うまくいかなかった20分から始まる、選手とチームの「選択の物語」
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「うまくいかなかった20分」と、そこから先のサッカーの話

円陣の真ん中で、ひとりの選手が声を張り上げている。
イタリア・バジリカータ州の地方都市トルヴェで行われた、地域リーグU-15の一戦。
Lykos対PGS Don Bosco。
勝てば首位に近づくLykos。
序盤はむしろ、PGS Don Boscoの方がボールもテンポも握っていたと伝えられている。
13分、右サイドからのクロスに、PGSの9番ベラルディがうまく飛び込む。
しかし合わせたボールは、わずかに枠の外。
「先に点が入るとしたらPGSだろう」と思わせる流れだったが、21分、その「もし」はあっけなく裏返る。
Lykosの10番コッポラが右サイドをえぐり、マイナスのクロス。
こぼれそうでこぼれないボールを、14番ペトラーリアが、体をねじ込みながら押し込んだ。
そこから試合は、少しずつ、しかし確実にLykosの色に変わっていく。
結果は3-0。
スコアだけを見れば、Lykosの快勝。
だが、この試合の面白さは「うまくいかなかった20分」と、その後に起きた変化の中にある。
ペトラーリアという「選手の物語」
この試合を語るとき、多くの人はハットトリックの14番、ペトラーリアに目を向けるはずだ。
かつてはPGS Don Boscoにいた選手。
今はLykosのゴールゲッター。
しかも、PGSからLykosへ移籍した同じ攻撃陣のトダーロは、この日は出場停止でピッチにいない。
そのパートナー不在の中で、ペトラーリアは3点すべてを決めた。
点の取り方も、ひとつひとつ違う。
- 21分 混戦で、ほぼ倒れ込みながら押し込む「執念の一撃」
- 34分 左からのロングボールをコントロールし、右足の斜めのシュートで沈める「狙いすました一撃」
- 41分 右からのクロスに高く跳び、ヘディングを叩きつける「高さとタイミングの一撃」
同じ選手が、違う状況で、違う解決方法を選び続けている。
「点を取る」という仕事は一つでも、その中にある判断は、毎回まるで別の問いに答えるようなものだ。
崩れた姿勢のまま押し込むのか。
一度ボールを置き直して、コースを見極めるのか。
クロスに対して、前に飛び込むか、少し下がって叩きつけるか。
誰も時間を止めてはくれない。
その一瞬で、「どう決めるか」を選ばなければいけない。
元いたクラブを相手に決めた3点が、彼の中でどんな重さを持っていたのか。
喜びなのか、安堵なのか、少しの切なさなのか。
本人にしかわからないが、そこには「移籍」という、ひとつの大きな選択の延長線がある。
クラブを変えるという決断は、子どもにとっても、保護者にとっても、指導者にとっても、軽いものではない。
違う街、違う仲間、違うスタイル。
その先で、古巣を相手にプレーする日のことを、どれだけ想像しながら選んだのだろう。
想像していたとしても、実際にその日が来たとき、感情はきっと揺れる。
もし自分だったら、どんな気持ちでピッチに立つだろうか。
それでも試合が始まれば、「今この瞬間に、何を選ぶか」に集中しなければならない。
過去の自分と、今の自分。
かつての仲間と、今の仲間。
その間で揺れながらも、ゴール前では迷っている時間はない。
| 観点 | 4-3-1-2(ダイヤモンド) | 4-2-3-1(2ボランチ) | 指導の着眼点 |
|---|---|---|---|
| サイドの使い方 | SBが積極的に高い位置を取る | ウイングがタッチライン際に張る | ◎ どちらも選択の量が多い |
| 中盤の構成 | トップ下が前後左右を繋ぐ | 2ボランチが攻守のバランスを管理 | ○ 役割分担の明確さが異なる |
| 前線との関係 | 2トップが幅・深みを分担 | 1トップがポストか裏抜けかを判断 | △ トップの判断量が変わる |
| 守備時の対応 | コンパクトな中盤が優先 | 2ボランチが縦を締めてブロック | ◎ ゾーンとマンの混在が生まれやすい |
| 崩れた時の修正 | ピッチ内の自律的調整が必要 | 監督交代・指示が反映されやすい | ○ 修正の手がかりが異なる |
「先に点を取れなかったチーム」の考える時間
もう一方のPGS Don Boscoはどうだったか。
序盤は主導権を握り、13分のチャンスでは「決まっていてもおかしくない」場面を作っている。
そこから、21分に失点。
記事では、その1点目を「ほとんど偶然のような形」と表現している。
崩された、というより、こぼれたボール、弾いたボール、当たったボール。
そういった「ゲームの揺れ」の中で、最終的に相手に転がった。
サッカーには、こういう場面がある。
「さっきのシュートが入っていれば、展開はまったく変わっていたかもしれない」
頭ではそうわかっていても、スコアボードには現実として0-1が刻まれる。
そのとき、選手は何を考えるのか。
- 運が悪かったと受け止めて、淡々と続けるのか
- 「なぜ自分たちは決められなかったのか」と振り返るのか
- 失点の場面にとらわれてしまい、プレーが小さくなるのか
PGS Don Boscoは、この試合でも、そして今シーズン全体を通しても、「いい時間帯」と「そうでない時間帯」の波が大きかったと伝えられている。
良い選手が揃っていても、その力を90分(U-15なので実際は80分だが)通して発揮することは、簡単ではない。
前半20分で見せたようなプレーを、リードされた場面でも続けられるか。
「うまくいっているときの自分たち」と「うまくいかなくなったときの自分たち」の差に、自分たち自身が気づけているか。
スコアよりも、そこでどんな会話が交わされていたのかが、気になってくる。
ピッチの中で、誰かが声をかけただろうか。
「まだ1点だ、落ち着こう」と言った選手がいたか。
ベンチから、指導者はどんな言葉を選んだだろうか。
日本の育成年代でも、同じような試合展開はよくある。
押していたのに、ワンチャンスを決められて0-1。
その瞬間に、チームが一気に静かになってしまうことがある。
言葉が出てこないベンチ。
うつむきがちな選手。
でも、その「沈黙の時間」にこそ、本当はたくさんの選択肢がある。
- システムを選ぶ前に「選手に何を考えさせたいか」を言語化する — 「4-3-1-2にする」ではなく「この形でインサイドハーフがどんな選択場面を多く経験するか」を先に整理し、ポジションの目的から逆算してシステムを選ぶ
- うまくいかない時間帯に試合を止めず、選手間の声かけを観察する — 失点後や劣勢の局面でチームが沈黙するか、声が出続けるかを記録し、次の練習でその「沈黙の時間」をテーマにした状況設定を行う
- ハーフタイムの問いを「何が悪かったか」ではなく「どの選択肢があったか」に変える — 選手が「失点のこぼれ球は運だった」で終わらず、「その後にどんな選択ができたか」を言葉にする場を作る
システムは「答え」ではなく「問い」をつくるもの
この試合では、両チームが異なるシステムを選んでいる。
- Lykos 4-3-1-2 中盤は菱形の「ダイヤモンド」
- PGS Don Bosco 4-2-3-1 2ボランチ+3シャドー+1トップ
一見すると、どちらもよく見かける基本的な形だ。
Lykosは、トダーロ不在の中で、コッポラをトップ下に置き、ペトラーリアとチアンピの2トップ。
中盤は、レジスタのリナルディを中心に、アチェレンツァとチッリスがインサイドハーフとして幅広く動く。
PGS Don Boscoは、ベラルディを1トップに、サイドにトゥリエッロとバリーレ。
カポラソがその後ろで、2ボランチのソレンティとリボナーティが、攻守のバランスを取る。
「どちらが正しいシステムか」という話ではない。
システムは、選手たちに「どのエリアで、どんな選択をしてほしいか」を問いかける枠組みのようなものだ。
4-3-1-2なら、サイドバックがどこまで出ていくのか。
トップ下は、どのタイミングで前線と絡むのか。
2トップは、相手のセンターバックとボランチをどう分担して見るのか。
4-2-3-1なら、2ボランチのうち、どちらが前に出るのか。
サイドの選手は、中に絞るのか、タッチライン際に張るのか。
トップ下は、相手ボランチの脇を狙うのか、最前線に並ぶのか。
どちらのシステムを選んだとしても、そこで必要になるのは「考える力」だ。
この試合でLykosは、立ち上がりの不安定さから、少しずつ試合の流れをつかみ直している。
記事では「試合の途中で、チームとしての姿を変えられる」と評されている。
それは、単に選手交代やポジションチェンジの話ではないかもしれない。
ボールを奪いに行く高さを変えたのか。
縦に急ぐ場面と、落ち着かせる場面のバランスを変えたのか。
ペトラーリアへのボールの入れ方を、シンプルなロングボールだけでなく、足元と裏への使い分けにしたのか。
こうした「微調整」は、監督の指示だけで完結するものではない。
ピッチの中で、選手同士が「こうしよう」と決める瞬間が重なって、少しずつ形になっていく。
日本の現場でも、「どのシステムが一番いいのか」という質問はよく聞かれる。
けれど、本当に問うべきなのは、
「このシステムの中で、選手たちにどんなことを感じて、どんな選択をしてほしいのか」
という方なのかもしれない。
- 序盤に主導権を握ってもチャンスを逃した後の自分を観察する — 「決めていれば違った」ではなく、失点直後にプレーがどう変わったかを試合後に自分に問いかける習慣をつける
- 試合後に「どの時間帯が一番自分らしかったか」を答える — 結果に振り回されず、自分がコントロールできた時間帯を特定することで、次の試合で再現できる要素を見つける
- 保護者はスコアの前に「声は出ていたか」を聞く — 負けた・点を取られた後にチームの声量がどう変わったかを子どもに問いかけることで、状況対応力と仲間との関わりに目を向けるきっかけを作る
「12試合無敗」の裏側にあるもの

Lykosは、この勝利でリーグ戦12試合無敗。
10勝2分。
首位との勝ち点差は1。
シーズン終盤の「三つ巴」の争いの中で、勢いに乗っている。
勢い、といってしまえば簡単だが、12試合も続くと、それは偶然ではない。
もちろん、スケジュール面で「強豪との対戦をすでに多く終えている」という追い風もある。
だが、日程がどうであれ、毎試合「勝ち続けることを求められる」というプレッシャーは、U-15年代にとってはかなり大きいはずだ。
結果を出していても、「次はどうなるかわからない」と感じるのがサッカーだ。
それでも、負けない試合を積み重ねていく。
そこにはきっと、派手さとは別の、地味な選択が毎週繰り返されている。
- うまくいっていない時間帯に、無理に勝負を仕掛けず、いったん立て直す選択
- 苦しい局面でも、自分の役割から逃げない選択
- 練習から、次の相手を意識して準備する選択
逆にPGS Don Boscoのように、「良い内容」と「結果」がなかなか結びつかないシーズンを送るチームもある。
そのときに、「結果が出ない=間違っている」と決めつけてしまうのは簡単だ。
だが、本当にそうなのだろうか。
選手たちは、今シーズンの中で何を学び、どんな変化を起こそうとしているのか。
シーズンが終わるとき、「自分たちはただ結果に振り回されていたのか」、それとも「結果が出ない時間も含めて、自分たちのサッカーを見つめ直してきたのか」。
そこには、大きな差がある。
日本で同じ状況に立ったとき、どう考えられるか
もし、同じような試合が日本の中学生年代で起きたとしたら。
あなたが選手なら、どう感じるだろう。
序盤から押し気味に進めて、チャンスも作った。
しかし決めきれず、相手の何気ない一撃で失点。
そのあと、試合の流れを取り戻せないまま、スコアは開いていく。
試合後、どんなことを言葉にするだろうか。
- 「あのチャンスを決めていれば、全然違ったのに」
- 「失点の場面、運が悪かったよ」
- 「相手が強かったから仕方ない」
そう言いたくなる気持ちは、自然なものだ。
でも、少し時間がたったときに、もう一歩踏み込んで自分に問いかけてみることもできる。
- 「あのチャンスを外したあと、自分のプレーはどう変わっていたか」
- 「1点取られた瞬間、チームの声の量はどう変わったか」
- 「失点のあと、どんな選択肢があったのに、選ばなかったのは何か」
保護者の立場なら、試合を観終わったあと、どんな言葉をかけるだろう。
「もったいなかったね」だけで終わらずに、
「どの時間帯の自分が一番良かった?」
と聞いてみるのも一つかもしれない。
指導者であれば、「なぜこのシステムでいくのか」「どの選手をどこで使うのか」といった決断のたびに、
「この選択が、選手たちのどんな『考える時間』を生み出すだろう」
と自分に問いかけてみることもできる。
勝ったときも、負けたときも、その裏側には必ず「どんな選択をしてきたか」という物語がある。
答えを急がないサッカー
Lykos対PGS Don Boscoの一戦は、スコアだけを見れば3-0。
だが、内容を追っていくと、
- うまくいっていた時間が、どこで、なぜ変わったのか
- ペトラーリアという一人の選手が、どんな背景と選択を背負ってピッチに立っていたのか
- それぞれのシステムが、選手たちにどんな問いを投げかけていたのか
そんな「見えない部分」が、静かに浮かび上がってくる。
試合が終わった瞬間、スコアは動かない。
でも、選手や指導者の中では、そのあとも何度も試合が再生される。
あのとき、別の選択もできたんじゃないか。
あの声かけで、何かが変わったんじゃないか。
そこに正解はない。
あるのは、自分なりの答えを探し続ける時間だけだ。
目の前のプレーでは、迷っている暇はない。
けれど、試合が終わった後くらいは、答えを急がずに、自分のサッカーをゆっくり考えてみてもいいのかもしれない。
ゴールネットが揺れた一瞬よりも、その前後にある数えきれない選択の積み重ねに、サッカーの面白さはひっそりと隠れている。
次にピッチに立つとき、あなたはどんな選択をしてみたいだろうか。
その問いを胸にしまいながら、またボールに向き合う時間が始まっていく。
