「去年」を見ない指揮官が示す、数字に揺れないサッカーの選び方
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「去年を見ない」指揮官と、数字に揺れる周囲たち

3月の冷たい空気のなか、スペイン北部のクラブ、ラシン・サンタンデールは静かに首位を走っている。
2位に4ポイント差、プレーオフ圏とは7ポイント差。
数字だけ見れば「昇格に近い」と言いたくなる状況だ。
それでも、ジョセ・アルベルト・ロペス監督は、ひとつの言葉にこだわる。
「他のシーズンを見てはいけない」
昨季、リードを失い苦い経験をしたクラブにとって、「去年」はどうしても頭をよぎるキーワードだ。
サポーターも、メディアも、そして選手も、心のどこかで「またあのパターンにならないか」と不安になる。
そんな空気の中で、指揮官は繰り返し「今季は今季」「次の試合だけを見る」と言い続けている。
これは単なる精神論ではない。
数字に一喜一憂するのをやめ、「何を基準にサッカーをするのか」を問い直す姿勢そのものでもある。
歴史に縛られるか、「いま」を選ぶか
50年以上勝てていないスタジアムに向かう意味
次の相手は、クルトゥラル・レオネサ。
スタジアムは「レイノ・デ・レオン」。
ラシンにとって、この地は歴史的に難所だ。
なんと、ここで最後に勝利したのは50年以上前だという。
サッカーをしていると、「相性」「ジンクス」「苦手なスタジアム」といった言葉を耳にすることがある。
歴史が重ねられたクラブほど、そういった「過去の物語」が、現在の選手たちの肩に乗ってくる。
もちろん、今年のメンバーの大半は、その50年のほとんどをピッチで経験してはいない。
それでも、「50年勝てていない」という事実は、簡単に心を揺らす。
ここで指揮官が選んだのは、「歴史を否定する」ことではなく、「歴史を知った上で、いまに集中する」というスタンスだ。
「過去は学びとして受け取る。しかし判断は、いまのチームで行う」
これは、選手にもそのまま返ってくる問いに見える。
もし自分が選手ならどうだろうか。
「ここは50年勝てていない」と聞かされたときに、
- だからこそ、気合いを入れるのか
- だからこそ、余計なことを考えないようにするのか
どちらを選ぶかで、その日のプレーの質は微妙に変わってくる。
「過去を知らない」のではなく、「過去に反応しすぎない」こと。
それをどう身につけていくのかは、年齢や立場を問わず、サッカーに関わる誰もが向き合うテーマなのかもしれない。
「数字」で測れない選手をどう評価するか
| テーマ | 選択肢A | 指揮官の選択 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 歴史的ジンクス対処 | 「50年勝てない」を背負わせる | 「過去は学び、判断は今のチームで」 | ◎ |
| 見えない選手の評価 | ゴール・アシスト数で序列を決める | スペース創出など「チームを良くする」動きを評価 | ◎ |
| 攻撃vs守備のバランス | 全員攻撃的選手で組む | セットプレー弱点を踏まえた右SB起用を検討 | ○ |
| 負傷明け選手の起用 | 即戦力として全力起用 | 本人感覚とメディカル意見を重ねて慎重判断 | ○ |
| カード累積選手の扱い | 温存・プレーを抑えるよう指示 | 「100%で戦わないなら他の選手を出す」と明言 | △ |
ゴールもアシストも少ないけれど、欠かせない選手
ラシンには、ゴールやアシストという数字では目立たないが、監督が高く評価している選手がいる。
ジョルジ・グリアシビリ。
指揮官は、彼をこういう視点で見ている。
- 彼自身のゴール数やアシスト数ではなく
- 彼の動きによって、チームメイトのスペースがどう生まれているか
例えば、センターフォワードがボールをもらうふりをして、わざと相手ディフェンダーを引きつける。
その空いたスペースに、2列目やウイングが走り込んで得点する。
スタジアムやテレビで見ているとき、得点シーンのリプレイは、多くの場合「シュートを打った選手」中心に映される。
しかし、その少し前の数秒間で、「誰がどこに動いて、なぜそのコースが空いたのか」を見ると、まったく違う物語が立ち上がる。
指揮官がグリアシビリを評価しているのは、その「見えにくい仕事」を理解し、実行し続けているからだろう。
そして、その仕事は、本人のスタッツには残りにくい。
もし自分がフォワードで、
- 監督からは「お前の動きはチームに効いている」と言われる
- でも、得点もアシストも少ない
そんな状況になったら、心は揺れないだろうか。
「やっぱり数字を残したい」と思うのか。
「自分の役割はこれでいい」と割り切るのか。
あるいは、「チームに効きながら、自分も決められる形」を探すのか。
どれを選ぶかで、プレーの仕方も、日々の練習への向き合い方も変わってくる。
- 数字に出ない貢献を具体的な言葉で選手に伝える — 「お前の動きでスペースが生まれている」「ボールが走る位置取りができている」など、スタッツに残らない動きの価値を試合後に名指しで伝える習慣をつける
- 試合前に「過去の物語」をどう扱うか決める — 苦手なスタジアムや対戦相手の印象を話すときは「だから気をつけろ」ではなく「知っているから今日はこの準備をする」という前向きな使い方に変換する
- 攻撃と守備の要求水準を選手ごとに言語化する — 攻撃的タレントに守備を求める際は「何ができれば合格か」を具体的に設定し、「まだ物足りない」と「努力しているから評価する」のどちらの段階かを本人に伝える
チームを良くする選手と、チームを難しくする選手
ラシンの指揮官は、スタッフとの会話の中で、こんなテーマも持ち出している。
- 個人としては素晴らしい数字を残しているのに、チームを良くしていない選手
- 個人としてはそこまで目立たないのに、チームを明らかに良くしている選手
その例として名前が挙がったのが、ダミアンという選手だ。
彼は監督から「ボールがよく走る」「戦術理解が高い」「チームを良くするタイプ」と評価されている。
ここで興味深いのは、「上手いかどうか」ではなく、「チームを良くしているかどうか」が、選手選考の大きな基準になっていることだ。
この視点は、育成年代にもそのまま重ねて考えられる。
例えば、
- ドリブルで何人も抜いてゴールを決める選手
- 味方がプレーしやすいように位置を取り、簡単なパスでテンポを作る選手
どちらも「良い選手」だが、そのチームにとって、今必要なのはどちらか。
指導者はいつも、その選択を迫られている。
もし自分が選手なら、「自分はどんなふうにチームを良くしているのか?」を、他人の評価だけに任せず、自分の言葉でも説明できるだろうか。
攻撃的なチームが「守備」と向き合うとき
- 得点やアシストがなくても「自分の動きでチームに何が起きたか」を試合後に一言で説明できるようにすると、コーチへのアピールと自分の役割理解が同時に深まる
- 「去年負けた相手」「苦手なグラウンド」というプレッシャーを感じた時、「だからこそ気合を入れる」と「余計なことを考えないようにする」のどちらが自分に合うかを知っておくと、当日のメンタル準備がしやすくなる
- ケガから復帰した時に「どのくらいプレーできるか」を監督に正直に伝える習慣が、長期的に信頼関係を築き出場機会につながる
右サイドバックに攻撃型を置くか、守備型を置くか
ラシンは、攻撃的なスタイルを大切にしているクラブだ。
その指揮官は「守備的な選手を置くのは苦手」とまで語っている。
しかし同時に、サッカーには「攻撃」と「守備」だけでなく、「セットプレー」があることも強調している。
ラシンには、背の高い選手が少ないという現実がある。
セットプレーの守備では、どうしても不利になりやすい。
だからこそ、右サイドに誰を置くのかという選択は、単に「攻撃が得意か、守備が得意か」だけでは決められない。
攻撃的な選手を置けば、ボールを持っている時間は増えるかもしれない。
一方で、終盤のコーナーキックを守り切れないリスクも高まるかもしれない。
守備的な選手を置けば、相手のクロス対応は安定するかもしれない。
その代わり、自分たちの攻撃の迫力は落ちるかもしれない。
どちらを選んでも、「正解」と「リスク」がセットでついてくる。
監督は、スタッフと話し合い、相手の特徴と自分たちの状態を照らし合わせながら、最終的な答えを出そうとしている。
この「揺れている時間」こそが、指導者の仕事の核心なのかもしれない。
選手側から見れば、自分がベンチに回ったとき、「今日はチームがこういうリスクを避ける選択をしたんだ」と理解できるかどうか。
そこで何を感じ、次の週の練習に何を持ち込むのか。
その積み重ねが、のちのち大きな差になる。
攻撃の選手に求められる守備意識
同じようなテーマは、攻撃的なタレントであるイニゴ・ビセンテにも向けられている。
監督は、彼について「守備の面で大きく成長している」と評価しながらも、「攻撃が本職の選手たちが、全力でやっても守備がうまいとは限らない」とも示している。
つまり、
- サボっているわけではない
- 意識して守備をやっていても、まだ十分ではない部分がある
という、少しややこしい現実だ。
攻撃の選手が、守備で完璧なプレーを求められることもあれば、「完璧ではないが、努力しているからこそ評価したい」という局面もある。
もし自分が攻撃の選手で、「守備でまだ物足りない」と言われたとき、
- 「自分の良さは攻撃だから」と割り切るか
- 「守備もうまくなろう」と決めるか
どこに線を引くかは、自分自身で決めなければならない。
そして、指導者側は、「どこまで要求し、どこで攻撃の自由を守るか」を、毎試合のように考え続けている。
戻ってくるエース、戻らない体と向き合う時間
2カ月半ぶりの復帰をどう扱うか
アシエル・ビジャリブレが、2カ月半ぶりにメンバー表に戻ってきた。
ケガ明けのストライカーをどう扱うか。
これもまた、チームにとって大きな「選択」のテーマになる。
監督は、彼の状態を慎重に見極めたうえで、「招集メンバーには入れる」とした。
話を聞く限りでは、
- 本人の感覚はポジティブ
- 練習でも徐々に強度を上げてきている
とはいえ、「どれくらいの時間をピッチで使うか」は、別の問題だ。
ケガから復帰した直後の選手は、
- すぐに結果を出したい気持ち
- 再発のリスクに対する不安
その両方を抱えていることが多い。
もし自分だったら、何分くらいプレーしたいと伝えるだろうか。
「いけるところまでいきたい」と言うのか。
「まだ不安がある」と正直に打ち明けるのか。
監督は、本人の言葉とメディカルスタッフの意見、そしてチームの状況を重ね合わせて、起用時間を決める。
ここでも「正解」はなく、「どこまでリスクを受け入れるか」という判断があるだけだ。
ケガ人にリスクを負わせない決断
一方で、パブロ・ラモンについては、「回復が遅れているが、無理はさせない」とはっきり線を引いている。
順位的に有利な状況であっても、「だからこそリスクを取らない」という選択。
追いかける立場なら、「多少のリスクを取ってでも戦力を戻したい」と考えていたかもしれない。
順位、相手、残り試合数。
さまざまな条件が変われば、「ケガ人を戻すか、待つか」の基準も揺れていく。
大事なのは、どのチームにも「同じケガ」「同じタイミング」というものはひとつとしてない、ということかもしれない。
だからこそ、「他クラブがこうしていたから」「去年はこうしたから」ではなく、
「いま、この選手にとって一番いい選択は何か」を、その都度考える姿勢が求められる。
カード累積と代表招集、「全力で行くか」をどう決めるか
4枚目のイエローカードを抱える選手へのメッセージ
ラシンには、イエローカードを4枚もらっている選手がいる。
次の試合で1枚もらえば、出場停止になる。
さらに、選手のひとりは、コロンビア代表に呼ばれる可能性もある。
「次を見越して、少しセーブしてプレーした方がいいのでは」
そう考える人も多いだろう。
しかし指揮官は、「ピッチに立つ選手は全員、100パーセントで戦うこと」と明言している。
「カードを恐れてプレーを控えるのなら、別の選手を出す」というメッセージでもある。
ここにあるのは、「手を抜くな」という叱咤だけではない。
「ためらいながらプレーすることが、結局はチームにとって一番危険だ」という考え方でもある。
選手としては、
- フルスピードでプレスに行くべきなのか
- 少し距離をとり、ファウルを避けるべきなのか
瞬間瞬間で決断を迫られる。
「カードをもらうかもしれない」という恐怖は、ブレーキになり続けるかもしれない。
そんなとき、
- 監督の言葉どおり、「100パーセントで行く」と心を決めるのか
- 無意識のうちに、どこかでプレーを抑えてしまうのか
どちらに転ぶかは、自分と向き合うしかない。
「毎日少しうまくなる」ことを楽しむ選手たち
5ゴールという結果より、その裏にある姿勢
アンドレス・マルティンは、直近4試合で5ゴールという数字を残した。
ただ、監督が注目しているのは数字だけではない。
彼が「毎試合少しでも良くなろうとしていること」、そして「そのプロセスを楽しんでいること」だと語っている。
クラブ側も、「このチーム、このタイミング、この本人の成熟度」がうまく重なった結果だと見ているようだ。
うまくいっている選手を見ると、ついゴールやアシストだけに目がいきがちだ。
だが、その裏には、
- 日々の練習でどれだけ細かい部分にこだわっているか
- 失敗したプレーをどう咀嚼し、次に持ち込んでいるか
という「見えない部分」がつながっている。
「もっと良くなりたい」という欲は、ともすると自分を苦しめることもある。
それでも、それを「楽しさ」に変えていけるかどうか。
それが、長いシーズンを戦ううえで、大きな分かれ目になっていく。
日本の現場では、何を選ぶだろうか
「去年を見ない」という選択を、自分たちならどう扱うか
ここまで見てきたラシンの状況や指揮官の言葉を、日本のサッカーに重ねてみると、いくつかの問いが浮かんでくる。
- 前年の成績や「あの大会での失敗」を、どのくらい意識するのか
- 数字で見えにくい「チームを良くする選手」を、どう評価し、どう伝えるのか
- 守備が得意ではない攻撃の選手に、どこまで守備を求めるのか
- カード累積やケガのリスクと、「全力で戦うこと」のバランスをどう取るのか
もし日本のクラブで、同じように「去年リードを失って昇格を逃した」という経験があり、今季また首位を走っているとしたら。
監督や選手、保護者、クラブスタッフは、何を基準に言葉を選び、どこに意識を向けるだろうか。
「去年と同じことを繰り返すな」と繰り返し伝えるのか。
あるいは、「昨日より今日の練習」「今日より次の試合」と、あえて過去の物語を薄くしていくのか。
どちらも一理ある。
だからこそ、「自分たちはどちらの道を選ぶのか」をはっきりさせることが大切になる。
答えを急がずに、問いを抱え続ける

ラシン・サンタンデールの指揮官は、数字や結果を軽視しているわけではない。
プレーオフとの7ポイント差も、得点数も、失点数も、当然把握している。
それでも、記者会見のたびに口から出てくるのは、「次の試合で何を良くするか」という視点だ。
過去のシーズンの失速も、歴史的に勝てていないスタジアムも、ケガ人の状況も、カード累積のリスクも。
それらすべてを知ったうえで、「いま、どんな選択をするか」に立ち返ろうとしている。
サッカーをしていると、「どれが正解ですか?」と聞きたくなる瞬間が必ずある。
ポジションの取り方、パスコースの選び方、プレッシングに行くタイミング。
答えを早く知りたくなる。
けれど、多くの場合、その場の状況、相手、自分の状態、チームのプランが重なって、「そのときのベスト」が決まる。
つまり、完全な正解は、あとからしか分からない。
だからこそ、監督も選手も、「なぜそれを選ぶのか」を考え続ける時間を手放せないのだと思う。
今シーズン、ラシンがこのまま昇格をつかむのか、それとも別の結末を迎えるのかは、まだ誰にも分からない。
分からないからこそ、彼らの一つひとつの選択が、少しずつ意味を帯びて見えてくる。
自分がピッチに立つとき、自分がベンチに座るとき、自分がタッチラインの外から見守るとき。
「自分なら、いまどんな選択をするか。」
その問いを、慌てて片づけずに、胸の中に置いておく。
サッカーは、そんな問いといっしょに、少しずつ前に進んでいくスポーツなのかもしれない。
