「思考する選手は、思考を教える監督になった」ファブレガスがセリエAベストコーチに選ばれるまでの道
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コモ湖のほとりで、ファブレガスが選んだもの
北イタリアのコモ湖は、観光客に人気の美しい場所だ。
だがその湖畔のクラブが、欧州サッカー界に小さくない波紋を生み出した。
セスク・ファブレガスが、セリエAのベストコーチに選ばれた。
コモ・カルチョ。長らくセリエAの舞台から遠ざかっていたこのクラブが、ファブレガスの指揮のもとで昇格を果たし、最初のシーズンでその指揮官が最高の評価を受けた。
知っている人も多いだろう。ファブレガスといえば、アーセナルで10代のうちからトップチームのレギュラーを掴み取り、バルセロナ、チェルシーでも中盤の核として活躍した、あの選手だ。その選手が今、ベンチコートを着てタッチラインに立っている。
「読む力」を持った選手は、どんな指導者になるのか
現役時代のファブレガスを評するとき、よく使われた言葉は「視野が広い」だった。
だがそれは単純に「よく見えている」という話ではなかった。
彼が優れていたのは、ボールが足元に来る前に状況を処理し、次の選択肢をすでに絞り込んでいる点だ。動きながら考えるのではなく、考えながら動いている。そういう選手だった。
パスが通るたびに「なぜそこへ出せるのか」と解説者が首を傾げるほど、彼の判断は一歩早かった。
その資質を持つ人間が、指導者として選手に伝えたいことは何だろうか。
おそらく「もっと速く走れ」でも「もっと強く蹴れ」でもない。「今、何が起きているかを自分で判断しろ」ということではないか。そしてそれは、命令ではなく、問いとして投げかけられているのかもしれない。
コモという選択の意味
ファブレガスが監督に就任したとき、コモはセリエBにいた。
引退した名選手が指導者としてのキャリアをスタートさせるとき、多くの場合、すでに名声のある環境から始めることができる。アシスタントコーチ、あるいは知名度のあるクラブのユース組織。そういったルートも選択肢にあったはずだ。
だが彼はコモを選んだ。
なぜそこだったのか。真意は本人にしかわからないが、少なくとも言えることは、「簡単な道を選んだわけではなかった」ということだ。セリエBのクラブで、監督としての第一歩を踏み出す。結果が出なければ批判にさらされる。経験のなさを突かれる。それでも彼はそこに立った。
そしてチームをセリエAへ昇格させ、最初のシーズンでベストコーチに選ばれた。
「経験がなければ語れない」という常識の前で
サッカーの指導者の世界には、暗黙の序列がある。
プロでの現役経験が長いほど説得力があるとされ、大きなクラブで実績を積んだコーチほど評価される。それは一面では正しい。経験の中でしか学べないことは確かに存在する。
だが同時に、こんな場面も見てきた。
プロ経験を持つ指導者が、自分のかつてのやり方を選手に押しつけ、選手が「考えること」をやめてしまうケース。逆に、プレー経験は多くなくても、試合を観察し、選手との対話を積み重ね、チームを変えていくコーチ。
どちらが「正しい」という話ではない。
ただ、「経験の量」と「思考の質」は、必ずしも比例しないということは、サッカーが繰り返し教えてくれる事実でもある。
日本の育成現場でも、似たような光景がある。「元プロでないと話を聞いてもらえない」「若い指導者が意見を言いにくい雰囲気がある」という声は、今も決して珍しくはない。ファブレガスのケースは、そういった空気に対して、何かを静かに示している気がする。
コモのピッチで起きていること
コモは決して、セリエAの強豪と渡り合えるような戦力を持っているわけではない。
それでも、このチームにはある種の一貫性がある。
全員が状況を読もうとしている。ポジションを埋めるのではなく、スペースを使おうとしている。ファブレガスが現役時代に体現し続けたサッカーの考え方が、コーチとしての彼を通じて、チームの中に染み込んでいるように見える。
それが正解かどうかは、これから時間をかけて明らかになっていくことだろう。
だが少なくとも今、コモ湖のほとりでは、選手たちが「考えながらプレーする」ことを求められている。
ファブレガスは、遠回りの中に答えを見つけた
一流選手だからといって、一流の指導者になれる保証はどこにもない。
だが、現役時代に培った「思考のかたち」を、指導という行為に丁寧に移し替えることができる人間は、確かに存在する。
コモでの日々は、ファブレガスにとって、近道ではなかった。
それでも彼はその道を選び、チームと一緒にセリエAへ上がり、そこで評価された。
どこで始めるかよりも、どう考えながら始めるかが、その先の景色を変える。
セスク・ファブレガスという指導者が、それをすでに示している。
考え方を渡せる指導者という存在
サッカーの名手が指導者になる話はよくあります。だからこそ、ファブレガスのケースが少し違って見えるとしたら、それは「選手としての成功をそのまま持ち込もうとしていない」という印象からです。
現役時代に際立っていたのは、動きの速さでも体の強さでもなく、「次に何が起きるかを先に知っている」という感覚でした。その感覚を伝えることを、彼は指導の核にしているように見えます。セリエBのコモという場所を選んだこととも重なります。積み重ねる先がどこかより、どう積み重ねるかを選んでいます。
日本でも、若い指導者が「自分の経験では語れない」と感じる場面があるという声を聞きます。ファブレガスのキャリアはその問いに、一つの形を返してくれます。考え方を渡せる指導者は、必ずしも最大の経験を持つ人ではないという事実を、このキャリアは示しています。
ファブレガスとコモ、記事の外から知る
あるクラブで指揮官が複数回入れ替わる時期を、スタンドからではなくピッチの上で受け取っていた時間がある。監督が変わるたびに、選手への伝え方が変わった。正解を渡す人と、考えることを引き出す人では、試合中のチームの動き方が少しずつ変わっていくのが見えた。それが何だったのかは、当時よりも今のほうが少し言葉にできる気がする。
もちろん、皆さんが関わってきた指導者との時間は、それぞれまったく違うはずです。今までサッカーを通じて出会ってきた人の中で、考えることを引き出してくれた人がいたとしたら、その人はどんな場面でそれをしていましたか。
