ロングボールが照らしたセリエAの現在地──「ラグビー化するサッカー」と日本への問い
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ロングボールだらけの一夜が見せた「未来のサッカー」

ボローニャ対ローマ。 数字だけを並べると、その夜のピッチがどんな空気だったかが少し見えてきます。 31のファウル、24のインターセプト、57のタックル、64回の空中戦。 そして、両チームのパス成功率はそれぞれ76%と77%。 同じ日に行われたヨーロッパリーグとカンファレンスリーグの中で、両チームとも80%を下回った試合はこの一試合だけでした。 さらに、2チーム合わせてロングボールは136本。 センターバックも、GKも、中盤の選手も、とにかくボールを高く遠くへ蹴り出し続ける90分でした。
「どうして、こんなサッカーになったのか」。 それを考えることは、実は日本のサッカーにとっても他人事ではないように思えます。 単なる「つまらない」「乱暴な試合」という一言で片付けてしまう前に、そこにあった選択と葛藤を、一度ゆっくり眺めてみたいと思います。
なぜ、誰も「後ろからつなぐ」ことを選ばなかったのか
高い位置からのプレスが生み出したジレンマ
ボローニャもローマも、今のセリエAの中でとてもアグレッシブなチームです。 監督のティアゴ・モッタのサッカーも、ジャン・ピエロ・ガスペリーニのサッカーも、相手陣内でボールを奪おうとする「ハイプレス」を強い武器にしています。
ハイプレスには、狙いがあります。 相手のビルドアップを乱し、自陣ゴールからボールを遠ざけること。 そのために、FWだけでなく中盤もDFも前へ押し上げ、相手のCBやボランチへ一気にプレッシャーをかけにいきます。
でも、この「ハイプレスの流行」は、同時に一つのジレンマも生み出しました。 守る側は、「相手の後ろからのパス回しを止めたい」。 でも、自分たちがビルドアップするときには、「その同じプレッシャーを自分たちも受けたくない」。 それなら、どうするか。 「最初からつながないで、前に蹴ってしまおう」という答えを選んだのが、この試合の両チームでした。
後ろで安全なパスコースが見つからなければ、迷わずロングボール。 ボローニャとローマは合わせて136本もボールを蹴り上げました。 そこからこぼれ球を拾い合い、空中戦でぶつかり合い、またこぼれ球を巡って走る。 そんな「サッカーともラグビーともつかないゲーム」が、淡々と繰り返されていきました。
| 観点 | ボローニャ | ローマ | 評価 |
|---|---|---|---|
| ロングボール成功率 | 47% | 30% | ◎ |
| FWの空中戦設計 | セカンドボール回収を前提にポジション取り | 蹴り込んだ後の回収設計が不明確 | ◎ |
| ビルドアップの意図 | プレス回避+攻撃の起点として活用 | プレスを嫌がって逃げる色合いが強い | ○ |
| 中盤の空中戦対応 | 屈強な選手が担当エリアを制圧 | 空中戦で苦戦して守備が安定しなかった | △ |
| ゴールの生まれ方 | ロングボール連鎖からセカンドボール回収で得点 | 同様だが効率が低い | △ |
同じ選択でも「どこまで意図的か」が違う
興味深いのは、同じようにロングボールを多用しながらも、ボローニャとローマでは成功率に大きな差があったことです。 ロングボール成功率は、ボローニャが47%、ローマは30%。 これは単に「蹴るのがうまい・へた」という話ではありません。
ボローニャは、ロングボールを「攻撃の一つの手段」として使っていました。 前線のサンティアゴ・カストロは、空中戦だけでなく「落ちてくるボールへのポジション取り」が非常に巧みな選手です。 ボールが落ちてくる瞬間に、体を使って相手DFをずらし、自分あるいは味方が有利な場所でセカンドボールを拾えるようにする。 それを前提に、センターバックやGKは「味方が競りやすい場所」へボールを蹴り込んでいました。
一方でローマは、「相手のプレスを受けたくないから、とりあえず蹴る」という色合いが強く見えました。 中盤を空けてサイドに広がる構造のため、ロングボールを競ったあと、セカンドボールへ味方が追いつくまでの距離が長くなりがちです。 ボールを失った瞬間、守備に戻る距離も伸びる。 同じ「ロングボールを選ぶ」でも、準備と狙いの差が、そのまま数字に現れたとも言えます。
もし自分がDFとしてピッチに立っていたら、どちらに近い感覚でロングボールを選ぶだろうか。 「怖いから蹴る」のか、「ここに蹴れば、あのFWが仕事をしてくれる」と信じて蹴るのか。 同じキックでも、その瞬間の気持ちは全く違っているはずです。
選手たちは、何を恐れ、何を信じたのか
- ロングボールを戦術として設計する — FWの空中戦後のポジション取りとセカンドボール回収エリアをトレーニングで明示し、「逃げのロングボール」と区別する
- ハイプレス対策の選択肢を複数持たせる — ビルドアップ継続・ロングボール・リトリートの3案を試合前にチームで整理し、状況に応じて選手が判断できる基準を作る
- 中盤の空中戦強度をスカウティング指標に加える — ボランチ選考時に足元技術だけでなくデュエル勝率・セカンドボール回収数を評価軸として明示する
「きれいに繋ぐこと」をあえて手放す勇気
ローマのGKミレ・スヴィラルは試合後、「相手はボールを高く前に蹴ってきて、僕たちのやりたいサッカーを奪ってしまう」と話しています。 「だから、自分たちも同じようにやらなければいけない」とも語りました。
本当は、後ろからパスを繋いで攻撃を組み立てたい。 でも、それをすれば相手の激しいプレスを真正面から受けることになる。 そこで彼らは、「自分たちのスタイル」よりも「目の前のリスク回避」を優先しました。 この選択を、単純に「逃げた」と評価するのは簡単です。 けれども、90分間プレッシャーに晒され続けるゴールキーパーの立場を想像すると、その決断の重さは少し違って見えてきます。
日本の育成年代では、「つなげ」「つなげ」と教えられる場面が多いかもしれません。 ミスを恐れずビルドアップを続けることは、もちろん大切です。 一方で、「つなぐことをやめる」という選択にも、また別の勇気が要ります。 スタンドからのブーイング、監督の指示、自分の中のプライド。 それらと折り合いをつけながら、「今は安全を優先する」と決める。 その瞬間、何を守ろうとしているのかを、自分なりに言葉にできるかどうか。 そこに、選手としての成長のヒントが隠れているのかもしれません。
- ロングボールを「怖くて蹴る」から「ここに蹴れば勝てる」に変える — FWとして空中戦後の落下点をイメージしてポジションを取る習慣を練習から意識する
- ボランチならセカンドボールへの反応速度を磨く — ロングボールが飛んだ瞬間に「どこに落ちるか」を予測してポジションを修正する練習を増やす
- 自分の強みと求められる役割を言語化する — 足元技術かデュエル強度か、どちらがチームに貢献できるかを自分で把握したうえでアピールの場面を選ぶ
「空中戦のうまさ」が戦術になる時代

この試合で、ガスペリーニ監督が改めて口にしたのがブライアン・クリスタンテの存在です。 クリスタンテは、ローマのサポーターの間でしばしば議論の的になる選手です。 「足元の技術に限界がある」という声と、「戦術理解度や守備の貢献度を高く評価する声」が、常にぶつかり合っています。
ガスペリーニ監督は、その論争に対する一つの答えを示しました。 「ローマの中で、彼ほど空中戦に強い選手はいない。だから欠かせない」と。 実際、データでもクリスタンテは中盤の選手として空中戦勝利数がリーグトップクラスです。
このボローニャ戦で彼が中盤ではなく、やや前目のポジションで起用されていたこともあり、ローマの自陣中盤はロングボールに対して脆さを見せました。 ピジッリやエル・アヤナウイは、ボローニャのフレイラーやポベガ、ファーガソンといった屈強な中盤選手との空中戦で苦しみました。
「うまくボールを運べるボランチ」よりも、「ロングボールのこぼれ球を勝ち取れるボランチ」が重宝される試合。 この価値観の変化をどう受け止めるかは、人によって違うでしょう。 ただ、少なくとも今のセリエAでは、「空中戦の強さ」が、戦術の中で主役の一つになりつつあります。
もしあなたがボランチなら、この流れをどう見るでしょうか。 足元の技術を磨き続けるのか。 ヘディングや体のぶつけ方を、より専門的にトレーニングするのか。 あるいは、その両方をどうバランスするのか。 「何が求められているのか」を知ったうえで、「自分はどういう選手でいたいか」を選ぶ必要が出てきます。
「ラグビー化」するサッカーと、日本への問い
デュエルだらけの未来は、本当に望ましいのか
ガスペリーニ監督は、この試合後のサッカーを「ラグビーのようだ」と表現しました。 ボールを高く蹴り上げ、空中で争い、その着地点でまたぶつかり合う。 まるでラグビーの「アップ・アンド・アンダー」のようなプレーが、ゴールのきっかけにもなっていました。
ボローニャのベナルデスキが決めたゴールも、ローマのロレンツォ・ペッレグリーニのゴールも、どちらもロングボールの連鎖の中から生まれました。 きれいな崩しや、細かいパスワークはほとんど存在しません。 フィジカルコンタクトと、セカンドボールへの反応速度。 ポジション争いに勝つしたたかさ。 それらが得点を左右する、ある種「原始的」なサッカーでした。
では、こうした方向性は「間違い」なのでしょうか。 あるいは、「これもサッカーのひとつの進化」と受け止めるべきなのでしょうか。 そこには簡単な正解はありません。
ひとつ確かなのは、フィジカルと空中戦、デュエルの強さが世界的にますます重視されていることです。 その波が形を変えながら日本にも押し寄せてくることは、ほぼ間違いありません。
日本ではどう向き合えるか
日本の育成年代は、もともと「技術」「パスワーク」「ポジショニング」を大切にしてきました。 それは、日本人選手の長所でもあり、アイデンティティでもあります。 一方で、国際大会になると、空中戦やフィジカルコンタクトの差を痛感させられる試合も少なくありません。
このボローニャ対ローマのような「デュエルだらけの試合」を見たとき、「自分たちもこうならないと勝てない」と焦ることもあれば、「こういうサッカーは好きじゃない」と拒否したくなる気持ちもあるかもしれません。
そのどちらでもない、第三の向き合い方があるとしたら。 それは、こういう試合を
- 「なぜ、こうなったのか」
- 「他に、どんな選択肢がありえたのか」
- 「自分なら、どんなリスクを受け入れて、何を手放すか」
と問いながら眺めてみることかもしれません。
例えば日本のチームが、強烈なハイプレスをかけてくる相手と対戦したとします。 そのとき
- あえてリスクを受け入れて、ビルドアップを貫くのか
- ロングボールを増やしつつ、こぼれ球の回収方法を細かく設計するのか
- 前半はリスクを抑え、相手の運動量が落ちた後半からつなぎ始めるのか
といった選択が考えられるかもしれません。
大事なのは、「どれが正しいか」ではなく、「なぜそれを選ぶのか」を、選手も指導者も理解していること。 そして、試合の中で状況が変わったときに、「本当にこの選択を続けるのか?」と自分たちに問い直せることではないでしょうか。
答えを急がないための視点
一試合の「極端さ」がくれるヒント
ボローニャ対ローマのような、極端な試合は、見る側にとってはショックでもあります。 「こんなのサッカーじゃない」と感じる人もいれば、「これも勝つための現実だ」と受け止める人もいる。 そのギャップ自体が、私たちにいくつかの問いを投げかけてきます。
プレーヤーであれば、「自分はどんな試合で、どんな強さを発揮できる選手になりたいのか」。 保護者であれば、「子どもには、どんな力を身につけてほしいと願っているのか」。 指導者であれば、「自分のチームに、どんなサッカーを経験させたいのか」。 その答えは、人の数だけ違っていていいはずです。
今回の試合で、ボローニャは「ロングボールを前提にしたゲーム」で勝つ準備をしていました。 ローマは、そのゲームに巻き込まれながらも、まだどこかで違和感と葛藤を抱えていたようにも見えます。 どちらの在り方も、ひとつの「現実への向き合い方」です。
最後に残るのは「自分ならどうするか」という問い
サッカーは、ますます速く、激しく、複雑になっていきます。 ハイプレスが当たり前になり、ロングボールの価値が高まり、デュエルの重要性が増していく。 その流れを止めることは、きっと誰にもできません。
それでも、ひとりの選手として、ひとりの指導者として、あるいはひとりのサッカーファンとして、できることがあります。 それは、目の前の試合を見ながら、すぐに「正解」を決めつけないこと。 「自分だったら、どう考えるか」「自分は、何を選びたいのか」と、一度立ち止まってみることです。
ラグビーのような一夜を過ごしたボローニャとローマの選手たちも、きっとそれぞれの答えをまだ探している途中でしょう。 その揺れや迷いごと抱えたまま、次の試合に向かっていく。 サッカーは、その繰り返しの中で、少しずつ形を変えていきます。
いつか、あなたがピッチに立ったとき、あるいはスタンドからピッチを眺めるとき。 ロングボールが夜空を弧を描く、その一瞬に、「なぜ、今それを選んだのか」と、自分なりの物語を重ねてみてください。 その問いかけこそが、サッカーと長く付き合っていくための、静かな強さになるのかもしれません。
