ローマ新スタジアム訴訟が映し出す「木のスタジアム」と建築デザインの著作権問題
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ローマ新スタジアム「パイエトラ―タ計画」と“建築の著作権”という問い
イタリア・セリエAの名門、ASローマが建設を目指している新スタジアム「パイエトラ―タ計画」。 その設計をめぐって、イングランドのクラブ「フォレスト・グリーン・ローバーズ(Forest Green Rovers)」のスタジアム計画との“盗用疑惑”が争われていたことを知っている人は、まだ多くないかもしれません。
ローマと、世界的なスタジアム設計で知られる建築事務所「Populous(ポピュラス)」は、ローマの裁判所での法的争いに勝利しました。 争点となったのは、新スタジアムの建築デザインが、イングランドの再生可能エネルギー企業「Ecotricity(エコトリシティ)」が進めてきた「Ecopark Stadium(エコパーク・スタジアム)」の“パクリ”なのかどうかという点です。
裁判所は、「盗用にはあたらない」と判断し、エコトリシティの申し立てを全面的に退けました。 このニュースは、単に「勝った・負けた」の話ではなく、サッカースタジアムの未来、そして「デザイン」と「オリジナリティ」をどう考えるかという、私たちにも関係するテーマを含んでいます。
フォレスト・グリーン・ローバーズと「木のスタジアム」という夢

今回、ローマと対立する形になったエコトリシティは、イングランドの小さなクラブ、フォレスト・グリーン・ローバーズのスタジアム計画の発注元です。 このクラブは「世界で最もエコなサッカークラブ」として知られ、菜食主義のクラブメニュー、再生可能エネルギーの活用、環境負荷の低減など、サッカー界の中でも非常に先鋭的な取り組みを続けています。
エコトリシティは、約10年前から「Ecopark Stadium」という、 木材を全面的に用いたスタジアムの構想を育ててきました。
彼らが目指したのは、単なる観客席の器ではなく、「環境と共生するフットボールの聖地」でした。 木のぬくもりを感じさせる構造、流れるような曲線のフォルム、スタジアムを包み込むような光の演出。 それは、スタジアムが環境破壊の象徴ではなく、「サステナブルな未来」の象徴になりうることを示す挑戦でもありました。
エコトリシティは、ローマの新スタジアムのデザインを見たとき、そこに自分たちの夢の“コピー”を感じ取ったのでしょう。 だからこそ、今回の訴えに踏み切りました。
エコトリシティが主張した「似ているポイント」
エコトリシティ側が指摘したのは、特に次のような特徴です。
・木材をイメージさせる「ラメラ構造(細い部材を束ねたような構造表現)」
・外観に多用された「曲線的なフォルム」
・外装の隙間や構造体を活かした「光の演出(光と影のグラデーション)」
エコトリシティは、これらが「Ecopark Stadium」のデザインにおける重要な個性であり、 ローマの新スタジアム案に「不当に流用された」と感じたのです。
そのうえで、彼らは裁判所に対して次のような措置を求めました。
・ローマ新スタジアムの全ての設計資料へのアクセスと、その内容の調査
・スタジアムの完成予想図(レンダリング画像)の利用差し止め
・クラブ公式サイトやSNSなどから、それら画像や関連コンテンツの削除
つまり、「完成前の段階であっても、この計画を止めたい」という強い意思表示だったと言えるでしょう。
ローマ裁判所の判断:「アイデア」は保護されない
しかし、ローマの裁判所は、この申し立てを退けました。 その理由は、著作権と建築設計の関係を考えるうえで、とても示唆的です。
裁判所は、まずこう整理しました。
「il diritto d’autore non tutela le idee o le soluzioni concettuali, ma solo la forma espressiva originale」 「著作権法は、アイデアやコンセプト上の解決策そのものを保護するのではなく、それが具体的な表現として現れた“独自の形”だけを保護の対象とする」
つまり、「木を使ったスタジアム」「曲線的なデザイン」「光を活かした演出」といった“発想”そのものは、著作権によって守られるものではない、という立場です。
また、裁判所は次のようにも述べています。
「gli elementi indicati dalla ricorrente (lamelle, curve, giochi di luce) non presentano carattere di novità」 「申立人が指摘した要素(ラメラ構造、曲線、光の演出)は、それ自体として新規性を持つものではなく、過去の多くの建築作品にも広く見られるものである」
ここでは、「オリジナルだ」と主張された要素が、建築の世界ではすでに一般的に使われている表現であり、「誰かの専売特許」にはなり得ないと判断された形です。
さらに、裁判所は、「ローマ新スタジアムにはまだ“完成した設計図”が存在しない」ことも指摘しました。 現段階にあるのはあくまで「予備的な計画」であり、「経済的利用が可能な完成作品とまでは言えない」と見なしたのです。
レンダリング画像は「違法」か?
ここで、多くのファンが気になりそうなのが、公開されているスタジアムの完成予想CG(レンダリング)です。 エコトリシティは、これらの画像の使用差し止めも求めていました。
しかし、裁判所はこの点についても、「現時点では著作権侵害とは言えない」と結論づけました。 理由は、「Ecopark Stadium」との間に、「具体的にどの部分が同じと言えるのか」を、明確かつ一義的に対応づけることができていないからです。
スタジアムのイメージ画像同士を比べ、「なんとなく似ている」と感じることはあるかもしれません。 けれど法廷では、「似ている気がする」だけでは足りず、「ここがこうで、こういう理由で、他にない独自性を共有している」と示す必要があります。
このレベルでの「一致」を見いだせなかった以上、裁判所としては差し止めまで踏み込むことはできなかった、ということになります。
「設計の途中段階」をどこまでチェックしてよいのか

もうひとつ、裁判所が強調した重要なポイントがあります。 それは、「設計の内部プロセス」をどこまで外部から制限できるか、という問題です。
裁判所は、次のように述べています。
「non è ammissibile un controllo preventivo sulle fasi interne di progettazione, né un ‘processo alle intenzioni’」 「設計の内部段階に対して、事前のコントロールを認めることはできないし、“まだ形になっていない意図”に対して裁判を行うこともできない」
ローマの新スタジアムは、最終的な設計案が行政手続きの中で公開されることが決まっています。 つまり、いずれ市民の目にも、他クラブの関係者の目にも、その全容が明らかになります。
だからこそ、「その前の段階で、設計チームのアイデアや検討プロセスにまで踏み込んで差し止めるべきではない」と裁判所は考えました。
この判断は、「創造の自由」をどう守るかという観点からも、非常に大きな示唆を与えてくれます。 誰かの作品を堂々と真似ることは許されませんが、「他の作品を研究し、それを踏まえて新しいものを考えていく」という営みは、建築に限らず、サッカー戦術でも、音楽でも、日々当たり前に行われていることだからです。
エコトリシティは「敗北」したのか?
今回の判断により、エコトリシティは申し立てを退けられただけでなく、ASローマとポピュラス側の訴訟費用を支払うよう命じられました。 一方で、エコトリシティ側に悪意のある行為があったとまでは認定されておらず、「その他の責任」は問われていません。
エコトリシティにとって、この結果はもちろん痛手でしょう。 10年かけて育ててきた「木のスタジアム」という夢が、巨大クラブのプロジェクトに“飲み込まれてしまう”のではないかという不安もあったはずです。
しかし、こう考えることもできます。 今回の裁判を通じて、彼らの「Ecopark Stadium」が、世界のサッカー界における“象徴的なプロジェクト”として、改めて注目を浴びました。 環境に優しいスタジアムづくりの発想そのものは、これからも多くのクラブの指針になっていくでしょう。
その意味では、「サッカーとスタジアムの未来」を巡る議論を前に進めた、という見方もできるのではないでしょうか。
私たちはスタジアムの“何”を見ているのか
ここで、少し視点を変えてみたいと思います。 サッカーファンである私たちは、新しいスタジアムを見るとき、いったい何を求めているのでしょうか。
・カッコいい外観デザイン
・臨場感のあるスタンド構造
・ピッチとの近さ
・アクセスや周辺環境
・環境への配慮やサステナビリティ
・クラブの歴史や街との“らしさ”
きっと、そのどれもが「スタジアムの価値」をつくる要素です。 そして、そのなかのどれかを、強く求める人もいるでしょう。
ローマの新スタジアムは、「歴史あるクラブが、現代的でサステナブルなホームを持つ」という挑戦でもあります。 一方、フォレスト・グリーン・ローバーズのEcopark Stadiumは、「小さなクラブだからこそ、世界一エコなスタジアムを」という真逆のスケールからの挑戦です。
規模も、背景も、資金力も違う。 それでも両者が、木や自然素材、光の表現に心惹かれていることは共通しています。
サッカーのスタジアムが、コンクリートと鉄の塊から、「環境と共生する場所」へと変わっていく過程で、 デザインの似通いは、ある程度避けられない現象なのかもしれません。
では、どこまでが「共通のトレンド」で、どこからが「誰かのオリジナルの侵害」になるのでしょうか。 これは、法律だけで割り切れるテーマではなく、私たち一人ひとりの感覚も問われる問題です。
スタジアムの未来を、どうやって「学んで」いくか
今回の一件は、小学生の子どもたちから、大人のサッカーファンまで、一緒に考えられる学びを含んでいます。
・いいアイデアは、世界中で共有され、広がっていく
・その一方で、「これは自分たちの作品だ」と守りたくなる気持ちもある
・法律は、「アイデア」ではなく、「具体的な表現の独自性」を守っている
・新しいものを生み出すには、過去の作品を研究することも必要だ
サッカーの戦術でも似たことが起きています。 ポゼッション、ゲーゲンプレス、3バック、偽9番…。 どれも、最初は誰かが生み出した「オリジナル」でしたが、今では多くのチームが取り入れています。
それを私たちは、「パクリ」とは呼びません。 むしろ、「どのチームが一番うまく活用しているか」「そこからさらにどう発展させたか」といった点に注目します。
スタジアム建築も、同じ道をたどっているのかもしれません。 環境に優しい素材、曲線的なフォルム、光の演出。 この先、世界の多くのスタジアムが、似た方向を向いていくことは、ほぼ確実でしょう。
そのとき大事になるのは、「誰のものか」を奪い合うことだけではなく、 「その街やクラブらしさを、どう表現するか」という視点かもしれません。
ローマにはローマの、フォレスト・グリーンにはフォレスト・グリーンの、“らしさ”があります。 あなたは、自分の好きなクラブのスタジアムに、どんな“らしさ”を見たいでしょうか。
ローマとポピュラスのこれから、そして私たちへの問いかけ
ASローマとポピュラスは、今回の裁判で重要なハードルを一つ乗り越えました。 法的な差し止めのリスクが和らいだことで、パイエトラ―タ新スタジアム計画は、今後も前進していくでしょう。
もちろん、設計はまだ進行中です。 行政の手続き、資金の問題、周辺住民との関係、工期…。 乗り越えるべき課題はこれからも続きます。
一方、エコトリシティとフォレスト・グリーン・ローバーズも、環境先進クラブとしての歩みを続けていくはずです。 彼らの「木のスタジアム」がどのような形で実現していくのかも、サッカー界全体の財産になるでしょう。
今回の出来事を通じて、私たちに投げかけられている問いは、とてもシンプルです。
・サッカーのスタジアムに、どんな未来を望むのか。
・そして、その未来をつくるとき、「オリジナル」と「共有されたアイデア」のバランスをどう考えるのか。
画面越しにレンダリング画像を見るだけでなく、「このスタジアムはなぜこういう形なのか」「どんな思いが込められているのか」を、少し立ち止まって想像してみる。 それだけでも、サッカー観戦の楽しみ方は、きっと一段深まっていきます。
スタジアムと“真のオリジナリティ”
最後に、建築やデザインの世界でよく引用される言葉を紹介したいと思います。
「Good artists copy, great artists steal.」 「凡庸な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む。」
この言葉は、しばしば誤解を生みます。 ここで言う“盗む”とは、誰かの作品をそのまま真似ることではなく、 「その本質を自分の中で咀嚼し、新しい文脈の中で、まったく別のものとして生まれ変わらせる」という意味だと解釈されています。
サッカースタジアムの設計も、サッカー戦術も、過去から学び、誰かから学び、そのうえで「自分たちらしさ」をつくっていく営みです。 ローマの新スタジアムも、フォレスト・グリーン・ローバーズの木のスタジアムも、その長い歴史の中の一つの答えに過ぎません。
あなたがこれから訪れるスタジアムには、どんな物語と、「らしさ」と、「未来」が詰まっていてほしいでしょうか。 その問いを胸に、これからのサッカーとスタジアムのニュースを追いかけてみると、同じ試合でも、きっと違った景色が見えてくるはずです。
| 争点 | エコトリシティの主張 | 裁判所の判断 | 評価 |
|---|---|---|---|
| デザインの類似性 | ラメラ構造・曲線・光の演出がEcopark Stadiumと同一 | 過去の建築に広く見られる表現で新規性なし | △ 申し立て却下 |
| 著作権の保護範囲 | アイデアレベルで保護されるべき | 著作権は具体的な独自表現のみ保護、アイデアは対象外 | ○ 法の基本原則 |
| レンダリング画像の差し止め | CG完成予想図の使用・公開を禁止してほしい | 両スタジアムの一致を明確・一義的に示せていない | △ 認められず |
| 設計段階の審査 | 設計プロセスへの事前コントロールを要求 | 設計内部段階への事前介入は認められない | △ 認められず |
| 訴訟費用 | エコトリシティが勝訴を目指した | ローマ・ポピュラス側の訴訟費用を負担するよう命令 | △ 完全敗訴 |
| エコトリシティへの悪意認定 | 悪意ある行為として追加制裁を求める動きも | 悪意のある行為とまでは認定されず | ○ 一部救済 |
- 戦術の「盗用」と「進化」の違いを選手と議論する — ゲーゲンプレス・ポゼッション・偽9番などは誰かが生み出したが今では多くのチームが採用している。「なぜパクリではないのか」を裁判所の論理(アイデアは保護対象外・具体的表現のみ保護)と結びつけて説明する
- 他チームの戦術を「研究」して取り入れるプロセスを明確にする — 対戦相手の映像分析、良い動きのコピーと自チームへの適応。「研究して自分のものにする」ことが戦術の発展であることを選手に伝え、映像分析の時間を積極的に取り入れる
- 「創造の自由」を守るチーム文化を作る — 練習中のアイデアやプレーの試みを「パクリ」と批判せず、「どう自分たちらしくアレンジするか」を問う文化。失敗を恐れず新しい動きを試せる環境が創造性を育てる
- 「似ている」と「盗んだ」は法律では別物 — 裁判所はローマとEcopark Stadiumが似ていても、アイデアや一般的な建築表現は著作権で保護されないと判断した。サッカーでも同様で、同じ戦術を使うことは「盗用」ではなく「共通のトレンド」として受け入れられている
- 「世界一エコなクラブ」フォレスト・グリーン・ローバーズとは何者か — 菜食メニュー・再生可能エネルギー・環境負荷低減に取り組む英国の小さなクラブ。木材全面使用のスタジアム構想を10年かけて育ててきた。小さなクラブが世界に問いかける「サッカーの未来」に注目してほしい
- スタジアムのデザインにも「クラブらしさ」がある — ローマにはローマの、フォレスト・グリーンにはフォレスト・グリーンの「らしさ」がある。次にスタジアムを訪れたとき「このスタジアムはなぜこの形なのか」と考えると、サッカー観戦がより深くなる