フィオレンティーナを「家族」と呼んだ男 ロッコ・コミッソが紫の街に残した愛と遺産
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フィオレンティーナ会長ロッコ・コミッソ逝去――「Chiamatemi Rocco」と呼ばれた男が残したもの

イタリア・セリエAの名門クラブ、ACFフィオレンティーナの会長ロッコ・B・コミッソ氏が76歳でこの世を去りました。
2019年から「ヴィオラ(紫)」のクラブを率い、UEFAカンファレンスリーグで2度、コッパ・イタリアで1度の決勝進出にチームを導いた人物です。
タイトル獲得にはあと一歩届きませんでしたが、彼がクラブにもたらしたものは、トロフィーだけでは測ることができないほど大きなものでした。
この記事では、フィオレンティーナとロッコ・コミッソという一人の経営者、一人のサッカーファンの物語を、ファンと一緒に振り返りながら考えていきます。
「家族」として生きた会長――厳しく、そして甘いロッコ
公式発表の冒頭には、家族のこんな言葉が添えられています。
「Con grande dolore e tristezza la famiglia Commisso... comunicano la scomparsa del presidente Rocco B. Commisso.」
「深い悲しみと哀しみとともに、コミッソ家は…ロッコ・B・コミッソ会長の逝去をお知らせします。」
その中で家族は、彼をこう表現しています。
「Per la sua famiglia è stato un esempio, una guida, un uomo leale e fedele... con i suoi figli è stato un padre severo e amabile, come era il suo carattere, dolce e deciso」
「彼は家族にとって、手本であり、道しるべであり、誠実で忠実な人物でした…子どもたちにとっては厳格でありながら愛情深い父であり、その性格の通り、優しく、そして決断力のある人でした。」
サッカークラブの会長というと、「お金を出す人」「決定権を持つ人」というイメージが強いかもしれません。
しかし、コミッソの場合、その中心には常に「家族」という価値観がありました。
妻キャサリンとは50年の結婚生活を共にし、子どもたちには厳しさと優しさの両方をもって接していたといいます。
その姿は、そのままフィオレンティーナへの向き合い方にも重なります。
読者のみなさんは、好きなクラブの会長や監督に、どんな人物像を求めるでしょうか。
「勝たせてくれる人」だけでなく、「クラブを家族のように大切にしてくれる人」であってほしいと感じる人も多いのではないでしょうか。
「Il calcio era il suo amore」サッカーに恋した経営者
コミッソは、イタリア南部・カラブリア出身のイタリア系アメリカ人実業家でした。
米国で大手通信企業メディアコム(Mediacom)を築き上げたのち、2017年には「New York Cosmos(ニューヨーク・コスモス)」のオーナーとしてサッカー界に本格参入します。
サッカーに対する想いについて、声明にはこう記されています。
「Il calcio era il suo amore e la Fiorentina lo è diventata sette anni fa quando Rocco ha preso il comando del club Viola」
「サッカーは彼の愛でした。そしてフィオレンティーナは、7年前に彼が“ヴィオラ”のクラブを託されたときから、彼の愛そのものになったのです。」
2019年6月6日。
コミッソはデッラ・ヴァッレ家からフィオレンティーナを約1億7000万ユーロ(約170億円)で買収します。
当時のフィレンツェの街は、新たなオーナーへの期待と不安で揺れていました。
そんな中で、スタディオ・フランキで迎えられたコミッソは、こう語りかけます。
「Io sono un tifoso, chiamatemi Rocco.」
「私は一人のサポーターです。ロッコと呼んでください。」
このひと言は、ビジネスのためではなく、「サポーターの目線でクラブと向き合う」という宣言だったのかもしれません。
みなさんがもしスタジアムにいて、この言葉を直接聞いたとしたら、どんな気持ちになったでしょうか。
「会長」ではなく、「ロッコ」と呼んでほしいと言う人。
その距離の近さこそが、彼のサッカーへの、そしてフィオレンティーナへの愛の深さを物語っています。
「紫の夢」を追いかけたフィオレンティーナの7年間
コミッソ体制下のフィオレンティーナは、目に見えるトロフィーこそ掲げることはできなかったものの、ヨーロッパの舞台で存在感を放ちました。
・UEFAヨーロッパ・カンファレンスリーグ 2大会で決勝進出
・コッパ・イタリア 1度決勝進出
紫のユニフォームをまとった選手たちが、再び欧州の決勝のピッチに立つ姿を、何度も見せてくれたのです。
「sotto la sua guida la Fiorentina ha raggiunto due finali di Conference League e una finale di Coppa Italia.」
「彼のもとでフィオレンティーナは、2度のカンファレンスリーグ決勝と、1度のコッパ・イタリア決勝にたどり着きました。」
しかし、結果だけを見れば、トロフィーは1つもフィレンツェに持ち帰ることができませんでした。
クラブ最後のタイトルは、2001年のコッパ・イタリア優勝のまま止まっています。
それでも、決勝までの道のりには、多くの選手たちの成長や、スタジアムの歓喜、そして悔しい涙が詰まっていました。
決勝で涙を呑んだあの夜を、みなさんはどんな気持ちで思い出しますか。
「あと一歩だった」という悔しさでしょうか。
それとも、「またここまで戻ってこられた」という誇りでしょうか。
コミッソは、優勝という明確な結果には届かなかったものの、「紫のクラブを再び欧州の舞台へ引き戻した会長」として、その足跡を残しました。
「Viola Park」に刻まれた名前――未来へ残された遺産
フィオレンティーナにとって、コミッソが残した最大の「形あるもの」。
それが、「Rocco B. Commisso Viola Park(ロッコ・B・コミッソ・ヴィオラ・パーク)」です。
「Il Rocco B. Commisso Viola Park, la casa della Fiorentina vivrà per sempre portando il suo nome」
「ロッコ・B・コミッソ・ヴィオラ・パークというフィオレンティーナの“家”は、これからも永遠に、彼の名を冠して生き続けていきます。」
最新設備を備えたトレーニングセンターであり、トップチームと育成年代が共に時間を過ごすクラブの「家」。
コミッソは、単に「今シーズンの成績」だけを見るのではなく、クラブの未来、育成、そして「紫のDNA」を次世代にどうつなぐかという視点で投資を行いました。
そこには、こんな想いが込められていたのかもしれません。
「今の自分はやがていなくなる。けれど、クラブは、この街は、ここで育つ子どもたちは、未来へ続いていく。」
フィオレンティーナの下部組織でボールを蹴る少年・少女たちは、これからも毎日のように、ロッコの名前が掲げられた施設で汗を流していきます。
「会長」としてではなく、「クラブの未来に投資した大人」として。
彼の姿は、若い選手たちにどのように語り継がれていくのでしょうか。
コロナ禍で示した「Forza e Cuore」――街と共に歩むクラブ
コミッソのフィオレンティーナ愛は、ピッチの内側だけにとどまりませんでした。
新型コロナウイルスのパンデミックという未曾有の危機に直面したとき、彼は“街”にも手を差し伸べます。
「Ed è sempre stato vicino a Firenze e ai fiorentini, nella quotidianità e anche nel periodo più difficile dell’emergenza Covid quando la campagna Forza e Cuore ha destinato ingenti donazioni agli ospedali cittadini.」
「彼は常にフィレンツェとフィレンツェ市民のそばにいました。日常の中でも、そして新型コロナの非常事態という最も苦しい時期にも。“Forza e Cuore(力と心)”キャンペーンを通じて、市内の病院に多額の寄付を行いました。」
サッカークラブは、試合のある週末だけの存在ではありません。
スタジアムの周りで店を営む人、クラブで働くスタッフ、街で暮らす人々。
そのすべてが「クラブの一部」です。
コミッソは、そうした人々に目を向け、クラブの力をフィールドの外にも広げました。
みなさんの応援するクラブも、地域や社会とどのように関わっているか、一度調べてみると、新たな発見があるかもしれません。
残された人たちへ――「Chiamatemi Rocco」と呼びかけた会長の記憶

声明の最後には、残された人々への想いが丁寧につづられています。
「La famiglia Commisso… è certa che il ricordo e la memoria di Rocco rimarrà per sempre nei cuori delle tante persone che gli hanno voluto bene…」
「コミッソ家は確信しています。ロッコを愛してくれた多くの人々の心の中に、その記憶は永遠に生き続けるだろうと。」
さらに、こんな言葉も続きます。
「Un pensiero grande in un momento così triste va a tutte le persone della Fiorentina, staff, giocatori, dipendenti, a tutto il popolo viola e soprattutto a tutti quei ragazzi e quelle ragazze che continueranno a portare in Italia e nel mondo i colori viola e il ricordo del nostro Rocco. Ci manchi e ci mancherai sempre.」
「この悲しい瞬間に、大きな想いを寄せたいのは、フィオレンティーナのすべての人々――スタッフ、選手、社員、“ヴィオラ”の民、そして何より、これからもイタリアと世界で紫の色を掲げ、私たちのロッコの記憶を運んでくれるすべての少年少女たちです。あなたがいなくて寂しい。これからも、ずっとあなたが恋しい。」
選手たちは、これからも紫のユニフォームに袖を通します。
若い世代は、ヴィオラ・パークのグラウンドでボールを蹴り続けます。
そしてスタンドには、「ロッコ」と呼びかけたあの日の声を覚えているサポーターたちがいます。
「トロフィー」という形のない結果以上に、人の心の中に残っていくもの。
それは、クラブを愛し、街を想い、人と人をつないだ会長の生き方なのかもしれません。
あなたにとって「クラブを愛する」とは何ですか?
ロッコ・コミッソの物語は、サッカーファンである私たち一人ひとりにも、静かな問いを投げかけています。
「クラブを愛する」とは、どういうことでしょうか。
スタンドで歌うこと。
テレビの前で応援すること。
ユニフォームを買うこと。
それも立派な「愛」の形です。
一方で、コミッソのように、クラブに自分の時間と情熱を注ぎ、街や子どもたちの未来に投資する。
そんな愛の形もあります。
フィオレンティーナのサポーターでなくとも、この出来事から学べることは多いはずです。
あなたが今応援しているクラブに対して、自分はどんな関わり方をしていきたいか。
10年後、20年後、そのクラブにどんな姿であってほしいか。
ロッコ・コミッソが残した「問い」を、自分なりに考えてみる時間を持ってもいいのかもしれません。
ロッコが教えてくれた「クラブと共に生きる」こと
ロッコ・コミッソの生き方を振り返ると、あるサッカーの名言が重なります。
「Football is nothing without fans.」 「サッカーは、ファンなくしては何ものでもない。」
サー・マット・バスビーの言葉として知られるこの一言は、まさに「Io sono un tifoso, chiamatemi Rocco.(私は一人のサポーターです。ロッコと呼んでください。)」と語ったコミッソの姿と響き合います。
ファンとしてクラブを愛し、経営者としてクラブを支え、街の一員として人々とともに歩んだロッコ・コミッソ。
彼の名は、ヴィオラ・パークと、そして紫を愛する人々の心の中で、これからも生き続けていくでしょう。
そして私たちもまた、それぞれの街で、それぞれのクラブと共に、サッカーを通して生きていくのです。
| 項目 | 内容 | 評価 |
|---|---|---|
| クラブ買収 | 2019年6月、デッラ・ヴァッレ家から約1億7000万ユーロ(約170億円)で買収 | ◎ 大型投資 |
| 欧州戦績 | UEFAカンファレンスリーグ決勝進出2回、コッパ・イタリア決勝進出1回 | ○ 欧州復帰 |
| タイトル獲得 | 在任中タイトルなし。クラブ最後の優勝は2001年コッパ・イタリア | △ 未達成 |
| 育成施設 | 「ロッコ・B・コミッソ・ヴィオラ・パーク」建設。トップと育成が共用する最新施設 | ◎ 長期遺産 |
| 社会活動 | コロナ禍に「Forza e Cuore」キャンペーンで市内病院へ多額寄付 | ◎ 地域貢献 |
| 姿勢・スタイル | 「ロッコと呼んでください」と距離を縮めたサポーター目線の経営 | ◎ 人間的魅力 |
- 選手との距離を縮める言葉を選ぶ — コミッソの「ロッコと呼んでください」に倣い、指導者としての肩書きより人間としての関係を大切にする一言を練習初日に伝える
- 短期成績だけでなく育成施設・環境に投資する — ヴィオラ・パーク建設のように、今の選手だけでなく「将来ここで育つ選手」のために練習環境を整える計画を立てる
- 困難な時期にこそ地域・保護者に手を差し伸べる — コロナ禍の寄付活動に相当する行動として、チームの活動情報を保護者に丁寧に共有し信頼関係を維持する
- トロフィーがなくても愛されるクラブの作り方 — コミッソは在任7年でタイトルを取れなかった。それでも決勝に2度導き、育成施設を残したことで「記憶に残る会長」になった。結果だけがクラブの価値ではないことを知ろう
- 「サポーターの目線」で語りかけることの力 — 大きな権力を持つ会長が「ロッコと呼んでください」と言った瞬間、スタジアム全体の空気が変わった。言葉一つで人の心をつかめることを覚えておこう
- 地域の一員としてクラブを応援する視点を持つ — コミッソはコロナ禍で市内病院に寄付し、フィレンツェの人々と共に歩んだ。応援するクラブが地域社会とどう関わっているかを調べてみよう
