フットボールクラブの本当の強さ――「名監督」神話を超えて、組織力で勝つ時代へ
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「ヘッドコーチ」中心主義への問い――フットボールクラブの本当の強さとは何か
近年、サッカーにおける「監督」という存在は、クラブの成功や失敗の最大の要因として語られがちです。 しかし、その見方に一石を投じる声が広がりつつあります。 先日放送されたSky Sportsの番組で、元ボーンマスおよびウォルバーハンプトン(ウルブス)ヘッドコーチのギャリー・オニール(Gary O’Neil)が、こう語りました。
「Is Keith Andrews a miles better coach than Nuno? Probably not, but because of where the two clubs are at this moment, it definitely looked like that for 90 minutes this evening.
(キース・アンドリューズはヌーノより遥かに優れたコーチなのか?おそらくそうではないが、今日の90分間は、両クラブの“今”の在り方がそう見せていたのは間違いない。)」
選手・監督より「構造」重視へ――ブレントフォードの挑戦
2-0でウェストハムを下したブレントフォードのキース・アンドリューズは、今季からヘッドコーチに昇格したばかり。 一方、ウェストハムを率いるヌーノ・エスピリト・サントは、プレミアリーグで188試合もの実績を持つ名将です。 しかし今回、経験豊富な監督を上回るパフォーマンスを見せたのは、アンドリューズ率いるブレントフォードでした。
これを受けてオニールは語ります。
「There’s so much more that goes into building a successful team, a successful football club, how it’s run. I think the role of a Head Coach is maybe not the most important thing at a football club. I think the structure is so, so important.
(成功するチーム、フットボールクラブを築くには、もっと多くの要素が必要なんだ。ヘッドコーチの役割が最重要だとは思わない。構造(ストラクチャー)が本当に大事なんだ。)」
| 観点 | 名監督依存 | 組織力モデル | 評価 |
|---|---|---|---|
| 意思決定の集中 | 監督1人に集中 | 専門家集団で分散 | ◎ 分散が有利 |
| 監督交代リスク | 交代で全方針が変わる | 構造が継続するため影響小 | ◎ 安定 |
| スペシャリスト活用 | 限定的 | 各分野のプロが細部まで担当 | ○ 向上 |
| データ分析の組込み | 監督の裁量次第 | クラブ戦略に組み込まれる | ◎ 組織化 |
| コスト構造 | 監督が10〜15倍の報酬 | 役割に応じた適正配分 | △ 課題あり |
| 成功の再現性 | 監督依存で低い | 構造が残るため再現しやすい | ◎ 高い |
「ユニコーン監督」を求める幻想から現実へ
この指摘は、TGGポッドキャストでデータ分析の第一人者ルーク・ボーネ(Luke Bornn)と、元イングランド協会パフォーマンス責任者デイブ・レディン(Dave Reddin)の見解とも重なります。
ボーネはこう語ります。
「We have this real tendency to attribute all success and failure to the coach. It’s actually more common in England than elsewhere in Europe. I’m not sure why. Maybe it’s because they’re the most visible, maybe it’s because they’re the one that does the press conference afterwards. But we tend to attribute a disproportionate amount of good or bad to the coaches.
(私たちには、すべての成功や失敗をコーチの手柄や責任に帰す癖がある。それはイングランドで特に顕著で、理由は分からないが、おそらく監督が一番目立つし、記者会見で顔を出す存在だからなのだろう。しかし、良いことも悪いこともコーチに過剰に集まりすぎている。)」
さらにレディンも「ユニコーン監督」(すべてを解決できる“伝説の一人”)を求める風潮をこう批判します。
「This concept of the unicorn, who is paid 10, 15 times more than anybody else in the organisation, who has all the answers, is a flawed leadership concept in general and maybe underplays the value and opportunity from others in the mix.
(組織内で10倍・15倍もの報酬を受け、あらゆる答えを持つ“ユニコーン”たる監督という発想自体が欠陥のあるリーダーシップ論であり、他のスタッフや専門家たちの価値や可能性を過小評価してしまっている。)」
そして今後のトレンドとして、レディンは「より多様なスペシャリストたちが、共通の戦略とビジョンの下でチームに価値を生む“協働型”のモデル」こそが時代に適合すると提起します。
- スペシャリストに細部を任せる判断をする — セットプレー・フィジカル・分析の各領域で専門知識を持つコーチを育てまたは招き、任せる文化を作る
- クラブ全体の「共通ビジョン」を言語化して共有する — ヘッドコーチが替わっても組織が揺れないよう、戦術哲学・育成方針・選手評価基準を文書化して組織に染み込ませる
- 就任前にクラブの「構造」を見極める — オニール氏が述べるように「構造がしっかりしていない場所には戻らない」。移籍先・就任先選びで組織の健全性を最重要基準にする
スペシャリスト軍団としてのブレントフォード――データ分析と役割分担
それを象徴するのがブレントフォードの取り組みです。
かつてセットプレーコーチを務めたアンドリューズがヘッドコーチとなり、専門コーチが技術や戦略の細かな部分まで磨き上げる。
クラブ全体で同じ方向に向かう組織力が、経験豊富な名監督に頼るだけのチームを追い越す光景は、サッカーがひとつの総合知と成ってきたことを示しています。
レディンも
「I do see the huge opportunity in this model, both from a team perspective, the ability to really get down to the detail, whether that be set plays, throws or tactical elements and phases of the game, to the technical improvement of the players, at every level.
(こうしたスペシャリストモデルは、チーム全体として極めて詳細な部分まで取り組むことを可能にし、それはセットプレーやスロー、戦術、技術などすべてレベルの選手向上につながる大きな機会だと考える。)」と絶賛しています。
ブレントフォードのように、独自のデータ解析システムを用い、セットプレー、フィジカル、メディカル、アナリストなどが連携する姿からは、人材と知の“掛け算”による戦い方の進化が見て取れます。 たとえば、選手獲得もデータに基づき「この戦術、この構造に合う選手」をピンポイントで集める手法は、いまや多くのクラブの参考となっています。
- セットプレーの精度はスペシャリストコーチの成果を見る — コーナーキックや直接FKの設計・練習量は専門コーチが担い、監督の指示とは別の層で成果が積み上がっている
- 「監督を代えれば解決する」論に距離を置く — クラブの構造(スカウト・データ・フィジカル管理など)が弱い状態では、どの名将が来ても結果は変わらないケースが多い
- ブレントフォードのような「仕組みで勝つ」クラブに注目する — 経験豊富な名将よりも組織力で上回る試合展開は、サッカーの新たな見どころとなっている
それでも「名コーチ」は必要か?――チーム、クラブ、そして社会への問い
ギャリー・オニール自身、37歳で現役を退いたのち、アシスタントから監督キャリアの階段を一気に駆け上りました。 そして挫折も味わい、いま改めてこう述べています。
「I’m in a rush to get back in because I love it, but I’m not going to go back into a place where there’s no chance of succeeding, because the structure of the club is very, very important.
(また現場に戻るのを心待ちにしている。でも、成功の見込みのない場所、つまりクラブの構造がしっかりしていないところには戻らないつもりだ。)」
ここに、彼が体現する「現実への目覚め」があります。 たしかに名監督はチームを大きく変えることがあるかもしれません。 しかし、それはしっかりとした組織、専門家集団、合理的な意思決定や柔軟性を持つフットボールクラブがあってこそ、監督の才能が花開くのではないでしょうか。
「一人の英雄」幻想から「みんなでチームをつくる」リアリズムへ
私たちはサッカーだけでなく、社会でも「全能のリーダー」に頼りたくなることがあります。 でも、実際に世界を動かすのは、多様な才能や個性が「同じゴール」に向かって協働したときに生まれるものです。 そして、ブレントフォードのような成功例は、単なる偶然や一過性の「シンデレラストーリー」ではなく、これからのフットボールの常識を塗り替える一歩なのかもしれません。
みなさんは、どんなクラブ作り、どんな働き方が「持続的な成功」につながると思いますか? 真のチームとは、そしてリーダーの真価とは……サッカーを通じて、私たち自身にも問い直してみたいテーマです。
最後に、今日のコラムを締めくくるのにふさわしいピッチの名言を。 「Talent wins games, but teamwork and intelligence win championships.」(才能は試合には勝てても、チームワークと知恵がチャンピオンをつくる。) ――マイケル・ジョーダン
ひとりの英雄に頼る幻想を超え、本当に強いクラブやチームを、みんなで積み上げていきましょう。
