ACミランが2500万ユーロ赤字に転落――CLを2年連続で逃したクラブの財務が教える「経営判断」の読み方
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赤字という数字の向こう側に、何があるのか
サッカークラブの財務報告書というものは、ひどく無機質に見える。
数字が並び、プラスとマイナスが記され、アナリストたちがそれを読み解く。
だが、その数字の一行一行には、実は誰かの決断が刻まれている。
移籍市場での判断、選手との契約更新の是非、監督人事、スタジアムへの投資。
それらすべてが積み重なって、最終的にひとつの数字として姿を現す。
2026年6月30日をもって締められたACミランの2025-26シーズンの決算は、約2500万ユーロの赤字になるとの試算が報じられた。
前シーズンの約290万ユーロの黒字から一転、3年間続いていた黒字基調に終止符が打たれた形だ。
さらに、同クラブはチャンピオンズリーグへの出場権を2年連続で逃している。
この事実を「失敗」と呼ぶことは簡単だ。
しかし、その言葉を急いで使う前に、少しだけ立ち止まって考えてみたい。
数字が語る物語と、数字が語らない物語
収入が減ることの意味
チャンピオンズリーグに出場できないということは、単に「格好がつかない」という話ではない。
放映権料、スポンサー収入、チケット収益、グッズ販売。
ヨーロッパの頂点を争う舞台に立つことで得られる収入は、クラブ運営の根幹を支える規模のものだ。
それが2年続けてなくなるということは、クラブが長期的な視点で描いていた収支計画が、根本から揺らぐことを意味する。
その現実の中で、フルラーニCEOとターレスポーツディレクターへの報酬として合計1300万ユーロが支払われていることも報じられた。
この数字に対して、様々な声があることは想像に難くない。
だが、組織を動かす人間を評価するとき、私たちはいつも「結果だけで判断する」という罠に落ちやすい。
結果が出なかった年の経営者は、すべてが間違っていたのか。
それは本当にそう言い切れるのだろうか。
| 観点 | 3年間の黒字基調期 | 2025-26シーズン | 変化 |
|---|---|---|---|
| 当期損益 | 約290万ユーロの黒字(前年) | 約2500万ユーロの赤字(試算) | △ 一転悪化 |
| CL出場 | 出場継続 | 2年連続不出場 | △ 停滞 |
| 収入源の構成 | 試合・放映・スポンサーの複合収入 | 選手売買収益が全体の約25%を占める | ○ 構造変化 |
| 経営陣報酬 | 記事言及なし | CEO・SDへ合計1300万ユーロ | △ 注目を集める |
| 財政均衡の手段 | 競技収入が基盤 | 選手移籍収入で補填する構造 | △ リスク増大 |
選手売買比率が示すもの
今回の財務予測の中で、もうひとつ注目したい数字がある。
「プレイヤートレーディング」、つまり選手の移籍によって生まれた収益の比率が、全体の約25パーセントに達するという点だ。
これは、クラブが競技面での収入が落ち込む中で、選手の売買によって財政の均衡を保おうとしていることを示している。
言い方を変えれば、ピッチの外で稼いだお金で、ピッチの中の夢を維持しようとしている構図だ。
ただ、この構造自体は、ミランに限った話ではない。
ヨーロッパのクラブ財政において、選手の移籍収入が経営を下支えするモデルは、今や珍しくない常識となっている。
問題があるとすれば、それが「育成と売却」の好循環として機能しているか、それとも「苦境をしのぐための切り売り」になっているかという点だ。
その答えは、おそらく今の時点では誰にも分からない。
日本のサッカーに引き寄せて考えるとき
- 「なぜそちらを選ぶのか」を全員が言語化できるチームをつくる — 育成か強化かの二択より、自分たちの選択の理由をスタッフ全員が共有していることがクラブの長期的な強さを決める
- うまくいかない局面に、チームとして向き合う場を設ける — 主力離脱や計画変更が生じたとき、どう立て直すかの判断プロセスを全体で共有しておくことが安定をつくる
- 「見えない戦術」として、投資と割り切りの基準を持つ — どの選手に時間をかけ、どこを削るかという判断の積み重ねが、5年後・10年後のチームの姿を形成する
クラブ経営という「見えない戦術」
サッカーの指導現場では、「戦術を選手に理解させること」が大きなテーマとして語られる。
なぜこのポジションに立つのか。
なぜ今パスを出すのか。
なぜここでプレスをかけるのか。
そうした「なぜ」を自分の言葉で説明できる選手が、試合の中で本当に強い。
それと同じように、クラブ経営にも「見えない戦術」が存在する。
どの選手に投資し、どの選手を手放すか。
どこにお金をかけて、どこを削るか。
その判断の積み重ねが、5年後、10年後のクラブの姿を作っていく。
ミランのケースは、その「見えない戦術」が今まさに問われている局面だと言えるかもしれない。
- 財政的に苦しいクラブへの移籍も、選手としての成長の機会になりうると知る — 低迷期のビッグクラブで主力になる経験は、順風満帆なキャリアでは得られない厚みをつくることがある
- 「周りが言うから」ではなく「自分はこう考えるから」と言えるかを問い続ける — 移籍判断に限らず、なぜその選択をするのかを自分の言葉で説明できることがキャリアを自分で生きることにつながる
- クラブのニュースを読むとき「この決断の背景には何があるか」と問う癖をつける — 数字の向こうにある意思決定のプロセスを想像することで、サッカーを見る解像度が上がる
育成クラブと強化クラブ、どちらが正解か
日本のサッカーシーンでも、似た問いが繰り返されてきた。
若い選手を育てて、欧州に送り出すのがクラブの役割なのか。
それとも、タイトルを取ることで地域に希望を与えるのがクラブの責任なのか。
この問いに、正解はない。
クラブの規模によって、ファンの期待によって、地域の文脈によって、答えはまったく違ってくる。
重要なのは「どちらが正しいか」ではなく、「自分たちはなぜそちらを選ぶのか」を説明できるかどうかではないだろうか。
経営陣が、スタッフが、選手が、その問いに向き合い続けているかどうか。
それこそが、クラブの本質的な強さを決めると思う。
赤字の先にある選択を、誰が背負うのか
約2500万ユーロの赤字。
この数字は、来シーズンに向けた補強計画に直接影響する。
どの選手を残し、誰を迎え入れるか。
その選択のひとつひとつが、チームの色を変える。
選手の立場から見れば、自分がそのクラブに選ばれることの意味も変わってくる。
財政的に苦しいクラブに移籍するということは、リスクを背負うことでもある。
しかし同時に、低迷期のクラブを共に立て直すという経験は、選手としての厚みをつくることもある。
プレミアリーグの常連クラブへ移ることと、再建中のビッグクラブで主力になることと、どちらが正解かはその選手の価値観によって違う。
そして、その選択を迫られたとき、「周りが言うから」ではなく「自分はこう考えるから」と言える選手だけが、本当に自分のキャリアを生きていると言えるのかもしれない。
数字の向こうに問いを見つける
ミランの財務状況を巡るこのニュースは、クラブ経営の厳しさをあらためて可視化した。
チャンピオンズリーグ不在の2年間、選手売買への依存、報酬と結果のバランス。
これらの事実は、単なる数字の問題ではなく、クラブが何を優先し、何を犠牲にしてきたかの記録だ。
私たちがサッカーを見るとき、どうしても目がいくのはゴールの場面や、劇的な試合の結末だ。
しかし、その一瞬を支えているのは、何年もかけて積み上げられた無数の判断と選択の堆積だ。
それは、ピッチの上の選手にとっても同じかもしれない。
あのパスを出すかどうかの0.何秒かの判断は、それまでの積み重ねの上にしか生まれない。
クラブが赤字に直面したとき、経営者は次の一手をどう考えるのか。
選手が移籍を迫られたとき、本当に自分で考えて決めているのか。
指導者がチームを立て直そうとするとき、何を捨てて何を守るのか。
それらの問いは、実は日常のサッカーの中にも、いくつも転がっている。
答えを急がなくていい場面で急いでしまうことより、問い続けることをやめないほうが、ずっと遠くまで連れていってくれることがある。
ミランの2026年という一年は、そんなことをあらためて考えさせてくれる素材だと思う。
ひとつのクラブが選手を育てる10年を、外側ではなく内側から見ていた時期があった。その中でずっと気になっていたのは、クラブの「方針」が変わったとき、最初に影響を受けるのが選手よりも、選手に関わる大人たちだということだった。何を選び何を手放すかを決めるのは組織であっても、それを日々体感するのは現場にいる人間だった。
もちろん、皆さんが関わってきたクラブが同じだったとは限らない。少しだけ思い浮かべてみてほしい——あなたが属していたチームが「方針」を変えたとき、その変化を最初に感じたのは誰だっただろうか。
