イタリアサッカーと国家経済──セリエAが映し出す「支える側」と「支えられる側」の相互依存
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イタリアサッカーと国家の「切っても切れない関係」──対立と共存のはざまで

イタリアのサッカー、特にセリエAを見ていると、ピッチの上だけでなく、政治の世界との「駆け引き」もまた、終わりのない試合のように続いていることに気づきます。
今回、あらためて浮き彫りになったのは、イタリア政府とサッカー界の「緊張」と「依存」が複雑に絡み合った関係です。
それは、単なる口げんかや批判合戦ではありません。 税金、雇用、公共投資、そしてスポンサーシップ。 国の経済とサッカーが、実は深く結びついていることを示すひとつの縮図でもあります。
アボディ大臣の「軽さ」批判──ミラン対コモの豪州遠征中止から見えるもの
今回、議論のきっかけになったのは、ACミランとコモによるパース(オーストラリア)での親善試合計画のドタキャンです。
発表と撤回を繰り返した末、最終的には「ミラノで開催・日時未定」という形になり、イタリア国内でも大きな波紋を呼びました。
ここで声を上げたのが、スポーツ相のアンドレア・アボディ。 彼はセリエAのトップであるエツィオ・シモネッリ会長とルイジ・デ・シルヴォCEOに対し、厳しい言葉を投げかけました。
「Si è buttato il cuore oltre l’ostacolo con una certa leggerezza…」 「ちょっとした軽さをもって、心だけが障害の向こう側へ飛んでいってしまったように見える」
アボディは続けて、こうも語ります。
「…perché prima di parlarne per tre mesi bisognava partire dal soggetto finale che avrebbe dovuto porre condizioni」 「3カ月も話題にする前に、本来条件を提示すべき“最終的な主体”から考えなければならなかったはずだ」
一方で、サッカービジネスへの理解も示しています。
「Capisco le esigenze di incrementare i ricavi per permettere al calcio di esprimere tutto il proprio potenziale」 「サッカーがその潜在能力を最大限に発揮するために、収入を増やしたいというニーズは理解している」
厳しさと理解が同居したこの発言には、政治とサッカーが互いを必要としながらも、それぞれの「立場」があることがにじみ出ています。
皆さんは、クラブが収益拡大のために海外ツアーや新しい企画を打ち出すとき、その裏側でどれほど多くの利害調整が必要か、想像したことはあるでしょうか。
ドラギ政権、コンテ政権…政治とサッカーの「言い争い」の歴史
アボディ大臣の発言は、ここ数年続いてきた「政治 vs サッカー界」の応酬の延長線上にあります。
たとえば、新型コロナ後のドラギ政権の時期。 セリエAのクラブは、無観客試合や入場制限による収入減に対し、
・ロックダウンによる損失への補償
・税金の支払い猶予
・スタジアム再開の自由度拡大
などを求めました。
しかし、マリオ・ドラギ首相率いる政府は、これらをほぼ受け入れませんでした。 その緊張がピークに達したのが2022年初頭です。 感染再拡大を背景に政府が「サッカーを止める」よう求めたのに対し、セリエA側は拒否。
それでも最終的には、より厳しい政府介入を避けるため、自主的に観客数を5,000人に制限する道を選びました。
一方でドラギ首相は、欧州サッカー界を揺るがせた「スーパーリーグ構想」にも明確に反対姿勢を示しています。
「Il governo segue con attenzione il dibattito intorno al progetto della Superlega…」 「政府は、スーパーリーグ構想をめぐる議論を注意深く見守っている」
「…e sostiene con determinazione le posizioni delle autorità calcistiche italiane ed europee…」 「そして、国内外のサッカー当局の立場を断固として支持する」
「…per preservare le competizioni nazionali, i valori meritocratici e la funzione sociale dello sport」 「国内リーグ、実力主義の価値、そしてスポーツの社会的役割を守るために」
ここには、サッカーを単なるビジネスではなく、「社会をつなぐ公共財」として捉える政治側の視点が見えます。
一方、第二次コンテ政権では、当時のスポーツ相ヴィンチェンツォ・スパダフォラが、サッカー界とたびたび衝突しました。 シーズン継続の是非をめぐる意見対立に加え、クリスティアーノ・ロナウドに対し、
「arrogante e bugiardo」 「傲慢で、嘘つきだ」
とまで発言したことは、大きな波紋を呼びました。
政治家がスター選手を名指しで批判する。 それは日本ではなかなか見られない光景かもしれません。 皆さんなら、こうした発言を「言い過ぎ」と感じるでしょうか。 それとも、政治家として当然の問題提起だと思うでしょうか。
セリエAは「巨額納税者」──それでも「支えられている」側面
イタリアのクラブ会長たちは、たびたびこう訴えます。
「サッカーは国の大口納税者だ。」
実際、2022年時点で、イタリアのサッカー産業が国に納めた税金・社会保障関連の負担は約15億ユーロ(1.5ビリオン)。 これは単にセリエAのトップクラブだけではなく、その周辺で働く多くの人々の雇用にも関わる、「産業」としてのサッカーの姿です。
一方で、国からサッカーへのお金の流れも小さくはありません。
国家のスポーツ振興を担う「Sport e Salute(スポルト・エ・サルーテ)」社が2026年に各競技団体へ配分する予定の補助金を見ると、サッカー協会(FIGC)は約3,530万ユーロを受け取る見込みです。
これは2番目に多い水泳連盟(FIN)の約1,860万ユーロのほぼ2倍。
「サッカーはお金を払っている側か。」 「支えられている側か。」
実はその答えは、「どちらか一方」ではありません。 多額の税を納める一方で、間接的・直接的な形で国家の制度や支援の恩恵も受けている。 その双方向の流れをどう理解するかが、このテーマの鍵になります。
| 方向 | 項目 | 規模・内容 | 評価 |
|---|---|---|---|
| クラブ→国 | 税・社会保障負担 | 約15億ユーロ/年(2022年時点) | ◎ 大口納税者 |
| 国→クラブ | FIGC補助金(2026年) | 約3,530万ユーロ(他競技の2倍規模) | ○ 安定配分 |
| 国→クラブ | コロナ禍の税猶予・損失繰延 | 30億ユーロ超(2020-2023年) | ◎ 大規模支援 |
| 国→クラブ | SACE政府保証融資 | ナポリ・ウディネーゼ等が最大90%保証 | ○ 間接支援 |
| 国企業→リーグ | Eniliveネーミングライツ | 約2,200万ユーロ/年 | ◎ 最大スポンサー |
| 国企業→クラブ | エネル(8クラブ提携) | ローマ等と100万ユーロ超/年 | ○ 広域スポンサー |
コロナ禍での「見えない支援」──3年間で約30億ユーロ分のインパクト
ここで、コロナ禍以降にクラブが活用した、いくつかの「間接的支援策」を整理してみましょう。
これらはサッカー界だけの特例ではなく、イタリアの企業全般が対象となった法律・制度ですが、セリエA、セリエB、セリエCのクラブも、その恩恵を大きく受けました。
・税金や社会保険料の一時的な支払い猶予(2020年)
・企業資産の再評価(2020〜2023年)
・減価償却の一時停止(2020〜2022年)
・巨額損失が出た場合の資本増強義務の猶予
・2020〜2023年の決算上の「損失」を将来年度に先送りできる制度
これらを合計すると、2020〜2023年の4年間で、プロ3カテゴリー(セリエA〜C)が受けた経済・財務上のインパクトは、トータルで30億ユーロ以上にも達します。
内訳を見ると、
・資産再評価:合計約10.01億ユーロ(うち約8.95億ユーロはセリエAクラブ)
・減価償却の停止:合計約2.91億ユーロ
・損失の先送り:合計約17.82億ユーロ(うち約12.85億ユーロがセリエA)
もちろん、これらは「もらったお金」ではなく、「時間を稼いだお金」です。
税金や損失の負担が消えたわけではなく、「今すぐ払わなくてよい」「今すぐ資本を積まなくてよい」という猶予。 それでも、資金繰りに苦しむクラブにとっては、大きな意味を持ちました。
さらに、SACE(イタリアの政府系金融機関)が銀行融資の保証を行ったことで、ナポリ、ウディネーゼ、ジェノア、トリノなどのクラブが、最大90%政府保証付きの融資を受けることができました。
「国が後ろ盾になる」ことで、銀行側のリスクが下がり、クラブはより良い条件でお金を借りられる。 これもまた、目に見えにくい「支援」の一つです。
「ロティート法」とフロレンティーナの決断──借りる自由、払う覚悟

スポーツ界向けの、より直接的な制度として象徴的なのが、2022年末に成立した、いわゆる「ロティート法」です。
この制度は、パンデミック期に猶予されていた税金約8億89百万ユーロを、2023年から5年間、最大60回の分割払いで返済できるようにするというもの。 利息は3%。 そのうち、約5億ユーロはセリエAクラブに関わるものでした。
ここで興味深いのは、20クラブ中18クラブがこの「分割払い」を選んだのに対し、
・クレモネーゼは「そもそも税の未払いがなかった」ため利用せず。
・フィオレンティーナは「制度に反対ではないが、自らは即時一括払いを選択」したこと。
同じリーグの中でも、クラブごとに財務の健全性も、リスクの取り方も、価値観も違う。
「借りられるなら借りる」クラブもあれば、 「借りられるけれど払ってしまう」クラブもある。
あなたがもしクラブの会長なら、どちらの選択をするでしょうか。 短期的なキャッシュを温存するか、それとも長期的な負債感を軽くするか。
国家系企業のスポンサーシップ──エニ、エネル、トレニタリア、そしてTIM
サッカー界と国家の関係は、税や補助金だけではありません。 「スポンサーシップ」という形でもつながっています。
イタリア経済省(MEF)が筆頭株主、または支配的株主となっている企業の多くが、セリエAやクラブをスポンサーとして支えています。
まず、2024年からセリエAのネーミングライツパートナーとなったのが、エニ(Eni)グループの「Enilive」。
この契約は年間約2,200万ユーロ規模と見られ、セリエA全体のブランド価値向上を支える大きな柱になっています。 エニの筆頭株主はMEFで、直接・間接を合わせて約31.8%を保有しています。
もう一つの重要プレーヤーが、電力大手のエネル(Enel)。 こちらもMEFが約23.6%を保有する企業です。
エネルは近年、セリエAクラブとのパートナーシップを一気に拡大し、
・アタランタ ・インテル ・ユヴェントス ・ラツィオ ・ナポリ ・ローマ ・トリノ ・ミラン
と、実に8クラブと提携しています。 ローマとは「年間100万ユーロ超」とされる契約を結んでおり、その規模は決して小さくありません。
さらに、コッパ・イタリアのネーミングライツは、100%公的資本の鉄道会社トレニタリアが保有。 「Frecciarossa(フレッチャロッサ)・コッパ・イタリア」として知られるこの契約は、2027年まで継続予定で、年間約600万ユーロとされています。
地域レベルでも、
・フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州とウディネーゼ(年間約120万ユーロ)
・リグーリア州とジェノア、サンプドリアなど複数クラブ(総額約150万ユーロ)
・サルデーニャ州とカリアリ(最大で年間300万ユーロ規模)
といったパートナーシップが存在します。
そして、長くセリエAのタイトルスポンサーを務めてきた通信大手TIMも忘れてはならない存在です。
25年にもわたって続いたセリエAとの契約は、直近では年間2,000万ユーロに達していました。 その後、更新に向けて1,900万ユーロを提示しましたが、Eniliveの2,200万ユーロに及ばずタイトルパートナーの座を譲ることになりました。
しかしTIMは、今度はクラブ単位でのパートナーシップへと舵を切ります。
・インテル ・ミラン ・ローマ ・ユヴェントス ・ラツィオ
といったビッグクラブと次々に契約し、インテルだけでも年間100万ユーロ超の収入になっているとされています。
「国家の影響が残る大企業」と「国民的スポーツ」であるサッカー。 この組み合わせは、単に広告出稿という枠を超え、「公共イメージの投資」という側面も含んでいるのかもしれません。
税制優遇から学ぶ「スポーツビジネスの現実」
もうひとつ、見逃せないのが「スポーツスポンサーへの税額控除」です。
コロナ禍をきっかけに導入され、現在も継続しているこの制度では、企業がスポーツ団体に支払ったスポンサー料の50%が「税額控除」という形で戻ってきます。
大企業にとっては相対的なインパクトは小さいかもしれませんが、中小規模のクラブや地方のスポーツ団体にとっては、スポンサー獲得を後押しする大きな要素です。
この仕組みを通じて、企業は「実質負担を抑えつつ」スポーツを支援できる。 サッカー側は「企業にとってもメリットがある形」でパートナーを探せる。
スポーツビジネスが単なるチケット収入や放映権にとどまらないことを、こうした制度は教えてくれます。
- スポーツが経済・地域雇用と結びついていることを選手に説明する — クラブが生み出す雇用・税収・観光効果を知ると、子どもたちがサッカーを社会的な営みとして捉えるようになる
- スポンサーシップの仕組みをアカデミーのビジネス教育に組み込む — 国家系企業がなぜサッカーのスポンサーをするのかを議論する場を設けることで、サッカーの社会的役割への理解が深まる
- クラブの財務健全性を「競争力の基盤」として保護者に伝える — 補助金・税制・スポンサーの仕組みを背景に、なぜ財務が安定したクラブが良い指導環境を維持できるかを説明できる
- ユニフォームのスポンサーロゴには大きな意味がある — エネルやTIMといった国家系企業のロゴがクラブのユニフォームに付く背景には、「公共イメージへの投資」という側面もある。スポンサーを見るだけでクラブの財務戦略の一端が見えてくる
- クラブが「分割払い」を選ぶのは経営判断である — ロティート法で20クラブ中18クラブが税の分割払いを選んだ事実は「経営的に苦しい」ではなく「キャッシュを温存する合理的判断」。フィオレンティーナが即時一括払いを選んだのも別の戦略
- サッカーを観ることが地域経済を動かす — 観客がスタジアムに来るたびに地域の飲食・交通・宿泊にお金が回る。スタジアムの外でもサッカーは街を動かしている
「誰が誰を支えているのか」──問いかけとしてのイタリアサッカー
ここまで見てきたように、イタリアのサッカーと国家の関係は、
・政治家によるクラブやリーグへの批判、注文
・クラブ側からのロビー活動や要望 ・巨額の税金負担と、間接的な制度利用
・国家系企業からのスポンサーシップ
といった、多層的なつながりの中で成り立っています。
セリエAの会長たちが口をそろえて言うように、イタリアサッカーは確かに「大口の納税者」です。 一方で、危機の時には、税制・金融・スポンサーの面で、国家の仕組みや公的性格をもつ企業に助けられているのも事実です。
「サッカーが国を支えているのか。」 「国がサッカーを支えているのか。」
本当のところは、おそらくその両方なのでしょう。
私たちはテレビの前で、あるいはスタジアムのスタンドで、選手たちのプレーに熱狂します。 しかし、その背景には、こうした複雑な「お金」と「政治」と「制度」の世界が広がっています。
子どもたちがユニフォームを着てボールを追いかける、そのシンプルな喜びと同時に。 大人として、サッカーというスポーツが社会の中で持つ役割や責任について、一緒に考えてみることもできるはずです。
私たちは、どんなサッカー界を望むのか。 クラブには、どれだけの「自立」と「透明性」を求めるのか。 国家には、どこまでスポーツを支援してほしいのか。
イタリアの例は、そんな問いを静かに投げかけているように思えます。
最後に、サッカーと社会の関係を考えるうえで、胸に残る言葉を紹介したいと思います。
「Il calcio è la cosa più importante delle cose meno importanti.」 「サッカーは、『重要ではないものごと』の中で、もっとも重要なものだ。」
この言葉は、サッカーが決して政治や経済より「上位」にあるわけではないけれど、だからといって軽んじてよいものでもない、という微妙な位置づけを見事に表現しています。
その「大切さ」と「ほどよい距離感」を、私たち一人ひとりがどう捉えるか。 それが、これからのサッカーと社会の関係をつくっていくのかもしれません。