守るチームと攻めるチーム――昇格争いの中で「選ぶ力」と「待つ勇気」が試される試合
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「守るチーム」と「攻めるチーム」が出会うときに、本当に問われているもの

11試合で8失点。
9試合のスコアが0-0。
2026年に入ってから、いまだ無得点。
数字だけを並べると、CDアルコヤーノは「守るチーム」「固いだけのチーム」とラベルを貼られそうです。
一方、そのアルコヤーノを迎え撃つバルサ・アトレティックは、ホーム11試合で29得点。
7勝4分、負けなし。
監督は、かつてフルバックとしてバルセロナの右サイドを駆け上がったジュリアーノ・ベッレッティ。
「うちはチャンスをたくさん作れるチームだ」と語る指揮官が、堅守の相手をどう崩しにかかるのか。
昇格争いの中で迎える、この一戦。
そこには、単なる攻守のぶつかり合い以上に、「選ぶ力」と「待つ勇気」が問われるゲームの姿が見えてきます。
数字の裏側にある「選択」の積み重ね
アルコヤーノの数字は極端です。
アウェーでの11試合で8失点というのは、どのリーグでもトップレベルの守備成績と言えます。
同時に、0-0で終えた試合が9試合。
リーグ上位のポブレンセやアトレティコ・バレアレス相手にもスコアレスドローに持ち込み、勝点1を積み上げてきました。
そして2026年になってからは、1点も取れていない。
ここに「正しい」「間違っている」を当てはめるのは簡単です。
「もっと攻撃すべきだ」「リスクを取らなさすぎる」と批判することもできるでしょう。
けれど、そこに至るまでに、彼らはいくつの選択をしてきたのでしょうか。
リスクを抑え、ブロックを固め、ラインを下げすぎず、しかし背後を消す。
ポジションを崩さない代わりに、カウンターの人数を制限する。
0-0のまま終盤に入っても、前がかりになりすぎない。
ひとつひとつの判断を積み重ねた結果としての「9つの0-0」であり、「630分連続無得点」です。
もし、自分がアルコヤーノの選手だったらどうでしょうか。
90分間、自陣の前で集中を切らさず、体を投げ出し続ける。
守備はうまくいっているのに、点が入らない。
試合後のロッカールームでは、「今日も守れた」という安堵と、「また点が取れなかった」という悔しさが、同じ空間に混ざり合うはずです。
そこにあるのは、「守るサッカー=消極的」という単純な図式ではなく、「どこまでリスクを取るのか」という、終わりのない問いかけです。
| 観点 | 守備志向(アルコヤーノ型) | 攻撃志向(バルサ・アトレティック型) | 評価 |
|---|---|---|---|
| 失点リスク管理 | ブロック整備で安定、失点を最小化 | ポゼッションでリスクを分散するが高い位置でロストすると危険 | ◎ 堅守は勝点を守る確実な手段 |
| 得点機会の創出 | 0-0ドローが続き無得点期間が長期化しやすい | 多くのチャンスを作れるが決定力が問われる | △ 守備型は得点源の設計が別途必要 |
| スタンドや選手への心理的圧力 | 長い無得点に選手・スタッフが焦りを感じやすい | リードした後に守り切れるかの心理的葛藤が生じる | △ どちらも異なる種類の「揺れ」がある |
| 相手特性への適応力 | 堅守を崩しにくい相手でも得点機が少ないと膠着 | ブロック守備相手には我慢の攻撃とサイドチェンジが必要 | ○ 両スタイルとも相手分析と工夫が鍵 |
| シーズン全体での勝点積み上げ | 引き分け狙いで安定した勝点確保が可能 | 勝ち切れる試合数を増やせるが接戦での守備安定が課題 | ◎ 昇格ラインによって最適戦略が変わる |
「チャンスを作れるチーム」が抱える別の悩み
対するバルサ・アトレティックは、まったく逆のタイプに見えます。
ホームで29得点、敗戦なし。
ボールを握り、相手を押し込み、多くのチャンスを作る。
ベッレッティも、「うちはたくさんの場面を作り出せるチームだ」と自信を示しています。
ただ、その言葉には続きがあります。
「支配し、コントロールし、我慢強く、サイドチェンジを使いながら、相手を驚かせるような変化も加えたい」
つまり、「ボールを持っているから安心」というわけではない、ということです。
ボールを持つチームには、別のプレッシャーがあります。
・どのタイミングで縦に入るのか
・どれくらいリスクをかけてライン間に刺すのか
・サイドで時間を作るのか、それとも早くクロスを入れるのか
選手たちは、ボールを受けるたびに、たくさんの選択肢を前にしています。
「支配する」とは、「すべてをコントロールする」ではなく、「たくさんの決断をし続ける」ということでもあります。
しかも今回は、相手はリーグ屈指の守備組織を持つチームです。
これまでホームで結果を出せたやり方を貫くのか。
それとも、相手の特徴に合わせてやり方を少し変えるのか。
ベッレッティは、「いつものことをやりながら、相手を驚かせるような変化も加える」と話しています。
「自分たちらしさ」と「相手への適応」
そのバランスをどこに置くのかも、またひとつの選択です。
- スタイルの「受け入れる結果」を先に選手と合意する — 守備組織を優先するなら「無得点の試合があっても崩れない」、ポゼッションを優先するなら「リードした後に守り切れる設計を持つ」と、選択に伴うトレードオフを事前にチームで共有する。スタイルを迷いなく遂行するには、その代償を全員が納得していることが前提。
- 「0-0の後半80分」のシナリオを練習で事前体験させる — 無得点のまま終盤を迎えたとき、誰が何を判断するかをシミュレーションしておく。ラインを上げるのか、FWを一枚追加するのかのプランBをベンチと選手が共有しておくと、実際の試合での迷いが減る。
- 過去の敗戦を「相性」ではなく要因別に分解する — ベッレッティが「前回は10人で戦った」と振り返ったように、「なぜそうなったか」を退場・プレス位置・交代判断などに分解して蓄積する。次の対戦で「同じ条件」が揃わないよう修正点を明確にしておく習慣が長期的な成績安定に直結する。
「我慢する攻撃」はどこまで許されるのか
アルコヤーノの守備が優れていることは、数字が証明しています。
バルサ・アトレティックの攻撃力も、同じように数字が裏付けています。
では、この試合で攻撃側に求められるものは何でしょうか。
ベッレッティは、「我慢強さ」と「サイドチェンジ」を口にしています。
ブロックを固める相手に対して、焦って中央からこじ開けにいけば、ボールを失い、カウンターの危険が増えます。
だからこそ、
・ボールを失わない
・相手のスライドを見ながら、左右に揺さぶる
・相手のラインが割れた瞬間に、縦パスを差し込む
こうした「じわじわと削る」ような攻撃が重要になります。
ただ、「我慢する攻撃」は、ピッチの外から見ているほど簡単ではありません。
スタンドからは、「もっと縦に入れろ」「シュート打てよ」という声が聞こえてくるかもしれません。
スコアが0-0のまま時間が進めば進むほど、その圧力は大きくなります。
選手としては、「ミスをしたくない」「ボールを失いたくない」という気持ちと、「もっとリスクを取るべきではないか」という感情がせめぎ合います。
もし、自分が中盤の選手ならどうするでしょうか。
・安全な横パスでテンポを保つのか
・狭いスペースの味方に、難しい縦パスを通しにいくのか
その一瞬の選択は、良い方向にも、悪い方向にも試合を大きく揺らします。
「我慢する攻撃」とは、単にゆっくり回すことではなく、「いつ仕掛けるか」を何度も自分に問い続ける行為でもあります。
- 「0-0」を評価する視点を持つ — 9試合スコアレスドローは「面白くない」ではなく「90分間全員で集中を切らさなかった結果」でもある。守備で勝点を積む戦略の価値を、選手本人に言語化させると自信と誇りが育つ。
- 後半80分の「ラインを上げる?上げない?」を自分ごとにする — 試合を見ながら「自分がCBなら今ラインを上げるか」を考える習慣をつける。スタンドからの正解は簡単に見えても、ピッチの中では監督の指示・仲間の状態・相手の出方を全部同時に判断している。
- 縦パスか横パスかを選んだ後、なぜその判断をしたか言葉にする — 正しかったかどうかより「どういう意図で選んだか」を試合後に1文で話す練習が判断力を育てる。「なんとなく」を「相手のスライドが遅かったから縦に入れた」に変えることがゲームインテリジェンスを高める最短ルート。
守るチームにも、攻めるチームにもある「揺れ」
一方で、アルコヤーノ側の心も、決して揺れていないわけではありません。
630分連続無得点。
どれだけ守備が機能していても、得点が生まれない時間が続けば、「このままでいいのか」という疑問は避けられません。
フラン・アルコイ監督は、おそらく何度も自問しているはずです。
・この堅いブロックを、少しだけ前に押し上げるべきか
・前線にもう一枚、攻撃的な選手を増やすべきか
・それによって失点リスクが増えたとしても、割り切るタイミングなのか
選手たちにも同じ迷いがあります。
0-0で終盤を迎えたとき、前線の選手は、「このままではまた無得点だ」という焦りと、「ラインを割ってはいけない」というチームの約束のあいだで揺れ動ちます。
日本の育成年代でも、似た光景を目にすることがあります。
守備の組織を整え、我慢強く戦うチームが、ある時期から「守れるけど、点が取れない」と悩み始める。
逆に、攻撃的なスタイルを貫いてきたチームが、「点は取れるけど、肝心な試合で守り切れない」と悩む。
どちらも、「スタイル」があるからこそ生まれる悩みです。
大切なのは、「どちらが正しいか」を決めつけることではなく、自分たちが何を大事にし、何を受け入れるのかを、現場でどう選び続けるかではないでしょうか。
日本の現場なら、どう向き合うだろうか
こうしたスペインの下部リーグの話は、日本のサッカーと無関係に見えるかもしれません。
けれど、「昇格争いの中で、自分たちのスタイルをどこまで貫くのか」というテーマは、日本の高校サッカーやJクラブの育成、大学サッカーにも共通しています。
例えば、高校3年の最後の大会。
相手は堅守で知られる強豪校。
・普段どおりビルドアップを続けるのか
・相手の背後に早めにボールを蹴り込み、セカンドボールを狙うのか
・守備で割り切り、セットプレーに特化して勝負をかけるのか
どの選択にも、理由があります。
そして、どの選択にも、引き受けなければならない結果があります。
日本の現場では、「結果を出すこと」と「スタイルを貫くこと」がしばしば対立して語られます。
しかし実際の現場にいる選手や指導者は、その両方を抱えながら、毎試合ごとに選び直しています。
アルコヤーノのように、「守ること」を軸に昇格争いを狙うのもひとつの道です。
バルサ・アトレティックのように、「ボールを握り、チャンスを作ること」を軸に昇格を目指すのも、またひとつの道です。
日本でサッカーをする選手や指導者にとっても、大事なのは、
「なぜ自分たちはこのやり方を選んでいるのか」
「いま、その選択で本当にいいのか」
と、自分たちに問い続ける姿勢ではないでしょうか。
「答えを急がない」ことで見えてくるもの
ベッレッティは、試合前にひとつのポイントを挙げています。
「前回アルコヤーノに敗れたとき、ほとんどの時間を10人で戦っていた」
つまり、過去の結果を単純に「相性が悪い」で片付けてしまわず、なぜそうなったのかを丁寧に振り返っているということです。
・相手の守備が良かったからなのか
・退場によってゲームプランが崩れたからなのか
・自分たちの攻撃に、どんな工夫が足りなかったのか
そこから導き出したのが、「いつものように支配しながら、少しだけ新しい変化を加える」という今回のアプローチです。
すぐに「これがダメだった」「スタイルを変えるべきだ」と結論を出さず、状況を分解しながら次の一手を選んでいく。
そのプロセスは、結果が出ているときよりも、むしろ苦しい時期にこそ重要になります。
アルコヤーノ側もまた、「630分無得点」という現実と向き合いながら、同じように自分たちのやり方を問い直しているはずです。
・守備の強みを捨てずに、どこに攻撃のアクセントを加えるか
・誰が、どのタイミングで、リスクを背負う役割を担うのか
答えはひとつではありません。
答えは、すぐには見つからないかもしれません。
それでも、問いを持ち続けること自体が、チームにとっての大きな力になります。
今、ピッチに立つとしたら、何を大事にするか

もし、この試合に自分が出場するとしたらと、少し想像してみてください。
アルコヤーノのセンターバックとして、0-0のまま迎えた後半80分。
前線の選手から、「もっとラインを上げてくれ」と叫ばれる。
監督は「落ち着け」とジェスチャーを送る。
あなたは、どんな判断をするでしょうか。
あるいは、バルサ・アトレティックのインサイドハーフとして、同じく0-0のまま迎えた後半80分。
スタンドからはため息が漏れ始める。
監督は「我慢だ」と声をかける。
足元には、安全な横パスの選択肢と、リスクの高い縦パスの選択肢。
あなたは、どちらを選ぶでしょうか。
どちらを選んでも、そこには理由があります。
どちらを選んでも、そこには責任があります。
サッカーの試合は、こうした小さな選択の連続でできています。
それはプロの舞台でも、日本のグラウンドでも変わりません。
結論のない試合から、何を持ち帰るか
バルサ・アトレティック対アルコヤーノの試合は、結果だけを見れば、「ホーム無敗継続」や「無得点記録更新」といった見出しで語られるかもしれません。
けれど、その裏側には、
・守ることを選び続けてきたチームの葛藤
・攻めることを軸にしながら、変化を探すチームの試行錯誤
・一瞬ごとの決断に迷いながらも、ピッチに立ち続ける選手たちの姿
が確かに存在しています。
日本でサッカーに関わる私たちが、この試合から持ち帰れるものがあるとすれば、それは「どのスタイルが正しいか」という答えではないのかもしれません。
むしろ、
「自分なら、どんなサッカーを選ぶか」
「いまの自分たちの選び方で、本当にいいのか」
と、立ち止まって考える時間そのものではないでしょうか。
ピッチの上で、そしてベンチでも、スタンドでも。
答えを急がずに問いを持ち続けることが、サッカーを少しだけ深くしてくれるのかもしれません。
