ホル・シティ21位からのプレミア昇格──「9-2で敗れた監督」と移籍禁止クラブが、制限だらけの中で選び続けた指導とチームづくり
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「ラスベガスに行かない監督」が選んだもの ─ ホル・シティ昇格に見る、静かな決断の積み重ね

アディショナルタイム、そしてラスベガス行きのチケット
ロンドン・ウェンブリーの照りつける暑さの中、時計はすでに90分を過ぎていた。
チャンピオンシップ・プレーオフ決勝、ホル・シティ対ミドルズブラ。
試合は膠着し、両チームの選手の足は重く、頭も疲れ始める時間帯だった。
そんな中でオリ・マクバーニーが決めた、後半アディショナルタイム5分の決勝ゴール。
スタジアムは一瞬静まり、次の瞬間、黄色と黒の歓声が溢れ出す。
昨季は21位、残留争いに巻き込まれていたクラブが、プレミアリーグへの切符をつかんだ瞬間だった。
クラブオーナーは選手たちにラスベガス旅行を“ご褒美”として約束していた。
「選手たちはラスベガスへ行くよ」と笑いながら語る一方で、セルゲイ・ヤキロヴィッチ監督は「自分はクロアチアで家族と静かに過ごす」と話した。
この「行かない」という選択は、ただの性格の違いに見えるかもしれない。
でも、21位からの昇格、その過程をたどっていくと、「どこに行くか」よりも、「何を選び続けたのか」が、じわじわと浮かび上がってくる。
| 局面 | 一般的な選択 | ホルの選択 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 監督人事 | 実績安定の監督を求める | 9失点大敗後に解任されたヤキロヴィッチを招聘 | ◎ 挑戦 |
| 補強方針 | 移籍禁止なら昇格を諦める | フリー&レンタルで経験値・性格を厳選 | ◎ 徹底 |
| 祝勝行事 | 監督も選手と同行し関係を深める | 監督は家族とクロアチアへ・選手に任せる | ○ 信任 |
| 対戦相手変更 | 4日前の変更に動揺し混乱 | 削るべきプランを決め、絞った準備に集中 | ○ 柔軟 |
| アンダードッグ戦術 | 「気持ちで上回れ」に依存 | 状況を読み、判断を選び続ける | △ 課題含む |
「降格危機のスタンドから見えた景色」と、一年後のウェンブリー
ヤキロヴィッチがホルのベンチに座るずっと前、クラブは3部降格の瀬戸際にいた。
ポーツマスとの最終節、1-1のドローでかろうじて残留を決めたその日、スタンドに新たなリクルート部門トップ、マーティン・ホッジがいた。
彼は52年のサッカーキャリアを持つ経験豊富な人物だが、その瞬間は「自分は何を引き受けたのだろう」と心の中で問いかけていたという。
そこから一年後、同じホッジはウェンブリーのピッチを見つめながら「あの選手たち、そしてスタッフたちこそが、この一年の最大の功績だ」と語る立場に変わっている。
同じスタンドからの景色でも、見えているものは全く違う。
ポーツマスでの彼は「このクラブは大丈夫なのか」と感じていたかもしれない。
ウェンブリーでの彼は、「この一年、自分たちは何を積み上げてきたのか」を確かめるように選手を見ていたはずだ。
この一年で変わったのは、順位だけではない。
クラブとして、どんな選手を選ぶか。
どんな監督と一緒に進むか。
どんなやり方で、限られた条件を乗り越えていくか。
目の前の勝敗だけではなく、プロセスそのものを問い直す必要に迫られたクラブだった。
- 「いる選手の組み合わせ」から逆算する ── 予算・人数が限られた環境でも、年齢・経験・性格・スタイルを軸に「この選手がこのチームで何を担えるか」を徹底的に考える
- 「どこまで任せ、どこから介入するか」を意識的に決める ── 遠征先の夜、試合後のロッカールームなど、あえて選手だけで過ごす時間を設けることが、自律するチームをつくる
- 「やることを絞る」決断を事前に練習しておく ── 試合前・プラン変更時に「削れる情報はどれか」を判断できるよう、優先順位をつけるプロセスを普段のミーティングから習慣化する
「移籍禁止」という制限の中で、何を選ぶのか
ホル・シティは昨夏、他クラブへの支払い遅延が理由で移籍禁止処分を受けた。
登録できるのはフリー移籍とレンタルのみ。
補強の自由度は大きく削られ、普通に考えれば「昇格争い」など、とても現実的な目標ではない。
そんな中で、ホッジはジョン・イーガンのような実績あるディフェンダー、そして決勝ゴールを決めたマクバーニーのような選手を連れてくる。
「使えるお金がないから無理だ」と言うのは簡単だ。
でも彼らは、「だからこそ、誰を選ぶか」で勝負した。
年齢、経験、性格、プレースタイル。
ひとりひとりの選手を、「このチームの中で、どんな役割を担えるか」という視点から選び取っていく作業。
それは、派手な移籍ニュースにはならないかもしれない。
ただ、制限があるからこそ、「選ぶ」という行為の重みが増す。
もし、日本のクラブや育成年代が、同じように「自由に選べるわけではない」状況に置かれたら、どうするだろうか。
与えられる選手や予算が限られた中で、「いないものを嘆く」のではなく、「いる選手の中で、何を組み合わせるか」を考え続けることが求められる。
- 相手が格上でも「自分が選ぶ判断」を持つ ── ホルの選手たちは「走るだけ」ではなく、プレスに出るか引くか、縦に急ぐか一度おさめるか、状況を読んで選び続けた。強い相手との試合ほど、判断の質が結果を左右する
- 「見えないシーン」に意味を見つける習慣をつける ── 試合のハイライトに映らない練習・準備・迷いの時間が、決定的な瞬間の質をつくる。毎日の地味な積み重ねに「これが何につながるか」を問う
- 監督やコーチがいないとき、自分はどう行動するかを意識する ── 「管理されているから守る」ではなく「任されたときに自分で選べる」選手になることが、長いサッカー人生を豊かにする
「9-2で敗れた監督」が、もう一度選び直したもの
セルゲイ・ヤキロヴィッチの名前を、ヨーロッパの外で最初に知った人の多くは、おそらく良い文脈からではなかったかもしれない。
ディナモ・ザグレブの監督として臨んだ2024-25シーズンのチャンピオンズリーグで、バイエルン・ミュンヘンに9-2という大敗を喫したからだ。
そのわずか数日後に解任。
「9失点した監督」というレッテルは、わかりやすく人の印象に残る。
その後、彼はトルコで短い期間を過ごし、イングランドの2部リーグ、ホル・シティの監督に就任する。
もし自分が彼の立場だったら、何を考え、何を恐れただろう。
もう一度、大きな舞台に戻りたいのか。
それとも、失敗から離れた場所で静かに仕事をしたいのか。
「自分の価値を証明したい」と思ったとしても、その機会は簡単にはやってこない。
そんな中で彼が選んだのは、昨季21位に沈んでいたクラブ。
オーナーは情熱的だが、クラブには移籍制限があり、プレーオフ進出など誰も本気では想像していなかったチームだ。
そこで彼は、結果だけではなく「やり方」から変えようとしたように見える。
メディアの前では大柄な体格に反して、どこか柔らかい雰囲気を漂わせる。
サウサンプトンのスパイ疑惑、いわゆる「スパイゲート」に巻き込まれても、冗談を交えながら「うちのトレーニングは、たまにひどいから見られても問題ない」と笑って返す余裕があった。
9-2で負けた過去を持つ監督が、イングランドで選び直したスタイルは、「全てをコントロールしようとしない」ことだったのかもしれない。
「コントロールしない」勇気と、「任せる」決断
ヤキロヴィッチは、決勝後の会見で何度も「選手たちが主役だ」と強調した。
彼自身、感情的になりながらも、自分を前に出しすぎない姿勢が印象的だった。
オーナーがラスベガス旅行を約束し、チームが歓喜に沸く一方で、彼は「自分は行かない」とはっきり言う。
「それは選手たちの旅であって、自分は家族とクロアチアの海で過ごす」と。
ここに、ひとつの「任せ方」が見える。
トップチームの監督であれば、祝勝会にも当然同席して、選手たちとの距離を縮めることを選ぶ人も多い。
でも、彼は一歩引く。
「監督がいないとダメなチーム」にするのではなく、「監督がいなくても、自分たちで楽しみ方も切り替え方も選べるチーム」であることを、どこかで信じているようにも感じられる。
日本の育成年代で、指導者がどこまで関わり、どこから離れるべきなのかというテーマは、とても繊細だ。
遠征先の夜、試合後のロッカールーム、集合から解散まで、すべてを「管理」することもできる。
一方で、あえて見て見ぬふりをして、選手たちだけで過ごす時間をつくることもできる。
どちらが正しいという話ではない。
ただ、ヤキロヴィッチの「ラスベガスには行かない」という判断は、「任せる勇気」とも受け取れる。
もし自分が指導者なら、どこまで選手に任せ、どこから介入するだろうか。
もし自分が選手なら、監督がいないとき、どんなふるまいを選ぶだろうか。
「たった4日で相手が変わる」とき、どう準備するか
ホルはプレーオフ決勝で本来サウサンプトンと対戦するはずだった。
しかし、スパイ行為をめぐる騒動の末、サウサンプトンはプレーオフから除外され、代わりにミドルズブラが決勝に進むことになる。
相手が変わることが決まったのは、決勝のわずか4日前。
ヤキロヴィッチは、この騒動の中で自分たちを「巻き込まれた側」と表現し、「準備していた相手が急に変わった」と戸惑いもにじませた。
4日前までのプランは、ほとんど使えなくなる。
映像分析、セットプレー対策、守備のポイント、ビルドアップの狙い。
全てをミドルズブラ仕様に切り替える必要がある。
このとき、監督とスタッフたちは、何を優先して削り、何を守ったのだろうか。
すべてを完璧に準備することは不可能だ。
限られた時間の中で、情報を取捨選択し、「やることを絞る」という決断が迫られる。
それは、日常のトレーニングや試合でも、選手自身が向き合っているテーマと似ている。
例えば、試合前日の夜に相手チームの分析動画が送られてきたとする。
全部で30分。
自分の時間は限られている。
すべてを見るのか。
自分のポジションに関わる部分だけを見るのか。
あるいは、全く見ずに、自分のプレーのイメージを優先するのか。
どの選択にも理由があるはずだ。
「見ろと言われたから見る」のではなく、「なぜ自分はそう選ぶのか」を一度立ち止まって考えられるかどうかで、同じ30分の意味は大きく変わる。
「アンダードッグ」として戦い続ける姿勢
プレーオフ準決勝の相手は3位のミルウォール。
ホルとは10ポイントもの差があった。
決勝のミドルズブラも、再出場が決まったことで周囲から同情や期待も集まり、「勢いのあるチーム」と見られていた。
そんな中で、ホルはどちらの試合でも「格下」として見られていた。
アンダードッグとして戦うとき、よく言われるのは「気持ちで上回れ」という言葉だ。
もちろん気持ちは大切だが、それだけでは90分を乗り切れない。
自分たちがボールを持てる時間は限られている。
相手の方が個の能力で上回っているポジションもある。
そんな試合で、選手ひとりひとりはどんな判断を選び続けたのだろうか。
無理に前からプレスに行くのか。
ラインを下げて、最後のところを固めるのか。
カウンターのとき、縦に急ぐのか、あえて一度ボールをおさめて時間を使うのか。
「格下だから走る」だけではなく、「格下だからこそ、頭を使って選ぶ」必要がある。
日本でも、育成年代から「相手の方が格上」の試合に挑むことは少なくない。
そのとき、自分やチームは何を選んでいただろうか。
気持ちを前面に出すことと、冷静に状況を読むこと。
この二つを同時に持ち続けるのは、簡単ではない。
「これは映画だ」と感じた瞬間の、その前にあるもの

ヤキロヴィッチは、マクバーニーのゴールが決まった瞬間、「映画の中にいるようだった」と表現している。
その言葉だけを切り取ると、ドラマチックな結末に酔いしれているように聞こえるかもしれない。
でも、その「映画のラストシーン」の前には、膨大な「地味なシーン」が積み重なっている。
トレーニングでの繰り返し。
補強会議での議論。
スパイ騒動に関するクラブの対応。
移籍禁止という制限の中で、「今日は誰を登録できるのか」といった細かい確認作業。
シーズン中に何度も訪れたであろう、「うまくいっていない時期」をどう受け止めるかという試行錯誤。
映画のハイライトシーンだけを見れば、「運が良かった」と片づけることもできる。
だが、自分たちが日々向き合っているのは、圧倒的に「ハイライトに映らない時間」の方だ。
ホルの選手たちがゴール後に涙を流した背景には、その「見えない時間」に対する自分なりの答えがあったのかもしれない。
日本で「同じ一年」を過ごすとしたら、何が違うだろうか
では、同じような状況が日本のクラブやチームに起きたとしたらどうなるだろうか。
例えば、
- 予算が限られ、補強がほとんどできない
- 前年は残留争い
- 新監督は、海外で大敗し、批判を浴びた過去を持っている
- シーズン途中で外部のトラブルに巻き込まれ、相手や日程が急に変わる
この中で、自分たちは何を選ぶのか。
「失敗した監督には任せられない」と考えるのか。
「補強できないなら、昇格など目指さない」と割り切るのか。
あるいは、ヤキロヴィッチやホッジのように、「制限の中で、どんな選択を積み重ねられるか」に目を向けていくのか。
日本の育成年代でも、「この学年はタレントが少ない」と言われることがある。
そういうときこそ、「だからこそ、どんなチームをつくれるか」を試されているのかもしれない。
答えを決めつけないまま、「自分ならどうするか」を持ち帰る
ホル・シティの昇格劇は、結果だけを見れば「劇的な成功物語」だ。
でも、その裏側には、たくさんの「小さな決断」がある。
- 9-2で大敗した監督が、もう一度挑戦することを選んだこと
- 補強の自由がない中で、「誰を連れてくるか」を徹底的に考えたこと
- スパイ騒動という外部要因に振り回されながらも、自分たちの準備をやめなかったこと
- 監督がラスベガス行きを断り、選手たちに任せる選択をしたこと
それぞれの場面に、「別の選択肢」も必ずあったはずだ。
もし自分がヤキロヴィッチなら、ラスベガスに行くだろうか。
もし自分がホッジなら、ポーツマスのスタンドで見た降格危機の試合の後、「このクラブでやり切る」と決められただろうか。
もし自分がホルの選手なら、制限だらけのクラブ状況を聞いて、「それでもここで昇格を目指す」と言えただろうか。
プレミアリーグ昇格という結果は、ひとつの答えかもしれない。
ただ、その過程で積み重ねられた無数の選択には、別の答えもたくさん眠っている。
観客として、あるいは画面越しの視聴者として、そのひとつひとつを正解・不正解で裁くことは簡単だ。
でも、自分がピッチの中やベンチにいる側だったら、何を選ぶのか。
その問いを、ゆっくり持ち帰ってもらえたらと思う。
映画のようなラストシーンの裏で、日々続いているのは、静かで地味な「考える時間」と「選ぶ時間」だ。
その時間を丁寧に過ごせるかどうかが、いつか自分なりのクライマックスを迎えたとき、そこで流す涙の意味を決めていくのかもしれない。
後に日本代表に選ばれることになる選手たちと、ジュニアユースからユースまでの時期、同じピッチでボールを蹴っていた。そのころ、「この学年はタレントが少ない」と言われていた年代でも、指導者が何を選ぶかで、チームの色がまるで変わるのを間近で見ていた。限られた中でも「誰とどう組み合わせるか」を考え続けた指導者のそばにいると、選手もどこかで応えようとしていた。
もちろん、皆さんが関わってきたチームの環境がそうだったとは限らない。ただ少しだけ思い浮かべてほしい。制限が多かった時期のチームで、誰かの「選択」が、あなたのプレーや気持ちを変えたことはあっただろうか。
