ニコラ・バッソの11ゴールが教えてくれる「自分で決める」ストライカーの育ち方
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ゴール量産ストライカーが、いちばんよく考えている場所

「11ゴール」の裏側にあるもの
イタリア、パドヴァの街で、ひとりのフォワードが静かに数字を積み上げている。
名前はニコラ・バッソ。
2009年生まれ、パドヴァのU17でプレーし、カンピオナート・ナツィオナーレU17セリエA・BのジローネBで11ゴールを挙げているストライカーだ。
試合数は15、あるいは14と伝えられているが、どちらにせよ「ほぼ1試合1ゴール」のペースでネットを揺らしていることに変わりはない。
数字だけを見れば、「点が取れる才能あるストライカー」で終わらせてしまうこともできる。
けれど、彼の紹介には必ずこうした言葉がついてくる。
「常に正しい場所にいる」
「ライン間の動きがうまい」
「いつ、どこへ走り込むかを理解している」
ゴール前での一瞬の決断。
その裏側には、たくさんの「考える時間」と「選んできた道」が隠れている。
| 項目 | ニコラの特徴・行動 | 育成への示唆 | 評価 |
|---|---|---|---|
| プレーの評価軸 | 「常に正しい場所にいる」ライン間の動きがうまい | 得点数だけでなくポジショニングの質を評価対象にする | ◎ 本質的 |
| 自主練の起点 | 自宅の庭のミニピッチで物心つくころからボールと過ごす | メニューなしの自由な時間が自己決断力を育てる | ◎ 根幹 |
| 目標設定の仕方 | 「得点王を目指す」が「ランキングを意識しすぎない」を両立 | 目標を持ちながら目の前のプレーへの集中を失わない | ○ バランス |
| 動き出しのタイミング | 相手CBの視線・味方の体勢を見て「いつ走るか」を自分で決める | ボールだけを見ず状況全体を読む訓練が必要 | ◎ 判断力 |
| 敗戦の受け止め方 | U-16決勝PK敗戦から「次に何を変えるか」へ転換 | 負け経験を「選んだ次の一歩」で意味を変えられるかが分岐点 | △ 試練 |
| 憧れの使い方 | イグアインのゴールシーンより「決断の質」「シュートのタイミング」を学ぶ | 憧れをプレーの選択基準にまで落とし込む見方を育てる | ◎ 具体的 |
庭のミニピッチから始まる「自分で決める」練習
ニコラの物語は、プロのトレーニングセンターではなく、自宅の庭から始まっている。
父ステーファノと祖父もアマチュアレベルでサッカーをしていたという家庭。
庭には小さなピッチがあり、物心つくころにはボールがそばにあった。
そこでの時間を想像してみる。
監督はいない。
ホイッスルも、練習メニュー表もない。
代わりにあるのは、
- 自分でルールを決めること
- どこからシュートを打つかを自分で選ぶこと
- 何時間ボールを蹴るか、自分で終わりを決めること
誰かに「今からシュート練習、15本」と言われるのではなく、
「もう一回だけ」「いや、あと10回」と自分で決めていく。
こうした小さな積み重ねが、のちの「試合で自分で決断する力」とどこかでつながっているのかもしれない。
日本の子どもたちの環境に置きかえて考えると、どうだろう。
クラブの練習は週に何回かあるかもしれない。
けれど、その間の時間はどう使われているだろうか。
「何をやりなさい」と決められたメニューをこなす時間と同じくらい、
「今日は何をしようかな」と自分で考えてボールと向き合う時間はあるだろうか。
- 「今日は何をしようかな」と選手が考える時間を週1回確保する — 全ての練習をメニュー化せず、自由にボールと向き合う時間をつくることで試合での自律的判断力の土台を育てる。
- 動き出しの「なぜ」を試合後に選手と言語化する — 「今あそこに走った理由は?」「相手のどこを見て判断した?」という問いを習慣化し、感覚的なポジショニングを言語として積み上げることで再現性が高まる。
- 外したシュートの翌日に「自分で決めた次の一歩」を促す — 失敗後に何をするかを選手自身に選ばせ、「なんとなく」ではなく「自分でそう決めた」と言えるようにすることで、精神的な自律性とゴール前の落ち着きが同時に育つ。
ゴールは「目的」ではなく「結果」だと言えるか
ニコラは自分の目標をこう語っている。
「リーグの得点王になりたい」
「チームのみんなでファイナルに進みたい」
野心的で、分かりやすい目標だ。
ただ、それだけではない。
彼は同時に、「得点ランキングで他の選手を意識しすぎないようにしている」とも話している。
「自分のゴールは、自分とチームのため。
自分ができるだけ多く決めることに集中する」と。
ここに、ストライカーとしてのひとつの「考え方」が見える。
得点王を目指す。
けれど、毎週ランキングを眺めては、
「あいつが1点取ったから、今日は絶対2点」と自分を追い込むのではなく、
「目の前の試合で、いまのプレーで、最善の選択をする」と自分のプレーに視点を戻す。
得点王になりたい、という「目的」を持ちながら、
ゴールそのものは、あくまで「良いプレーの結果」として捉えようとしているのだろう。
もし自分がフォワードだとして、同じ状況になったらどうだろうか。
「今日は点を取らないと」と思えば思うほど、シュートを急いでしまったり、無理な体勢からでも打ってしまったりするかもしれない。
その一方で、「まずは良い動きをしよう」「チームにとってよい選択をしよう」と考えられたらどうだろう。
もしかしたら、結果としてゴール数は増えるのかもしれない。
あるいは、ゴールは減っても、チームの勝利に直結する別の価値を生み出すかもしれない。
どちらが「正しい」という話ではない。
大切なのは、自分がどちらの考え方を選んでピッチに立っているのか、自覚しているかどうかだろう。
- 憧れの選手の動画を「ゴールの10秒前から」見る習慣をつける — ゴールシーンだけでなく動き出しやポジショニングを意識して見ることで、「いつ走るか」の選択基準が具体的になる。
- 「ゴールを決める」ではなく「良い動き出しをする」を試合の目標にする — プロセスに目標を置くことで結果を急いだ無理なシュートが減り、落ち着いたプレーが増える。
- 保護者は進路選択の「一緒に考えるプロセス」を大事にする — ジュニアからジュニアユース、ユースへの選択で「正解」を急がず、「なぜそこで成長したいか」を子どもと言語化するプロセス自体が判断力を育てる。
「いつ走るか」を決めるのは、誰か
ニコラのプレーを評するときに、頻繁に語られるのが「動き出しのタイミング」だ。
相手ディフェンスラインの間でポジションをとり、
ギャップを見つけた瞬間に走り出し、
味方のパスと出会う場所に顔を出す。
この「いつ」「どこへ」「どれくらいの速度で」走るかは、監督からベンチで指示されるものではない。
ピッチの中で、自分で決めるものだ。
ここで問われるのは、
- 相手センターバックの視線や身体の向きを観察する力
- 味方ボランチやサイドバックがどんな体勢でボールを持っているかを見る力
- その瞬間、自分がどの動きを選べば、チームにとってベストかを考える力
ひとつ前のプレー、ふたつ先のプレーを想像しながら、次の一歩を選ぶ。
もしあなたがフォワードなら、こうした「選択の回数」を自分で数えてみると面白いかもしれない。
1試合で、何回「今、走るかどうか」を自分で選んでいるだろうか。
そして、そのとき何を見て、何を基準に決めているだろうか。
ボールだけを見て、「来たら走る」という感覚か。
それとも、相手ディフェンスと味方の関係を見て、「まだ待つ」「今だ」とタイミングを測っているか。
「外したあと」になにを考えるか
ゴールを決める選手は、必ず「外す経験」も人一倍している。
ニコラも昨シーズン、パドヴァのU16としてセリエCの決勝まで進みながら、SPALにPK戦で敗れている。
あと一歩でタイトルに届かなかった悔しさ。
それを、彼はどう受けとめたのだろうか。
決勝で負ける経験は、普通に考えれば苦い。
ただ、そのあとに「何を選んだか」で、その経験の意味は変わってくる。
- 「あのときこうしておけばよかった」と後悔の中に留まるのか
- 「あそこで通じなかった部分を、どう鍛え直すか」と次の一歩に変えるのか
外したシュート、逃したタイトル、取れなかったボール。
そこから目をそらすのか、直視して言葉にしてみるのか。
どちらを選ぶかもまた、その選手の「サッカー観」をつくっていく。
もし自分が決勝で負けた側の選手だったら。
試合の翌日、何をするだろう。
ボールを蹴りに行くのか。
一度休んで、気持ちを切り替えるのか。
どちらを選んでもいい。
大事なのは、「なんとなく」ではなく、「自分でそう決めた」と言えるかどうかだろう。
憧れの選手を「真似る」とき、本当に見ているもの
ニコラが憧れの選手として挙げているのは、ゴンサロ・イグアインだという。
冷静なフィニッシュ、状況を読む力を手本にしているらしい。
さらに、クラブのトップチームではマッティア・ボルトルッシを、プロとしての振る舞い方や、現実的なプレー選択を学ぶ対象として見ているという。
「憧れの選手がいること」は、多くの子どもたちにとっても同じだろう。
日本でも、久保建英を真似したい。
三笘薫のドリブルに憧れる。
そう思う選手はたくさんいる。
では、どこを真似しているだろうか。
- ゴールシーンの華やかな部分だけか
- ボールを持っていないときのポジショニングも含めてか
- 試合に出られない時期の過ごし方まで想像しようとしているか
ニコラがイグアインから学ぼうとしているのは、「かっこいいゴール」だけではないように見える。
「どのタイミングでシュートを打つか」「どこにボールを置くか」といった、決断の質に注目している。
憧れを「プレーの選択基準」にまで落とし込んでいるとも言えるかもしれない。
日本の選手たちも、動画サイトで憧れの選手のプレーを何度も見直すことができる時代だ。
そのときに、
「ゴールの瞬間だけでなく、その10秒前から見てみる」
「ボールを受ける前の動きだけを意識して見る」
といった「見方の選び方」をしてみると、憧れの選手が違って見えてくるかもしれない。
家族に支えられることと、家族から離れて決めること

ニコラには3人の姉がいて、家族全体がサッカーを理解し、支えてくれている環境だという。
祖父も練習に付き添ってくれた。
父もサッカー経験者だ。
サッカーにとって、これほど心強い味方はないだろう。
日本でも、送り迎えをしたり、遠征に付き添ったり、子どものチャレンジを支える保護者はたくさんいる。
その一方で、あるタイミングから、選手自身が「家族の期待」と「自分の気持ち」の間で、決断を迫られることも出てくる。
例えば、
- 「本当にこのポジションを続けたいのか」
- 「このクラブで自分はどう成長したいのか」
- 「一度レベルの高い環境に挑戦するのか、今のチームで中心として成長するのか」
ニコラも、カヴァッリーノからリヴェンティーナへ、さらにパドヴァの下部組織へとステップを踏んでいる。
その都度、「環境を変える」決断があったはずだ。
家族に後押しされながらも、「本当に行きたいか」「自分はそこで何をしたいか」を自分で考える時間があったのだろうか。
日本の育成年代でも、ジュニアからジュニアユースへ、ユースへと進むとき、それぞれの家庭にとって大きな判断が続いていく。
保護者としては、どうしても「正解」に近い選択をさせてあげたくなる。
けれど、「何が正解かは、数年経たないと分からない」ことも多い。
だからこそ、「一緒に考えたプロセス」そのものを大事にする、という視点もあるのではないだろうか。
結果が出ている時こそ、「急がない」覚悟
現在、ニコラはU17のリーグで得点ランキングトップに立っている。
チームもプレーオフ圏内につけ、上位進出をうかがう位置にいる。
こうした状況になると、周囲はどうしても「次のステップ」「いつトップチームへ」といった話をしたくなる。
本人も、上を目指す気持ちを隠してはいない。
ただ、この段階で結果が出ている選手ほど、ある種の「誘惑」が増えていく。
- 「今のままで十分」と思ってしまう誘惑
- 「自分は特別だ」と思い込んでしまう誘惑
- 「早く次のカテゴリーへ」と焦ってしまう誘惑
結果が出ているほど、変化することが怖くなる。
一方で、成長を止めないためには、あえて新しい課題に飛び込まなければいけない瞬間も来る。
そのときに必要になるのは、「急がない」覚悟かもしれない。
すぐにトップチームに上がるかどうかを焦るのではなく、
「今いるカテゴリーで、どんな質のプレーを身につけておくべきか」
「どのポジション、どの役割でも戦えるようになっておくか」
といった、少し長い目線での問いを自分に投げかけ続けること。
日本でも、年代別代表や全国大会で名前が知られる選手ほど、この「急がないこと」を選べるかどうかで、その後のキャリアが変わってくる場面をよく目にする。
日本の育成年代にとっての「ニコラ・バッソ」という問い
イタリアのひとりのストライカーの物語は、日本のサッカーと無関係ではない。
なぜなら、そこで浮かび上がるテーマは、どの国の育成年代にも共通する問いだからだ。
- 庭でボールを蹴るような「自分で決める時間」を、どれくらい持てているか
- 数字の目標(得点王、優勝)と、日々のプレーの質をどう結びつけて考えるか
- 憧れの選手の「どこ」を真似しようとしているか
- 負けた試合や外したシュートから、何を学ぶかを自分で選べているか
- 周囲の期待と、自分の本当の気持ちのどちらにも耳を傾けているか
ニコラ・バッソという名前を覚えるかどうかは、もしかしたら重要ではない。
大事なのは、
「11ゴールを決めているストライカーは、どんなふうにピッチで考え、どんな道を選んできたのだろう」
と、一度立ち止まって想像してみることだ。
その想像は、自分自身のサッカーに向ける問いかけにもつながっていく。
あなたなら、どんな一歩を選ぶだろうか
練習の最後にシュートを1本外したとき。
週末の試合でゴールを決められなかったとき。
あるいは、試合に出られなかったとき。
その瞬間、あなたは何を考え、次の一歩をどう選ぶだろうか。
今日はあまりうまくいかなかったから、ボールから少し離れてみるのか。
悔しさを抱えたまま、もう10分だけ自主練をしてから帰るのか。
どちらも、あなたの選択だ。
ニコラ・バッソの11ゴールは、ひとりの少年が、庭のミニピッチから、地方クラブ、そしてパドヴァのアカデミーへと、何度も自分で選んできた結果のひとつの形なのかもしれない。
サッカーは、ときに残酷で、数字だけが評価される世界にも見える。
それでも、ピッチに立つたびに、「自分はどうしたいか」を問い直すことだけは、誰にも奪えない。
次にゴール前でボールを受けたとき。
あなたは、どんな判断を選ぶだろうか。
そして、その判断の積み重ねが、どんな物語をつくっていくのだろうか。
答えは、これからのあなたのプレーの中に、少しずつ描かれていく。
