縦に速いサッカーの哲学を体現するパルマの戦術——ボール保持を捨てて背後を突く設計と選手の自律判断を解説する記事のアイキャッチ画像

30歳の若き戦術家カルロス・クエスタが描く「縦に速いのに急がない」パルマの思考法

DEFINITION
縦に速いサッカーとはどういうサッカーか
縦に速いサッカーとは、ボール保持率を求めず背後への速さを優先しながら、選手自身が状況を読んで判断を下し続ける設計のサッカーだ。どこでリスクを取り、どこで我慢するかを丁寧に選び続けることがその本質である。

30歳の監督が選んだ「遠回りな近道」──カルロス・クエスタとパルマの思考

自陣のペナルティエリアの角あたり。

ゴールキーパー、スズキがボールを足元に置いて、ゆっくりと顔を上げる。

前方には、相手の1列目がうっすらとプレッシャーをかけてくる。

右にはセンターバックのチルカティ、さらに外にはデル・プラート。

中盤ではケイタが、一度前に出てから、ふっと下りてきてパスコースをつくろうとしている。

そのさらに前、センターライン付近では、1メートル90センチのストライカー、ペッレグリーノが、相手ラインの背後と足元の両方をちらちらと確認している。

ここでスズキは、短くつなぐのか。

それとも、一気にペッレグリーノの背後を狙うロングキックを選ぶのか。

カルロス・クエスタが率いるパルマのサッカーは、この「二択」に見える場面で、本当はもっと多くの選択肢と、もっと多くの意図が動いている。

若き監督が選んだ「シンプル」に見える複雑さ

なぜ30歳でセリエAの監督になれるのか

カルロス・クエスタは、セリエA最年少監督だ。

ユベントスの育成組織、アーセナルのトップチームスタッフという経歴からも分かるように、彼は「いきなり頂点」に来たわけではない。

むしろ、育成年代やアシスタントという、表に出にくい場所で、ひたすら「考える仕事」を続けてきた指導者と言える。

しかも、6言語を話す。

これは単に「頭がいい」という話ではなく、選手一人ひとりの理解の仕方や感じ方に合わせて、言葉を選ぶことができる、ということでもある。

戦術の正解を押しつけるのではなく、「なぜそう動くのか」「どんな意図があるのか」を、違う角度から何度でも説明できる指導者だと想像できる。

COMPARISON / 縦志向サッカーと支配率重視サッカーの比較
観点 縦志向サッカー 支配率重視サッカー 評価
ボール保持率 36〜46%(相手に持たせる) 55〜65%(積極的に保持) △ 異なる優先順位
攻撃のトリガー 奪った瞬間の縦カウンター ポゼッションからの崩し ◎ 役割が明確
守備ブロック 5-4-1で自陣をコンパクトに固める 前線からのハイプレス ○ 状況選択型
選手への要求 原則を理解し現場で判断する自律性 動き方を忠実に実行するタスク遂行 ◎ 判断力が鍵
リスク管理 即時奪回を敢えて行わず陣形を整える カウンタープレスでリスク即回収 △ 「行かない勇気」が必要
◎=強みが明確に活きる / ○=柔軟に機能する / △=意図的な割り切りが必要

1-3-4-2-1という「出発点」

パルマの基本形は1-3-4-2-1だ。

守備では5バック、攻撃では3バックに変化し、状況によって姿を変える。

ここで興味深いのは、「フォーメーションが答え」になっていないことだ。

3バックだから攻撃的、5バックだから守備的、という単純なラベルは当てはまらない。

むしろクエスタのパルマは、「選手が次にどこへ動くか」を前提とした形づくりをしているように見える。

特に両サイドの選手と2人の「トップ下」が、その変化の要だ。

内側から外へ広がったり、逆に外から中へ絞ったり。

ボールを持っているときは幅を取り、ボールを失えば、素早く中盤ラインに戻って4枚を作る。

図で書けば整理されて見えるが、実際にピッチ上でこれを連続して判断し続けるのは、相当な集中力と理解力が要る。

選手は「言われたポジションに立つ」のではなく、「今、何が求められているか」を自分で選び続けなければならない。

「ボールを持たない覚悟」と、あえての縦志向

FOR COACHES / FOR COACHES — 指導者が押さえる3ポイント
縦志向サッカーから学ぶ指導の3軸
  1. 「形」より「なぜそこへ動くか」を共有する — フォーメーション図だけ渡すのではなく、選手が「今何が求められているか」を自分で選べるよう、動きの意図を繰り返し言語化して対話する
  2. 強みと弱みをセットで選択する — 縦の速さを磨く代わりにポゼッション精度を後回しにするように、どこを伸ばしてどこを抱えたまま戦うかをチームとして明示し、選手に納得させる
  3. 「行かない勇気」を練習でデザインする — ボールを奪われた直後に全員で行かず陣形を整え直す判断は、試合中の感覚に反する。普段のトレーニングで「我慢する場面」を意図的につくり、繰り返し体に馴染ませる
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なぜポゼッションを手放すのか

パルマのボール支配率は、ユベントス戦で36%、アタランタ戦で46%と言われている。

ボールを持つことを最優先にはしていないチームだ。

では、質の低いロングボールに頼っているだけのチームなのかといえば、そこまで単純でもない。

彼らは「縦への速さ」「背後への深さ」を強く志向しているが、それは「蹴るだけ」のサッカーではない。

キーワードになっているのは「どこでリスクをかけるのか」だと考えられる。

FOR PLAYERS & PARENTS / FOR PLAYERS & PARENTS — 選手・保護者が持ち帰れる視点
「速いサッカー」の裏にある遅い思考
  1. ロングボールに込められた判断を読む — キーパーがロングキックを蹴るとき、「相手の1列目の出方」「FWとマーカーの体格差」「中盤のセカンドボール位置」を瞬時に読んだ結果。観戦時はその前後の準備まで目を向けてみよう
  2. 「指示通りに動く」と「理解して動く」の違いを意識する — 同じポジションでも、「言われたからそこにいる」選手と「なぜそこにいるかを説明できる」選手では成長速度が変わる。自分の動きに「なぜ?」を問い続ける習慣をつける
  3. わが子が「ロングボールばかり」と感じたとき — チームの戦い方に意図があるかもしれない。「なんでロングボールなの?」と一緒に考える時間が、サッカーを深く楽しむ入り口になる

スズキの一蹴りに詰まった、いくつもの判断

ゴールキックやビルドアップで、スズキには2つの主な選択肢がある。

  • ケイタやベルナベを使いながら、比較的安全に前進する
  • ペッレグリーノめがけて、背後や高さを一気に狙う

どちらを選ぶかは、

  • 相手の1列目がどれだけ前に出ているか
  • ペッレグリーノとマーカーの距離と体格差
  • セカンドボールに反応できる位置に中盤がいるか

といった、いくつもの要素を一瞬で読み取る必要がある。

「キーパーは後ろからつなげと言われたから、つなぐ」でもなく、「でかいFWがいるから全部ロング」でもない。

モデルとしての原則はあるが、最終的なスイッチは、ピッチの中の選手が押している。

この「原則」と「現場の判断」の行き来を、毎回どう成立させるのか。

そこには、かなり綿密なトレーニングと、選手との対話が必要だろう。

縦に急ぐことは、考えないことなのか

ベルナベとケイタ、二人の「中盤の頭脳」

パルマの攻撃の舵を握るのは、ベルナベとケイタだ。

ケイタは、前を向けるならすぐに縦パスやロングボールを選びやすい選手。

ベルナベは、ボールを受け直しながら、どちらのサイドを使うか、どのタイミングでスピードを上げるかを調整する役割を担っている。

ここでおもしろいのは、クエスタが「常に落ち着いてボールを回そう」とはしていない点だ。

ベルナベがいったんボールを落ち着かせつつ、その先では、やはり縦を最優先する。

例えば、右のハーフスペースで、ベルナベがボールを受ける。

体の向きは、対角の左サイドへの大きな展開ができそうな姿勢。

ところが次の瞬間、同じサイドを走り込む味方へのスルーパスが内側に刺さる。

「あちらにも行けたけれど、今はこっちを選んだ。」

そんな、微妙な「裏切り」が繰り返される。

ボールを握らないサッカーは、ともすれば「考えない選択」に見られがちだ。

だがパルマの場合、短い時間の中で、逆に選択の密度を高めているようにも感じられる。

ペッレグリーノの役割は「高さ」だけではない

1メートル90センチを超えるペッレグリーノには、「競り合いに勝て」という単純な指示だけを出すこともできたはずだ。

しかし、クエスタのパルマでは、彼には次のような役割が課されている。

  • 背後へ抜けるタイミングで相手ラインを下げる
  • あえて足元で受けて、2列目のスペースを空ける
  • ボールが来ない場面でも、常にDFを「固定」しておく

つまり、ペッレグリーノは「ボールを受ける」以前に、「相手ディフェンスをどう動かすか」を考え続ける必要がある。

日本の育成年代でも、「大きいから前線」「スピードあるからサイド」という配置はよく見られる。

ただ、その選手に「何を考えて動いてほしいのか」まで丁寧に共有できているかどうかで、同じ特徴の選手でも成長の方向は変わっていく。

大柄なFWであっても、「ただ高さを使われているだけ」なのか、「チーム全体の仕掛けの起点」として扱われているのか。

そこには、指導者の選択と、選手自身の学びたい姿勢が、静かに表れる。

「守る」と「待つ」のあいだにあるもの

5-4-1の守備は、消極的なのか

ボールを持たないとき、パルマははっきりとした5-4-1を作る。

5バックで幅を埋め、4人の中盤で中央を閉める。

相手にボールを持たせる時間も長くなる。

ここだけを切り取れば、「引いて守る、リアクティブなチーム」に見えるかもしれない。

しかし、その内側には、いくつかの明確な選択が存在している。

  • 高い位置の即時奪回はあえて多用しない
  • 背後のスペースよりも、自分たちの前方の余白をあえて残す
  • 相手のサイドチェンジに合わせて、ライン全体をスライドさせる

そして、ボールを奪った瞬間に、ほとんど迷いなく「縦のカウンター」を選ぶ。

「守備的」と「消極的」は、必ずしも同じではない。

何を【あえて諦めているのか】を考えると、そのチームの意思が見えてくる。

なぜ即時奪回を選ばないのか

最近のトレンドを考えれば、失った瞬間に一斉に奪い返しに行く「カウンタープレス」を取り入れる選択肢もあったはずだ。

ところがパルマは、あえてそこまで強くは行かない場面が多い。

理由のひとつとして考えられるのは、

  • 即時奪回を狙うと、ライン間に大きな空洞が生まれやすい
  • その空洞を、巧みに使える相手(ユベントスやアタランタのようなチーム)には、かえってリスクになる

という判断だ。

だからこそ、パルマは「一度、整える」ことを選ぶ。

うまくいけば速攻でゴール前まで行ける可能性を、意図的に少し手放してでも、背後のリスクを抑える。

この決断は、選手にとっても簡単ではない。

ボールを奪われた瞬間、全員で行けば取り返せそうな感覚は、誰にでもある。

そこで一歩を我慢し、ラインを整え直すことを優先する。

「行かない勇気」を持ち続けるのは、相当に神経を使う作業だ。

「強みを貫く」ことと「弱みを抱え続ける」こと

パルマの弱点はどこにあるのか

分析では、パルマにはこんな課題が挙げられている。

  • カウンター発動後の局面で、人数が足りず、ボールを保持して攻め続けるのが難しい
  • ビルドアップでの動きが単調になりやすく、読みやすい場面がある
  • ペッレグリーノへのロングボールに頼りすぎることで、攻撃のパターンが限定される
  • 相手ゴール前での細かいコンビネーションや、崩しの持続力にまだ課題がある

では、これらをすべて「改善」して、ポゼッションもできて、カウンターも鋭くて、崩しも多彩なチームを目指すべきなのか。

理想だけを言えば、もちろんそうだろう。

しかし、現実には時間もリソースも限られている。

クエスタは今のところ、縦への鋭さと守備の堅さというアイデンティティを優先し、その代わりに「細かくつなぎ続ける成熟度」など、一部をあえて後回しにしているように見える。

どこを伸ばし、どこを抱えたまま戦うのか。

その選択には、監督のキャリア観や、クラブの将来像も反映される。

日本で同じ状況なら、どう考えるだろう

もし、日本のクラブが同じような状況に置かれていたらどうだろうか。

若い監督がチームを任され、縦に速いスタイルで一定の結果を出している。

ただし、ビルドアップの質や、ボール保持での崩しにはまだ物足りなさがある。

指導者として、次の一歩をどう選ぶか。

  • 今の強み(縦の速さ、守備の堅さ)をさらに研ぎ澄ます
  • リスクを受け入れてでも、あえてポゼッションや崩しの構築に取り組む
  • 選手の世代やクラブの目標に合わせて、バランスをとる

どれを選ぶかによって、1年後や3年後に見える景色は大きく変わるはずだ。

パルマのように、はっきりとしたモデルを持つチームを見るとき、「合っているか・間違っているか」ではなく、「なぜ今、この優先順位なのか」を想像してみると、学べることが増えていく。

「考えるサッカー」は、図ではなく、揺れの中にある

形ではなく、迷い方を見る

クエスタのパルマは、システム図に起こせば、とても整理されている。

  • 1-3-4-2-1から、攻撃では3-4-3気味に変化
  • 守備では1-5-4-1で自陣を固める
  • ボール保持率を高く求めず、縦と深さを徹底的に追求する

だが、本当におもしろいのは、その図からはみ出る「揺れ」の部分だ。

  • スズキが、つなぐか蹴るかを迷う瞬間
  • ペッレグリーノが、背後に走るか、足元に降りるかを選ぶ一歩目
  • ベルナベが、対角への展開か、同サイドへのスルーパスかをギリギリまで引きつける姿勢
  • ボールを失ったとき、中盤が一気に潰しに行くか、ラインを整え直すかを決める0.数秒

そこには、「答え」をすでに知っている選手ではなく、「いま答えを選んでいる最中の選手」がいる。

だからこそ、ミスも起こるし、相手に読まれてしまうこともある。

その揺れは、未完成さでありながら、同時に成長の余白でもある。

FAQ / よくある質問
Q. 縦に速いサッカーとポゼッションサッカーはどちらが優れていますか?
A. どちらが優れているかという問いより、「何を優先するか」の選択の問題です。縦志向サッカーは強みとリスクをセットで設計しており、ボール保持率が低くても守備の堅さと鋭いカウンターで勝点を積めます。どちらのスタイルにも明確な論理があり、チームの選手特性や目標によって最適解は変わります。
Q. フォーメーションが試合中に変わるのはなぜですか?
A. フォーメーションは「答え」ではなく「出発点」です。攻撃時は幅を取るために3バックに、守備時は5バックに変化するように、選手が「次にどこへ動くか」を前提として形が動きます。重要なのは図に描けるシステムではなく、選手が今の状況で何を求められているかを自律的に判断できることです。
Q. 育成年代に縦に速いサッカーを取り入れてもいいですか?
A. 縦志向自体は問題ありませんが、大柄な選手に「高さを使え」と指示するだけでなく、「なぜそこへ走るのか」「相手DFをどう動かすか」まで共有することが重要です。選手が意図を理解して動けるかどうかで、同じ特徴を持つ選手でも成長の方向が大きく変わります。
Q. ボールを持たないサッカーは消極的なのですか?
A. 「守備的」と「消極的」は別物です。何をあえて諦めているかに着目すると、そのチームの意思が見えてきます。即時奪回を選ばずに陣形を整えるのは、ライン間の空洞を相手に使われるリスクを避けるための積極的な判断です。自陣を固めながら縦カウンターで仕留めるのは、明確な勝ち筋を持った設計です。

自分なら何を選ぶだろうか

もしあなたが選手なら。

縦に速いチームの中で、ただ指示通りに走るのではなく、「なぜここでロングボールなのか」「なぜいまは下げるべきなのか」を、自分の言葉で説明できるだろうか。

もしあなたが保護者なら。

子どもが「ロングボールばかりでつまらない」と感じているとき、その裏にある監督の意図や、チームとしての優先順位について、一緒に想像してみる時間を持てるだろうか。

もしあなたが指導者なら。

目の前の選手たちに、すべての答えを先に教えるのではなく、「この状況で、君ならどうする?」と問いを返す余裕を、試合の合間に持てるだろうか。

急がないチームが、速いサッカーをするという矛盾

縦に速く、深さを貫き、守備では自陣を固める。

カルロス・クエスタのパルマは、一見すると即断即決のサッカーに見える。

だが、その実態は、「どこでリスクを取り、どこで我慢するか」を、相当に丁寧に考え抜いたチームでもある。

速い決断の裏側には、時間をかけて積み上げた思考のプロセスがある。

ピッチの上で一瞬の判断を迫られるからこそ、ピッチの外では、答えを急がない。

その積み重ねが、30歳の若い監督と、上昇を目指すクラブの今を形づくっているのかもしれない。

サッカーは、90分間で無数の選択が行われる競技だ。

次にパルマのようなチームを見るとき、スコアや支配率だけでなく、選手一人ひとりが「どんな迷いの末に、その一歩を選んだのか」に、静かに目を向けてみる。

そこにはきっと、自分自身の生き方や、日々の選択と重ねられる何かが、ひっそりと隠れている。

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