3-5-2は「守備的システム」ではない──ルンヤイチ・ウディネーゼに学ぶ現代サッカーの約束事
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「3-5-2って、守るため?攻めるため?」――コスタ・ルンヤイチのウディネーゼから学ぶ現代サッカー

ボールは相手の足もとにあるのに、なぜか「ウディネーゼの時間」が続いている。
2025-26シーズン序盤、エンポリから来たサバ・ゴグリチーゼが自陣ペナルティエリアの端で踏ん張り、オマール・ソレがスライドしながらラウタロ・マルティネスの前に身体をねじ込む。
こぼれ球をジェスパー・カールストロムが拾うと、迷いなく前を向く。
次の瞬間、縦パスを受けたケイナン・デイヴィスがフランチェスコ・アチェルビを背負いながらボールをキープし、左のハーフスペースへと運ぶ。
そこに走り込んでくるのは、アルトゥール・アッタ。
ひとり、ふたりとインテルの選手をかわしながらゴールに向かっていく姿には、「カウンター」という単語では収まりきらない必然性があった。
この一連のシーンに、コスタ・ルンヤイチ監督が作ろうとしているウディネーゼの姿がほぼすべて詰まっている。
ただボールを奪って速く攻めるだけではない。
「どこで守り、どこから速くなり、誰が決定的な一手を担うのか」を、チーム全体で共有している。
そしてそれは、日本の選手や指導者、サッカーを観る私たちにとっても、学びの多いモデルになっている。
3-5-2は「形」ではなく「約束事」──ウディネーゼのモデル
守るときは5-3-2、攻めるときは3-2-5という「伸び縮み」
ウディネーゼの基本システムは3-5-2。
しかし、試合を見ていると「3バックのチームだ」とだけ捉えると、その本質を見失ってしまう。
ボールを持っているとき、ウディネーゼは3-2-5になる。
ウィングバックのキングスレイ・エヒジブエとジョーダン・ゼムラが一気に高い位置を取ることで、前線には「5枚」の攻撃ラインができる。
そこで重要なのが、ハーフスペースを動き回るアルトゥール・アッタと、もう一枚のインサイドハーフ(サンディ・ロヴリッチやヤクブ・ピオトロフスキ)。
彼らは単なる「中盤の一員」ではなく、相手のライン間を突き続けるランナーであり、時に前線の一員として振る舞う。
逆に、守備になるとウィングバックが一気に下がり、5-3-2、場合によっては5-4-1へと変化する。
この伸び縮みの軸にいるのが、キャプテンのカールストロムだ。
彼は常に「一歩引いた位置」でバランスを取り、前に出るべきときと、ライン前を締めるときを冷静に選んでいる。
数字だけを追えば、ロストが多いことや目立つパスミスに目が行くかもしれない。
それでも、監督が彼にキャプテンマークを託しているのは、「どこを消し、どこを埋めるか」を誰よりも理解しているからだと考えられる。
| 局面 | 実質形 | 主な担い手 | 特徴 | 評価 |
|---|---|---|---|---|
| ビルドアップ | 3+2から展開 | カールストロム(アンカー)、ソレ(CB) | 3CB+2MFで数的優位を確保し縦パスの起点 | ◎ |
| 攻撃展開 | 3-2-5に変化 | エヒジブエ・ゼムラ(WB)、アッタ(ハーフスペース) | WBが高い位置を取り前線に5枚を形成 | ◎ |
| ハーフスペース攻略 | インサイドHFの動き | アルトゥール・アッタ | チーム最多プログレッシブパス受領、危険ゾーン特化 | ○ |
| 守備ブロック | 5-3-2または5-4-1 | ピオトロフスキ→サラガ等の交代活用 | 終盤リードで5-4-1に変更し中盤4枚で蓋をする | ○ |
| プレッシング設計 | 相手キーマン封鎖 | 2トップのコース切り+MFのスライド | インテル戦ではチャルハノール封鎖を軸に設計 | △ |
3+2で始まる攻撃──「どこから数的優位を作るか」
ウディネーゼの攻撃は、ほとんどの場面で「3+2」から始まる。
3枚のセンターバックと、その前に2枚の中盤。
相手が2トップなら、単純に数的優位が生まれる。
そこに、1枚がライン間に顔を出し、もう1枚がアンカーとして残る形で、前後のバランスを取る。
特に興味深いのは、インテル戦で見せた「わざと中盤を空ける」やり方だ。
ルンヤイチは、インテルの3センターを自陣の3バックに引き出し、その背後のスペースに、デイヴィスやアッタを立たせた。
こうすることで、「長いボール=ただの蹴り合い」ではなく、「意図して空けた空間への縦パス」に変わる。
同じロングボールでも、
- なんとなく前へ蹴っているのか
- 数的優位とポジションを準備したうえで蹴っているのか
で、まったく意味が変わる。
日本では「繋ぐサッカー」「ビルドアップ」という言葉が重視される一方で、「ロングボール=雑」というイメージも根強い。
だが、ウディネーゼのやり方を見ると、ロングボールも立派な「ビルドアップの一部」になり得ることがわかる。
キーマンたちの役割から読み解く「現代型の3-5-2」
- 3-5-2を「守備的」と決めつけず、ウィングバックのスプリント力・インサイドハーフのハーフスペース利用・アンカーのカバー範囲を明確に設計すれば攻撃的なシステムに変わることを理解し、選手に役割ごとの約束事を具体的に伝える
- ロングボールを「雑なプレー」と断じず、背負えるFWとスペースに走り込む選手を事前に配置してから蹴る「意図的なロングボール」というビルドアップの選択肢として練習に組み込む
- 守備では「どこも空けたくない」より「中央を厚くしてサイドに追い出す」など優先順位を明文化し、選手が迷わず判断できるシンプルな原則を試合前に共有する
ソレとクリステンセン──守るだけでは終わらない3バック
左利きセンターバックのオマール・ソレは、守備の安心感と前進の起点を両立させている。
1試合あたりのパス数、プログレッシブパス、持ち運びの距離はいずれもチーム上位。
ラウタロやマルクス・テュラムの横への動きにもついていけるスピードを持ちながら、自らボールを前へ運ぶ勇気もある。
その裏返しとして、前に出た背後にスペースを空けてしまうリスクも抱えている。
この「リスクを許容してでも前に出るかどうか」は、日本のセンターバックにとってもひとつのテーマになりうる。
安全第一で後ろに残るのか、多少のミスを恐れずに前進の起点になるのか。
トーマス・クリステンセンは、より「安全側」に振れたセンターバックだ。
横パス中心でパス成功率は高いが、縦へのチャレンジは少ない。
それでも、空中戦では高い勝率を誇り、ヘラス・ヴェローナ戦ではセットプレーからゴールも奪っている。
3バックと言っても、それぞれに求められているものは微妙に違う。
ソレが前進役、クリステンセンが安定役、ニッコロ・ベルトラがその中間で「縦パスと持ち運び」に挑戦する若手。
3-5-2は「3人のセンターバックが横に並ぶ形」ではなく、「3種類のキャラクターをどう組み合わせるか」という設計図にも見えてくる。
- アッタが示すように、中盤の選手がすべてのビルドアップに降りてくるより「相手が嫌がるゾーンでボールを受けることに集中する」という役割特化も現代サッカーでは重要な選択肢である
- 3-5-2のCBはソレ(前進役)・クリステンセン(安定役)・ベルトラ(挑戦役)とキャラクターが分かれているように、同じポジションでも役割が異なるため自分の強みを把握してチームの設計の中でどこで生きるかを考える
- 試合中にシステムが5-4-1に変わっても焦らず、交代で入ったときに「走り切れる中盤の一枚」としてライン間を埋める役割を担えるよう、スタミナ管理と守備のスライドを練習から意識する
アッタという「ハーフスペースの司令塔」
このチームの心臓は誰かと言われたら、現時点ではアルトゥール・アッタだと考えられる。
左のハーフスペースを起点に、ドリブル、縦への運び、ファウルをもらう技術。
プログレッシブパスを「受ける数」がチーム最多であることは、彼が常に「次の局面」を準備している証拠だ。
興味深いのは、彼があまりビルドアップの最初の段階までは降りてこないこと。
あくまで中盤の前線寄り、いわば「相手の嫌なゾーン」でボールを受けることに特化している。
日本の育成年代では、「中盤=つなぎ役=できるだけ多くボールに触る」という価値観が強くなりがちだ。
しかしアッタのように、
- あえて少し前のゾーンにとどまり
- より危険なエリアでボールを受けることに集中する
という中盤のあり方もある。
ボールタッチ数より「受ける位置の質」を優先する発想は、日本のプレーメイカー像をもう一度見直すヒントになるかもしれない。
デイヴィスがつくる「チームの背骨」
攻撃面で欠かせないのが、ケイナン・デイヴィスだ。
彼はゴールを取るだけでなく、
- ロングボールの的になる
- 背負いながらボールをキープする
- 周囲に預けて再び前を向く
といった、前線の「起点」として機能している。
インテル戦でアチェルビを背中で押し返しながらボールを運び、アッタのゴールをお膳立てしたシーンは、その象徴だろう。
ウディネーゼは、デイヴィスがいるかどうかで「前線の質」が大きく変わる。
同じくフィジカルに優れたヴァクン・バヨやアダム・ブクサもいるが、デイヴィスほど
- 受ける位置
- キープの安定感
- 味方を生かす判断
がそろっている選手はまだ見当たらない。
日本では、「9番=点取り屋」というイメージが根強い。
だが、ウディネーゼを見ると、「9番がいるからチームが前に進める」という構図が見えてくる。
背負える9番、時間を作れる9番は、得点能力以上に「戦術そのもの」を支える存在になり得る。
守備は「走り勝つ」だけではない──ウディネーゼの非保持フェーズ

相手によって変える、最初のプレッシング
ルンヤイチは、同じ3-5-2でも相手によって守り方を変える。
ヘラス・ヴェローナ戦では、相手3バックに対して、ボールサイドのインサイドハーフがスイッチを入れる役割を担った。
外側のセンターバックにボールが入ると、そこへインサイドハーフが一気に寄せ、バックパスを強要させる。
そのバックパスに合わせて、2トップがコースを切りながらスライドし、最後はGKにロングキックを蹴らせる。
空中戦で優位なソレやクリステンセンが構えるゾーンに蹴らせることで、ボールを回収しやすくしている。
インテル戦では、同じ「スイッチ役」はインサイドハーフだが、狙うターゲットは変わった。
最終的な焦点を、ハカン・チャルハノールに当てている点だ。
チャルハノールを前線の1枚が徹底的にマークし、中盤の心臓を封じる。
そのうえで、アッタら中盤がインテルのサイドCBやウイングバックへスライドしていく。
こうすることで、インテルにとって一番心地よい形である「アンカー経由の前進」を切り取り、苦しいサイド回しと個人頼みの突破へと追い込んでいった。
どちらの場合も共通しているのは、
- 相手の「一番つなぎたい選手」が誰かをはっきり見極めていること
- その選手をどうやってゲームから切り離すか、役割が共有されていること
だと言える。
日本のチームでは、「ボールに行こう」「連動してプレスしよう」といった抽象的な掛け声が多くなりがちだ。
しかし、ウディネーゼの守備には、「誰にボールを持たせたくないのか」という具体性がある。
5-4-1に変える「守り切るためのスイッチ」
リードして終盤を迎えたインテル戦、ルンヤイチは迷わず5-4-1へ移行した。
ピオトロフスキを下げ、オイエル・サラガやユルゲン・エッケレンカンプを投入して、中盤に4枚を並べる。
この局面では、「奪ってすぐカウンター」よりも、「シュートコースを消し、相手を外に追いやる」ことが最優先になっていた。
5-3-2から5-4-1に変えることで、
- ハーフスペースのケアをもう一枚増やせる
- サイドにスライドしたときの距離が短くなる
というメリットがある。
同時に、エッケレンカンプやサラガのように「走りきれる中盤」を投入したことで、最後までライン間のスペースを埋め続けることができた。
ここで大事なのは、「守り切るためのシステム変更」が、単なる「5バックで引くだけ」ではないという点だ。
誰を増やすのか、中盤の4枚をどう並べるのか、どこをあえて空けるのかまで計算されている。
日本でも「逃げ切りの5バック」はよく見られるが、「形を変える目的」までは共有されていないケースも多い。
ウディネーゼは、その部分をかなり明確にしているように見える。
日本サッカーは何を学べるか──「3-5-2再考」のすすめ
3バック=守備的、という思い込みから離れてみる
日本では、3バックというと「守備的」「引いて守る」イメージがまだ強い。
だが、ウディネーゼは3-5-2でありながら、攻撃では3-2-5、3-1-1-4と、かなり攻撃的な形に変化する。
ポイントは、
- ウィングバックをどこまで高く保てるか
- インサイドハーフがどれだけ前へ出られるか
- アンカーがどれだけ広いスペースをケアできるか
にある。
つまり、3バックか4バックかというより、「どのポジションに、どのタイプの選手を置くか」が本質だということだ。
たとえば日本の高校サッカーやJクラブの育成でも、
- サイドにスタミナとスプリント力のある選手
- ハーフスペースにドリブルと運ぶ力のある選手
- アンカーにポジショニングと守備判断に優れた選手
を意図的に配置すれば、3-5-2は「守備的なシステム」ではなく、「攻守の切り替えに強いシステム」に変わっていくだろう。
「縦に速い」と「蹴り合い」の違いをどう教えるか
ウディネーゼは、ボールを奪った瞬間から縦を狙う傾向がある。
だが、それは決して「とりあえず前へ蹴る」わけではない。
背負えるデイヴィスや、スペースに走り出せるアッタ、エヒジブエ、ゼムラが、あらかじめ「どこに走るか」を共有しているからこそ成立している。
日本のチームも、
- 相手が前がかりになっている時間帯
- 奪った位置
- 味方のサポート距離
を見極めながら「縦に速く」を選べるようになると、「ただのクリア」から一歩抜け出せる。
ルンヤイチのウディネーゼは、その判断基準をかなり明確に持っているように映る。
「走る」だけでなく、「どこを捨ててどこを守るか」を決める
このチームにも弱点はある。
中盤が前に出すぎてライン間が空くこと、サイドで人数をかけすぎて逆サイドのスペースを使われること、1対1で置き去りにされたときの対応などだ。
それでも、彼らは迷わず前へ出る。
その背景には、
- 中央を厚くする
- 相手のキーマンを消す
- ボールを外に追いやる
という「優先順位」がハッキリしていることがあるように思える。
日本では、「全部を守りたい」「どこも空けたくない」という発想になりがちだ。
だが、サッカーは常に何かを捨て、何かを守るスポーツだ。
ルンヤイチのウディネーゼは、「完璧ではないけれど、どこを捨てるか、自分たちで決めているチーム」の一例だと言える。
あなたなら、どこに「自分の答え」を置くだろうか
戦術を観ることは、自分のサッカー観を問い直すこと
ウディネーゼの2025-26シーズン序盤を追いかけていくと、「強いか弱いか」以上に、「どんな思想でサッカーをしているのか」が浮かび上がってくる。
3-5-2というシステムに、
- 柔軟なビルドアップの工夫
- 役割の異なる3バックの配置
- ハーフスペースで違いを生むアッタ
- 前線で時間を作るデイヴィス
- 相手のキーマンを消す守備の設計
を重ね合わせながら、チームは少しずつ「自分たちの色」を濃くしている。
日本の現場では、つい「どのシステムを使うか」という話になりがちだ。
しかし、本当に大事なのは、「そのシステムで、どんな約束事を共有するのか」ではないだろうか。
ウディネーゼを題材に、こんな問いを自分に向けてみることもできる。
- 自分なら、3-5-2でどんな選手をどのポジションに置くだろうか
- ロングボールを、どんな意図で使いたいだろうか
- リードして終盤を迎えたら、どうやって守り切る形を準備するだろうか
戦術を学ぶことは、答えをひとつに決めることではない。
「こういう考え方もある」と知ることで、自分の中にもうひとつ別の選択肢を持てるようになることだ。
コスタ・ルンヤイチのウディネーゼを見ていると、そのことを静かに教えられているように感じる。
サッカーも人生も、完璧な形を探すより、「自分のやり方で戦う理由」を持てるかどうかが、いちばんの武器になるのかもしれない。
