カルロス・クエスタが示す「急がない縦サッカー」──若き指揮官とパルマが選んだ我慢と決断のフットボール
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30歳の監督が選んだ「急がない縦へのサッカー」──カルロス・クエスタとパルマの物語

相手のセンターバックがボールを持つ。 前線のパルマの9番、ペッレグリーノは、まっすぐ寄せてはいかない。 少し外側に弧を描くように走り、相手をタッチライン側へ「誘導」する。 その背後では、5バックがすでに整い、4枚の中盤がじっと距離を測っている。 ボールを奪いに行くのか、待つのか。 カルロス・クエスタのパルマは、その一瞬の「待つ」判断を、あえて選ぶことが多い。
ボールを持ったときも同じだ。 無理に細かくつなごうとはしない。 36%、46%。 ユベントス、アタランタとの試合で記録されたパルマのボール支配率は決して高くない。 それでも、彼らは迷いなく前へボールを蹴り出す。 1本でラインを越えるパス、背後へのロングボール。 そこには、「急いでつなぐ」よりも、「迷いなく選ぶ」ことを大事にする姿勢が透けて見える。
なぜ30歳の監督は「縦」を選ぶのか
クエスタの背景にあるもの
パルマを率いるカルロス・クエスタは、セリエAで最も若い監督と言われている。 年齢はまだ30歳。 ユベントスの育成組織、アーセナルのトップチームでミケル・アルテタのスタッフを務めた経験があり、6言語を操るという経歴を持つ。
ヨーロッパのトップレベルの現場で、さまざまなスタイルのフットボールを間近に見てきたであろう指導者が、パルマで選んだのは「ボールを持ち続けるサッカー」ではない。 3バックをベースにした1-3-4-2-1から、ボールを持てば3-4-3、守備では5-4-1に変化しながら、狙いははっきりと「縦」と「深さ」に置かれている。
ここでひとつ疑問が浮かぶ。 どうして、若くて新しいタイプの監督が、ポゼッションを徹底するのではなく、縦志向のサッカーを選んでいるのだろうか。 それは「古いから」や「楽だから」ではなく、「自分たちの今」に合う形を選んでいる結果にも見える。
パルマは若い選手を育てながら成長しているクラブであり、重要な選手を売りつつ、長期的に安定した土台を築こうとしている。 その中で、現有戦力の特徴──例えば、1m90の高さとスピードを持つペッレグリーノのようなストライカーや、前向きのパスに長けたベルナベ、走力のある3バック──をどう生かすか。 クエスタは、そこから逆算してモデルを組み立てているように映る。
| 観点 | 急がない縦サッカー | ポゼッション志向 | 評価 |
|---|---|---|---|
| ボール支配率 | 36〜46%(低め) | 60%超を目指す | △ |
| 意図の明確さ | 1本で裏を狙う目的が整理済み | パス本数・保持時間で整理 | ◎ |
| ストライカーの役割 | 誘導・背後へのランで空間創出 | ポストプレーや落としが中心 | ◎ |
| 守備の構え | 5-4-1でラインを低く保つ我慢の守備 | 即時奪回・ハイプレスを優先 | ○ |
| 弱点 | パターンが単調になりやすい | プレス耐性・技術精度が要求される | △ |
「持てないから蹴る」のではなく、「持たないと決めて蹴る」
パルマの攻撃は、単純なロングボール合戦ではない。 ゴールキーパーのスズキが最初の起点となり、ケイタが一度ボールを引き出してから、わざと相手を少し前に誘い出す。 そこから、3バックが一気に縦へ蹴り込む。 大きく蹴ること自体が目的ではなく、「どこに、何のために、誰のために蹴るのか」が整理されている。
例えば、こんな流れがある。
- スズキが短く繋ぎ、ケイタに一度預ける
- ケイタが前を向いた瞬間、相手中盤が寄せてくる
- ケイタは安全に後ろへ戻し、ディフェンスラインがフリーになる
- フリーになったセンターバックが、ペッレグリーノの背後のスペースめがけてロングボール
「ポゼッションをあきらめた」のではなく、「1つのポゼッションで、何本勝負するか」を決めているようにも見える。 ボールを握り続けることよりも、1本で相手のラインを越えることに価値を置いているのだ。
もし自分が選手だとしたらどうだろう。 「とにかくつなげ」と言われるのと、「つなぐのか、1本で裏を狙うのか、はっきり決めよう」と言われるのとでは、求められる思考が少し違う。 パルマの選手たちは、「ミスをしないこと」より「決めた意図をやり切ること」に近いチャレンジを、毎回要求されているのかもしれない。
守備で「奪いに行かない」という勇気
- ゲームモデルを逆算で組む — 選手の特徴(高さ・スピード・配球力)から「何を強みにするか」を決め、捨てる要素を先に明示してからシステムを選ぶ。
- 前線に「得点以外のタスク」を与える — ストライカーに「誘導・釘付け・スペース創出」の役割を文言で伝え、得点ゼロの試合でも評価できる基準を作る。
- 守備の「行かない判断」を練習で積む — ハイプレスとリトリートの切り替えを、スコア・時間帯・コンディションで使い分けるシーンをトレーニングに組み込む。
5-4-1で待つことを選ぶ理由
パルマの守備は、とてもはっきりしている。 ボールを失った瞬間、激しく奪い返しにいくチームも多い中で、クエスタのチームは、基本的に「即時奪回」にこだわらない。 むしろ、一度下がって5-4-1をつくり直し、相手に自由を与える時間をあえてつくる。
なぜか。 3バックの裏を、大きなスペースにされたくないからだ。 ゴールキーパーのスズキは、いわゆる「スイーパー型」ではなく、あまり高い位置まで飛び出さないタイプとされている。 だからこそ、最終ラインは「背後」を最優先に守る。 前に出てボールを奪うより、まずはラインをきちんとそろえ、5枚で幅とハーフスペース、中央を埋めることを選ぶ。
ここにも、「何を捨てて、何を守るか」という選択がある。 ラインを上げて高く奪いに行く代わりに、相手に前進をある程度許す。 そのかわり、自陣の25メートルには簡単に入らせない。 ボールを奪う位置は低くなっても、ゴール前の危険なゾーンだけは死守する。 そのために、前線のペッレグリーノは「走って取りに行く」のではなく、「走って誘導する」役割を担う。
- プレーの「なぜ」を言えるか確認する — 試合後に「あのパスはなぜロングにしたの?」と問いかけ、選手自身が意図を説明できるかどうかを一緒に振り返る。
- 得点が取れなかった試合の「別の物差し」を探す — 背後へ走り続けて相手CBを釘付けにした、誘導ランで仲間のスペースを作った、といった数字に出ない貢献を言語化して認める。
- 支配率が低くても焦らない視点を育てる — 観戦時に「なぜボールを持たないのに崩れていないのか」を一緒に探すことで、多様なサッカー観を広げる。
「我慢する守備」は日本にとってどう映るか
日本の育成年代では、よく「前から奪いに行こう」「奪われたらすぐ取り返そう」と言われる。 もちろん、それ自体は大切な考え方だ。 距離を詰める勇気、ボールを追い続けるメンタリティは、簡単に手放していいものではない。
一方で、クエスタのパルマを見ていると、別の選択肢も見えてくる。 あえて追わない。 あえて構え直す。 「あそこで行かないの?」と観客に思われるような場面でも、選手たちは「行かないと決めているから行かない」を徹底する。
もし自分が中学生、高校生の選手だとしたら、こんな問いが立つかもしれない。 「この時間帯は、本当に前から行くべきなのか」 「この相手、このスコア、このコンディションなら、どう守るのが一番ゴールを守れるのか」
正解は一つではない。 けれど、「いつも前から」ではなく、「前から行く」「構える」を自分たちで選び分けるチームと選手は、状況を読む力を求められる。 パルマの5-4-1は、その「読み」と「我慢」を、90分間にわたって試される仕組みになっているようにも感じられる。
縦志向のサッカーが抱える「弱さ」と向き合う
分かっていても止められないのか、分かるから止められるのか
パルマの攻撃には、はっきりした強みがある。 3バックが前線へ思い切りよく蹴り込み、ペッレグリーノが背負いながら収める。 その周りを、ベルナベやサイドの選手たちが走り回る。 ボールはよく「前」に進む一方で、同じパターンが多くなるという弱点も指摘されている。
分析では、こんな点が挙げられている。
- ポジティブトランジションで、せっかく奪ったボールを落ち着いて持てない
- ビルドアップのテンポが単調になりやすい
- 中央の大柄なストライカーに依存した攻撃になりがち
- 相手陣内での細かい崩しが続かず、シュートまでの質が安定しない
つまり、「何をしたいか」ははっきりしているが、「どう他のやり方も混ぜていくか」が今後の課題とも言える。 選手たちは、相手も自分たちの狙いを分かっていることを前提に、それでもなお有効にする方法を探さなければならない。
日本でプレーする選手にとっても、これは他人事ではない。 例えば、「サイドからクロスを上げる」ことが得意なチームがあったとする。 相手に「このチームはサイド攻撃だ」と研究されたあと、その「得意」をどうアップデートしていくか。 クロス以外の選択肢を持つのか、同じクロスでも質やタイミングを変えるのか。 パルマは、まさにそうした壁に向き合いながら、「縦を捨てずに、何を足していくか」を試されている途中にいるように感じられる。
トランジションで問われる「つなぐか、走るか」
守備から攻撃に切り替わった瞬間、パルマはまず「速く行く」を選ぶことが多い。 できるだけ少ないパスで、ペッレグリーノにボールを届ける。 しかし、その結果として、カウンターが「1回」で終わり、味方が追いつく前にボールを失ってしまう場面も少なくないと分析されている。
ここには、こんな二択が常にある。
- 今、走り切れば、少ない人数でもゴール前に迫れるかもしれない
- 今は落ち着いてつなぎ、全員でラインを押し上げてから攻めた方がいいかもしれない
どちらが「正しい」とは言い切れない。 ただ、選手一人ひとりが、「なぜ今その選択をしたか」を自分で説明できるかどうかは、大きな違いを生む。 パルマが課題として抱える「ポジティブトランジションの管理」は、選手と監督がその答えを、一つひとつのプレーの中で探している最中なのだろう。
ポジションと役割の中で、自分なら何を選ぶか
GKスズキの「出ない」選択と、その裏側
ゴールキーパーのスズキには、大きく前へ飛び出す役割はあまり求められていないとされている。 最終ラインがしっかり深さを管理することを前提に、彼はエリア内でのポジショニングとビルドアップの起点としての役割を重視されている。
日本の若いキーパーにとって、「積極的に前へ出る」ことはしばしば理想像として語られる。 しかし、チームが「ラインで深さを守る」ことを選んだ場合、キーパーが無理に出過ぎないこともまた、ひとつの正解になりうる。 大切なのは、「なぜ出ないのか」を自分の中で理解してプレーしているかどうかだ。
もし自分がスズキの立場だったら、こう自問する必要があるかもしれない。 「このチームが自分に何を求めているのか」 「自分の得意と、チームのやり方はどう重なるのか」 そこを言葉にできれば、「出ない」という選択も、消極的ではなく、積極的な決断になる。
前線の役割は「点を取る」だけではない
パルマの前線の選手たち、とくにペッレグリーノには、明確なタスクが与えられている。 ゴールを狙うのはもちろんだが、それ以上に大切なのは、相手ディフェンダーを「縛る」こと。 自分にボールが入ってこなくても、背後へ走り続けることで、相手CBを自陣に釘付けにする。 あるいは、あえてボールを受けに下がり、相手のラインを崩して味方の走り込むスペースを生み出す。
ストライカーとして育ってきた選手にとって、「点を取れなかった試合」=「何もできなかった試合」と感じてしまうことは少なくない。 ただ、クエスタのパルマを見ていると、「チームがどんな意図で前線に立たせているか」を考える余白が生まれる。
点を取れなかった日でも、相手CBを最後まで背負い続けて、味方のランニングコースを開けた選手がいる。 それは数字には残りにくいが、「今日、自分は何を選び、何をやり切ったか」を測る、もうひとつの物差しになりうる。
日本でこのサッカーをどう受け取るか
「きれいにつなぐ」だけが良いサッカーではない
日本では、育成年代から「ビルドアップ」「ポゼッション」がキーワードになることが多い。 細かく繋いで相手を動かし、崩し切る。 その発想自体は、技術の高さや認知・判断を育てるうえで、とても価値がある。
一方で、クエスタのパルマは、「きれいにつなぐ」ことより、「どの瞬間に、どんな決断で前へ進むか」を優先している。 ボール支配率は高くないが、それでもリーグで存在感を増しつつあるクラブとして評価されている。
もし日本のチームがこのパルマのサッカーを真似しようとしたとき、大事なのは形だけをなぞらないことだろう。 長いボールを蹴るから良い、5バックだから良い、という話ではなく、
- 自分たちにはどんな選手がいるのか
- その選手たちが生きるゲームプランは何か
- その中で、捨てるものと守るものは何か
を、一度立ち止まって考えることだ。 「つなぐか、蹴るか」という二択ではなく、「何をどう組み合わせるか」を考える視点があれば、どんなスタイルにも意味が生まれる。
答えを急がないことから始まるサッカー観

パルマの試合を見ていると、ときどき「もっとボールを持てばいいのに」「もっと前から奪いに行けばいいのに」と感じる瞬間があるかもしれない。 それは自然な感覚だと思う。
ただ、そこで一度だけ立ち止まってみる。 なぜ、この監督はそこで「行かない」ことを選んでいるのか。 なぜ、このチームは低い支配率でも縦へのパスをやめないのか。 なぜ、このストライカーはボールが来なくても何度も裏へ走り続けるのか。
そこから見えてくるのは、「良い/悪い」ではなく、「どういう考えでこうしているのか」という問いだ。 その問いを、自分のプレーや、自分のチームに少し重ねてみる。
自分なら、この時間帯に前から行くだろうか。 自分なら、カウンターで一気にゴールへ向かうか、それとも一度落ち着かせるか。 自分なら、点が取れない日でも、どんな役割をやり切るだろうか。
カルロス・クエスタのパルマは、まだ完成形ではない。 守備の我慢と、攻撃の縦志向、その間に横たわる課題を抱えながら、少しずつ答えを探している途上のチームだ。 だからこそ、その揺れや葛藤ごと眺めることは、見る側にとっても、プレーする側にとっても、「自分ならどう考えるか」を試される時間になる。
サッカーのピッチには、いつもひとつの正解があるわけではない。 その場で選んだ答えを、大事に最後までやり切れるかどうか。 パルマのようなチームを追いかけることは、その難しさと面白さの両方を、少しだけ鮮明にしてくれるのかもしれない。
