勝たなければいけない試合で育つ「考える力」と「選ぶ力」
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「勝たなければいけない試合」で、本当に試されているものは何か

日曜日の午前11時、ボルツァーノのトレーニングセンター「Pfarrhof」。
コモU-17の選手たちは、最下位に沈むズュートティロールU-17との試合に向けてピッチに立つ。
前節、首位ヘラス・ヴェローナを1−0で破った勢いそのままに、現在5位。
相手は勝点6の最下位。
周りはきっとこう言うだろう。
「これは、絶対に勝たなきゃいけない試合だね」
けれど、サルヴァトーレ・レオッタ監督が見ているのは、少し違う景色だ。
彼が何度も口にするのは「選手たちの成長が最優先」という言葉。
それは、結果を軽く扱うという意味ではない。
むしろ、「勝たなければいけない」と周囲から言われる試合だからこそ、選手の「考える力」と「選ぶ力」が、いつも以上に試される舞台になる。
数字の裏側にある「時間」の話
首位を倒したチームが、最下位と戦うということ
コモU-17は、ここ数試合で明らかに調子を上げている。
マンストーヴァと引き分けたあと、パドヴァにアウェイで2−1、そして首位ヘラス・ヴェローナにホームで1−0。
勝点24で、カリアリ、モンツァ、パドヴァと並ぶ5位。
一方、次の相手ズュートティロールは、わずか勝点6の最下位。
表面的には、「勢いのある中位グループのチームが、苦しむ最下位を叩く構図」に見える。
だからこそ、多くの人は「取りこぼしは許されない」「内容より結果」と考えがちだ。
だが、レオッタ監督は少し違う角度から、この試合を見ている。
彼が強調するのは「長い道のりの中の、ひとつのステップ」であること。
今の好調は、「ここまでの積み重ねの最初の果実に過ぎない」と受け止めている。
だからこそ、順位表の数字とは別の「時間軸」でチームを見ている。
| 判断場面 | 短期勝利優先の選択 | 長期育成優先の選択 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 才能あるレンボの使い方 | レンボにボールを集めるシステムをつくる | レンボをひとつのピースとして全員の判断力を優先 | ○ 長期視点 |
| U-19への昇格タイミング | チームが強い時期は手元に置く | U-17の勝率が下がっても上のカテゴリーに送り出す | ◎ 育成一貫 |
| 後半残り15分1-1の交代策 | 経験ある選手を投入し勝ち切る | 出番の少ない選手にプレッシャーの場でチャンスを与える | △ 難しい判断 |
| 最下位相手のハーフタイム | 「最下位に苦しめられている」と激を飛ばす | 「相手は首位撃破チームに対し集中している」と現実を見せる | ○ 視点の転換 |
| 飛び級の設計思想 | 緊急時の穴埋めとして必要時だけ起用 | 今季どの選手をどこまで上に関わらせるかを事前計画 | ◎ 系統的 |
| 試合目標の立て方 | 「この試合は取りこぼし厳禁」と結果を強調 | 「長い道のりのひとつのステップ」と時間軸で捉える | ○ 長期視点 |
「上に上げるために育てる」という覚悟
レオッタ監督が目標として口にするのは、「U-19のトレーニングに、選手を送り込めるように準備すること」。
今季、その象徴のひとりがマッテオ・アルビーニだ。
ひとつ上のカテゴリーで、すでに6試合、469分、1アシスト。
数字だけを見れば、小さな実績に見えるかもしれない。
だが育成の現場では、「1分でも上でプレーできる選手を増やすこと」が、何より重い意味を持つ。
自分のチームから、あえて手を離して、上のカテゴリーに送り出す。
その瞬間、U-17の勝利可能性は、少しだけ下がるかもしれない。
けれどクラブ全体としては、選手に新しい景色を見せることを選ぶ。
その選択の裏には、「今週末の勝点3」と「この先数年の成長」のどちらを優先するかという、静かな葛藤がある。
どちらが正しい、間違っている、という話ではない。
ただ、指導者は毎週、その選択を迫られている。
そして、その選択によって、日々のトレーニングの温度や、選手の意識は、少しずつ変わっていく。
「才能」をどう扱うかという、もうひとつの問い
- 才能ある選手への依存度を試合・時間帯で意図的に変える — エース一人に頼るシステムをつくらず、「なぜ今この選手を使うか」を変化させることで、他の選手の判断力と主体性を同時に育てる。
- 試合後のロッカールームで「物事の見方」を一緒に選ぶ — 最下位相手に苦戦した場面でも「相手が何を変えたか」「自分たちが雑になった部分はどこか」など複数の視点を提示し、選手自身が選べるようにする。
- 「上のカテゴリーへ送り出す」計画を今季中に具体化する — 飛び級を緊急措置にせず、今季どの選手をU-19のトレーニングに絡ませるかをシーズン前に計画し、チーム全体の目標として共有する。
フランチェスコ・レンボという「武器」
コモU-17で目を引く存在のひとりが、2009年生まれのフランチェスコ・レンボだ。
15試合で6ゴール、総プレー時間855分。
しかも、まだ年下の学年の選手だ。
テクニック、視野、そして最後の25メートルで違いを生み出せる力。
監督は、その決定力を高く評価している。
こうした選手を持つとき、チームはいつも悩む。
「レンボにボールを集めれば、勝てる可能性は高まる」
「でも、レンボなしでも戦えるチームにならなければ、長い目で見たときに苦しくなる」
たとえば、こんな選択肢がある。
- とにかくレンボに預けるシステムをつくる
- レンボを「ひとりのピース」として扱い、全員の判断力を優先する
- 試合や時間帯によって、彼への依存度を変える
どれも、一長一短だ。
短期的な勝利を考えれば、「才能に頼る」方がわかりやすい。
だが、「選手全員に考えさせたい」と思うなら、「いつ、どこで、なぜ彼を使うのか」を、あえて揺らしながら進む必要がある。
- 相手が弱くても試合の最初の5分を丁寧に入る — 「楽な試合」ほど集中が緩みやすい。入り方を意識して決めてピッチに立つことで、試合全体の質が変わる。
- 点差に関係なくチャレンジの数を自分で決めておく — 大差がついても「今日はここを試す」という自分なりのテーマを持つことで、試合が結果以上の練習の場になる。
- 保護者はスタンドから「なぜ」を問いかける言葉を選ぶ — 「なんで決められないんだ」の代わりに「あの時間帯、相手はどこを変えたように見えた?」と聞くことで、子どもの観察眼と言語化力が育つ。
もし、自分が同じチームの選手だったら
ここで、少し立ち止まって考えてみたい。
もし自分が、コモU-17の一員だったとしたら。
レンボのような選手がチームにいるとき、自分のプレー選択はどう変わるだろうか。
- とにかく彼を探してパスを出すか
- 自分で仕掛ける回数を減らすか
- 逆に、彼がつられたスペースを使うことを考えるか
どの選択も、間違いではない。
ただ、大切なのは「なぜそう選んだのか」を、自分の中で説明できるかどうかだ。
「監督に言われたから」
「強い選手に任せた方が安心だから」
それだけで終わらせず、「自分は今、この場面で、こう考えた」と言えること。
それが積み重なっていくと、「チームとしてどう戦うのか」を、ピッチの中から更新できるようになっていく。
「勝ちやすい試合」でこそ見える、本当の姿
最下位との試合が、育成年代にとって特別な理由
ズュートティロールは最下位。
数字だけ見れば、「楽な試合」に見える。
だが、育成年代において、こうしたゲームほど難しいものはない。
たとえば、こんな場面を想像してみる。
試合開始早々に先制点を奪う。
相手は自信を失い、引いて守る。
ここからの選択だ。
- 無理に追加点を取りに行き、リスクを負い続けるか
- ボールを動かしながら、相手を走らせ、試合をコントロールするか
- 敢えてポジションや役割を入れ替え、違う形を試すか
育成という視点から見れば、「点差が開いたあと、どう振る舞うか」は、とても大きな学びの場になる。
一方で、もし思うようにいかず、前半を0−0で折り返したらどうだろう。
「なんで崩せないんだ」
「最下位相手だぞ」
そんな空気が、ベンチやピッチの中に流れるかもしれない。
そこで試されるのは、戦術よりもメンタルでもなく、「物事の見方」だ。
こう考えることもできる。
- 相手は首位を倒したチームに対して、いつも以上に集中している
- 自分たちが「勝って当たり前」と思っている分だけ、プレーが少し雑になっている
- 今まで出せなかった守備の粘りを、相手はこの試合で引き出している
どの視点を選ぶかで、ハーフタイムのロッカールームの空気は大きく変わる。
そこで、指導者も選手も、「何を大事にするか」を決めることになる。
指導者がベンチで考えていること
レオッタ監督は、「選手たちの成長が最優先」と何度も強調する。
とはいえ、実際の試合中、ベンチに座っているときは、もっと複雑な感情が渦巻いているはずだ。
例えば、後半残り15分、スコアは1−1。
相手は最下位、ここで勝てば上位との差は縮まる。
そんな状況で、次のような選択肢が頭をよぎるかもしれない。
- 経験のある選手を投入し、「確実に勝ち切る」手を選ぶ
- この緊張した時間帯だからこそ、普段出番の少ない選手にチャンスを与える
- 本来とは違うポジションでプレーさせ、選手の可能性を探る
どれを選んでも、必ず誰かが「得」をし、誰かが「悔しい思い」をする。
そして、その選択に対して、外からは「なぜあの交代だったのか」と評価が下されることもある。
だが育成の現場にいる指導者は、常に「今日の勝利」と「1年後、2年後」の両方を見ながら決断しなければならない。
それは、想像以上に難しいバランスだ。
イタリアの育成環境から、日本が拾える問い
「上のカテゴリーに上げる」という考え方
イタリアの育成カテゴリでは、U-15からU-19まで、各クラブが綿密に「階段」を設計している。
インテル、ローマ、アタランタ、ボローニャ、ユヴェントス、ミラン、ナポリ、ラツィオ…。
どのクラブも、単に自チームの順位を争っているわけではない。
「U-17からU-18へ」「U-18からプリマヴェーラ(U-19)へ」と、少しずつレベルを引き上げていくことが前提にある。
だから、コモのようなクラブも、「U-19のトレーニングに入れる準備」を明確な目標として掲げる。
日本でも、「飛び級」は話題になる。
だが、その裏側でどんな準備がなされているかまで、踏み込んで語られることは少ない。
イタリアの例から見えてくるのは、「いつかトップに上がる」ではなく、「今季、どの選手をどれくらい上に関わらせるか」を、かなり具体的に計画していることだ。
その計画があるからこそ、U-17の試合も「次につながる教室」として位置づけられる。
日本の現場で、同じ問いを立てるとしたら
日本の育成年代でも、「勝つこと」と「育てること」の間で揺れる場面は少なくない。
高校サッカーやユースの現場を想像すると、次のような問いが浮かんでくる。
- 「この試合を勝ちに行く」ことと「1年後のチームをつくる」こと、どちらを優先する場面が多いだろうか
- 「才能のある1人に頼るチーム」と「全員が考えて動くチーム」、どちらを目指す傾向が強いだろうか
- 上のカテゴリーへの「飛び級」は、「緊急時の穴埋め」になっていないだろうか
もちろん、環境も文化も違う。
イタリアのやり方を、そのまま持ち込めばいいという話ではない。
それでも、「なぜイタリアのクラブは、そこまで一貫して育成を設計しているのか」という視点は、日本の現場にもヒントをくれる。
大切なのは、「何が正解か」を探すことではなく、「自分たちはどんな未来を見て、今の選択をしているのか」を言葉にできることかもしれない。
プレーする人、見守る人、それぞれの「選ぶ力」
選手として、今週末に何を学ぶか
もしあなたが選手なら。
「勝たなければいけない試合」と言われるゲームに入るとき、どんなことを意識するだろうか。
- 相手が最下位でも、最初の5分の入り方を、いつも以上に丁寧にする
- 点差に関わらず、自分のポジションの役割を守りつつ、新しいチャレンジを1つ決めておく
- うまくいかない時間帯が来たとき、「なぜだろう」と一度立ち止まって考える
どれかひとつでも、自分の中で決めてピッチに立てたら、その試合は単なる「結果」以上の意味を持ち始める。
保護者や指導者として、どんな声をかけるか

もしあなたが、スタンドから見守る立場ならどうだろう。
「今日は絶対勝てるでしょ」
「なんであそこで決められないんだ」
そう口にしたくなる瞬間もあるかもしれない。
その代わりに、例えばこんな問いかけを選ぶこともできる。
- 「あの時間帯、相手はどこを変えてきたように見えた?」
- 「自分だったら、あの場面でどんなプレーを選びたかった?」
- 「今週の試合で、自分なりにチャレンジしたことは何?」
その一言が、選手の中に「考える時間」を生む。
試合は90分で終わるが、そのあとに生まれる対話が、次の90分を変えていくこともある。
答えを急がないサッカー
コモU-17は、ボルツァーノでの一戦に向けて、「今の良い流れを続けたい」と口にしている。
だが、その「良い流れ」とは、きっと単なる連勝のことではない。
毎日のトレーニングで生まれる熱量。
U-19に一歩近づいた仲間の背中を見て感じるもの。
レンボのような才能とどう向き合うか、チームとして模索する時間。
そして、「勝たなければいけない」と言われる試合で、自分たちがどんなサッカーを選ぶのか。
サッカーは、いつも結果で語られがちだ。
けれど、その裏側には、数えきれないほどの「小さな選択」と「まだ言葉になっていない迷い」が積み重なっている。
もしかしたら、育成年代でいちばん大切なのは、その迷いや揺れを、急いでひとつの答えに閉じてしまわないことなのかもしれない。
ボルツァーノでの90分は、きっとひとつの物語に過ぎない。
それでも、その中でどんな選択をし、何を感じ取るかは、選手ひとりひとりに委ねられている。
その積み重ねの先に、まだ見ぬ「自分のサッカー」が形を持ち始めるのだとしたら。
結果を待つ時間さえ、少しだけ違って見えてくる。
