10ゴールの裏側にある「選ぶ力」――ラツィオU-18マヌエル・メコッツィが示す、成長とキャリアのつくり方
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「10ゴールの裏側にあるもの」ラツィオU-18マヌエル・メコッツィの選択をめぐって

2−2の同点、後半残りわずか。 ペナルティエリアの手前でボールを受けたセンターフォワードは、迷うように一歩だけ足を止めた。 シュートか、味方へのラストパスか。 その一瞬の“間”のあと、彼は思い切り振り抜き、ボールは相手GKの手をかすめてゴールネットに吸い込まれていく。
ラツィオU-18のマヌエル・メコッツィ。 2008年生まれ、今季プロのカテゴリーで戦う初めてのシーズン。 23試合で10ゴール、その半分を直近5試合で決めているという数字は、目を引くには十分だろう。 しかし、興味深いのは数字そのものではなく、そこに至るまでの「どの瞬間で、何を選んできたのか」というプロセスだ。
彼の話をたどっていくと、ひとつの問いが浮かび上がってくる。 「上手くなる」とは、いったい何を選び続けることなのか。 そして、その問いは、イタリアのローマでプレーするひとりのストライカーだけでなく、日本でサッカーをしている私たちにもそのまま返ってくる。
「5歳のひと言」から始まるキャリアの選択
遊びと“約束”の境目
メコッツィがサッカーを始めたきっかけは、5歳のときのオープンデーだという。 ピッチには4歳上の兄がいて、観客席には母親。 そのとき彼は、母に「自分もサッカーをやる」と伝えた。 本人は、その瞬間を「サッカーは遊びじゃなくて、自分との約束になった時」と振り返っている。
この「やる」と決めた一言には、子どもなりの覚悟が含まれている。 もちろん、そのときはプロになる未来など、具体的に想像できていたわけではないだろう。 それでも、自分で「やる」と口にした瞬間から、彼は少しずつ「選ぶ側」に回っていく。
日本でも、同じような瞬間はたくさんある。 初めてクラブの体験練習に行った日、テレビで見た選手に憧れた日、保護者に「続けたい」と伝えた日。 そのひと言が、どこまで本人の意思から出てきたものなのか、どこからか“期待”や“雰囲気”に押されて出てきたものなのか。 そこを丁寧に見つめ直してみることに、意外と大きな意味があるかもしれない。
| 場面 | 外から与えられた答え | 自分で選んだ答え | 評価 |
|---|---|---|---|
| クラブ選び | 有名クラブに従う・周囲の意見で決める | なぜそこなのかを自分の言葉で説明できる | ◎ |
| 出場機会が少ない時 | 「監督が間違っている」と外部のせいにする | 「今の自分に何が足りないか」を問い続ける | ◎ |
| 試合中の判断 | コーチの指示だけを待つ | 状況を読んでリスクと安全のバランスを取る | ○ |
| 進路選択 | 偏差値・知名度だけで選ぶ | 自分の成長に何が必要かで選ぶ | △ |
| 失敗への向き合い方 | 「あの試合さえなければ」と後悔で終わる | 「何を学べたか」を言語化して次に活かす | △ |
ローマの街クラブを渡り歩くということ
メコッツィは、育成年代をひとつのクラブで過ごしたわけではない。 J Academy Roma、Talent Academy、Salaria Sport Club、Nuova Tor Tre Teste、Giardinetti、Accademia Calcio Roma、Savio、そしてラツィオへ。 ローマ周辺のアマチュアクラブを、まるでパズルのピースを集めるように渡り歩いてきた。
クラブを移るたびに、指導者も、仲間も、戦い方も変わる。 与えられるポジションや役割も、チームによって違う。 「ここでは何を求められているんだろう」 「自分はどういうFWとして見られているんだろう」 毎回、その問いに向き合いながらプレーしてきたはずだ。
日本では、同じクラブで長く育つことの良さがよく語られる。 一方で、環境を変えることに対して、ネガティブなイメージがつきまとうこともある。 「また移るの?」「落ち着きがない」といった目線が、選手や保護者の頭をよぎることもあるだろう。
けれど、違う環境を選ぶことは、本当に“逃げ”だけなのだろうか。 メコッツィのように、クラブを変えながらも、そこにある「新しい要求」に適応していく選手もいる。 続けるか、移るか。 そこに正解はなく、「なぜ、その選択をしたのか」を自分の言葉で説明できるかどうかが、ひとつの鍵になっているのかもしれない。
「ゴールを取る」だけではないセンターフォワードの仕事
- 「なぜそうした?」を問い続ける — 結果の正誤より判断の根拠を引き出す問いかけを練習後に習慣化する(30秒の一言でよい)
- 複数環境の経験を肯定的に語る — クラブを移った選手を「落ち着きがない」と見ず、新環境への適応力として評価し言語化して伝える
- 「今日の1分間」の目的を出場前に確認する — 途中出場の選手に「この時間で何を優先するか」を事前に問い、主体的なプレーへと誘導する
ハーランドとインモービレのあいだで
メコッツィは、自分の手本としてふたりのFWの名前を挙げている。 マンチェスター・シティのアーリング・ハーランドと、ラツィオのエース、チーロ・インモービレだ。
ハーランドには「フィジカルとゴールへの飢え」を学びたいと言う。 スペースに飛び出すタイミング、相手の背後を突く動き、ゴール前での“ためらわないシュート”。 映像を見ながら、どれくらい意識して真似しているのだろうか。
一方で、インモービレは、スタジアムで何度も目の前でゴールを見てきた存在だという。 ゴールが決まった瞬間のノースカーブ(ラツィオの熱狂的なサポーターが集まるゴール裏)の爆発するような歓声。 そして、自分もいつかそのゴール裏の前でゴールを決め、歓声を浴びたいとイメージしている。
ここには、ふたつの「イメージトレーニング」がある。 ひとつは、プレーのイメージ。 もうひとつは、感情のイメージだ。
日本の育成年代では、前者の「プレーの真似」はよく話題になる。 しかし、後者のように「どこで、誰の前で、どんな気持ちでプレーしていたいのか」というイメージを、どれくらい言葉にできているだろうか。
もし自分なら、どの選手を手本にするか。 その選手の、どの場面、どの感情まで真似したいのか。 それを考えるだけでも、自分のプレーモデルは少し変わっていく。
- 憧れの選手の「感情まで」真似する — プレーの形だけでなく、どのスタジアムで、どんな感情でプレーしていたいかをイメージすることでモチベーションの軸が定まる
- ベンチ期間を「信頼を積み上げる時間」に再定義する — 試合に出られない時期は「評価されていない」ではなく、「次の出場機会で何を見せるか」を準備する期間として捉え直す
- 親子でサッカー以外の「選択」を話し合う — 日常の小さな選択を子ども自身に任せる機会を増やし、判断する筋肉を育てる
「点を取る選手」から「チームを助ける選手」へ
今季、ラツィオU-18で10ゴールを挙げているメコッツィ。 チームは現在、プレーオフ圏内から8ポイント離れた10位にいる。 つまり、個人としては結果を出している一方で、チームとしてはまだ道半ばにある状況だ。
そのなかで、彼は今季の目標を「ゴールを取り続けること」ではなく、「成長し続けてチームを助けること」と言葉にしている。 この「チームを助ける」という表現は、抽象的なようでいて、実はとても現実的な問いを含んでいる。
例えば、こんな問いだ。
- 自分が点を取れない試合で、何をしてチームを助けるのか
- リードしている試合と、追いかける試合で、FWとしての役割をどう変えるのか
- 出場時間が短い中で、ピッチに立った数分間に何を優先して行うのか
点を取るだけなら、シュートの本数を増やす選択もある。 だが、チームの状況によっては、ボールを収めて時間を作ること、守備のスイッチになること、仲間を生かす動きに徹することが、より重要になる場面もある。
「自分なら、この試合展開で、何を選ぶだろう」 センターフォワードに限らず、どのポジションの選手でも、自分のプレーと置き換えて考えてみると、見えてくる景色が変わるかもしれない。
「信じる力」は、結果が出ない時期に試される
プレー時間を「勝ち取る」という感覚
メコッツィは、自分のキャリアを振り返って、「最初は簡単ではなく、試合に出る時間を少しずつ勝ち取ってきた」と語っている。 10ゴールという結果だけを見ると順風満帆のようだが、そこに至るまでには、控えに回る時間や、思うように評価されない時期があったはずだ。
日本の育成年代では、「試合に出られない=評価されていない」と感じてしまいやすい。 そのとき、選手も保護者も、どう受け止めるかで、その後の姿勢は大きく変わっていく。
ひとつの見方として、「監督が間違っている」と考えることもできる。 別の見方として、「今の自分では、まだ信頼を得る材料が足りない」と受け取ることもできる。
どちらが正しいとも言えない。 大切なのは、どちらか一方の見方に縛られすぎず、「じゃあ自分はどうするか」と考え続けられるかどうかだ。
メコッツィは、「自分を信じてきた」と言う。 これは「自分は天才だから大丈夫」という意味ではないだろう。 プレー時間が短くても、思うように点が取れない期間があっても、「トレーニングで積み重ねていけば、いつか結果は出る」と、自分の努力を信じ続けるということだ。
もし自分が、もしくは自分の子どもが、ベンチに座る時間が長くなったとき。 「何を信じるか」を、いちど立ち止まって考えてみる価値があるかもしれない。
支えてくれる家族との距離感

メコッツィは、自分のサッカー人生について語るとき、家族の存在を何度も口にしている。 父、母、4歳年上の兄、そして祖父母。 「これまでやってこられたのは家族のおかげだし、これからもそうだと思う」と、落ち着いた口調で話している。
ここで興味深いのは、「支えられている」と感じながらも、自分の目標を自分の言葉で語っている点だ。 プレーオフ進出を目指すチームのなかで、自分がどう成長し、どうチームに貢献するか。 夢見るだけでなく、そのために「今シーズン、どこを伸ばしたいのか」を具体的に捉えようとしている。
日本でも、家族の支えは育成年代のサッカーに欠かせない。 ただ、支え方のバランスはとても難しい。 応援と期待、アドバイスと口出し、信じることと結果を求めること。 その間で揺れながら、保護者もまた「どんな距離感を選ぶか」を問われている。
メコッツィのように、選手自身が「家族のおかげ」と素直に言える関係性とは、どんな会話の積み重ねの上にできあがるのだろうか。 日本の家庭の中でも、一度ゆっくり話してみたいテーマかもしれない。
「プレーオフまで8ポイント」の今、何を優先するか
結果と成長のあいだで揺れるシーズン
ラツィオU-18は、現在10位。 プレーオフ圏内までは8ポイント差がある。 残りの試合数を思えば、「絶対に不可能」と言い切るには早い。 だが、現実的には簡単ではない差でもある。
この状況で、チームとして何を優先するか。 結果に全てをかけて、目の前の勝ち点だけにフォーカスするのか。 それとも、選手個々の成長と、来季以降を見据えたゲームモデルの落とし込みを優先するのか。
おそらく、実際にはその両方を同時に追いかけているだろう。 実績のあるクラブの下部組織であればなおさら、「勝つこと」も「育てること」もどちらも求められる。
日本の育成年代も、同じジレンマを抱えている。 高校サッカー選手権やクラブユース選手権という「結果」が注目される一方で、「選手をどれだけ成長させたか」という視点も無視できない。
もし自分が選手なら、この状況で何を一番大事にするか。 もし自分が指導者なら、どのように選手に目標を提示するか。 もし自分が保護者なら、残りのシーズンをどういう言葉で見守るか。
「プレーオフまで8ポイント」という距離は、順位表の数字以上に、さまざまな立場の人の思考を浮かび上がらせる。
1分間の価値をどう捉えるか
メコッツィは、ここまで23試合994分間プレーしている。 フル出場もあれば、途中出場もあるだろう。 単純計算すれば、1試合あたり40分強。 出場時間が限られる試合も、きっとある。
「もっと出してほしい」と考えることもできる。 しかし、彼は与えられた時間を「チームを助けるためのチャンス」と捉えているように見える。 出場した時間すべてを足した結果が994分であり、その中で10ゴールを積み上げてきた。
日本でも、「あと5分出ていれば」「もっと早く替えてくれれば」と感じる場面は少なくない。 だが同時に、「今もらっている1分間を、どれだけ濃く使えているか」という視点を持ってみると、見える風景は変わってくる。
途中出場でピッチに立った残り10分。 そこで何を優先するか。 結果を急いで無理なプレーをするのか、チームのリズムを崩さないことを選ぶのか。 そこでも、やはり「選ぶ力」が問われている。
「夢を描きながら、今を選ぶ」ということ
ノースカーブの前でのゴールを思い描きながら
メコッツィは、「いつか、自分もノースカーブの前でゴールを決めて歓声を浴びたい」と話す。 スタジアムのゴール裏、クラブの象徴ともいえるサポーターの前。 そこでゴールを決める自分の姿を、今から鮮明にイメージしているのだろう。
この夢は、まだ現実ではない。 それでも、そのイメージがあるからこそ、目の前のトレーニングや試合に意味が生まれる。 「今日のこの1本のシュート」「この1回のプレス」が、遠くにあるはずの未来と細くつながる。
日本でプレーする選手たちも、スタジアムの名前や、立ってみたいピッチの名前を思い浮かべることがあるかもしれない。 Jリーグのスタジアム、海外のスタジアム、あるいは高校選手権の決勝の舞台。 そのイメージを単なる“憧れ”で終わらせず、「今日の自分は、その夢につながる選択ができているか」と問い返してみる。
夢を描くことと、現実を見ることは、相反する行為ではない。 むしろ、夢があるからこそ、今の小さな選択に意味が出てくるのかもしれない。
「正解」を急がないという選び方
メコッツィのこれまでの道のりを一言でまとめることは、難しい。 多くのクラブを渡り歩いたことも、時間をかけて出場機会を増やしてきたことも、今季プロカテゴリーで結果を出し始めていることも。 どの瞬間を切り取るかによって、「うまくいっている」「まだまだこれからだ」という評価は簡単に変わってしまう。
それでも、ひとつだけ確かなのは、彼が「そのときどきで、自分なりの選択をしてきた」ということだ。 5歳でサッカーを始めると決めたとき。 クラブを移るとき。 出場時間を少しずつ勝ち取る過程で、諦めるか続けるか迫られたとき。 そして、今、ラツィオU-18で10ゴールを決めながら、プレーオフを追いかける日々の中で。
日本でサッカーに関わる私たちも、似たような場面に何度も出会う。 進路、ポジション、クラブ選び、日々の練習への向き合い方。 「どれが正解か」を急いで探そうとすると、かえって周りの声に振り回されやすくなる。
もしかしたら、今できるのは、「自分はなぜ、これを選ぶのか」と一度立ち止まって考えることだけかもしれない。 そして、その選択が必ずしも完璧な答えでなくても、選んだ後にどう向き合うかで、意味は変わっていく。
答えの出ない90分をどう生きるか
サッカーの試合は90分で終わる。 スコアはきれいに「勝ち」「負け」「引き分け」という結果で区切られる。 けれど、その90分の中と外には、数字では測れない、たくさんの選択の積み重ねがある。
10ゴールという成果だけを見れば、マヌエル・メコッツィの今季は「成功している」と言えるのかもしれない。 だが、本当に大切なのは、その裏側で彼がどんな場面で迷い、どんな理由で今の選択をしてきたのか、ということだろう。
もし自分が同じ年齢だったら、どう考えるだろうか。 もし自分が彼の指導者なら、何を問いかけるだろうか。 もし自分がその親だったなら、どんな言葉で背中を押すだろうか。
サッカーは、答えがひとつに決まらないスポーツだ。 だからこそ、「なぜ、そう選ぶのか」を考え続けること自体が、プレーを深くし、人を少しだけ成長させてくれるのかもしれない。
今日のトレーニング、次の試合、これからの進路。 自分なら、何を選ぶだろう。 その問いを大切に抱えながら、またピッチに立ってみたい。
