指導者や保護者が数字だけでなく、その裏にある選手の選択を一緒に振り返る時間を持てたら、見えてくる景色は変わってくるかもしれない。
例えば試合後に、こんな問いかけをしてみる。
- 「あの場面で、どうしてシュートじゃなくてパスを選んだの?」
- 「逆に、なぜ今日はあそこでドリブルに行こうと思ったの?」
そこに「正解」を求めるのではなく、「そのときの自分の考え」を言葉にしてみること自体が、次の一歩につながっていく。
「結果」と「プロセス」の間にあるもの
Cremonese U17がUdineseに3-1で勝った試合も興味深い。
2分で先制したにもかかわらず、78分に追いつかれ、そこから86分と90+5分に連続でゴールを決めている。
早い時間に先制し、終盤で追いつかれたとき、多くのチームは心が折れそうになる。
「もったいない」
「また勝ち切れないのか」
そんな空気が漂う中で、もう一度前に出る力をどうやって引き出したのか。
指導者は、選手たちにどんな言葉を投げかけたのか。
あるいは、ピッチの中で誰かが「まだいける」と声をかけたのか。
日本の高校年代でも、似たような展開の試合はよくある。
追いつかれた後の5分、10分をどう戦うか。
そこには戦術以上に、「自分たちは何を諦めないか」というチームの軸が試される。
Cremoneseの選手たちも、おそらく
- 「ここから守りに入るのか」
- 「もう一度、勝ちに行くのか」
その間で一瞬、迷いながら、それでも前に進むほうを選んだのだろう。
「自分ならどうするか」を持ち帰る
アタランタU15がパドヴァを2-0で下して首位に立った週末。
イタリア各地で、多くの育成年代の試合が行われ、さまざまなスコアが生まれた。
ニュースとして残るのは、「誰が、何対何で、どの順位になったか」という結果だけだ。
けれど、そのひとつひとつの数字の間には、
- 攻めるか守るか迷った数秒間
- リスクの高いプレーと、安全なプレーのどちらを選ぶかの葛藤
- 移籍や起用をめぐる選手と指導者の決断
そうした、目には見えない選択の積み重ねがある。
日本でサッカーをしている選手も、見守る保護者も、指導する立場の人も。
海外のニュースをただ「レベルの高い話」として眺めるのではなく、「自分ならどう考えるか」に引き寄せてみると、そこにはたくさんのヒントが隠れている。
37分にシュートを打つか、パスを出すか。
59分に2点目を取りにいくか、1点を守り切るか。
追いつかれた80分に、顔を上げてもう一度前に出るか。
どの選択にも、絶対の正解はない。
だからこそ、ひとつひとつに「なぜそうしたのか」を問いかけ続けることが、サッカーの面白さを深くしてくれる。
スコアの数字の向こう側にある、静かな迷いと、小さな決断。
そこに目を向け始めたとき、同じ試合が、少し違って見えてくるのかもしれない。
