ベンチから立ち上がりピッチに向かうエース選手の象徴的イメージ。エムバペ「4番手問題」を題材に、選手の評価と「選ぶ力」を考える育成年代向けコラムのカバー画像。

レアル・マドリードの危機とエムバペ「4番手問題」から学ぶ、育成年代の選手・保護者・指導者のための「選ぶ力」

DEFINITION
「4番手問題」とは(30字以内)
世界的スターでも「4番目のFW」と告げられる瞬間がある。その評価をどう受け取り、次に何を選ぶか――エムバペの夜は、育成年代の選手・保護者・指導者にも同じ問いを投げかけている。

4番手と言われたエースと、ブーイングのスタジアムで問われる「選ぶ力」

キリアン・エムバペがタッチラインに立った瞬間、サンティアゴ・ベルナベウには拍手ではなく、冷たい音が響いた。

ブーイング。

それでも彼は、少し笑ってピッチに入っていった。

この日、レアル・マドリードはオビエドに2−0で勝利している。

スコアだけ見れば、何も問題がない試合にも見える。

しかし、その裏側では、選手と監督、選手同士、クラブとサポーターの関係が大きく揺れていた。

そして、その真ん中に、エムバペという一人のストライカーが立たされていた。

「4番目のFW」と告げられたエース

エムバペはこの試合、ベンチスタートだった。

ピッチに立ったのは後半24分。

交代で送り出されたのは、ゴンサロ・ガルシア。

試合後、エムバペは、アルバロ・アルベロア監督から「君は今、4番目のFWだ」と伝えられていたことを明かしている。

自分はフィジカル的にもメンタル的にも問題なく、先発する準備はできていたとも語っていた。

それでも、監督は別の選択をした。

その理由は、彼自身にも、外から見ている私たちにも、すべては分からない。

ただ一つ分かるのは、「世界的スター」であっても、「4番手」と告げられることがある、ということだ。

もし自分がエムバペの立場なら、どう感じるだろうか。

代表でもクラブでも中心に扱われるのが当たり前のような選手が、いきなり「4番目」と言われる。

納得できるだろうか。

それとも、納得できないまま、表面だけ受け入れるのだろうか。

エムバペは「監督の決断は尊重する。与えられた時間でプレーする」と言葉にしていた。

この「受け入れる」という言葉の裏側には、どんな感情が渦巻いているのか。

悔しさ、怒り、不安、プライド。

それらをすべて抱えたまま、「じゃあ、その中で何を選ぶのか」が問われているように見える。

COMPARISON / 「選ぶ力」が問われる場面と立場
場面 選手の選び方 周囲(保護者・指導者)の選び方 問いの深さ
エースがベンチに回された日 プライドを優先するか、役割を引き受けるか 怒りに同調するか、状況を一緒にたどるか ◎ 継承(普遍テーマ)
スタジアム/会場でブーイングを浴びた瞬間 個人攻撃と受け取るか、別の不満の表現と捉えるか 守りすぎるか、揺れごと受け止めるか ○ 柔軟化
監督から「優先度は低い」と告げられた直後 感情のまま反発するか、根拠を想像するか 監督批判で終わるか、子どもと一緒に考えるか ◎ 継承
チームが結果を出せない時期 誰かを責める言葉を選ぶか、自分に矢印を向けるか 陰口の輪に入るか、別の出口を作るか △ 変化(環境依存)
「4番手」と告げられた立ち位置 ゴールにするか、出発点にするか あきらめさせるか、次の一歩を待つか
◎=どんな年代・環境でも共通/○=立場で揺れる/△=チーム文化に依存

ブーイングの中でピッチに入るという選択

エムバペに向けられていたのは、監督からの評価だけではない。

ベルナベウのスタンドから響いたのは、多くのブーイングだった。

レアル・マドリードは、ここ2シーズン、大きなタイトルから遠ざかっている。

リーグではバルセロナに優勝を奪われ、チャンピオンズリーグも準々決勝で敗退。

チーム内では、アントニオ・リュディガーとパウ・カレラス、オーレリアン・チュアメニとフェデリコ・バルベルデの間での衝突も報じられた。

ロッカールームの空気も決して穏やかではない。

そこにやって来たのが、期待と批判を同時に背負うビッグネーム、エムバペだった。

期待された結果がすぐに出ないとき、サポーターが不満をぶつける先は分かりやすい。

エースと見なされる選手。

高額な契約を結んだ選手。

象徴的な存在。

その一人が今、エムバペだ。

彼はブーイングについて、「人々が怒っているとき、その感情を変えることはできない」と話している。

「個人攻撃と受け取る必要はない」とも捉えているようだ。

ここにも一つの「選択」がある。

同じ音を、「自分を否定する声」と捉えるのか。

「チームに対する不満の表現」と捉えるのか。

どちらを選ぶかで、次に起こす行動も、おそらく変わってくる。

もし自分なら、サポーターの怒りや失望を、自分一人に向けられたものだと受け止めてしまうかもしれない。

プレーが消極的になったり、ミスを過剰に怖がったり。

逆に、反発するように、無理なプレーを選択してしまうこともあるかもしれない。

ブーイングの中で、笑ってプレーを選ぶ。

それが「正しい」のか「間違い」なのかは分からない。

ただ、その一瞬の表情も、彼なりの「どう受け取るか」の答えの一つなのだろう。

FOR COACHES / FOR COACHES
「選ぶ力」を引き出す指導者の3アクション
  1. 序列を伝えるときに理由を一緒に渡す — 「君は今この位置」だけでなく、戦術・コンディション・将来像のうちどれが軸かを言葉にする
  2. 外した選手とロッカールームの外で短く話す — 不満を聞く場ではなく、次に何を見るかを共有する5分を取る
  3. 「うまくいかない時期の振る舞い」を評価軸に入れる — 出場時間だけでなく、外されたときの態度・声かけ・準備姿勢を観察対象にする
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監督もまた、難しい「優先順位」を突きつけられている

一方で、アルベロア監督も、簡単ではない選択を迫られている。

チームは大きなプレッシャーの中にあり、結果も、クラブの将来像も問われている。

その中で、スター選手をどう扱うか。

どの選手を信じてピッチに送り出すか。

エムバペを「4番手」と告げた判断の背景には、様々な要素が絡んでいるはずだ。

  • 戦術的なフィット
  • コンディションの評価
  • 守備での献身度
  • ロッカールームのバランス
  • クラブの方針や将来を見据えた起用

外からは、どれがどの程度の比重を占めているかは見えない。

ただ、「スターだから優先的に使う」という単純なロジックでは動いていないことだけは確かだ。

監督の仕事は、「誰を外すか」を決め続ける仕事でもある。

同じポジションに4人の有力なFWがいれば、3人を出して、1人をベンチに置かなければならない。

その1人が、世界でも指折りのストライカーであったとしても。

もし自分が指導者で、チーム内にスター選手と、今まさに伸びてきている若手、そしてチームのために走り続ける選手がいたとしたら、誰を選ぶだろうか。

クラブの方針を優先するのか。

目の前の結果を取りにいくのか。

ロッカールームの空気を安定させることを最優先にするのか。

どこに軸を置くかによって、「ベンチに座るのは誰か」が変わってしまう。

アルベロアの決断が正しかったかどうかを、ここで断定することはできない。

ただ一つ、監督もまた「すべてを満足させることはできない」という現実の中で、選ばざるを得なかったのだろう。

FOR PLAYERS & PARENTS / FOR PLAYERS & PARENTS
ベンチから始まる3つの問い
  1. 「なぜ自分は使われていないのか」を感情と分けて言葉にする — 監督の視点を一度想像してから、自分のプレーを言葉で説明してみる
  2. 外された日の言葉と行動を、自分で選び直す — 誰かを責める言葉に流されず、次の練習で何を見せるかを一つ決める
  3. 保護者は「監督が悪い」で会話を閉じない — 「今の環境で子どもは何を学べるか」を一度立ち止まって考えてみる

チームの「危機」は、選手に何を突きつけるのか

このレアル・マドリードの状況は、「チームがうまくいっていないときに、何が起こるのか」を、分かりやすく映し出している。

内部の衝突、選手同士のケンカ、メディアへの情報の流出、サポーターの不満、会長への批判。

その全部が絡み合って、「危機」と呼ばれている。

けれど、危機のときこそ、一人一人の「選び方」が浮かび上がる。

  • 感情的な対立をそのままぶつけるのか、それとも、別の形でエネルギーを使うのか
  • メディアに自分の不満を漏らすのか、中で向き合おうとするのか
  • 誰かを責める言葉を選ぶのか、自分に矢印を向ける言葉を選ぶのか

完璧な人間はいない。

プロの選手たちも、感情を持った一人の人として、揺れながら選択している。

日本の育成年代でも、チームが勝てていないとき、似たようなことは起こりやすい。

  • 誰かのミスをきっかけに、責任を押し付ける空気になる
  • 監督やコーチの采配への不満が、陰口として広がっていく
  • プレーよりも、ポジション争いの感情が前に出てしまう

そんなとき、選手一人一人、保護者、指導者は、どんな言葉を選ぶだろうか。

どんな行動を選ぶだろうか。

「うまくいっていないチームの中で、どうふるまうか」という問いは、戦術よりも、テクニックよりも、難しいテーマなのかもしれない。

日本では、この状況をどう受け取るか

日本のサッカーを見るとき、スター選手がチームの中でどんな扱いを受けるか、という視点はそれほど強くないかもしれない。

どちらかと言えば、「チームの和」「組織としてのまとまり」が重視される文化が強い。

だからこそ、今回のレアル・マドリードのように、スター選手に厳しい声が飛び、内部のケンカが表面化する状況を見ると、少し距離を感じる人もいるかもしれない。

けれど、根っこにあるのは、それほど違わないのではないだろうか。

例えば、日本でもこんなことはないだろうか。

  • 「あの子はエースだから、絶対に出る」と思っていた選手が、ベンチに座る
  • 監督の評価が、自分のセルフイメージと大きくズレる
  • 親として、わが子が試合に出られないことに、納得がいかない

そのとき、どう考えるか。

何を選ぶか。

選手なら、「なぜ使われていないのか」を、ただ感情だけで捉えるのか。

それとも、自分のプレーを言語化しながら、監督の視点も想像しようとするのか。

保護者なら、「監督が悪い」と決めつけるのか。

それとも、「今の環境の中で、子どもは何を学べるだろう」と、一度立ち止まるのか。

指導者なら、「不満を持つ選手は切り捨てる」のか。

それとも、「なぜ彼はそう感じるのか」を聞きとりながら、それでもチームのための決断をするのか。

正解は一つではない。

ただ、「どうして、その言葉を選んだのか」「なぜ、その行動を取ったのか」を、自分で説明できるかどうか。

そこに、サッカーを通じて育つ力があるように思う。

「4番手」から、何を始めるか

話をエムバペに戻す。

世界のトップに立つような選手であっても、「4番目だ」と言われる瞬間がある。

大観衆のブーイングを浴びて、笑いながらピッチに立つしかない夜がある。

そのときに問われるのは、「自分は本当はどうなりたいのか」という、ごくシンプルで、ごまかしのきかない問いかもしれない。

レギュラーに戻りたいのか。

このクラブでタイトルを取りたいのか。

それとも、自分のプライドを守ることが一番なのか。

彼は、「もう一度スタメンを取り戻すためにハードワークする」と示している。

それがどんな形で表れるのかは、まだ誰にも分からない。

けれど、「4番手」と告げられた地点をゴールではなく、出発点にできるかどうか。

そこに選手としての分かれ道があるのかもしれない。

同じように、自分自身のサッカー人生を振り返ってみることもできる。

  • スタメンから外された日、自分は何を選んだか
  • 監督に厳しい言葉をかけられたとき、その言葉をどう受け取ったか
  • チームがうまくいっていないとき、誰に矢印を向けていたか

あの日に戻れるなら、同じ選択をするだろうか。

それとも、別の選び方をしてみたいだろうか。

FAQ / よくある質問
Q. エースが「4番手」と告げられるのはなぜですか?
A. 戦術的なフィット、コンディション、守備での献身度、ロッカールームのバランス、クラブの将来像など複数の要素が絡むためで、単純に「実力順」だけで決まるわけではありません。記事中でも監督は「すべてを満足させることはできない」現実の中で選ばざるを得ないと描かれています。
Q. ブーイングを浴びた選手はどう受け止めればいいですか?
A. 同じ音でも「自分への個人攻撃」と捉えるか、「チームへの不満の表現」と捉えるかで、その後のプレーは変わります。記事中のエムバペは後者として整理し、笑ってピッチに入る選択をしたと紹介されています。受け取り方も一つの「選び方」です。
Q. わが子が試合に出られないとき、保護者はどう接すべきですか?
A. 「監督が悪い」と決めつけて会話を閉じるのではなく、「今の環境の中で何を学べるか」を一度立ち止まって考えることが、子どもの「選ぶ力」を育てるとされています。感情の代弁よりも、問いを一緒に持つ姿勢が大切です。
Q. 「4番手」と告げられた選手は、どこから始めればよいですか?
A. その地点を「ゴール」にせず「出発点」にできるかが分かれ道だと記事は示唆しています。レギュラー奪還を目指してハードワークするのか、プライドを守ることを優先するのか。自分が本当にどうなりたいかを言葉にすることが第一歩です。

答えを急がないことから始まるサッカー

レアル・マドリードの危機を、外から見ている私たちは、とかく「誰が悪いのか」を決めたくなる。

監督の起用なのか。

エムバペの振る舞いなのか。

クラブの経営なのか。

けれど、「誰か一人のせい」にしてしまった瞬間、そこで考えることは止まってしまう。

本当は、選手一人一人が、監督が、クラブが、サポーターが、それぞれの立場で難しい選択をしている。

うまくいった選択もあれば、うまくいかなかったものもある。

その積み重ねの結果として、今の「危機」がある。

そう捉えたときに初めて、「じゃあ、自分なら、どんな選択をしてみたいか」を静かに考え始めることができるのではないだろうか。

スタジアムの中でも、地方のグラウンドでも、学校の校庭でも。

サッカーをしている場所には、必ず、誰かの決断と、誰かの迷いと、誰かの悔しさが重なっている。

その一つ一つに、すぐに答えを出そうとせず、「なぜ、そうなったのか」をたどってみる。

その時間こそが、サッカーを少しだけ深くしてくれるのかもしれない。

エムバペに向けられたブーイングも、「4番手」という言葉も、ひとつのドラマの一部にすぎない。

この続きがどんな物語になるのか。

それを見届けながら、自分自身の次の一歩を、ゆっくり選んでいきたい。

CONVERSATION PARTNER / あるピッチの上にいた人から、ひとつ視点を

後に代表に呼ばれることになる選手たちと、ジュニアユースからユースまでの時期、同じピッチでボールを蹴っていた時期がある。そこで見えていたのは、序列を告げられた日に表情を変えなかった人間ほど、次の練習の最初の10分でボールに対する触り方が静かに変わっていく、という長い時間のなかでしか確かめられない感触だった。

もちろん、皆さんの近くにいる選手や子どもが、同じように整理できる時間を持っているとは限らない。ただ、「あの日、序列を告げられたあと、次にピッチに立ったときに何を最初にしていたか」を、少しだけ思い浮かべてみてほしい。

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