フェルミン・ロペスが教えてくれる、「ボールに触らない時間」でサッカーを変えるということ
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答えを急がない選手、フェルミン・ロペスという「間」の存在

バルセロナの攻撃が、ある瞬間だけ急に鋭くなる時間がある。
ボールはペドリやデ・ヨングの足もとを経由し、ラフィーニャやラミン・ヤマルが幅を取りながら、相手をじわじわと押し下げていく。
テンポは速くない。
むしろ、ため息が出るほど慎重だ。
それでも、ある一歩、ある走り出しをきっかけに、ゴール前の風景が一気に変わる瞬間がある。
そこに、フェルミン・ロペスがいる。
常にボールに触っているわけではない。
いつも画面の中心に映っているわけでもない。
それでも、2024/25シーズンには8ゴール10アシスト、今季は10ゴール10アシスト以上と、数字だけを見ても十分に「結果」を残している。
けれど、彼の存在価値は、その数字だけでは測りきれない。
むしろ、ボールに触っていない時間、映っていない時間に、何を見て、何を待ち、どこを選んでいるのか。
そこにこそ、「考えるサッカー」のヒントが隠れているように思える。
「終わったはず」のキャリアから、もう一度選び直す
レンタル移籍で突きつけられた問い
フェルミン・ロペスは、幼い頃からラ・マシアで育ってきた。
それでも、順風満帆にトップチームへ上がったわけではない。
2022年、スペインの3部相当であるプリメーラRFEFのリナレスへレンタル移籍したとき、彼自身、「自分のバルサでの時間は終わったかもしれない」と感じたという意味の心境を抱いていたとされる。
トップの舞台から一度離れ、注目されないスタジアムで、カメラもほとんど向かない試合を戦う日々。
そこで突きつけられるのは「評価」ではなく、「自分は何を選ぶのか」という問いかもしれない。
華やかな場所にいないとき、本当に見つめる相手は、他人ではなく自分自身になる。
| 局面 | 選択肢A | 選択肢B(実際の選択) | 結果 |
|---|---|---|---|
| リナレスへのレンタル | 「バルサ終わり」とあきらめる | 目立たない舞台でも準備を続ける | ◎ プレシーズンで強烈な印象を残す |
| チェルシーvsバルサ | より大きな給与・移籍金を取る | 成長環境としてバルセロナに残る | ◎ 2031年まで長期契約へ |
| 攻撃時の走り出し | パスが来そうな瞬間にすぐ走り出す | 1テンポ待ち、相手の視線から外れてから動く | ◎ フリーでゴール前に入れる確率が上がる |
| 守備時の反応 | ボールを失ったらすぐ自陣に戻る | 近くのパスコースを塞ぎ奪い返しに行く | ○ 高い位置での奪取がカウンターに直結 |
| ポジションの判断 | 「自分は何番だからここにいる」 | 「今チームにとって意味のある場所はどこか」で位置を決める | ◎ 複数ポジションでの活躍が可能に |
チャンスは「準備された偶然」だったのか
2023年の夏、シャビ・エルナンデスがフェルミンをプレシーズンに呼び戻した。
そこで彼は、レアル・マドリードとの親善試合でのゴールを含め、強烈な印象を残す。
「評価されたから呼ばれた」のか、「呼ばれたから評価された」のか。
その順番は、外からは分からない。
ただ、ひとつ確かなのは、リナレスでの時間が「空白」ではなかった、ということだろう。
目立たないリーグでの試合が、プレシーズンの1本のシュートに、1本の判断に、静かにつながっていた。
もし自分だったら、注目されない場所で、どんな気持ちでプレーするだろうか。
「見てくれている人がいる」と信じてやれるのか。
それとも、「どうせ誰も見ていない」とあきらめてしまうのか。
フェルミンのプレシーズンでの輝きは、その問いへの彼なりの答えだったのかもしれない。
- 「ボールに触る回数」より「ポジションの意味」を評価軸にする — 自分がそこにいることで相手CBが釣り出されるか、味方のウイングに1対1のスペースが生まれるか、という貢献を言語化させる
- 「なぜ今走り出さなかったのか」を肯定的に問う — 1テンポ待ったことで生まれたスペースをビデオで確認し、「待つ選択」の価値を選手と共有する
- 守備を「次の攻撃の準備」として語る — 奪い返す位置次第で攻撃の質が変わることを具体的な場面で示し、攻撃的な選手が守備を主体的に選ぶ動機を育てる
チェルシーか、バルサか──お金と成長のあいだで
その後、彼に対してチェルシーが大きな投資を準備していたと報じられた。
しかし、フェルミン・ロペスはバルセロナに残ることを選ぶ。
ハンジ・フリックは会見で、彼の複数ポジションでのプレー能力と、試合ごとの高いメンタリティを評価していたと伝えられている。
クラブも彼の価値を認め、2031年までの長期契約に動いている。
ここで、ひとつの分かれ道が見える。
より大きな給与、より大きな移籍金、より大きなリーグの注目度。
一方で、自分を理解してくれる監督、自分の特徴を活かせるチーム、成長のイメージが描ける環境。
プロでも、選択肢は常に「お金か、夢か」といった単純な二択ではない。
「今の自分に必要なものは何か」「5年後の自分はどうなっていたいか」。
フェルミンは、その問いに対して、バルセロナでの成長を選んだ。
もし自分が同じ立場なら、どちらを選ぶだろう。
そして、その選択を、どれだけ自分の言葉で説明できるだろうか。
「ずっとボールを触っていたい」気持ちを、一度置いてみる
- 自分がボールに近づくことで味方のスペースを消していないか確認する — 試合後にプレー動画を見返す際、「自分がいたことで誰かのスペースがなくなっていないか」を1回チェックする習慣をつける
- 「どの局面でスピードを変えたか」を振り返る — ずっと全力ではなく、「必要なときだけ速くなる」判断ができているかを自分でチェックする視点を持つ
- 保護者は「触れなかった」試合でも貢献を探す — ボールに触る回数が少ない試合でも「どこに動いてチームを助けていたか」という視点で観戦すると、子どものプレーの見え方が変わる
ボールを持たない「10番」の価値
フェルミン・ロペスは、いわゆる「常にボールを受け続ける10番」ではない。
中盤のポジションに立ちながらも、彼の真価は「ボールに触らない時間」に現れる。
ペドリやデ・ヨングが内側でボールを動かし、ラフィーニャやラミン・ヤマルがタッチラインぎりぎりで幅を取り、センターフォワードが相手センターバックを引きつける。
この「準備」が整った瞬間に、フェルミンは第2列からスッとゴール前に走り込む。
ただ闇雲に走るのではなく、
- センターフォワードがどこにポジションを取っているか
- サイドの選手が相手サイドバックをどこまで押し込んでいるか
- パサーの体の向きが「出せる体勢」になっているか
こうした条件がそろったときだけ、一気にスピードを上げる。
それまでは、あえてボールに近づきすぎない。
むしろ「写らない場所」に身を置き、相手の視界から消えようとする。
「走り出したい自分」を抑える難しさ
サッカーをしていると、「今、走ればパスが出てきそうだ」と思う瞬間は多い。
特に前線の選手は、何度も何度も、同じようなタイミングで裏へ走りたくなる。
けれど、フェルミンがしているのは、そうした「走りたい自分」との小さな戦いかもしれない。
もう1テンポ待てば、もっとフリーで入れるかもしれない。
もう1回、相手の視線から外れれば、より危険なスペースに現れることができるかもしれない。
答えを急がないことで、むしろゴールへの道を近づけている。
日本の育成年代でも、「ボールにたくさん触る=良い選手」と評価されがちなところがある。
だが、本当にチームを助けている選手は、「触らない勇気」を持っていることもある。
もし自分が中盤や前線の選手なら、「今、自分がボールに近づくことで味方のスペースを消していないか」と、試合後に1度振り返ってみるのもおもしろい。
ゆっくり回るチームに、ひとつだけ縦の針を刺す
「ただ速い」ではなく、「必要なときだけ速い」
フリックのバルセロナは、ボールを握りながら試合をコントロールする傾向が強い。
パスをつなぎ、ポジションを修正しながら、じわじわと相手を押し下げていく。
しかし、ただボールを回しているだけでは、相手は怖くない。
日本のチームでもよく見られるように、「ポゼッションはしているのに、決定機が少ない」試合が生まれやすい。
フェルミン・ロペスがそこにもたらすのは、「機能としての縦パス」だ。
彼は、ずっと速いわけではない。
むしろ、必要なときだけ縦に加速する。
それはドリブルかもしれないし、ミドルシュートかもしれないし、裏へのスルーパスかもしれない。
「今、このまま横パスを続けても意味がない」と感じた瞬間にだけ、リスクを受け入れる。
「縦に行け」と言われたとき、何を見て選ぶか
日本の現場でも、「もっと縦に仕掛けろ」「スピードを上げろ」と指示されることは多い。
そのときに大切なのは、
- どの局面でスピードを上げるのか
- 何を見て「今だ」と判断するのか
- スピードを上げた結果、誰の守備負担が増えるのか
といった「選ぶ基準」を持てるかどうかだ。
フェルミンは、スプリント力やドリブルテクニックだけで勝負しているわけではない。
視野とタイミングで勝負している。
だからこそ、足の速さやフィジカルに自信がない選手にとっても、学べる要素は多い。
自分のプレー動画を見返すとき、「どの局面でスピードを変えているか」「変えた結果、どうなったか」を少しだけ意識して見てみると、新しい発見があるかもしれない。
ボールを失った瞬間から、次の攻撃が始まっている

「戻る」だけではない、守備の選択肢
フェルミン・ロペスの特徴として、守備の強度がよく挙げられる。
ボールを失った瞬間、彼の最初の反応は「戻る」ではなく、「奪い返しに行く」だ。
ただし、それは単なる根性論ではない。
近くのパスコースを塞ぎ、相手に「嫌な方向」へボールを出させる。
自分一人でボールを奪えなくても、味方のプレスがハマるように、相手を誘導する。
フリックの下で、バルセロナはボールを持っていない時間でもアグレッシブに戦うチームへと変化しつつあり、その中でフェルミンは重要な役割を担っている。
「守備をやれ」と言われたときに失いやすいもの
育成年代で「もっと守備をしろ」と言われると、攻撃のことを忘れてしまう選手は少なくない。
逆に「お前は攻撃の選手だ」と言われると、守備をサボってしまう選手もいる。
フェルミンの面白さは、「攻撃的な選手」でありながら、そのままの熱量で「攻撃のための守備」ができるところにある。
奪い返す位置次第で、自分たちのチャンスは何倍にも変わる。
高い位置で奪えれば、そのままゴールに直結する。
低い位置で奪えば、カウンターの準備になる。
だから、守備もまた「次の攻撃をどうしたいか」という選択とつながっている。
もし自分が前線の選手なら、「このボールの失い方をしたら、どこで奪い返せたら一番危険か」と考えながら試合を見ると、守備の見え方が少し変わるかもしれない。
ポジションよりも、「何のためにそこにいるか」
フェルミンはどこでプレーしているのか
フェルミン・ロペスは、本来は攻撃的な中盤の選手だ。
しかし実際には、
- インサイドハーフとして第2列からゴール前に飛び出す
- 左ウイングとして内側へ入り、フィニッシュに絡む
- 時には「偽9番」として中央で動き回り、周囲にスペースを作る
といった役割をこなしている。
そこで共通しているのは、「自分が目立つポジションに立つこと」ではなく、「チームにとって意味のある場所に立つこと」だ。
自分がそこにいることで、相手のセンターバックが釣り出されるのか。
味方のウイングが1対1で勝負できるスペースが生まれるのか。
デ・ヨングやペドリが前を向ける時間が増えるのか。
そういった「連鎖」の中で、自分の位置を調整しているように見える。
日本のピッチでも起きている「ポジションと役割」のズレ
日本の現場でも、「お前はボランチだ」「お前はトップ下だ」とポジション名で語られることが多い。
しかし、同じボランチでも、
- ビルドアップを組み立てる役割
- セカンドボールを回収する役割
- 前線に飛び込んでフィニッシュまで行く役割
など、求められるものはまったく違う。
フェルミンが見せているのは、「自分は何番だから、ここにいる」という発想ではなく、「今、このチームにとって、ここにいることが一番意味がある」という選び方だろう。
もし試合後に、自分のプレーを振り返る時間があるなら、
- 今日は、どんな役割を果たしたかったのか
- どのポジションにいるときが、一番チームを助けられていたか
といった問いを、自分に投げかけてみるのもいいかもしれない。
高さを「習う」のではなく、自分で「測る」
指示がなくても、ラインを読み取る力
フリックのバルセロナでは、4-2-3-1や4-3-3の中で、攻撃的MFの「高さ」が非常に重要になる。
フェルミン・ロペスは、その高さを試合中に自分で調整できる選手だと言われている。
センターフォワードと同じラインまで出て、相手のボランチを引き出した方がいいのか。
それとも、少し下がってペドリやオルモと並び、前後のつなぎ役になった方がいいのか。
監督が一つ一つ指示を出さなくても、相手のセンターバックの体の向き、味方CBからのボールの出どころ、相手のボランチのポジショニングなどから、ラインの高さを微調整している。
「もっと高く」「もっと低く」と言われたとき
日本でも、「もっとラインを上げろ」「中盤の位置が低い」といった声が飛ぶことは多い。
そんなときに、単に「言われたから上げる/下げる」だけではなく、
- 自分の一歩で、相手はどう変わるか
- 誰のパスコースを開き、誰のスペースを消しているか
を考えられるかどうかで、「考える選手」への道が少しずつ開けていく。
フェルミンのような選手を見ていると、「高さの感覚」は、練習で教えられるだけでなく、自分で試合の中から掴み取っていくものなのだと感じさせられる。
「うまくいったかどうか」だけではなく、「どう選んだか」を見てみる
結果よりも、その前にあった迷いに目を向ける
フェルミン・ロペスのストーリーは、華やかな成功物語として語ることもできる。
リナレスへのレンタルを経て、バルセロナの重要な存在になり、二桁ゴールと二桁アシストを記録し、ビッグクラブからの関心を得ながらも残留を決断し、長期契約へ向かっている。
けれど、その一つ一つの結果の裏には、「選ぶ前の時間」が必ずあったはずだ。
点を決める前に、どのタイミングで走り出すかを迷う時間。
縦パスを通す前に、リスクを受け入れるかをためらう時間。
ボールを失った直後に、追うのか、戻るのか、一瞬止まるような時間。
レンタル先でプレーしているとき、「ここからまた戻れるのか」と自問する時間。
チェルシーかバルサかを考えたとき、「どちらを選んでも正解とも不正解とも言えない」と感じる時間。
サッカーのプレーも、キャリアの選択も、「一瞬」で終わっているように見えて、その手前には、たくさんの揺れや迷いが積み重なっている。
自分なら、どう考えるかを預かってみる
このコラムを読み終えたあと、フェルミン・ロペスのプレーを改めて見る機会があれば、ゴールシーンだけでなく、その直前の「何も起きていないように見える時間」に、少しだけ注目してみてほしい。
なぜ、そのタイミングで走り出したのか。
なぜ、その場に留まったのか。
なぜ、ボールを受けずに、味方にスペースを譲ったのか。
そして、もし自分が同じ場面に立っていたら、どんな選択をするのか。
正解を探す必要はない。
大切なのは、「自分ならどうするか」を一度立ち止まって考えてみることだ。
フェルミン・ロペスという一人の選手の物語は、そんな小さな問いを、静かに手渡してくれているように思う。
サッカーは、結果がすべてだと言われることもある。
それでも、結果の手前にある「どんなふうに迷い、どんなふうに選んだか」に目を向けてみると、ピッチの景色は少し違って見えてくる。
その景色の違いこそが、これからの自分のプレーを変えていく、最初の一歩なのかもしれない。
