ジラルディーノ監督率いるピサの「つながない勇気」と現実的サッカーの戦術的価値を分析するNEWDIHコラムのイメージ画像

つながない勇気、戦う場所を選ぶ知性――ジラルディーノのピサが示す「現実的なサッカー」の価値

DEFINITION
ジラルディーノのピサが実践する現実的サッカーとは
アルベルト・ジラルディーノ監督率いるピサは、セリエAに34年ぶりに復帰した2025-26シーズン、後ろからつながずに前線へロングボールを蹴り込むスタイルを選択している。これは単なる「ロングボールサッカー」ではなく、守備陣の特徴・選手の長所・残留というミッションを踏まえた戦略的判断であり、「自分たちが勝負できる場所」を選んでゲームを設計する現実的サッカーの価値を示している。

「つながない」勇気と、その先にあるもの ― アルベルト・ジラルディーノのピサから考える ―

ロングボールが空を切る、その一瞬にある「選択」

自陣ペナルティエリアの前。 センターバックがボールを収め、前をうかがう。 観客の多くは、次に何が起こるかもう知っている。 ピサはつながない。 迷いなく、前線のステファノ・モレオか、ターゲットのイドリッサ・トゥーレ、あるいは最前線のヘンリク・マイスターへ、ロングボールを蹴り込む。

イタリア、セリエAに34年ぶりに戻ってきたピサ。 監督はアルベルト・ジラルディーノ。 かつてゴール前で冷静に「どこで勝負するか」を選び続けたストライカーは、いま指揮官として、チームに明確なメッセージを投げかけているように見える。

「自分たちはここで勝負しない。 足元ではなく、前線で決着をつける。」

その選択は、ただの「ロングボールサッカー」という言葉では片づけられない。 なぜなら、その背後には、選手の特徴、クラブの立ち位置、リーグのレベル、そのすべてを見つめたうえでの「覚悟」が含まれているからだ。

COMPARISON / ピサのサッカースタイル——攻守の設計と選手役割
局面 ピサの選択 その意図・効果 評価
攻撃の基本形 後ろから丁寧につながずロングボールで前線へ 守備陣の球出し能力ではなく空中戦の強さを活かす ◎ 選手特徴と合致
前線の役割分担 トゥーレが空中戦ターゲット、モレオがセカンドボール回収 ロングボール後のポジション取りで頭を使う設計 ◎ 機能的
守備の基本形 5-3-2でブロックを構え、スイッチが入ると5-2-3に変化 相手の陣形が崩れた瞬間に一気に奪いにいく ○ 柔軟
プレスの判断 タッチライン際など相手が詰まった瞬間にスイッチオン 無駄なリスクを避けつつ高い位置でボールを奪う ○ 柔軟
ポジション解釈 アンゴリがウイングバック全域を担い、モレオは10番以上の役割 「ポジション名」より「チームでの機能」を優先する考え方 ◎ 機能重視
スタイルの一貫性 残留ミッションに対して明確な今季の答えを出している 選手・目標が変わればスタイルも変わりうると記事は述べている △ 条件依存
◎=ピサが意図的に選択・徹底している要素 / ○=状況に応じて柔軟に変化 / △=今季限定の可能性あり

ジラルディーノのピサが手放したもの、手放さなかったもの

今のピサは、ベースを3-4-2-1に置きながらも、試合の流れに応じて形を変えていく。 ボールを持てば3-1-4-2や3-1-4-1-1に変化し、ボールを失えば5-3-2や4-4-2で構える。

ただ、その「変化」の中で、一貫して手放しているものがひとつある。 それが「後ろから丁寧につなぐ」という発想だ。

守備陣を見ると、その理由が見えてくる。 アントニオ・カラッチョーロ、シモーネ・カネストレッリ、アルトゥーロ・カラブレーシ、そして補強されたラウル・アルビオル。 彼らは球出しの名手ではない。 代わりに、1対1の強さや空中戦、エリア内の守備に優れた、いわば「堅さ」を武器にするタイプだ。

このメンバーで、「ビルドアップで相手をはがしながら前進する」ことを目指すことも理論上はできる。 しかしジラルディーノは、そうしなかった。 その代わり、こう判断しているように見える。

  • ゴールキックや自陣でのボール保持で無理をしない
  • 前線のマイスター、モレオ、トゥーレに向けて、早く・強く・はっきりしたボールを蹴る
  • そこでの競り合いやセカンドボールから一気に攻める

つまり、彼らは「自分たちが苦手な場所」でのリスクを減らし、「自分たちが勝負できる場所」にゲームを運ぶことを選んだ。 これは、何かを捨てる決断でもある。

例えば、こうしたものだ。

  • ボールを長く握って試合をコントロールする感覚
  • 後ろからきれいにつないで崩す「美しさ」
  • ビルドアップ能力の向上という、長期的な育成的メリット

それでも、ジラルディーノは今季のピサにとって、「残留」という現実的なゴールを最優先にした。 選手の特徴と、リーグのレベル差を考えれば、ある意味ではとても理にかなっている選択でもある。

ここで立ち止まって考えたくなる。 もし自分が選手だとしたら。 もし自分が指導者だとしたら。 「今の自分たちで、どこで戦うのが一番可能性があるのか?」 同じ問いを突きつけられた時、何を手放し、何を残すだろうか。

FOR COACHES / 指導者が育成現場で活かせる3つの考え方
「自分たちの戦う場所」を決める指導者の視点
  1. 選手の長所からスタイルを決める判断を言語化する — 「なぜ今のメンバーでこの戦い方を選んでいるのか」を自分の言葉で説明できるようにし、選手にも理由を共有する
  2. ポジション名ではなく「チームでの機能」を選手と話す — アンゴリやトゥーレのように、同じポジションでもチームの状況で求められる役割は変わる。「今自分は何を一番求められているか」を選手自身に言語化させる習慣をつくる
  3. 「急ぐ場面」と「待つ場面」を意識させる — ピサはロングボールで速さを求める一方、守備ブロックではじっと待つ時間もある。「今は急ぐ時か待つ時か」を瞬時に判断する練習を取り入れる
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「つなぐ」か「蹴る」かではなく、どこで頭を使うか

ピサは、ボールを持つ時間は長くない。 だからといって、「考えないサッカー」をしているわけではない。

ロングボール一つとっても、そこには細かな「役割」と「判断」が積み重なっている。 例えば、こんな場面だ。

  • キーパーやセンターバックがロングキックを蹴るとき、まず狙うのは前線のトゥーレやマイスター
  • 彼らは空中戦で競るだけでなく、味方への「落としどころ」を意識する
  • その周りには、モレオとマテオ・トラモニがポジションを取り、こぼれ球を拾う準備をする
  • 中盤のミシェル・エービッシャーやマリウス・マリンは、さらにその後ろでセカンドボール、サードボールを拾いに動く

つまり、前に蹴ったあとこそ、選手たちの「考える時間」が始まる。 どこに落ちるか。 その次のパスをどこに出すか。 相手はどのラインを上げてくるか。 リスクを減らした分、別の場所で頭をフル回転させている。

日本の育成年代では、「後ろからつなぐこと」自体が目的になってしまう場面もある。 もちろん、それには大きな価値がある。 しかし、ピサのように、「自分たちの特長」「相手との差」「時間帯やスコア」を踏まえたうえで、あえてつながない選択をするチームもある。

どちらが正しいか、という話ではない。 むしろ大切なのは、

  • なぜ、今、このメンバーで、その方法を選ぶのか
  • その選択は、選手の長所と短所をどのように見て決められているのか

という問いを、選手自身も、指導者自身も、何度も自分に投げかけているかどうかだろう。

FOR PLAYERS & PARENTS / 選手・保護者が観戦・育成に活かせる3つの視点
「つながないサッカー」の裏側にある知性を読む
  1. ロングボールの後のポジション取りに注目する — ピサの選手はボールを前に蹴った後こそ、次のこぼれ球の落下点を予測して動いている。ゴールシーンよりその直前の動きを追うと試合の見方が変わる
  2. 「きれいじゃないサッカー」にも理由があると想像する — ロングボール主体のスタイルを「つまらない」と感じる前に、なぜそのチームがその選択をしているかを監督・選手の立場から考えてみる
  3. わが子のポジションを「機能」で見てみる — サイドバックだから守るだけ、ではなくそのポジションで今季どんな役割を求められているかを子どもに聞いてみる。答えられれば戦術理解が育っているサイン

守るときに見える「迷い」と「割り切り」

ボールを持たないときのピサは、また別の顔を見せる。 基本は5-3-2で、自陣の近くでは素早く5枚のラインを作って守る。 しかし、相手が後ろでゆっくり組み立てるときは、4-4-2気味に形を変え、前線と中盤の4人でパスコースを制限する。

興味深いのは、プレスのかけ方だ。 相手のビルドアップに対して、最初は「前から行きすぎない」。 ボールを前に運ばせないことを優先し、横パスやバックパスへと追い込む。 ところが、ボールがタッチライン際に出たり、相手の陣形が少し崩れたりした瞬間、一気にスイッチが入る。

5-3-2の3人の中盤が、高い位置まで食いつき、前線の2人とともに「5-2-3」に近い形で奪いにいく。 その中心にいるのが、マリウス・マリンのような、激しくボールに食らいつくタイプの選手だ。

当然、そこにはリスクもある。 プレスのタイミングがずれれば、簡単に剥がされる。 中盤が食いついた背後のスペースを突かれることもあるし、ファウルが増えることもある。

ただ、その「失敗しうる選択」を、あえて受け入れているようにも見える。 守備を「安全にブロックを敷くだけ」にしてしまえば、リスクは減る。 だがその分、ボールを奪う位置は低くなり、カウンターに出る距離も長くなる。 ピサの選手たちは、

  • リスクを取って高い位置で奪いにいく時間帯
  • いったん下がってブロックを固める時間帯

この2つを行き来しながら、試合ごとに、状況ごとに、「どこで勝負するか」を選び続けている。

守備のときこそ、「考える守備」が求められているのかもしれない。 走りながら、相手を見ながら、味方との間合いを感じながら、 「今は行くべきか、待つべきか」。 この問いに、瞬間ごとに答えを出し続ける作業が、守備の中身を決めていく。

ポジションの「役割」を、自分なりに解釈するということ

ピサの中で、いくつかのポジションには非常にはっきりとした「役割」が与えられている。

例えば、左のサイドにいるサムエレ・アンゴリ。 もともとは「守備的なサイドバック」タイプだったが、昨季フィリッポ・インザーギのもとで、今季はジラルディーノのもとで、「サイド全域を上下動するウイングバック」へと変貌を求められている。

かつての自分のイメージを、一度手放さなければならなかったはずだ。 「守れればいい」では、もう試合に出られない。 しかし「攻撃だけできればいい」わけでもない。 守備と攻撃、その両方をどこまで同時にこなせるか。 毎試合、その問いと向き合わされている。

右のトゥーレも、分かりやすい役割を背負っている。 ピサのロングボールは、彼を目がけて飛んでくることが多い。 単に「サイドハーフ」ではなく、

  • 空中戦で競るターゲット
  • そこでの落としを起点にチームを前進させるスイッチ役

として扱われている。 トゥーレ本人が、サイドの選手として何を理想としてきたかは分からない。 もっと足元で受けて仕掛けたい気持ちもあるかもしれない。 それでも、今のチームで求められているのは、「まずは空中戦で勝つこと」。

そして、モレオ。 彼は「トップ下」と表記されることが多いが、実際のプレーは、

  • セカンドトップのようにゴール前に顔を出す
  • 中盤まで下がり、ボールを収めてファウルをもらう
  • 守備では前線からのプレッシングに加わる

など、役割は「10番」というひと言では収まらない。 自分のポジションを、ただ「書いてある通り」にこなすのではなく、 「このチームで、自分のポジションは何を一番求められているのか」を理解し直しているように見える。

日本の育成年代でも、「サイドバックだからこう」「ボランチだからこう」と、役割が固定されてしまうことがある。 しかし実際の試合では、指導者によっても、チームのスタイルによっても、そのポジションの意味は変わる。

アンゴリやトゥーレ、モレオの姿からは、こうした問いが浮かんでくる。

  • 「ポジション名」に縛られず、今のチームの中での自分の役割を、自分の言葉で説明できるか
  • その役割を、自分なりにどう解釈し、どう広げていこうとしているか

「急がない」ことと、「素早く決める」ことは両立するか

ピサのサッカーは、一見すると「急いでいる」。 ビルドアップに時間をかけず、奪ったらすぐに前へ。 カウンター、縦への鋭いパス、サイドからのクロス、ミドルシュート。 どれも「早くゴールに近づくこと」を目指した選択に見える。

しかし、よく見ると、「急がない」時間も存在している。 例えば、守備ブロックを敷いているとき。 相手が横にボールを回している間、無理に飛び込まず、ラインを整え続ける。 プレスのスイッチが入るまでは、むしろじっと待ち続ける。

また、ロングボールの後も同じだ。 最初の競り合いでボールが収まらなければ、一度エービッシャーやマリンに預けて、もう一度サイドや前線の動きを整え直す。 「すぐにシュートまで行かなければならない」というわけではない。

ここには、「どこでスピードを上げるか」「どこであえて待つか」という、時間に対する感覚がある。 それは、選手がピッチ上で「答えを決めつけすぎない」ことにもつながっているように見える。

日本の選手に置き換えてみると、 「監督に言われたからこうする」 「チームで決めた形があるからそれをやる」 という発想になりがちな場面でも、

  • 今は本当に「急ぐ」時間なのか
  • あえて、もう一呼吸おくべき時間なのか

その場で、自分の目で判断して選ぶ力が求められる。 ピサの試合を見ていると、

「スピードのあるサッカー」と 「答えを急がない姿勢」は、 実は矛盾しないのではないか、 そんな感覚が生まれてくる。

日本ではどう考えられるか ― 自分たちの「戦う場所」を決めるという視点

ピサの選択は、現在の日本サッカーの議論とも、どこかつながっている。 後ろからつなぐスタイル、ポゼッション志向、あるいはカウンター重視。 どのスタイルも、長所もあれば、短所もある。

大切なのは、

  • 目の前の選手たちが、何を得意としているのか
  • リーグや大会のレベルの中で、どこで戦えば可能性が高いのか
  • 今季(今大会)だけ見るのか、2年後・3年後を見据えるのか

こうした視点から、「自分たちの戦う場所」を決めることだろう。

ピサは、残留という短期的なミッションに対して、かなり明確に「今季の答え」を出している。 ただし、それがずっと続くのかどうかは、また別の話だ。 選手が変われば、クラブの目標が変われば、スタイルも変わりうる。

読んでいるあなたが、もし選手なら。 自分のチームは今、どこで戦っているだろうか。 もし自分が監督なら。 選手たちの特徴とカテゴリーのレベルを踏まえたうえで、どこに試合の重心を置こうとしているだろうか。

そして、保護者として見守る立場なら。 子どものチームが選んでいるスタイルを、「勝ち負け」や「きれいかどうか」だけで見ていないだろうか。 その裏側にある、指導者の迷いや葛藤、選手たちの試行錯誤を想像してみたとき、 見え方は少し変わってくるかもしれない。

FAQ / よくある質問
Q. ジラルディーノのピサはどんな戦術を使っているのですか?
A. ピサは基本フォーメーション3-4-2-1をベースに、ボールを持つと3-1-4-2や3-1-4-1-1、守備時は5-3-2や4-4-2に変化します。後ろから丁寧につながず、前線のトゥーレやマイスターへのロングボールを基本とし、セカンドボールをモレオやトラモニが回収する設計です。
Q. ピサがロングボールを選ぶ理由は何ですか?
A. 記事によると、カラッチョーロやカネストレッリなどピサの守備陣は球出しの名手ではなく、1対1の強さや空中戦に優れたタイプです。そのため「後ろから丁寧につなぐ」ことで生じるリスクを減らし、「自分たちが勝負できる場所=前線での競り合いとセカンドボール」にゲームを運ぶことを選択していると分析されています。
Q. ジラルディーノ監督とはどんな人物ですか?
A. アルベルト・ジラルディーノは元プロサッカー選手で、かつてゴール前で「どこで勝負するか」を選び続けたストライカーです。引退後は指揮官に転身し、ピサをセリエAに34年ぶりに復帰させました。選手の特徴・クラブの立ち位置・リーグのレベルを見つめたうえで戦い方を設計する監督として記事では紹介されています。
Q. ピサのサッカーは育成年代の指導者に何を示唆していますか?
A. 記事は、「後ろからつなぐこと自体が目的」になりやすい日本の育成現場に対して、「なぜ今このメンバーでこの方法を選ぶのか」「選手の長所と短所をどう見て決めているのか」という問いを持つことが大切だと述べています。勝ちやすさと育成的メリットのどちらを優先するかは状況によって変わるため、選択の理由を言語化することが重要です。

答えのないゲームを、どこまで楽しめるか

ロングボールを多用するピサのサッカーは、好みが分かれるかもしれない。 もっとつないでほしい、と感じる人もいれば、現実的でいい、と感じる人もいるだろう。

ただ、そこに「正解」を見つけようとするよりも、 なぜ彼らはその選択をしているのかを考えること自体が、サッカーの面白さなのだと思う。

その選択の裏には、 選手個々の長所と短所、 監督の経験、 クラブの歴史と現状、 対戦相手との力関係、 さまざまな要素が絡み合っている。

そして、その中で一人ひとりの選手が、 自分の役割をどう受け止め、 どこまで広げ、 何を手放さずにプレーし続けるのか。

ピサの試合を見終えたあと、 スタイルを評価する前に、一度だけ立ち止まってみたい。 もし自分があのピッチに立っていたら、 どこで戦おうと決めるだろう。 何を捨てて、何を残すだろう。

サッカーは、90分間の中で、無数の選択が重なり続けるゲームだ。 だからこそ、簡単な「正解」はないし、 だからこそ、その迷いの一つひとつを味わう余白が、 サッカーを長く好きでいられる理由になるのかもしれない。

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