「可変」より原則――グロッソのサッスオーロに学ぶ、教科書的4-3-3の強さと面白さ
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なぜサッスオーロは「教科書通り」なのに面白いのか ― ファビオ・グロッソのフットボールから学ぶこと

ピッチ左サイドで、3人が静かに三角形をつくっている姿を想像してみてください。
左サイドバックのジョシュ・ドイグ、左ウイングのアルマン・ロリエンテ、そして左のインサイドハーフ。
ボールは急がないようでいて、確実に前へ進んでいきます。
パスは「前、後ろ、縦」のリズムで刻まれ、相手が一人食いついた瞬間、その背中のスペースを迷いなく突いていく。
2025-26シーズン、ファビオ・グロッソが率いるサッスオーロは、そんな「教科書的」な動きの積み重ねでセリエAに帰ってきました。
派手なドリブルやトリッキーな可変システムよりも、「1-4-3-3」の原則を丁寧に守るチーム。
それなのに、78ゴールという記録的得点で昇格を決め、データ上も魅力的なサッカーを見せている。
なぜ、こんなにオーソドックスなサッカーで、結果と内容を両立できているのでしょうか。
そして、その背景にある考え方から、日本のサッカーは何を学べるのでしょうか。
グロッソのサッスオーロは「現代版 4-3-3 の教室」
1-4-3-3という「枠」を崩さない勇気
サッスオーロの基本布陣は明快です。
ボールを持っていないときは、ほぼ常に1-4-3-3。
ボールを持つと、左サイドバックのドイグ(あるいはカンデ)が一列上がり、1-3-3-4のような形になります。
右はやや抑え気味で、ドメニコ・ベラルディが幅を取り、逆サイドのロリエンテと対照的な役割を担う。
中盤は3枚をきちんと残し、ネマニャ・マティッチやリパニ、ボロカらが「位置を守る」ことを最優先にしています。
ここで興味深いのは、「自由に動き回る」よりも、「ポジションを守る」ことに価値を置いている点です。
日本では育成年代から「流動性」「ポジションチェンジ」が尊ばれることが多く、動き回る選手は評価されがちです。
一方、グロッソのサッスオーロでは、むしろ中盤に「動きすぎない勇気」を求めているように見えます。
なぜか。
答えはシンプルで、「チームとしての形」と「お互いの距離」を崩さないためです。
誰かが勝手に動き回れば、ある局面では「利口」に見えても、別の局面では味方を困らせてしまうかもしれない。
サッスオーロは、そのリスクを最小限にしながら、構造そのもので相手を動かしていくチームです。
| 観点 | 強み | 弱み | 評価 |
|---|---|---|---|
| ポジショニング | 秩序だった構造維持・適切な選手間距離 | ダイナミズムや意外性に欠ける場面あり | ◎ 徹底 |
| ボール保持 | パス成功率84%・数的状況で判断を使い分け | 攻撃パターンが読まれやすくなりがち | ○ 実用的 |
| 左サイド崩し | SBとウイングで2対1・ハーフスペース活用 | 右サイドとの非対称設計が相手に研究される | ◎ 設計済み |
| 守備構造 | 中央を消してサイドへ追い込み圧縮で奪取 | マンマークを仕掛けないため走り込みを許す場面 | ○ 柔軟 |
| プランB | 4-3-3から4-2-3-1へ移行(ヴォルパトのトップ下) | ポジションチェンジ少なくゾーンが空くリスク | △ 限定的 |
ボール保持は「きれいごと」ではなく、具体的な武器
サッスオーロのボール保持は、見た目以上に実用的です。
ナポリ戦とクレモネーゼ戦のデータでは、パス成功率は約84%。
ロングボールの割合は1割強に抑えつつ、必要なときにはきちんと前線のアンドレア・ピナモンティに当てる判断もできる。
つまり、「つなぐこと」そのものが目的ではなく、「前進するために保持する」のがグロッソの発想です。
特に特徴的なのは、以下のような考え方です。
- 自分たちが人数で優位なら、多少のプレッシャーを受けても保持を続ける
- 数的同数になったら、無理をせずロングボールや裏返しも選択肢に入れる
この「条件付きのポゼッション」は、日本の指導現場でも考え直す価値がある視点かもしれません。
「どんな状況でもつなぐ」か「すぐ前に蹴るか」の二択ではなく、「何対何でボールを持っているのか」を見てプレーを変える。
選手たちは、戦術ボードの理屈ではなく、数的状況を肌で感じながら判断しているように見えます。
左サイドに仕掛ける「小さなズレ」の積み重ね
- 「動き回ること」より「立つ場所」に価値を持たせる練習設計をする — 中盤3枚に「動きすぎない勇気」を求めるグロッソの発想を取り入れ、レーンと距離感を体感させるポジショニング練習を週次で組み込む
- 数的状況(優位・同数・不利)でプレー選択を変える判断を言語化して伝える — サッスオーロは数的優位なら保持継続、同数になればロングボールも選択肢に入れる。「何対何か」を見てプレーを変える判断を練習中に口頭で確認する
- 守備では「誰が出て、誰が残るか」の役割分担を明確にする — ボールサイドのインサイドハーフだけが前に出て残り9人がポジションを保つ構造を、守備トレーニングで繰り返し再現する
ドイグとロリエンテがつくる「半スペースのレーン」
サッスオーロの攻撃の肝は、左サイドです。
ボール保持時、ドイグ(もしくはカンデ)は高い位置まで出ていき、タッチライン際を担当します。
その一列内側にロリエンテが入り、「左のハーフスペース(半スペース)」を取ります。
この構図が意味することは、大きく分けて二つあります。
- サイドバックとウイングで2対1を作りやすく、数的優位から仕掛けられる
- ロリエンテが中にいることで、ピナモンティやベラルディとの距離が縮まり、中央での連携が生まれる
対戦相手からすると、左に人数をかけないと守れないため、自然と守備ブロックが左側にスライドしていきます。
そこで空いてくるのが、逆サイドのベラルディです。
彼は右タッチライン際に一度留まり、場合によっては内側に絞り、左サイドの崩しと連動してゴール前に顔を出します。
グロッソのサッスオーロは、こうした「サイド同士の呼応」を丁寧に設計しています。
日本でも、左右のウイングが「ただ対称的に」立つのではなく、「どちらかに偏らせる」「もう一人が離れて待つ」といった設計を、もっと具体的に意識してもいいのかもしれません。
- 試合中「なぜそこに立っているのか?」を考える習慣を持つ — サッスオーロの選手たちはポジションに意味を持たせて立っている。観戦・プレー時に「なぜそこか」を問うことで戦術眼が鍛えられる
- 左右のウイングが「対称」ではなく「役割分担」しているチームを観る目を持つ — ロリエンテが内側に絞り、ベラルディが外で待つ非対称設計を理解すると、サッカー観戦の楽しさが増す
- FWは得点だけが仕事ではないことをピナモンティで理解する — 背負って受ける、壁になる、ラインを下げさせるタスクが先発の条件。わが子にも「点を取る以外の前線の仕事」を一緒に探してみる
ピナモンティが「点を取る人」だけではない理由
最前線のピナモンティには、「裏抜け一辺倒」のような役割は与えられていません。
むしろ、背負って受ける、味方と絡む、サイドに流れるといった動きを重視しています。
グロッソの前線の選手たちには、次のようなタスクが課されています。
- 相手CBをピン留めしてラインを下げさせる
- 縦パスを受けて、味方へ落とす「壁」になる
- 味方がボールを持ったとき、ポジションを捨ててでも連携の距離を縮める
そのため、サッスオーロは「9番に長いボールを当ててセカンドを拾う」という古典的な形と、「足元でつないで崩す」という現代的な形の両方を使い分けることができます。
日本のFW育成では、「得点力」という言葉が先行しがちですが、グロッソのもとでのピナモンティを見ると、「味方にとって扱いやすい前線の選手」であることの価値をあらためて考えさせられます。
守備は「我慢」と「位置」のスポーツである

奪いに行かない勇気、外へ追い出す賢さ
守備の局面で、サッスオーロは相手の最初のビルドアップに無理には噛みつきません。
中央でボールを持たれる分には、ある程度構えたまま様子を見る。
そこで重要な役割を担うのが、中盤のインサイドハーフです。
相手のアンカーや中央の起点になりそうな選手に対して、ボールサイドのインサイドハーフだけが強くプレッシャーに出ていきます。
この「一人だけが出る」守備は、残りの9人がポジションを崩さないという前提があって初めて成立します。
チームとしての狙いは明快です。
- 中央の縦パスコースを消しておく
- 相手に「サイドしかない」と思わせる
- サイドに出た瞬間、一気に圧縮してボールを奪いに行く
サイドでは、ウイングが相手SBとマッチアップし、サッスオーロのSBは相手のWGへ。
そこにインサイドハーフがスライドして数的優位を作り、タッチラインを「もう一人の味方」として利用します。
日本では、「プレスをかけろ」「前から行け」という指導が強調される一方で、「どこに追い込むか」「誰が出て、誰が残るか」といった部分が曖昧になるケースも見られます。
サッスオーロの守備は、「出る」よりも「守るべき位置を保つ」ことを優先したうえで、ポイントを絞って圧力をかけていることが特徴です。
マンツーマンだけが「強度」ではない
サッスオーロは、ハイプレスで相手にマンツーマンを仕掛けるスタイルではありません。
採用しているのは、いわゆる「マーク&カバー」の考え方です。
誰かが前に出たとき、その背後のスペースを別の選手が埋める。
守備における優先順位は、「相手」よりも「スペース」です。
このやり方にはメリットとデメリットが共存します。
- メリット:体力的な負担が少なく、ライン全体でバランスを保ちやすい
- デメリット:相手に自由に走り込まれる場面があり、受け身に見えることもある
実際にサッスオーロの弱点として、「人についていかないことで走り込まれる選手をフリーにしてしまう場面」が指摘されています。
それでもグロッソは、チーム全体の秩序と距離感を崩さないことを優先しているように見えます。
日本のサッカー現場でも、「強度=マンツーマンで走り回ること」というイメージが強く語られることがありますが、本当にそれだけが守備の強さなのでしょうか。
位置を保ち、出る人と残る人がはっきりしている守備も、別の意味で大きな「強度」を必要とします。
「教科書」はアップデートされ続けている
グロッソのプランB:1-4-2-3-1への移行
クレモネーゼ戦で2点のビハインドを負ったとき、グロッソはシステム変更というカードを切りました。
1-4-3-3から1-4-2-3-1へ。
ここで重要な役割を果たしたのが、背番号7のクリスティアン・ヴォルパトです。
彼はトップ下の位置でボールを受けるだけでなく、ビルドアップの起点に降りていき、さらにゴール前に顔を出すというダイナミックな動きを見せました。
それまで中盤3枚に「動きすぎないこと」を求めていたグロッソが、状況に応じて「1枚だけ自由度の高い選手」を加える選択をしたとも言えます。
これは、「教科書通りの4-3-3」が、決して固定観念ではなく、状況に応じて変化できるベースであることを示しています。
4-3-3か4-2-3-1か、という議論はしばしば形だけの話になりがちですが、サッスオーロの場合は「中盤に何人を固定し、何人を自由にするか」という考え方の違いとして見ると、より本質に近づけるかもしれません。
強みと弱みは、表裏一体の関係にある
戦術的な分析では、SWOTというフレームで「強み」と「弱み」が整理されます。
サッスオーロの場合、強みとして挙げられるのは、たとえば次のような点です。
- 構造を崩さない秩序だったポジショニング
- ライン間・選手間の距離が適切で、サポートが早い
- プレッシャー下でもボールをつなげる技術と落ち着き
- 規律のある4バックの守備ライン
- 攻守両面で献身的に働ける中盤
その一方で、弱点として指摘されるのは、こうした強みの「裏返し」でもあります。
- ポジションを守るがゆえに、ダイナミズムや意外性に欠ける場面がある
- 攻撃パターンが読みやすくなりがち
- マンマークで潰しに行かないことで、走り込む相手をフリーにしてしまうことがある
- ピナモンティを裏へ走らせる形が少なく、深いエリアを突き切れない時間帯がある
- ポジションチェンジが少ないため、あるゾーンがぽっかり空くリスクも抱えている
この「強みと弱みの表裏一体」は、どのレベルのサッカーにも共通しているテーマです。
日本のチームでも、「ボールはつなげるがゴール前で怖さがない」「走力はあるが戦術的整理に欠ける」といった評価を聞くことがあります。
サッスオーロの事例を見ると、自分たちの強みを明確にしたうえで、その裏にある弱みをどこまで許容するか、どこから修正と補完が必要なのかを、冷静に見極めているように感じられます。
日本サッカーは、サッスオーロから何を学べるのか
「動き回ること」と「位置を守ること」のバランス
日本の育成年代では、ポジションチェンジや流動性がポジティブに語られる一方で、「位置を守る勇気」が十分に評価されていない場面もあります。
グロッソのサッスオーロを見ていると、次のような問いかけが浮かびます。
- 動き回る前に、「自分の立っている場所」そのものに意味を持たせているか
- チームとしての距離感を、どこまで意識してプレーしているか
- 数的優位・同数・不利によって、プレー選択を変える感覚を育てられているか
これはプロの話に限りません。
小学生のカテゴリーでも、「とにかくボールに寄っていくサッカー」から、「自分のレーンを守りながら顔を出すサッカー」へのステップをどう踏ませるかは、大きなテーマです。
サッスオーロのような「教科書的」な4-3-3は、そのステップを具体的に示してくれる一つのモデルになりえます。
「現代的戦術」は、難しい言葉よりも観察から始まる
分析の世界では、「xG」「マッチアナリシス」「データアナリスト」といった言葉が飛び交います。
サッスオーロの攻撃も、xGでいえば1.63程度の期待値を積み上げるスタイルだと整理されています。
ただ、その背後にあるのは、難解な理論ではなく、非常に素朴な観察です。
- 左サイドに人を集めると、相手のラインはどう動くのか
- 中盤3枚が位置を守ることで、どんなパスコースが生まれるのか
- 外へ追い出した守備から、どうやってボールを取り戻すのか
こうした観察は、テレビの前でも、スタジアムでも、あるいは自分たちの週末の試合でも、誰にでも始められるものです。
データや数字は、その観察を裏付ける道具であって、出発点ではないのかもしれません。
あなたなら、どんな「教科書」を選びますか
サッスオーロの物語を、自分のチームに引き寄せてみる
ファビオ・グロッソは、フロジノーネをセリエAに昇格させ、マルセイユでは解任も経験し、サッスオーロで再び昇格を成し遂げました。
その過程で彼が選んだのは、流行りの「万能な可変システム」ではなく、「原理原則を徹底した4-3-3」でした。
それは、一見すると面白みに欠ける選択かもしれません。
しかし、ひとつの原則を徹底して磨き続けることで、サッスオーロは「平凡に見える形で、非凡な成果」を出しつつあります。
もしあなたが指導者なら、自分のチームの「教科書」として、どんなシステムや原則を選ぶでしょうか。
もしあなたが選手なら、自分のポジションに求められている役割を、サッスオーロの誰かに重ねてみると、どんな発見があるでしょうか。
そして、もしあなたが観る側なら、次にサッスオーロや似たタイプのチームの試合を観るとき、「なぜそこに立っているのか?」という視点でピッチを眺めてみると、新しい面白さが見えてくるかもしれません。
サッカーは、自由に走り回るゲームであると同時に、「立つ場所」を選び続けるゲームでもある。
