守る勇気と迷い続ける選択――グロッソ体制サッスオーロに見る「考えるサッカー」の現在地
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「守る」から始まる挑戦 サッスオーロとファビオ・グロッソが選んだ道

相手センターバックの足元にボールがある。 サッスオーロの前線は、追いかけようと思えば追いかけられる距離にいる。 しかし、彼らは一歩、二歩と下がっていく。 中盤のネマニャ・マティッチが、手で合図を送りながらラインを整え、チーム全体がゆっくりと自陣に吸い寄せられていく。 気がつけば、4-5-1の整ったブロック。 相手に最初のパスは許す代わりに、その先にある「奪うポイント」を静かに待っている。
「行かない」という選択。 それは、勇気がいらないようでいて、実はとても勇気がいる。 昇格組がセリエAで生き残ろうとする時、多くのチームが悩むのがここだ。 守るのか、戦うのか。 引くのか、出るのか。
今季のサッスオーロを見ていると、ひとつの答えではなく、「選び続けるプロセス」が浮かび上がってくる。 ファビオ・グロッソという指導者が、なぜこのやり方を選び、そしてなおも迷いながら進んでいるのか。 そこには、結果だけでは測りきれない「考えるサッカー」の物語があるように思える。
「同じことを続ける」という難しい選択
セリエBからの昇格を決めたあと、多くのクラブがまず直面するのは「どれだけ変えるか」という問いだ。 戦い方を変えるのか。 メンバーを入れ替えるのか。
サッスオーロは、ある意味で逆張りの選択をした。 アンドレア・ピナモンティ、アルマンド・ロリエンテ、クリスティアン・トースベット、そして象徴的存在のドメニコ・ベラルディ。 セリエBで昇格に貢献した主力たちを、基本的に残した。 「Bではレベルが違ったからAでも通用するはずだ」と考えたのか。 あるいは、「彼らともう一度、上の舞台で勝負したい」と思ったのか。
さらにクラブはそこに、国際経験のあるマティッチやイスマエル・コネ、セリエAですでに実績のあるジェイ・イッゼスやアリウ・ファデラといった選手を加えた。 入れ替えるのではなく「足す」。 土台を壊さずに、その上に新しいピースを載せていく。
もし自分が監督なら、どう考えるだろうか。 カテゴリーが上がれば、「もっと経験のある選手を」という声も、周囲からも、自分の中からも聞こえてくるかもしれない。 昇格の立役者を手放さない決断は、一見やさしさのようでいて、結果が出なければすぐに批判の的になる。 だからこそ、ここにはひとつの覚悟があるように感じる。
グロッソは戦い方についても、基本的な原則を変えなかった。 昇格を決めた時と同じコンセプトを、セリエAの舞台に持ち込んだ。 もちろん、ボール保持率は落ちた。 相手の質が上がれば、当然だ。 それでも「ボールを持つ時間が減ったから、サッカーを変える」という発想には、安易に飛びつかなかった。
「上がったから別のサッカーをしなければならない」と考えるのか。 「同じ原則で、相手が強くなった中でどう調整するか」と考えるのか。 どちらも間違いではない。 その中で、グロッソは後者を選んだ。
| 観点 | ローブロック | ハイプレス | 評価 |
|---|---|---|---|
| 奪いどころ | 自陣中盤〜ゴール前 | 相手陣地・最終ライン付近 | ◎ローブロックは安定性が高い |
| 体力消耗 | 走行距離が少なく省エネ | 90分継続は高フィットネス必須 | ◎ローブロックはスタミナ管理しやすい |
| カウンター起点 | 奪後の距離が長い | 奪後即ゴール前・ショートカウンター | ○ハイプレスは直接的 |
| ビルドアップ対策 | ゾーン14を封鎖・コンパクト維持 | CB・GKへ即プレス・パスコース限定 | △両者ともに弱点あり |
| 選手要件 | 判断とポジショニング精度 | 持久力と連動プレッシング精度 | ○方向性で求めるスキルが変わる |
| 得点リスク管理 | 自陣でブロック→失点リスク低 | ラインが高くカウンター食らうリスク | ◎ローブロックはリスク管理に優れる |
追いかけない勇気 PPDAが物語るもの
データで見れば、サッスオーロの選択ははっきりしている。 PPDAという指標を使うと、彼らの守備はリーグで下から2番目の「追わなさ」だという。 相手の最初のビルドアップに対して、あえてプレッシャーをかけない。 前線からの再プレスの割合も、リーグの中で下位に位置している。
そこから見えてくるのは、「どこで奪うか」を絞り込んだ守備の設計図だ。 高い位置で無理にボールを追い回すよりも、中盤から後ろでブロックを組み、スペースを消す。 ボールホルダーではなく、「スペース」と「次のパスコース」を監視するディフェンス。
もちろん、これは「リスクを取らない」という意味ではない。 自陣でボールを奪えたとしても、そこから相手ゴールまでは遠い。 その距離を一気に走り切るためには、前線にスピードと技術を備えた選手が必要になる。 そこで、ロリエンテやベラルディといったウイングの力が生きてくる。
もし、自分がセンターフォワードだったらどう感じるだろう。 「プレッシングに行ってくれ」と言われた方が、身体は楽かもしれない。 走れば走るほど、戦っている実感が得られるからだ。 でも、グロッソのプランでは、前から行かず、ラインの合図に合わせて下がらなければならない。 ボールから遠ざかる動きは、感情的には納得しづらいこともある。
それでもチームとして、「ここでは行かない」という共通の約束を守る。 その代わり、奪った瞬間には一気にスプリントする。 守備と攻撃で、求められるスイッチの入り方がまったく違う。 この切り替えを、試合を通して続けること。 そこには、「走る体力」と同じくらい、「選択を守り抜くメンタル」が必要になる。
- ブロックの基準ラインを言語化する — 「センターライン手前でボールを持たれたら下がる」など、どこでプレッシャーをかけるかを選手が判断できる具体的な基準を事前共有する。
- 奪った後の「スプリント合図」を練習する — ローブロックはネガティブトランジションが最難関。ボールを奪った瞬間に前線がどう動くか、シャドープレーで繰り返しイメージを植え付ける。
- 「追いたい衝動」を我慢できた場面を褒める — 選手は本能的にボールを追いたがる。あえてプレスをかけずラインを保てた場面を映像分析で評価し、チームの約束を守る行動を強化する。
マティッチという軸 経験は何をもたらすのか
ブロックを構えたサッスオーロの中央に立っているのが、マティッチだ。 ローマとフランスでの経験を経て、「もうピークは過ぎた」と見られていた時間もあった。 しかし今季、彼は再びチームの中心に戻っている。
守備では最終ラインの前に構え、パスコースを読み、奪いどころを調整する。 攻撃では、後ろからのボールを受けて、短いパスと大きなサイドチェンジを使い分ける。
注目したいのは、「自分が消されている時にどうするか」だ。 相手がマティッチを徹底的に消しに来る試合もある。 その時、サッスオーロはコネを一列下ろし、ビルドアップの出口を2つに増やす。
ここには、「一人の選手に頼り切らない」という設計と同時に、「消されることを前提にした準備」がある。 自分がマティッチの立場だったらどうだろう。 「ボールを集めてくれ」という欲求と、「自分が消された時にチームが機能し続ける安心感」。 そのふたつの感情の間で揺れながらも、最善を選ばなければならない。
育成年代でも、似たような場面はある。 チームの中心として扱われてきた選手が、相手から徹底的にマークされる。 そこで「自分にもっとボールを出せ」と要求するのか。 あるいは、「自分をおとりにして、空いた味方を使ってくれ」と考えるのか。 どちらが正しいかではなく、「どの試合で、どの相手に対して、どちらを選ぶのか」。 その判断の積み重ねが、プレーヤーとしての幅を決めていくのかもしれない。
- ボールから離れる動きに意味を持たせる — 「なぜ追わないのか」を自分の言葉で説明できるようになると、コーチへの信頼と自分のポジショニング精度が同時に上がる。
- スプリントのタイミングを体で覚える — ローブロックの守備では「待つ時間」が長いが、ボールを奪った瞬間に一気に加速できるかが攻守の質を決める。練習でボール奪取の直後のダッシュを意識する。
- 保護者は「守るだけ」と焦らない — 試合全体の中でチームが守る時間が長くても、それが戦術的な選択であることを理解する。ショットや点が少なくてもゲームモデルに沿っているかを観察してみよう。
ロリエンテとベラルディ 「個」の輝きはどこから生まれるか
守備で我慢を重ねたあと、サッスオーロが狙うのはできるだけ「まっすぐな」攻撃だ。 データでも、シュートに至るまでの進行距離はリーグでも上位、ゴールに向かうスピードも速い。
そこで鍵を握るのが、サイドの選手たちだ。 ロリエンテは今季、得点とアシストの両方で自らの過去の数字に迫り、すでにアシスト数では自己記録を更新している。 単に「ドリブルがうまいウイング」ではなく、
- 自陣深くまで下がって守備に参加する
- そこからボールを受けて、自らボールを運ぶ
- 最後の局面で、シュートとラストパスのどちらを選ぶかを決める
といった、一連の流れをこなせる存在になりつつある。
対照的に、ベラルディはクラブの象徴としてキャリアの終盤に差しかかりながらも、今季は得点面で再び高い数字を残している。 重いけがからの復帰を経て、なおも決定的な存在であり続けていることは、数字以上に重い。
面白いのは、「個が輝くための準備」がチーム全体に埋め込まれていることだ。 4-3-3のサイドチェーンでは、サイドバック、インサイドハーフ、ウイングが連動して動く。 味方のサポートを受けてロリエンテが1対1を作り出し、ベラルディが内側に絞ってフィニッシュに絡む。
日本の育成年代でも、「個を伸ばすか、組織を重視するか」という議論はよく起こる。 ただ、サッスオーロのやり方を見ていると、両者は必ずしも対立しないのではないかとも感じる。 「個を生かすために、どんな組織が必要か」。 「組織の中で、どこまで個に任せるか」。 そうした問いを前提に設計されたチームは、どちらか一方を犠牲にする必要がないのかもしれない。
もし、自分がサイドのドリブラーだとしたら、どういうチームでプレーしたいだろうか。 自由に仕掛けさせてくれる代わりに、守備では放置されるチームか。 それとも、守備の約束事が厳しい代わりに、攻撃では自分の得意な形を何度も作ってくれるチームか。
数字が示す「運」と「質」 それでも続く問い
今季のサッスオーロは、順位表では中位の上の方にいる。 降格圏よりも、ヨーロッパ出場圏の方に近い位置だ。
しかし、xG(期待値)から見れば、チームの内容はそこまで安定しているとは言えない。 90分あたりのxG差では、むしろ残留争いに近い数字を出している。
では、なぜ順位は良いのか。 ひとつは、攻撃面の「決めきる力」だ。 ピナモンティや1月に加わったエンバラ・エンゾラに加えて、ロリエンテやコネ、そしてベラルディが、xG以上の得点を決めている。 相手ゴール前での一瞬の質が、チーム全体の成績を押し上げている。
もうひとつは、守備面での「止める力」だ。 ゴールキーパーのアリヤネト・ムリッチは、シュートの質から考えれば本来入っていてもおかしくないゴールを、いくつも止めている。 ポストショットxGと実際の失点数の差で見れば、リーグでも指折りのセーブ数だ。 201cmの体格を生かしたハイボール処理も、チームの安心感につながっている。
では、これは「運が良いだけ」なのか。 それとも、「質の高さが数字を歪ませている」のか。
日本の現場でも、似た場面がある。 シュート数やポゼッションでは劣っているのに、勝ち点はついてくるチーム。 内容は良いのに、なかなか勝ち切れないチーム。 そこで、「運がいい」「運が悪い」とだけ片づけるのか。 あるいは、「どの部分が数字を上回っているのか」「どこが足りないのか」を探すのか。
グロッソにとっても、ここからが難しい時間になる。 結果が出ている今のやり方を続けるのか。 それとも、内容と数字を揃えていくために、何かを変えるのか。
「安全」に行くか、「もう一歩」踏み出すか
残留という当初の目標には、すでに現実味がある。 シーズン終盤に向けて、サッスオーロには新たな選択肢が見えてきた。
このまま、現状を維持しながら安全にシーズンを終えるのか。 あるいは、ヨーロッパ出場圏をうっすらと意識しながら、リスクを取ったチャレンジをするのか。
シーズン前、多くの人が「残留できれば成功」と見ていたクラブが、今、別の景色を見ている。 その時に問われるのは、「欲張りになるかどうか」ではなく、「何を優先するか」だ。
選手起用で言えば、若い選手により多くの出場機会を与えて次のステップにつなげるのか。 それとも、ベストメンバーを固定して、歴史的な順位を追い求めるのか。
もし自分がグロッソの立場なら、どう考えるだろう。 自分の評価を上げるために、順位にこだわるのか。 クラブの未来を見据えて、シーズン終盤を「実験の時間」に変えるのか。 目の前の勝ち点と、数年後の成長。 どこまでを自分の責任の範囲として捉えるのか。
選手側にも、別の迷いがあるかもしれない。 契約が残り少ないベテランは、「今」の結果を必要としている。 一方で、若手は「チャンスを与えてほしい」と感じているかもしれない。 チームとしてどちらに舵を切るのかによって、満足する人もいれば、もどかしさを抱える人もいる。
そこに、唯一の正解はない。 ただ、「なぜ、この選択をしたのか」をチーム全体で共有できるかどうかが、来季以降に大きな影響を与えるのだと思う。
日本で、この選択をどう考えるか

このサッスオーロの物語を、日本サッカーに重ねてみると、いくつかの問いが浮かぶ。
例えば、昇格したチームや、下位から抜け出そうとするチームが、「戦い方をどこまで変えるか」という問題。 Jリーグでも、カテゴリーが上がった途端にスタイルを大きく変えようとするケースは少なくない。 その中で、
- 昇格の原動力となった選手たちをどこまで信じるのか
- どのポジションに、どんなタイプの補強を加えるのか
- 守備の位置をどこに設定し、どこでボールを奪うのか
といった問いに、ひとつひとつ答えていくプロセスが重要になってくる。
また、選手自身にとっても、サッスオーロのやり方は考えるヒントを与えてくれる。
- 「追いかけない守備」の中で、自分に何ができるのか
- ボールに触れない時間に、どんな準備をしておくのか
- 自分が消された時、味方をどう生かすのか
といった視点は、日本のどのカテゴリーでも応用できる。
保護者や指導者の立場から見れば、「結果」と「内容」の揺れをどう受け止めるか、というテーマもある。 xGで見れば苦しい数字なのに、勝ち点は積み重なっているチーム。 内容は支配しているのに、ゴールが決まらないチーム。 そこで「運が良い」「ツイてない」と言って終わらせるのか。 あるいは、「どんな質が結果を上回らせているのか」「どこで質を上げる必要があるのか」を一緒に考えるのか。
こうした問いを、すぐに答えに変えようとしない姿勢が、選手にも大人にも求められているのかもしれない。
答えを急がないチームの行方
強烈なプレッシングもなければ、圧倒的なポゼッションもない。 サッスオーロは、派手さで脚光を浴びるタイプのチームではないかもしれない。
それでも、
- 「行かない」と決めた守備のライン
- 経験と若さを織り交ぜた中盤のバランス
- 個を生かすために設計されたサイド攻撃
- 数字と結果のズレを抱えながら続ける試行錯誤
といった要素は、一つひとつが「考えるサッカー」の断片になっている。
シーズンが終わる時、この選択が「成功」だったのか「やり過ぎ」だったのかは、結果次第で評価が変わるだろう。 だが、その過程で選手と監督とクラブが、どんな迷いを抱え、どんな決断を重ねてきたのか。 そこに目を向けてみると、サッカーの見え方は少し変わってくる。
今、自分が関わっているチームで、どんな選択が迫られているだろうか。 守るのか、攻めるのか。 変えるのか、続けるのか。
答えを急がず、その間で揺れながら、何を選び取るのか。 サッスオーロの今季は、その迷い方そのものが、一つの物語になっているように思える。
そして、その物語を見届けることは、きっと自分自身のサッカーの「考え方」を見つめ直す時間にもつながっていく。
